世界のサッカーシーンと日本サッカーをピッチ内外から、独自の視点を持って見つめ続けてきたイビチャ・オシムと宮本恒靖。日本とヨーロッパを比べて感じる、日本サッカーの特徴や武器、そして世界のサッカーをけん引するリーガ・エスパニョーラの2大クラブの印象とクラシコについて2人が語る。 |
■必要以上のものを背負う日本人は、ヨーロッパではマイナスだ 宮本:日本代表が南アフリカW杯からブラジルW杯までの4年間で成長した部分を教えてください。 オシム:サッカーは国力をある程度反映したもので、日本の経済力や国際的影響力を考えれば当然だ。日本が世界に追いついたということであり、W杯に連続出場しているのは、進歩しているということだ。 宮本:一方で成長していない、変わっていないところはどこですか? オシム: 日本人は背も高くないし、世界では身体的にハンディキャップがある。だが、運動能力(動き回る能力)、積極性(アグレッシブなこと)、技術力の高さなど、現代サッカーにとって必要な資質を、日本人は備えている。なのに、多くの人々が外国の真似をしようとしている。私にいわせれば愚かなことだ。そんなことをしなくても、日本人は自分たちの道を探せるのに。もっと自信を持てばいい。自分たちがやっていることは間違っていないと。他人が日本から学ぶような長所を日本人自身が見つけるべきだ。 宮本:今の日本代表で本田圭佑は他選手のお手本になっていると思います。彼が日本代表の鍵を握っていると思いますか? オシム:彼をもっと大事にした方がいいと思う。露出が多すぎる。あまりに多くの注目が集まりすぎている。一人の青年がそういう状況で耐えられるかどうか。 宮本:本田という選手は自分の能力を自分で理解している。それをピッチで出すのはすごく整理されていると思います。 オシム:そうだから、現在がある。 宮本:香川という選手がいますが、香川は自分のプレーがもっと出来ると思っていると思う。それだけの能力があるが、今はマンチェスターユナイテッドで上手くいっていない。この点についてどう思いますか? オシム:さっき本田についていったのと同じこと。香川も守ってやらないといけない。スターシステム(スター偏重報道、偏愛)の犠牲にならないように。ここ(ヨーロッパ)ではスターマニアともいう。 特定の選手の人気が出ること、そのものは悪くない。だが、それが選手の助けにならない。逆に足を引っ張っている。主にメディアの責任だ。サッカーの資質についてではなく、私生活や無関係なことについて騒ぎたてる。しかも最悪のタイミングで騒ぐことが多い。ヨーロッパでもメディアに問題はあるが、日本では深刻だ。 メディア関係者は理解した方がいい。アメリカのスターのようには行かないのだ、人間は腐ってしまう(ふてくされるではなくダメになるの意味)のだということを。腐るといっても、見かけは生きた人間だが、その状況に耐えられるものばかりではないということだ。 20歳代の若者が、毎日テレビに取り上げられて、おとぎ話のヒーローのような扱いを受ける。彼が一人で成し遂げたわけではないのに。そうした問題は、日本がアメリカ化している問題だといえる。 宮本:香川は、自分で周りを使う選手なのか、自分が回りから使われる選手なのかどちらでしょうか? オシム:メッシを例に話そう。メッシはサッカーの進歩に貢献した。しかし、同時に現在のサッカー界の問題のひとつがメッシなのだ。みんながメッシになりたがっている。 だから、香川は日本におけるメッシのような存在だ。みんな香川のようになりたがる。選手としては申し分ない。個人能力が高いのは言うまでもなく、チーム全体を助けられる選手だ。しかし、身体が小さい。最大の問題はメンタルだ。(現在のように注目されている)状況に耐えられるかどうか。 マンチェスターはバルセロナよりもビッグクラブだ。そこで中心選手になるというのは、メッシ(がバルサでプレーすること)以上に厳しい。