ウェブ戦争
インターネットの歴史はスパムとの戦いの歴史でもある。1970年代には、インターネット初の迷惑メール(スパム)が誕生している。1978年5月にDigital Equipmentの営業担当者がARPANETに宣伝メールを流したのがそれだ。この案件は、その後、謝罪によって収束したという。人間がコンピューターに情報を入力し、それをハイパーテキストで関連付けた網の目。
インターネットという索引を利用し、検索アルゴリズムの隙を探し自身の利益を上げようとするスパマーは検索エンジンの確立以来存在しつづける。
・Google、華麗なるアルゴリズムアップデートの歴史 | Hivelocity ハイベロシティ
Googleのアルゴリズムの変更の歴史はその戦いを物語る。
単純なバックリンク(被リンク)の重みづけでは対応しきれなくなり、複雑にメタボリズムに邁進し膨らむインターネットとそこで増えるスパマーに対抗すべく、アルゴリズムは変更され続ける。
戦争で技術は革新されるというが、アルゴリズムを利用しようとするスパマーとの一連の「戦争」がGoogleの技術的な進化の一助になったかも知れないのは皮肉な話かも知れない。
インターネットは爆発的に普及した。
かつては大きく高級なデスクトップ端末でしかアクセスできなかったインターネットに今やタブレットやスマートフォン、ケータイからでもアクセスできて、最近では家電製品などの既存ハードウェアもインターネットと結びつくことで付加価値を上げようとしている*1。
炎上と愉快犯
しかしどこまで進化してもインターネットは人間のもの。現実的・社会的な枠組みが通用しない分、人間らしいドロドロとした生々しいエゴが出やすくもある。
人間だからこそミスを犯し、人間だからこそ誰かを嫌い憎み、感情的なことを書いてしまう。
多くのコンテンツが散らばり、誰しもが見るからこそネットの中で「炎上」が発生する。
炎上(えんじょう英: Flaming)とは、なんらかの不祥事をきっかけに爆発的に注目を集める事態または、状況を差す。またこのような状態を祭りとも呼ぶ。書籍『学びとコンピュータハンドブック』において田代光輝は、炎上を「サイト管理者の想定を大幅に超え、非難・批判・誹謗・中傷などのコメントやトラックバックが殺到することである(サイト管理者や利用者が企図したものは「釣り」と呼ばれる)」と定義している「炎上」はアクセスを呼び込む。注目を浴びる。
アンディ―・ウォーホルがかつて「将来、誰でも15分間は世界的な有名人になれるだろう」と言ったが、故意に炎上するような書き込みを行いそれを見た人間に不快感を与え挑発することでアクセスを呼び込み、バックリンクをさせ、その書き込みに注目をさせる「釣り」と呼ばれる行為。
そしてそのページに広告を貼り付けることで利益を得る、いわゆる「炎上商法」と呼ばれるものが産まれた*2。
感性を基準に評価にする
・はてなブックマークはてなのホットエントリー(以下、ホッテントリ)機能は面白い。
共有ブックマークの特性を生かして「多くブックマークされる→今一番の話題」という重み付けを行いそれをランキングとして表示させる。
ただ誰しもがブックマークする、コメント(ブコメ)を付ける、ということは「そのページ(記事・エントリー)は面白い」と等価ではない。
誰でもホッテントリする可能性は存在する。
「高品位な記事・エントリーを書いた」からではなく「つまらない、くだらない、バカにしているエントリー」でも可能。
ホッテントリは「話題」の指標でしかなく記事内容の品位を示さないただのブックマークの数。
だからこそ、そこに「はてブスパム」も生まれる。
膨れ続けるインターネットの情報。
インデックス化のアルゴリズムが高度化しても難しい
「バックリンクが未熟(少ない)だが記述内容の充実した高品位なエントリーの抽出」
という側面。
今、キュレーターなど一握りの人間が特定の記事を共有したり、まとめサイトが匿名の意見を抽出しリスト化して見せたり、特定のアルゴリズムを元に個人の嗜好を探り記事を配信したりする仕組みはこの「検索アルゴリズムで重みづけできないコンテンツ価値の抽出」が人間の感性に頼っているからだろう*3。
しかしキュレーターは、特定の人物の感性による抽出に頼るため、そのキュレーターの趣味嗜好が強く反映されたり、個人のリテラシーに拠るため不確定なデマや誰かに不利益を与えかねない情報を広く拡散してしまうという側面も持っている。
ひとりの人間の情報に頼る、というのは当然ながらその人格によってどうとでもなってしまうということでもある。
まとめサイトが、デマやアンチの温床になっている事実も、その個人(まとめ主)の感性によって抽出情報が偏向する側面を象徴している。
投げ銭・お賽銭
