書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。
書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
天久聖一(あまひさまさかず)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。
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書き出し小説秀作発表第四十四回目である。
先日近所のコンビニから帰り鏡をみたら肩に靴下がのっかっていた。えっ!と驚くと同時に恥ずかしく、なにか肩に小動物をのせたアニメのヒロインになったみたいで少しだけうれしくもあった。人生の中にはたまにこんな奇跡もある。それでは今回も書き出し作家たちによる奇跡の作品群をご紹介しよう。
書き出し自由部門
「席着けー!」先生が叫び続ける。二時間目も終わりそうだ。
megahiro
卒業式典が終わると、押収された女性下着が並べられていた。
TOKUNAGA
妹が「私、みかんになるの」と叫び、こたつの上に丸まる。2分すると蔕が出てきた。
佐々木の犬
溶けて固まっていかだのようになったポッキーが、一年前に使った出張バッグの中から出てきた。
xissa
階段に折れたヒールだけを残して、あの子は連れて行かれた。
早百合
あなたのくれる絵葉書が、病床唯一の窓であった。
merumo
男が勢い良く投げた飛び石と同じリズムで、彼女は水面を駆けて行った。
ユッカ
一か所だけの出番のために、シンバルを構えたままもう1時間半も演奏を聴いている。
おかめちゃん
おばあちゃんが玉虫色を好むメカニズムが学会で報告された。
流し目髑髏
激昂する彼女の股をゆっくりと笹舟が流れぬけた。
大伴
金曜日の夜にあなたの好きなカレーを作るのは、私が良き妻だからではない。土曜日の朝にあなたの前から姿を消す悪い妻だからだ。
中村シュフ
草臥れた三浪目の男が自動ドアに映り、スッと真ん中から割れた。
義ん母
実物登場。あと草臥れたは(くたびれた)と読みます。
ある一定の濃度を超えるとババアが蘇る。ただそれだけの話だ。
不眠
荻元先生は、生きている間に銅像ができて嬉しい、と、サイダーを一気に飲み干した。
ボーフラ
ふうわり、ふうわりとわたしは浮いていく。うぉしゅれっとの勢いで、わたしはふうわり、ふうわりと浮いていく。
れのん
今回の自由部門は、常連さん新人さんの作品を各一本づつ採用した。いつもは同じ作家の作品を複数載せることが多いのが、今回はそれだけ全体の質が高かったということである。こうして並べると各作家の個性が分かって面白い。せっかくなので今回は作家についての寸評を。
もんぜん氏は毎回ヌケのいいネタものが秀逸。ミスター書き出しTOKUNAGA氏は多彩なテイストを使い分ける。今回は規定部門での採用になった紀野珍氏と並び、毎回どの作品を採用しようか非常に悩む。
xissa氏は常連のいぶし銀的な存在。クールで簡潔な文体が持ち味だが最近は少し違う路線にも挑戦していて楽しみ。merumo氏はビジュアルの浮かぶ作品がいい。夏猫氏、小夜子氏らに続く期待の女流作家。
おかめちゃん氏はTOKUNAGA氏と並ぶ書き出し界のツートップ。毎回大量のネタものの中に鋭い一文でまとめたものや切ない秀作を混ぜてくる。流し目髑髏氏は最近採用率をあげている。着実に力をつけいく様を見るのがうれしい。
大伴氏は粒ぞろいの作品でネタものキングの座を維持している。義ん母氏の作品は毎回問題作。作家の中でも抜きんでたオリジナリティを持っている。不眠氏は常に採用のボーダー上で待機しつつ時に鮮やかな秀作を繰り出す。ボーフラ氏も非常に前衛的な作家。いくつかの文体を持つが最近のこの奇妙なペーソスものが素晴らしい。同系譜の作家では最近登場した人が生きてる氏にも期待したい。
もちろん今回紹介できなかった常連さんも皆個人の芸を持ち鋭く豊かな秀作を繰り出してくれる。新人さん、一見さんもそれぞれ自分にあったスタンスで書き出し小説を楽しんでいただければと思う。