あるいは、役柄が大きすぎるのか、期待が大きすぎるのかもしれない。もしかしたら、それで自信を少々失っているのかもしれない。そういう時期があるのもノーマルなことだが、マンチェスターが(チームとして)自信を失っている。 いずれにしろ、香川自身だけでなく、私もあなた方も、みんな、期待しすぎていたのかもしれない。しかし、分析すればそうでないのかもしれない。彼はドルトムント時代と同じようにプレーして戦っているのか。あるいは、それ以外の要因があるのか。 サッカーは、見かけよりも複雑な競技だ。彼は1人でプレーしているわけではない。素晴らしい選手に囲まれているから、以前よりも素晴らしいプレーができるとは限らないのだ。ひょっとしたら、それが負担になっているのかもしれない。彼自身にも、周りの人々にとっても。 日本人は責任感が強い。生まれつき責任感が強い上に、成長する過程でもそのように教えられる。だから、自分が背負える以上のものを背負おうとする。それはここ(ヨーロッパ)ではマイナスだ。 ■サッカー全体の発展から見れば、バルサが苦しむのは良いこと 宮本:今季のクラシコ、バルサの印象は? オシム:メディアや観客側は、大きすぎる期待を抱いたのではないだろうか。もっと魅力的で、もっと強く、もっとエレガントなバルサを期待しすぎた。選手にも監督にも。クラブにも、ある程度のリミット(限界)がある。いつでも期待する方向に進めるわけではない。他も追いついてくる。バルサだけでなくレアルも、以前ほどスペイン国内で勝てなくなってきている。特に今バルサが苦労しているが、サッカー全体の発展から見れば、バルサが苦しむのは良ことだ。お金では解決できない問題もあることを理解するために。 宮本:一方でレアルはどうでしょう? オシム:昨シーズンに支払ったツケを今シーズン少し取り戻しているという印象だ。同じような選手がダブっていた問題を解決しつつある。たとえば、イグアインとベンゼマは似たようなタイプだった。同じポジションに同じような選手がいる。それでは選手が、自分を表現できない。誰かが、間違っていると言う必要があった。その後、選手を売り込むエージェント(マネージャー)、それを買う側、理由を説明するのに情報操作、色々なことがあった。そして今シーズンのレアルは、ある程度どうプレーすべきかという方向に沿ってプレーができている。 もちろん、監督が一番大変だ。「ほら、この選手を買ってきたぞ、うまく使え」と言われるわけだからね。普通のチームだと選手は監督の言うことを聞くが、レアルではそれぞれ個性が際立っている。ほとんどの選手が、自分は世界一のプレーヤーだと思っているからだ。本人たちも周りも大変だ。それは高すぎる買い物だったとか、そういう騒音がある。 宮本:レアルにはロナウドがいて、先日バロンドールをとりました。それまでは4年連続でメッシがとっていましたが、彼ら二人が今のサッカー界のトップにいると思います。彼らをどのように見ていますか? オシム:メッシの方が、完全に近い選手だろう。長所が多いという意味で。もう片方(ロナウド)は美男子だし、フィジカル的にも恵まれている。小さい方(メッシ)は、インテリジェンスがあり、グランドで効果的にプレーする方法を心得ている。 身体が小さい点で、メッシの方がロナウドよりもハンディキャップを持っている。しかし、時には身体を張ることもできる。メッシは勇敢でクレバーで、しかも非常に優れたテクニックを持っている選手だ。ただ、どちらが優れているか判定するつもりはない。それはある意味、テイスト(好み・趣味)の領域だ。ロナウドはロナウド的な意味で魅力があり、メッシもまた独自の魅力がある。ロナウドは局面をフィジカル的要素で打開することが多い。つまりランニング、スピード、そして時に、彼自身が備えているカリスマ性で。 一方メッシはインテリジェンスを活かし、思っても見ないようなアイデアで局面を打開する。