「投げ銭」というモノがある。ネット投げ銭とは、Web上の無料コンテンツを閲覧・利用したユーザーが、コンテンツ制作者に手軽に寄付できるようにする仕組みやサービスの総称である。これまでさまざまなネット投げ銭が生まれ、どれも普及せず消えて行った*4。ネット投げ銭の多くは、Webページ上に専用のボタンを設置し、ユーザーにクリックしてもらうことで寄付するという形で行われる。また、寄付金額は「1ドル」や「105円」などの小額から行える場合が多い。このため、気に入ったコンテンツがあった場合に、ソーシャルサービスのシェアボタンをクリックするような感覚で気軽に寄付を行うことができる。
はてなにも「ポイント送信」機能があり、ウェブマネーの代替えとしてはてなポイントを送信することが可能になっているが、送信するひとも受け取るひとも滅多に見かけない(たまにいる)。
・ポイント送信 - はてな
多分、死んではいないはずだが…(え?死んでる?)。
以下、raf00氏の2008年の記事より引用するが
前職でポイントサイトの企画や、ユーザーが有料コンテンツを販売できるサイトを運営していたりしたので、「ネット投げ銭」は非常に興味があるところだが、イマイチ魅力的なプランは出ていない模様。著作権の問題は後回しにするとして、「投げ銭・寄付」を成立させるために、絶対に欠かせないのは以下2点の要素。・気軽に行いたいのに、実行までの手順が複雑、面倒
・クリエイターに対してお金で応援するという意識が育たない「ステキなコンテンツの作成者に寄付しよう」という意思は、コンテンツ閲覧や買い物の意欲に対して極めて薄弱であるばかりか、それを忌避される傾向すら見られるところが大きな問題。この2点を解決するためには
・「寄付しよう」と思った瞬間にすぐに寄付できるくらい、空気のように簡単な仕組み
・ただ「寄付する」という行為ではなく、寄付することで楽しみや価値が生まれる仕組みといった仕組みが必要になるのではないかと思う。
BitCoin
今朝面白いニュースがあった。・Wikipedia創始者の元に仮想通貨BitcoinがWikipediaへの寄付として続々と集まる - GIGAZINE
Time for me to go to bed after a long and interesting day: 17.88428302 BTC ≈ 11,235.26 USD.
— Jimmy Wales (@jimmy_wales) 2014, 3月 11
まるで家入の口座晒し祭りの様相だが、Bitcoinで1万1235ドル(約115万円)集まってそれを寄付することになった、というお話。
これは今やTwitterというオンタイムなフロー型のメディアがあり、Bitcoinというウェブで流通する仮想通貨(ゴールドマンサックスは通貨ではないと言ってるけれど)が普及した今だからこそ成立した事象でもある。
一昔前、TwitterもBitcoinもない時代に募金が一気に1万1235ドル集まる、ということは稀有だったろう。
現実世界の貨幣や通貨がネットで流通するには「変換」が当然必要になる。
「ポイント」を「金」で購入することで「金→ポイント」になる。
コンビニで売っているウェブマネーやiTunesカードなどもそう。
現在のネットでは通貨からウェブ上で使える「通貨」への変換が以前よりも多く行われているように感じる。
「有益である」「面白い」という重みづけ
ネット上のコンテンツにおいての「重みづけ」は、かつての情報自体が少なく発信者も少ない世界では有効だったが、今の、これからの増え続けるインターネット領域を考えれば、求められる「重みづけ」は話題よりも「皆にとっての評価、価値」の方にシフトする必要があるような気がしてならない。ただし評価経済社会ってわけでもない(パラダイム過渡期としての話)。
無料のインターネットは確かにすばらしい。
しかしユーザーが無料で見て利用しても、コンテンツの提供側には広告を経由して金銭が発生している。
ユーザーの「検索」「閲覧」からわかる嗜好や宣伝効果を金に勝手に変える。
ユーザーには見えないし、広告を貼る裏側では金にしているしそこにマーケットは存在する。
しかしこの「広告の収益モデル」がスパムの温床を生み「炎上商法」「釣り」を産んでいるのもまた事実。
ウェブでの「SEO」という単純に「いかにしてアルゴリズムに最適化させるか」という思考はインターネットの品位・価値向上には貢献しないただのテクニックでしかない。
投げ銭という重みづけのシステムでなら、コンテンツの提供側に直接の利益になり、「炎上商法」「釣り」で話題になる「低品位で話題」のブログ・サイトは評価されない。
そしてこのウェブ投げ銭での評価により「高品位と認められるウェブページの抽出」が行われる。
自分が読んで面白いと思ったページ・ブログに投げ銭を行う。
炎上商法、釣り行為は重みづけされづらい。
ただ安易なまとめも上位に来てしまうが、多くの人間が「評価」してしまうのは不特定の人間が関わって評価・取捨選択する限りは避けられない部分だろうと思う。
キセキの価値は?
