石垣島・八重山諸島 観光ブーム再来の陰で新たな懸念も

カベルナリア吉田 | 紀行ルポライター

竹富島の夕日スポット・西桟橋の夕暮れ(筆者撮影)

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実踏して感じた、旅人の側の問題点

沖縄県の石垣島と、周辺の八重山諸島の観光が、一時の沈静を経て再び盛り上がっている。

3月に新石垣空港が開港し、それに伴い石垣に就航する航空便が大幅増加。中でも6月にピーチ・アヴィエイション、7月にスカイマークと格安便の就航が相次いだのが大きかったようだ。それまで「遠くて高額」のイメージが強かった石垣・八重山が一気に身近な存在になり、観光客が殺到したのである。

2013年7月の観光客数は、月別では過去最高の10万人超え。石垣・八重山といえば、2000年代前半の観光そして移住ブームが記憶に新しいが、その時をも上回る観光客が集まったわけだ。

もっとも予想を超えた観光客の増加は、混乱ももたらした。7~9月にかけて週末を中心に、石垣島ではリゾートホテルから民宿、格安ゲストハウスに至るまで宿という宿は全て満室。某ホテルでは100人以上のオーバーブッキングが発生し、石垣島だけでは客を収容できず、離島の宿に泊まらせたというから尋常ではない。島に5000台あるとされるレンタカーも予約で埋まり、来たはいいが移動の足がなく、途方に暮れた旅行者も多かったそうだ。

さっそく受け入れ体勢の不備が指摘され、石垣市をはじめ観光当局は、環境整備に追われているとのこと。だが筆者はこの秋、自分の足で石垣・八重山を歩いてみて、受け入れ側に留まらない「旅人の側」の問題点も数多く実感した。

旅情を損なう数々の光景

日本最西端・与那国島の夕暮れ(筆者撮影)
日本最西端・与那国島の夕暮れ(筆者撮影)

「やっべー海チョーきれいじゃーん!」「っていうか石垣マジでヤバくない!?」

ヤバいヤバい、どこに行っても「ヤバい」連発の女子がうるさい。ビーチで「ヤバい」、夕日を見ても「ヤバい」、食堂に行けば「沖縄そばヤバイ!」って、ほかに適切な表現はないのか? ここに金髪ロン毛ピアス、パンツ腰履き「ギャル男」たちの「うぜっ!」「キモッ!」が加わり、まるで渋谷にいる気分。絶叫めいた「ヤバい!」が聞こえるたび、石垣島にいることを忘れそうになった。

スマホ、スマホ、どこに行ってもスマホ。青い空、白い砂浜が広がる美ら海(ちゅらうみ)ビーチでもスマホ。食堂でアチコーコー(熱々)の沖縄料理が出てきても箸をつけずにスマホ、ご主人に「兄さん、どこから来たの?」と聞かれてもスマホ。民宿で旅人同士、おしゃべりを楽しむ「ゆんたく」の場でもスマホ。せっかく石垣まで来て、その場所で、そのタイミングでスマホをいじらずにいられないのか? そんなの個人の勝手だと思うかもしれないが、時と場所を選ばないスマホ没頭は、場面によっては雰囲気に水を差す。「会話」は沖縄旅の大きな楽しみなのに、なんともったいない。鮮やかな指さばきでスマホを扱う旅人を見るたびに、やはり島にいることを忘れかけた。

そして、こんな人も頻繁に見かけた。

「私は〈そば〉を頼んだのに、なんだこのウドンのような麺は!?」

古い食堂で怒り散らす初老の男性。「いえ、これがこちらのそばで……」と主人が説明しても聞く耳を持たず、「誤表記だろう、これは!」とまで言い出す始末。あのねえ。

同様のクレーマーを何度も見かけた。もちろん理不尽な物事にはクレームを付けていいのだが、遭遇した大半は上記のような「言いがかり」ばかり。ほかの食堂では若い男が、「なんで沖縄の食事は、こんなに量が多いんですか!」とブチ切れていた。少ないよりいいと思うのだが「僕はこんなに食べられません!」と怒りが収まらない。〈僕〉に合わせて店のメニューを変えろとでも?

「この夏はクレームが多くて参りました」某島の民宿主人はため息をついた。そしてクレームの内容は、大半が以下のようなもの。

「歯ブラシと歯磨き、タオルがないのはどういうわけだ?」(民宿泊なら持参が当たり前)

「浴槽がなくシャワーだけなんてありえない!」(石垣・八重山全域で湯船に浸かる習慣は薄い)

「ここは沖縄だろ? 三線(さんしん)くらいサービスで弾いてよ」(島民全員が弾けるわけではない)

「夕食にヤシガニ食べたい……ないの? 八重山にいるって聞いたのに!」(毎日獲れるものじゃない)

などなど、どれも「それを言わずにいられないか?」と問いたくなるものばかり。「お客が増えたのは嬉しいけど……」と主人は疲れた表情を見せた。

増便した飛行機に乗って、「日常」が島になだれ込む

船でしか行けない西表島の船浮集落(筆者撮影)
船でしか行けない西表島の船浮集落(筆者撮影)