一つひとつのプレーが相手にとって危険なのだ。しかし、メッシの行っているトリックは、サッカーをよく知らないものにとって、気付くのが難しい。特急列車のように猛スピードで走っているものは、誰もが速いとわかる。間違えようがない。それはロナウドのことだ。一方、メッシは違うやり方で、もっと困難な状況を解決する。エレガントな方法で。 宮本:サッカーの未来について話したいのですが、現在もカウンターやポゼッションなど、様々なスタイルがあります。未来のサッカーは、どういう風になっていくと考えますか? オシム:今、依然としてあるものは、それほど長くは続かない。確実に言えることは、未来のサッカーはもっとスピーディになるということだ。それは走るスピードであり、テクニック向上によるボールコントロールの速さだったり、予測や判断の速さによるプレースピード全体の加速化だ。全ての分野でスピードアップ、改善がなされるだろう。全てというのは、テクニックや戦術面をふくむ全部の分野だ。プレースピードが速くなれば、見ていて魅力的、アトラクティブになる。そういう発展方向だ。スピードアップが、より良い魅力的なサッカーをもたらすだろう。 日本人は、私の代表監督時代の経験から言うのだが、苦労したことがある。コロンビア戦でのことだ。親善試合、キリンカップの試合(訳注=2007年)で、結果は0−0だった。日本は弱くなかったし、内容も悪くなかった。強い相手と引き分けで、わたし自身は満足していた。(コロンビア監督の)ホルヘ・ルイス・ピントは会見で、「日本人はもっとテクニックが優れていると思った」といった。そして私も、「私もそう思っていた」といった(笑) 宮本:日本の選手は監督の指示を待っている。そうではなく、自分で「今こういうプレーをしなければいけない」と決断して、ピッチ上の多くの選手が動けるようになると日本のサッカーはもっと強くなると思いますが、いかがですか オシム:監督が全てを思い通りにやらせようと指揮するのも問題だ。私がセルビア(ベオグラード)にいた時にこういうことがあった。あるセルビア人の監督と話をした。「調子は?」「練習している」「どんな練習だ?」「あした、俺の試合だから」と、主語が自分で、選手ではなく自分が試合に出るかのような口ぶりだった。「俺が試合に出る、俺がゴールを決める、俺が勝利する」という感じで話すものだから、「バカいうな、試合に出るのは選手だろう」と言ってやった。 日本にも似た監督がいる。全部自分で指示しないと気に入らない。もちろん監督は重要だ。しかし、そこには自ずと明らかな基準がある。監督と選手の間の信頼関係が重要なんだ。厳密には監督にすべての権限がある。そういう信頼関係が壊れた状況で、いい結果は出ない。 ◆◆◆WOWOW番組情報◆◆◆ ★名将オシムが斬る!レアル×バルサ クラシコ直前祭~フォルラン緊急参戦! いよいよ週末に迫った伝統の一戦クラシコを前に元日本代表監督イヴィツァ・オシムに独占取材。オシム流クラシコの分析や両チームの戦術からキーマンまでを語りつくす。 【放送日】3月21日(金・祝)夜7:00~[WOWOWプライム]※無料放送 ★過去の名勝負!伝説のクラシコ ・'88 レアル黄金時代“キンタ・デル・ブイトレ” 【放送日】3月19日(水)夜9:00~[WOWOWライブ] ・'95 白い巨人のマニータ返し! 【放送日】3月20日(木)夜9:00~[WOWOWライブ] ・'96 戦術は“ロナウド” 【放送日】3月21日(金・祝)夜9:00~[WOWOWライブ] ★伝統の一戦 クラシコ WOWOWにて現地より独占生中継! リーガ・エスパニョーラ第29節「レアル・マドリードvsバルセロナ」 【放送日】3月24日(月)午前4:55~[WOWOWライブ]※生中継 (番組オフィシャルサイト) http://www.wowow.co.jp/sports/liga/ |