堂上直倫(どのうえ なおみち)とは、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(内野手)である。
父は元同球団投手の堂上照(てらし)、兄に同所属の堂上剛裕(たけひろ)がいる。
経歴
|
||||||||||||||||||||||||||
プロ入り前
1988年9月愛知県出身。小学生時代から野球を始め、中学まで少年野球クラブに在籍。中学3年生(2003年)の時、ナゴヤドームで行われたプロ野球選手との交流試合に4番ショートで出場。プロ相手に左翼席へ本塁打を放ち、この齢にして既に大器の片鱗をうかがわせていた(ちなみにこの時の対戦投手は福留孝介)。
なおこの試合後のインタビューで自身が中日ファンであること、いつかは中日でプレーしたいことを名言している。
高校時代は兄剛裕と同じ愛工大名電へ入学。その打撃センスは高校で一気に開花し、1年時にして既にレギュラーの座を勝ち取り、2年時(2005年)の春には自身初となる甲子園出場&優勝を果たす。通算3回の甲子園出場で通算打率は.480。高校通算本塁打は兄を超える55本を記録し、超高校級スラッガーとして他校から恐れられた。
2006年のドラフト会議では中日ドラゴンズ、読売ジャイアンツ、阪神タイガースの3球団競合の末、中日が指名権を獲得し、ドラフト1位で入団した。少年時代の夢が叶った瞬間であり、同時に史上初の親子兄弟3人がプロ野球選手かつ同一球団所属という快挙を成し遂げた瞬間でもあった。
プロ入り後
1年目(2007年)の一軍登録は無かったが、2年目に北京オリンピックで主力選手が何人か抜けた際に、初めて一軍登録される。しかしほとんど出場することなくすぐに登録を抹消される。3年目はオープン戦で兄弟アベック弾を放つも、開幕一軍登録は叶わなかった。
2009年秋には燻っている状況を打破すべく、それまで拘り続けた打撃フォームの改造に着手。
4年目の2010年、中日の名内野手 井端弘和の故障・離脱という緊急事態により急遽その代役に抜擢される。
6月16日に一軍登録され、そのまま二塁手として初のスタメン出場。プロ初安打こそ当日は叶わなかったが、次の試合(18日)できっちり初安打を記録。更に同月27日にはプロ初本塁打をナゴヤドームで放ち、持ち前の打撃センスの高さ
を見せつけた。7月下旬からは兄とWスタメンを張ることが多くなり、2010年は最終的に82試合に出場。打率.263、5本塁打、30打点と井端の穴を埋める活躍を見せた。
プロとしてはまだまだ荒削りな部分も多いが、今後中日を引っ張っていく待望の若手和製大砲としてこれからを期待したい。
応援歌
| 堂上直倫 応援歌 |
通算成績
(2012年終了時点)
| 通算:5年 | 試合 | 打席 | 打数 | 安打 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 打率 | 出塁率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| NPB | 265 | 608 | 543 | 127 | 7 | 51 | 1 | 25 | 2 | 34 | 4 | 88 | .234 | .283 |
関連動画
「2006年ドラフト会議」 「ドラゴンズ履歴書」
田中将、坂本、前田健、増渕、大嶺etc
「フレッシュオールスター(2007年)」 「一軍初打席(2008年)」
「有志による写真集(2009年)」 「プロ初本塁打(2010年)」
関連商品
関連項目
関連リンク
【スポンサーリンク】
http://dic.nicomoba.jp/k/a/%E5%A0%82%E4%B8%8A%E7%9B%B4%E5%80%AB
読み:ドノウエナオミチ
初版作成日: 10/08/07 10:45 ◆ 最終更新日: 13/03/26 23:12
編集内容についての説明/コメント: パンくずリスト、テンプレ、応援歌、通算成績追加
記事編集 / 編集履歴を閲覧