その他ケースはいろいろだが、彼らには共通点がある。都会や地元での「日常」を、彼らはそのまま石垣・八重山に持ち込んでいるのだ。

「ヤバい」連発、いつなんどきでもスマホをいじり、言いがかりのようなクレーム……これらはまさに、その場の雰囲気を壊してでも自分の権利やペースを主張する「今どきの日本」の象徴的風景。大都会で頻繁に見かけるそんな風景が、どうやら格安便を中心とする航空便の増発により、今までよりも手軽に石垣・八重山へ運ばれてしまったようだ。

人気の旅行先に観光客が殺到するのは珍しいことではない。ただ石垣・八重山は「島」だ、大きくはない。10万人が押し寄せれば、島の人口を旅行者の数が上回ってしまう。その多くが「都会の日常」を持ち込めば、島本来の雰囲気まで変わってしまうのだ。筆者は今回の旅で「石垣にいるはずなのに、まるで東京にいるような気分」を何度も味わった。そして、

「今回は個人旅行者の質が変わりましたね。想いの薄い人が増えています」

行く先々で地元の人から、同様の言葉を聞き同感した。2000年代前半にも石垣・八重山に大量の旅行者が押し寄せたが、少なくとも大半の個人旅行者には「想い」があった。だが確かに今回は、それが薄い。「石垣って人気らしいから、話のタネにサクッと来てみちゃった」そんな雰囲気を色濃く感じた。そうした「軽さ」が旅先に、安易に「日常」を持ち込ませるのかもしれない。

少し前まで、石垣は「遠い」存在だった。距離だけではなく高額な旅費も、石垣島を遠く感じさせた。GWに夏休みに、そして年末年始に、次の長い休みで石垣に行こう――旅人たちは2、3ヶ月前に気合いを入れて航空券を買い、指折り数えて石垣に旅立つ日を待った。「日常」に忙殺される味気ない日々を、「来月になったら石垣に行ける」と自分を励まし乗り切った。そんな「想い」を胸に、やっと石垣へ上陸したら「日常」は忘れて、「いま自分が石垣にいる瞬間」を大切に楽しんだものだ。

だが今は直前の予約でも、クリックするだけで格安便が取れる。弾丸ツアー流行も手伝って、関東や関西から1泊2日、あるいは日帰り(!)で石垣旅を楽しむ人も少なくない。まさに安・近・短。「今度の土日、石垣でも行かない?」そんなノリで行くことも可能になった。一方で手軽に行ける分「想い」が薄いから、そのまま石垣の魅力にハマり、リピーターになる可能性も低そうだ。「今回は島自体の魅力で人が集まったわけじゃない。さんざん荒らされた挙句、ブームはすぐ沈静化するのでは?」と懸念する島人の声も、多く聞いた。

旅が便利になり、軽くなった。時代の流れと言えばそれまでだが、長年通い続けている場所の旅情が薄くなっていくのは、なんとも切ない。

「他人の家」にお邪魔する謙虚さを忘れずに

旅の醍醐味は「自分が生活する場所とは別の土地を訪ね、異なる文化・民俗に遭遇し非日常を楽しむ」ことにあると思う。そこに「日常」「いつもの自分のやり方、ペース」を持ち込んでしまうと、自分の旅の楽しみが半減するだけでなく、周りの旅行者の旅情まで奪ってしまう。

旅は、人様の家の庭先にお邪魔するような行為だと筆者は思う。旅のスタイルは個人の自由だと主張する前に、旅先ではその場所の雰囲気を、まず尊重したい。静かな場所では静かに過ごす。自分のやり方を撒き散らさず、その土地の流儀、ルールに合わせる。地元の人そして周囲の旅行者を不快な気分にさせない。要約すれば「謙虚」。あらゆる場面で「謙虚」であることが、旅の基本的なマナーではないだろうか。

年末の旅行シーズンが近づき、石垣・八重山の旅行を計画する人も多いだろう。きっかけはもちろん格安航空便でも構わない。でもせっかく海を渡って、南の島へはるばる行くからには、島の魅力をしっかりと体感し吸収しなければもったいない。都会・地元での「マイルール」はいったん忘れ、島の「非日常」を存分に味わい、謙虚に歩く。旅が手軽になる中で、そんな旅の基本を今一度、見直したいものである。

カベルナリア吉田

紀行ルポライター

1965年北海道生まれ。早大卒。読売新聞社ほかを経て2002年よりフリー。沖縄と島めぐりを中心に「自分の足で歩く」旅を重ね、独自の視点で紀行文を執筆。『沖縄の島へ全部行ってみたサー』『絶海の孤島』『沖縄バカ一代』『沖縄ディープインパクト食堂』ほか著書多数。2012、2013年は早稲田大学で社会人講座も開講。旅以外の趣味はバイオリン、レスリング。

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