人生の要所要所で、大きめの決断をしなければならなくなることがある。例えば、転職をするとか、あるいは会社を辞めて独立するとか。結婚をするとか、あるいは離婚をするとか。この手の決断は、今日の昼ごはんは何にしようかとか、週末は何の映画を見に行こうかとか、そういうレベルの決断よりはるかに重要度が高い。場合によっては、その決断によってその後の生き方が大きく変化したりする。
それゆえ、軽々しくは決められない。なかなか結論が出せずに、どうしようかと延々悩み続けることもある。ひとりで悩んでいても活路が見いだせない場合は、誰か他の人に相談するという人もいるだろう。いわゆる「人生相談」だ。
「人生相談」は、とても難しい。相談するほうも難しいが、相談されるほうはおそらくもっと難しい。というのも、相談を受けた側ができることはあまり多くないからだ。
数学の問題の解き方を相談されたのであれば、答えを明快に示すこともできるかもしれないが、人生相談の場合はそういうわけにはいかない。他人の人生の決断を自分が代わりにすることはできないし、するべきでもない。仮に、「会社を辞めようか迷ってるんです」と相談されたとしても「辞めろ」とは言えないし、その逆の「辞めるな」とも言えない。言えたとしても「辞めたほうがいいと自分は思う」とか「辞めないほうがいいと自分は思う」ぐらいが限界である。選択に責任が取れない以上、結論を強いることはできない。
実際のところ、相談する側も多くの場合、断定的な結論は求めていない。ただ単に愚痴を聞いてもらいたいだけだったり、あるいはすでにぼんやりと自分の中で出ている結論を、追認してもらいたいだけということは多い。そういうわけなので、基本的に人生相談をされたら出しゃばってはいけない。相手が誰かに騙されそうになっているとか、命の危険が迫っているというのでなければ、こちらが強く意見を言うことはあまりない。
それを踏まえた上で、人生相談を受けた側ができることと言えば、おそらく以下に掲げるようなことになると思う。
- 話を聞く
- 決断の参考になりそうな、新しい情報を提供する
- どのような選択ができるか、選択肢の整理を手伝う
- 仮に自分だったらどうするかという答えを、参考までに提示する
相手との関係によってはもう少し踏み込むことも時には許されるかもしれないが、一般的に人生相談を受けた側ができるのは、このぐらいが限界だろう。
この限界を大きく超えるようなアドバイスをする人がいるとしたら、逆に警戒したほうがよいかもしれない。相手が話のとてもうまい人だったりすると、感化されてその気になってしまうこともあるかもしれないが、それは自分で決めたことにはならない。
それゆえ、多くの「人生相談」は、したほうもされたほうも「もやもや」が残ることになる。もっとも、それはその人生相談が健全だったことの証明でもある。人生相談によって、明確に自分の取るべき行動がわかってしまったり、悩みが完全に消えてしまったとしたら、むしろその人生相談はあやしい。家に帰ってからもう一度、ひとりだけで考えなおしてみることをおすすめしたい。
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