出口の見えない毎日でした。
必死でした。
毎日泣いてはごめんなさいと呪文の様に唱え、自分の事は最低限以外、何もできてませんでした。
普段はハニーの物以外、部屋の床に物を置くのを好まないのに、部屋はぐちゃぐちゃでした。
掃除をすればハニーの毛もなくなってしまう、ハニーがいた証は数少ない写真とハニーの可愛い落とし物(抜けたヒゲ)だけになってしまう。
私のせいなのだから、課せるなら何故私じゃないのか。
ハニーがいなくなったら生きてる意味がない。
でも私がいなくなったら誰がハニーを探すのか。
今もハニーは頑張って生きているのに、絶対に諦めない。
諦めるって言葉は命に対しては使わない。
絶対に諦めない。絶対に。
それだけは曲げませんでした。
とは言っても、全く情報はない毎日に不安で不安でおかしくなりそうでした。
目立つはずなのに..もしかしてもう..とよぎったりもしましたが、それはその姿を確認してからだと決めてました。
仕事も休ませてもらい、居なくなった1日深夜から5日間探しました。
31日の朝から仕事だったのでそこからほぼ眠らずずっと探し、4日からも仕事から帰って探す日々を続けていました。
今思えばこんな状態で探してもハニーの姿を見逃していたかもしれないのに。
泣きながらも山や森も含め、何度も何度も名前を呼びながら朝も昼も夜も神宮内を歩きまわりました。
履いていってたブーツの底もヒールもぼろぼろ、足の爪は全部黒く変色、全身の痛みもすごかったです。
それでも私達は暖かい物を飲んだり、お金をだせば何でも買える環境。
ハニーは何も食べてないかもしれないのに、食べれない。
今、恐怖で怯えているのに立ち止まれない。
そんな状態だったので、脳の視野も狭くなっていました。
『あなたは探す為にも、ちゃんと食べて体力をつけてください。』
どうやって探せばいいのかわからない私を支えてくださったのが、フォロワーの皆さんやそうでないメールなどをくださった方々でした。
暖かい言葉やアドバイス、拡散、近隣・遠方かかわらず、多くの方々が探しに行ってくださったりご協力くださいました。
私の代わりにポスター貼りや捜索、電話で問い合わせてくださったり調べてくださったり等。
「こんなに良くして頂いてもいいんでしょうか。」そう考えるようになり聞いてみると、
『もしハニーを保護できた時、他の迷子猫ちゃんを応援する事で恩返しになりますよ。』、『猫がただただ、皆好きだから』、『必死に探されているあなただからです。』等、申し訳ないほどのありがたいお言葉を頂きました。
次は私が恩返しする番だと思っています。
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