つづいては規定部門、今回のモチーフは「神様」であった。ヒマを持てあました神々の作品をご覧いただこう。
規定部門・モチーフ「神様」
無神論者のシオリちゃんは今日も元気に靴を飛ばす。
まさる
根拠もなければ心当たりもない。けれど確信した。神になった。
捺織風涼
トイレの神様は優しく微笑み、優雅に自分の鼻をつまんだ。
retsuto
始発の神様はキスマークとともに出家した。
バニラモカ
「ロザリオと数珠と御守を一緒に持ち歩くあなたに、何がわかるっていうの!」彼女はそう言い捨て走り去り、僕はひとりモスクに残された。
永遠月みら
小学生の時、神様にしつこく「お願い!」と言われ、一月だけ体験神隠しに逢った事がある。
prefab
村長が依頼した雨乞いの祈祷師は、傘を持たずにやって来た。
おかめちゃん
親父の葬式に神様から弔電が届いた。
TOKUNAGA
いつもは流し読むだけのタイムラインに、その日はひとつ気になる頼みごとがあった。
suzukishika
その神様のお告げを聞いて、そこに居合わせた他の神様たちが「えっ?」ってなった。
悠里の父
全能であるということは,24時間365日ずっと稟議書に判を押し続けるということだった。
TL125
毎年11月になると父は島根へ出張する。大事な会議があるそうだ。
蚕
「よって彼は星座になりました」と簡単に言うが、役所に行って書類を貰ったり、選考があったり、意外と大変なのだ。
りずむ原きざむ
天は割れ、山は崩れ、田畑は沈んだ。味噌汁によってである。
マッドまっすぐ
神はサイコロを見て考え込む。6はクラゲの大量発生だったか、ファミコン再流行だったか。ヒロシ君が振られるだったかも知れない。
捺織風涼
「ねえ、この後サッカー観戦しない?」鼻血を出しながらランニングマシーンの上で、神様はこんなことを言っていた。
坂の上のタラバガニ
死ぬのは、もっと後にする。何年も前から知っていたあなたが、神様だと気づいたら、右眼が見えるようになった。明日にはきっと、僕は猫になる。
きたくま
神様お願いします! どの保険に入ればいいか教えて下さい!
かぼちゃ
私も神様で君も神様でみんな神様だから、結局どうにも出来ないのだ。
翌日未明
フフン、フン。 今日はどんな深海魚をつくろうか。
粉すけ
まさる氏の無邪気な無神論者がいい。retsuto氏の作品はトイレの神様に納得の実像を与えた。紀野珍氏の作品を読んでそういえばネットには神が氾濫してるなと思った。prefab氏の作品、両手を合わせて拝む神様が目に浮かびにやけさせられる。suzukishika氏の作品、物語のはじまりを告げる正調書き出し作品。悠里の父氏の作品。お告げの内容を想像するだけで小一時間潰れる。TL125氏の切り口は鮮やか。りずむ原きざむ氏、星座申請のアイデアが秀逸。マッドまっすぐ氏、結の締めで全体をひっくり返した。捺織風涼氏、あえてサイコロを振った神の苦悩。きたくま氏の作品は解説無用、詩的な文体を素直に染みこませたい。かぼちゃ氏、切実(笑)翌日未明氏はなにかすべてを暴いてしまったような、そんな作品。粉すけ氏、個人的に今回いちばん笑いました。
神様モチーフの今回は文字通りの神回になったと思う。
それでは次回のモチーフを発表する。
今回はこの時期の定番、卒業式をモチーフにした。言うまでもなくさまざまなお約束シチュエーション、アイテムにあふれたテーマである。いつも通りあらゆるアプローチとアイデアで攻略していただきたい。
ネタもの以外にもドラマを感じる泣きの作品、直球の胸キュン作品も読んでみたいと思います。
締め切りは3月28日正午、発表は同月30日を予定。以下の投稿フォームから自由部門、規定部門を選択し送っていただきたい。力作お待ちしております。
最終選考通過者
あだんそん/サガピン/トニヲ/ウウタルレロ/小夜子/夏猫/春乃はじめ/よしおう/らい麦。/人が生きてる/わたしがMです/北岡秀一/まろん/ウチボリ/ゴロ/こうだ悠/水葉想/ちたん/サンフラワー/レッドファーム/じゅんじゅん/司窓 /佑