研究最前線

ナノテクが切り開く医療の未来
「ナノ医療工学」

 ナノテクノロジーは現在、21世紀の新産業創出の原動力となりつつある。今回は本学のナノ技術を医療に応用し、数多くの成果を挙げている武岡研究室にお話をうかがった。

◆武岡 真司/理工学術院 教授(先端生命医科学センター[TWIns])
1986年本学理工学部卒、91年同大学院理工学研究科博士(工学)、同年より本学助手。93年専任講師、96年助教授を経て現職。98~99年ペンシルヴァニア大学客員研究員。日本血液代替物学会 理事・会誌編集委員長(2002年~)などを務める。

 私の研究室では「分子集合(認識)」と「生体分子」といった、分子が集合して構築するナノ※1レベルの分子集合体を主な研究領域としています。これらをナノ医療の材料や薬物運搬用のキャリアとして、医療に実践することを研究の中核としています。現在は特に「ナノカプセル(リン脂質二分子膜小胞体)」という、医療材料の研究開発を進めています。これは数10から200ナノmのとても小さなカプセルで、中に遺伝子やたんぱく質や薬物などを、水と共に閉じ込めておけるカプセルなのです。

 例えば、ヘモグロビンを入れれば「人工赤血球」に、また血小板を活性化する物質を入れれば「人工血小板」にもなります。つまり人間に不可欠な、血液の機能の一部を代替させることができるのです。さらにこのナノカプセルがDNAやRNAを運び、特定の細胞の中に入れば特定の指示を細胞に与えることができる。つまり、いままで自然界で病気の遺伝子を体内に運ぶウィルスが行っていた機能を真似できるわけです。ここでは病気の遺伝子ではなく病気を治す遺伝子を利用するのです。

 このナノカプセルの表面をペプチド※2や抗体などで修飾すると、特定の細胞にのみ結合したり、反応したりすることができる。つまり病気の部位だけに必要な量の薬を確実に届けることができます。これにより、大量に薬を飲む必要がなくなり、副作用も少なくなります。この考えは「ナノばんそうこう」にも活かされています。薬を担持させたナノばんそうこうは特定の組織に留まって薬を効率よく放出します。また、分子認識を極める新しい方法の構築も精力的に行っています。

 米国、ドイツ、イタリア、シンガポールなどの大学と特異な分野を持ち寄った研究や国内外の医学部と医理工が融合した研究を展開することで、ナノカプセルやナノばんそうこうの安全性や効果の評価を、効率的に進めることができるのです。この私たち研究室の発信する「分子集合(認識)」を最大限に活用した新しいナノ材料による「ナノ医療工学」は、医療技術の進歩に貢献する大きな可能性を秘めているのです。

武岡  真司/理工学術院 教授
▲武岡 真司 教授
/理工学術院 (先端生命医科学センター[TWIns])

 

※1 ナノ(nano, 記号: n): 10-9倍(=0.000 000 001倍:10億分の1mm)
※2 2つ以上のアミノ酸の、ペプチド結合によってできた化合物

Prof.Takeoka Lab:ナノ医療工学

ナノばんそうこう

◆藤枝 俊宣/理工学術院(TWIns)研究助手
2005年本学理工学部卒、07~09年(財)吉田育英会奨学生、09年同大学院先進理工学研究科博士(工学)。同年より、「文部科学省 戦略的大学連携事業」において本学研究助手として研究活動。

 ナノばんそうこうは武岡研究室が得意とする、「分子集合」の技術を応用したものです。市販ばんそうこう(厚さ約1mm)の約1/10万(数十nm)で、「世界最薄」のばんそうこう(シート)なのです。丈夫で柔らかく、なおかつ密着しやすいのが、このナノばんそうこうの特徴です。

 ナノばんそうこうは、キトサン(カニ由来)、アルギン酸ナトリウム(昆布由来)、ポリビニールアルコール(PVA)の3種類からできています。キトサン、アルギン酸は天然由来で体に優しい成分です。また、PVAも各種実験から、人体への安全性が確認されています。そのため、これらの素材からできているナノばんそうこうは、肺気腫、気胸や消化管穿孔など臓器の損傷部に直接貼付できます。 

 このナノばんそうこうは、薄ければ薄いほど柔軟性と密着性が増大する性質を持っています。この特性は、シートの厚みを変えるだけで、簡単にコントロールすることも可能です。したがって、臓器や組織表面の細胞レベルの微細な起伏に対しても、膜厚を変えるだけで柔軟に覆えて密着することができるのです。さらに、従来の縫合糸などと比べて、このナノばんそうこうを使うと、傷跡が目立たなく、癒着や感染などを極力抑えて、患部を治癒することが可能になります。将来的には、シートを折り畳む、または、細胞サイズまで小さく加工して薬をはさみ込むことで、血液中に投与して直接患部や病床部まで薬を運ぶことも考えています。

 ところで、このナノばんそうこうは日常生活にも応用可能で、例えば化粧品や皮膚外用材としての開発も進んでいます。現在は、フィルムメーカーとともに数百mのロール状ナノばんそうこうを開発することにも成功しています。さらに、最近では国際共同研究の一つとしてイタリアの聖アンナ大学院大学とは、ナノばんそうこうをロボット内視鏡手術へ応用させる研究やシートのコンセプトを派生させて新しいアクチュエータを開発することについても検討しており、ナノばんそうこうの手術時における適応拡大や高性能化を狙っています。

 ナノテクを単なる「小さいものの開発」に終わらせるのではなく、ナノサイズである意義を材料に見出し、医療分野での確実な応用を見据えた研究開発を続ける。武岡研究室の理念とともに、今後も医療技術の進歩に貢献したいと思います。

藤枝  俊宣/理工学術院(TWIns)研究助手
▲藤枝 俊宣 研究助手
/理工学術院(TWIns)

ロール状ペットフィルムに作成したナノシート
▲ロール状ペットフィルムに作成したナノシート
(水に浸すとナノシートが剥離する)

 「ナノばんそうこう」は多くの可能性を秘めている!
▲ 「ナノばんそうこう」は多くの可能性を秘めている!

 
1203号 2009年11月26日号掲載