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福島県医大 原発事故影響否定なのに 「日本一のがん講座」

(2014年3月10日) 【北陸中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する

「安心神話」の一環か 小学生向け開催へ

画像セミナーの案内文(右)と福島県郡山市保健所が配布した啓発パンフレット

 福島県立医科大(福島市)は今月末、「福島でこそ日本一のがん教育が必要だ!」と銘打った子ども向けのがんセミナーを開く。狙いが分かりにくい。県医大は福島原発事故によるがんの多発を認めていない。「安心神話」の一環かと疑いたくなる。放射線影響の教育については国レベルでも確たる方針がなく、国の教材も内容にばらつきがある。子どもたちはこうした迷走を反面教師にするしかないのか。 (榊原崇仁)

 「福島では原発事故後、がんに対して不安を抱く方が増えた。お子さんのころから、がんについて正しい知識を持ってもらい、必要以上に不安にならないようにしてほしい」。セミナーを担当する県医大器官制御外科の医師は「こちら特報部」の取材にそう語り、別の担当医師は「『日本一』と銘打ったのは強い意気込みの表れ」と言った。

 セミナーは29日に県医大である。医大がこの種のセミナーを開くのは初めて。日本癌(がん)治療学会学術集会の「前座」で、対象は小学5、6年生。55人が応募した。先生役は医大の外科医が務め、がんの特徴や早期発見の必要性を伝える講義、手術や検査の器具を手に取る体験を行う。

 県医大の器官制御外科には、県民健康管理調査の甲状腺検査を担当する鈴木真一教授が在籍する。「福島原発事故では放射線による健康影響は考えにくい」と説く鈴木教授はセミナーに加わらないが、先の医師らは「私たちも健康影響の考え方は同じだ」と語る。

 セミナーでは放射線による発がんの仕組みには触れないが、たばこや酒、偏った食生活が原因で起きやすいことは伝えるという。

 放射線による発がんから目を背けさせると勘ぐりたくなるが、医大側は「学ぶ内容があれもこれもと煩雑になると、子どもが理解しにくいので基本的な知識を教える」と説明する。

 ただ「福島でこそ日本一のがん教育が必要だ!」というセミナー名には、保護者などから「県医大はがんが増えていないと判断しているのに、なぜ日本一のがん教育が必要か」と疑問の声が寄せられたという。

 医大側は「軽率な表現だった。ただ、今になって表現を変えることは考えてない」と釈明した。

 こうしたがん教育をめぐる混乱は、同県郡山市でも起きている。同市の保健所は昨年10月、がんの種類や予防方法などをまとめた啓発パンフレットを小学6年生向けに配布した。

 だが、原発事故や放射線による発がんについての記載がなかったため、「がんと事故の関係を否定したいのか」という意見が20件ほど寄せられたという。

 ただ、このパンフは原発事故前の2010年から毎年、ほぼ同内容のものを6年生に配っている。市保健所の担当者は、07年に国のがん対策推進基本計画ができたことに触れ、「がんの予防を進めるため、がんが身近な病気であることを知ってもらいたいと思って配っている」と話す。

 「私たちが伝えたいのは生活習慣を改善し、がんを未然に防いでくださいということ。原発や放射線の話にまで手を広げるべきかは本当に悩ましい問題だ」

放射線影響の扱い混乱 文科省、批判受け「慎重」へ

画像新しい文科省の放射線副読本は健康影響に関する表現が改訂前と変わった

 ちなみにがん対策推進基本計画には、12年6月の見直しに伴い、がん教育の推進が盛り込まれた。

 がんを学校教育で扱うのは、保健体育の授業で生活習慣病の予防として教える程度。このため、「現行のがん教育は不十分。自らの健康を適切に管理できるよう、正しいがんの知識を教育する」と明記された。ただ、何をどう教えるかは「5年以内で検討する」と定まっていない。

 文部科学省学校健康教育課の担当者は「がん教育のあり方は検討し始めたばかり。放射線による発がんの教え方については確たるものがない」と明かす。

 一方、放射線に関する教育は以前からあり、その中で発がんなどの健康影響も扱っている。

 文科省は福島原発事故後の11年10月、小学生、中学生、高校生対象に3種類の放射線副読本をまとめ、希望校に配布している。副読本を使うか否かは学校側の裁量だが、全体の8割程度が使っているという。福島県教委もこの副読本をベースに県内での被災状況や対応などを盛り込んだ指導資料をつくっている。

 ただ、副読本に書かれる放射線の健康影響は「それほど気にしなくてよい」という「安心神話」寄りの内容になっている。

 高校生用では「放射線による人体への影響が明らかになってきている」と切り出したうえ、「遺伝性影響が人に現れた証拠は報告されていない」と強調。中学生用では100ミリシーベルト以下の低線量被ばくの影響については「がんなどの病気になる明確な証拠はみられていない」と記述している。

画像福島原発事故に伴う甲状腺検査の会場で順番を待つ親子ら=2011年11月、福島県川俣町で

 そもそも、この副読本は高速増殖原型炉「もんじゅ」の開発を推進する文科省研究開発局が所管し、電力会社関係者らが幹部を務める財団法人「日本原子力文化振興財団」に作成を委託した代物だった。

 さすがに民主党政権時の府省庁版事業仕分けで改善を求める声が上がり、教育現場からも不満が噴出。担当が義務教育などを受け持つ初等中等教育局へ変更になり、中身も一新。14年度から、新たな小学生用と中高生用の2種類を希望校に配る予定という。

 それを読むと、中身は確かに変わった。放射線による健康影響は「まだ科学的に十分解明されていない」と慎重な見方を採り、低線量被ばくも「将来がんなどになるかはさまざまな見解がある」「多くの知恵を集めて早急に検討することが必要」と記されている。

 福島大放射線副読本研究会代表の後藤忍・同大准教授(環境計画)は「県民健康管理調査に触れていないなど改善の余地はあるが、内容の偏りはだいぶ見直された」と評価する。

 ただ、放射線とがんの関係を学ぶ子どもの立場からすると、これまでは「安心神話」寄りの内容、これからは比較的慎重な見方に基づく内容を教えられることとなり、どちらを信じていいか困惑しかねない。

復興庁冊子は「安心」寄り

 さらに帰還を考える住民の放射線教育用に復興庁などが2月に公表した冊子「放射線リスクに関する基礎的情報」では「100ミリシーベルト以下の被ばくによる発がんリスクは増加の証明をするのが難しいというのが国際的な認識」といった「安心神話」の表現が目立つ。

 後藤准教授はこう提言する。「新しい副読本と他のものを比べ、どこが、なぜ違うのかを説明してあげないといけない。そうすることで、さまざまな思惑が交錯する原子力業界の本質も学び取ることができる」

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