March 14, 2014
捏造と改竄
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捏造
捏造(fabrication)は研究者の倫理においてもっとも戒められるべき行為として最初に名前があがるものであり、データがまったく存在しないところであたかもデータが存在するかのように装うことを言う。発見物自体が捏造品である場合や、やってもいない実験や調査をやったかのように論文にする場合がこれにあたる。
日本において社会問題となった事例としては、2000年に発覚した考古学における捏造事件が記憶に新しい。これは、在野の研究者が石器を自ら埋め、それを人前で掘り出してみせるというやり方で遺跡を捏造したものであり、毎日新聞の独自の調査に基づくスクープで明るみにでた。1970年代以降続々と発見されていた前期・中期の旧石器遺跡はほぼすべて彼が関わっており、3年間の調査のあと日本考古学協会はそれらの前期・中期旧石器遺跡すべてが捏造だったと結論した(本当に彼の単独犯だったのかどうかについて疑う意見もあるが確証はない)。
これ以外でも捏造事件はかなり頻繁に生じている。2005年に限ってみても、東大工学系研究科において捏造疑惑があり、国際的に話題になった事件としては、韓国の黄(ファン)教授のヒトクローン胚研究をめぐる捏造疑惑が明るみに出た。
改竄
改竄(falsification)とは、本来その研究からは導きだせないような結論を導き出そうとして、実験のプロセス、データ、分析結果などに意図的に手を加えたり除外したりすることを指す。正しい結果が出ないように実験機器をいじったり、実測値より高めの数値を記録に残したり、不都合なデータをなかったことにして統計的処理を行ったりといった行為がこれに該当する。ただし、単純な誤記や見落としなど、悪意のない間違い(honest error)は改竄には含まない。
捏造と違って、改竄はかなりのグレーゾーンが存在する問題である。一例を挙げると、電子一個の電荷の大きさを決めるために20世紀初頭に行われたミリカンの油滴実験(彼はこの実験によってノーベル賞を受けた)について、ノイズが多いとミリカンが判断した結果は報告から除外されていることが実験ノートの分析からわかっている。これは形式上重大な改竄であるが、ミリカンがデータ隠しを行わなければ電子の電荷が一定であるという重大な発見が遅れた可能性もある。ただ、グレーゾーンがある一方で明白に不正であるような改竄もあり、不正行為として指弾されるのはそうしたカテゴリーに属するものである。
捏造や改竄はなぜ問題なのか
捏造や改竄の問題は多岐にわたる。まず、捏造や改竄によってある研究者が地位や研究資金を得る場合、それは信用の詐取である。これはその研究者個人にとどまる問題でなく、その分野全体、ひいては科学全体と社会の間の信頼関係を損ないかねない。また、科学の研究は既存の研究の上に積み上げる形で行われるが、基礎となるような研究が捏造・改竄されたものであれば、その研究が正しいことを前提として行われた他の研究者の努力と、そこにつぎ込まれた資金がすべて無駄になってしまうことも十分考えられる。旧石器の捏造に関しては、さらに史跡指定の取り消しや教科書の記述変更など、科学者共同体の枠を超えた多方面への影響があった。以上のようなことから考えて、捏造や改竄が厳しく非難されるべきであることについてはほぼ異論はないであろう。
アメリカと日本での取り組み
捏造と改竄に盗用を加えた三つの不正行為に対しては、アメリカでは早い時期から国家主導で組織的な取り組みがなされてきている。研究者による不正行為のスキャンダルがいくつも報告される中で1981年にアメリカ議会内に研究倫理に関する委員会が設置され、1989年に科学公正局と科学公正審査局という二つの組織が、そして1992年には両者を統合した研究公正局(Office of Research Integrity)が創設された。研究公正局はその後全米の研究機関の研究公正の統括を行って現在に至っている。
ここで「研究公正」と訳しているもとのことばはresearch integrityであるが、もう少し正確に原語のニュアンスを伝えるとすれば、「研究において倫理的な基準を高く保って行動すること」を指す。公正という言葉が強調されるようになった背景としては、不正行為(misconduct)をしないという消極的な側面ばかり強調していては研究者が萎縮するばかりであり、むしろ公正な研究者という積極的なイメージを打ち出してきているのだという。
日本では従来、学術会議の答申などはあったものの、政府による取り組みはあまりなされてこなかった。しかし、近年国内研究機関で不正行為の発覚が頻発していることをうけて、2006年に文部科学省の科学技術・学術審議会の下に「研究活動の不正行為に関する特別委員会」が設けられた。研究倫理の制度設計がこれから国内でも進められていくであろうことが期待される。
参考文献
山崎茂明『科学者の不正行為―捏造・偽造・盗用』丸善
内井惣七『科学の倫理学』丸善