昔、英バンドRADIOHEADがアルバム「IN RAINBOWS」をユーザーが自由に値段を決めてよいという仕組みで売ったことがある。・「価格はあなた次第」のレディオヘッド新作、幾らで売れた? - ITmedia ニュース
comScoreのデータベースに登録した200万人のデータを基にした調査によると、10月1~29日の間にIN RAINBOWSのサイトにアクセスした人は全世界で120万人。そのうちかなりの割合がアルバムをダウンロードしたという。ダウンロードした人のうち、お金を払ったのは約40%だった。全世界では、有料でダウンロードした人は38%、無料でダウンロードした人は62%。米国では40%が有料、60%が無料でダウンロードした。また米バンド*5NineInchNailsはアルバム「The Slip」を無料で配布した事もある。また購入者が支払った金額は全世界で平均6ドル。ただし、無料ダウンロードした人も含めると平均価格は2.26ドルに下がる。米国の平均は8.05ドルと世界平均より高いが、これは可処分所得に差によるものかもしれない。
(中略)
また無料でダウンロードした人を除けば、4ドル未満で購入した人が最も多く、17%を占めた。iTunes Storeのアルバム価格と同程度の8~12ドルを支払った人も多かった。
・米有名バンド「Nine Inch Nails」が最新アルバムを完全無料でオンライン公開 | スラッシュドット・ジャパン YRO
「音楽」の価値は、「CDショップで○○円で売っている」から〇〇円なのであって、ウェブ上で「幾ら付けてくれてもいいよ」「無料でどうぞ」と言われればその個人個人の価値に変わる。
2,000円でアルバムを買っているからダウンロードも2,000円で、とはならない。
パッケージもない、ライナーノーツもない。
でも無料でダウンロードするひともいれば数千円で買うひともいる。
無料が当たり前のウェブコンテンツ。
ではそこに「アナタならいくら払いますか?」と付け、それが普及すればどのような変化があるのか。
いいね!にお金が付けられるとしたら払うか?払わないか?
もし払わないならその価値がないのか?
話を戻す。
投げ銭には、システムの隙を突く「ウェブ投げ銭スパム」も発生するだろう(さくら行為と等価だから「サクラ」で)。
例えば、自分の金を投げて(別垢経由で)自分で受け取って、を繰り返せば評価だけが上がり、金も失わない。
失ったとしても投資としては安い。
なので「価値を示すための投げ銭システム」というものが必要になるかと思われるが…これを考察すると長いので割愛。
何度も失敗しているウェブ投げ銭だが、今の時代だからこそ必要になってきているのではないのかな?と愚考する次第なのです。
もちろん過去のシステムをそのまま使ってもダメだろうしraf00氏の考察する「「寄付しよう」と思った瞬間にすぐに寄付できるくらい、空気のように簡単な仕組み」というモノを様々なプラットフォームに展開させるには?とか色々と考察にネタは尽きない(なので記事のタイトルは「序」)。
自分が何かしら新しく始めるならこっち系かなーと思わなくもないんですが。
あ、ポイントお待ちしております 笑
(使えるんだよな…?)
・ポイント送信 - はてな
今生きてるweb投げ銭って少なくとも日本国内にはないよね?まあKampa!みたいなのはあるけど、あれはamazonギフト券渡すだけだしなあ。
どっちにしろ「ワシはこんなことやったで! これに対しておまはんらはどれくらい出してくれるんや! どや!」じゃなけりゃ金とか集まらねえと思うんだよね。
「アタシぃ~こんなことやりたいからぁ~ちょ~っとだけお金欲しいなぁ~、ねえ~んパパァ~ん」じゃただのネットキャバクラ嬢だろ。
お前の魂の叫びで出資者の心を動かしたれよ。
おまえになら金出したるわっていう人を作れよ。