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ままならぬ様々な事情によって、都市の光景はいつも風光明媚とは限らない。
『工場萌え』などの作者として知られる大山顕さんは、そこにこそ惹かれるという。
そんな大山さんが、スリバチ学会をしてまだ扱ってない「人工スリバチ」に挑む。


エピソード31

「人工スリバチ」の因縁
[特別寄稿:大山顕]


 ぼくは団地や工場、ジャンクションといった土木構造物を愛で写真に撮っている。いわゆる風光明媚と称されるような、自然豊かな風景にはあまり興味がなく、もっぱら都市の光景、それも様々なままならない事情によりきれいに整えることができなかったものに心惹かれる人間だ。

 そんなぼくが地形好きでもあるというと、意外に思われるかもしれない。地形はいわば大自然の代表のようなものだから。しかし、地面の凹凸こそ「ままならなさ」の最たるもので、これほど都市の人工的な事物に影響を与えているものもないのだ。とくに土木構造物はその規模が大きいので、地形の影響を受けやすい。このままならなさとどう折り合ったか、という結果が都市の風景でありぼくはそれを愛おしく思う、というわけだ。

 だから、スリバチ学会の地形を楽しむスタンスはとても趣味に合う。地形趣味ってともすると安易な都市化批判(かつてのせせらぎが暗渠化されたのを嘆く、というような)になりがちなのだが、皆川会長をはじめ学会員のみなさんたら「暗渠になってくれたおかげで流れの上を歩ける!」って喜んじゃったりする手合いばかりなのだ。すてきだ。

 しかし皆川会長でも「人工のスリバチ」にはまだ触れていらっしゃらない。エピソード6「整形されたスリバチ」で自然の谷地形に手が加えられた事例について書いておられるが、完全なる人工の地形についてはまだ論じていない。ぼくはひとつそれにチャレンジしてみよう。

 舞台は千葉県船橋市。ぼくの育ったこの町にあるショッピングモール「ららぽーとTOKYO-BAY(旧:ららぽーと船橋ショッピングセンター)」にある「地形」についてお話ししよう。

 船橋出身の現在40歳前後の人間は「ららぽーと」に思い出のひとつやふたつを必ず持っていると思う。ららぽーと船橋は1981年にオープンし、自動車でのアクセスを前提にしたショッピングモールとしては最初期のもの。ぼくは中学生の頃よく行った。親に連れられてのほか、甘酸っぱい思い出もある。巨大迷路があって(いまはもうない)そこでね……。いやまあいいや。この話はまた別の機会に。

 すでに30年以上の歴史を持つららぽーとには、今大人になってあらためてじっくり見ると面白いことがたくさんある。その中のひとつが駐車場脇の道路だ。




 上の航空写真でオレンジ色の線で囲った部分がそれだ。駐車場の一部はテニスコートになっている。東関道を挟んで北にららぽーとがあり、すぐ東にあるのはIKEA。その先に南船橋駅。船橋競馬場に加えオートレース場もあるという埋め立て地だ。

 この道はなぜ曲がっているのだろう。地形好きの方々なら街にある魅力的な曲線道路の多くが河川由来だということはご存じだろう。しかしここは埋め立て地なのでそれはありえない。同時に、酔狂で道を曲げたというわけでもないのだ。よく見るとこの曲線のおかげで周辺に利用しづらい「ヘタ地」が発生していることが分かると思う。なにか「ままならない」理由がなければこういうことはおきないはずだ。

 とはいえ驚いたことに地形図を見ると、ここにはあたかもかつて流れがあったかのような微地形の「スリバチ」があるではないか。



東京地形地図」をGoogle Earthで表示したものをキャプチャ


 こうして見るとオートレース場のサーキットもすごいが、ここでの問題は上の航空写真にあった曲線道路の部分だ。いったいこれはなんなのか。国土地理院の「地図・空中写真閲覧サービス」で同じ場所の過去の航空写真を見てみた。そうしたらびっくり!



ふなばし写真館」より。1965年撮影


 ららぽーと開業前の1966年である。まさか水面があらわれるとは!
 これはなんなのかというとビーチなのだ。

 その名も「ゴールデンビーチ」!

 実はららぽーとができる前、ここには「船橋ヘルスセンター」という一大テーマパークがあった。ガスの採掘をしていたところ、温泉が湧き出たのを契機に、1955年に温浴施設としてオープン。ピーク時にはなんと年間450万人が全国から訪れ、「東洋一のレジャースポット」という名をほしいままにした。温泉だけでなく、遊園地、大宴会場、ゴルフ場、水上スキー、サーキット、そしてゴールデンビーチ、さらに遊覧飛行まであったという、ありとあらゆる娯楽を取りそろえていた施設なのだ。1977年に閉じたこの施設に関するぼくの記憶はないが、地元の年配の方々に聞くとみな「それはそれはすごいところだった」と口を揃えていう。

 つまり、現在も残るこの微地形の凹凸に縁取られた曲線道路を走ることは、かつての「ゴールドコースト」を行くことなのだ。人が作った、さして歴史があるでもない「地形」でも、それが「ままならなさ」となって後々の土地の利用に影響する。ぼくなどはとても興味をそそられる事例だ。

 さて、「人工のスリバチ」の謎は解けたが、この話には続きがある。まさに「土地の因縁」としかいいようのないエピソードが眠っているのだ。

 船橋ヘルスセンターの娯楽施設の中のひとつには人工スキー場もあったという。



ふなばし写真館」より。1962年撮影


 これも人工の地形と言えなくもないが、ぼくがいいたいのはそれではない。ららぽーとの脇に人工スキー場といえば、あっ! と思い浮かぶものがあるだろう。



雑誌「SD」1995年4月号より


 そう、「ザウス」だ。現在IKEAがある場所に鎮座していた。1993年にオープンし2002年に閉じた巨大屋内スキー場。地元なのに結局一度も行かなかったが、かなり遠くからも見えるあの巨大な姿に、いま思えば畏怖のようなものすら感じていた。雪国でもなくしかも埋め立て地の場所に、全くの偶然で2度もスキー場が登場するとは、因縁としかいいようがない。ちなみにこのザウス、施工は皆川会長の所属する鹿島建設によるものである。

 さらに重ねて付け加えるのならば、船橋ヘルスセンターの開発運営者であった朝日土地興業は、後に京成電鉄、三井不動産、と3社でディズニーランドをつくるのだった。埋め立て地におけるテーマパークのノウハウが、船橋の埋め立て地から浦安の埋め立て地に移されたのだろう。いずれディズニーランドにおける「人工の地形」についても考察してみたい。



(了)
―エピソード31―
*次回:2014年3月27日(木)掲載

2014/03/06 更新
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東京スリバチ学会 関連書籍

凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩2

最新刊!『 凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩2』





『凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩』
(皆川典久 著/洋泉社 刊)






『ランドスケール・ブック ― 地上へのまなざし』
(石川 初 著/LIXIL出版 刊)






『地形を楽しむ東京「暗渠」散歩』
(本田創 編著/洋泉社 刊)






『東京の自然史』
(貝塚爽平 著/講談社 刊)







『山口晃が描く東京風景―本郷東大界隈』
(山口 晃 著/東京大学出版会 刊)







『東京の空の下、今日も町歩き』
(川本三郎 著 鈴木知之 写真/筑摩書房 刊)




1963年群馬県生まれ。2003年にGPS地上絵師の石川初氏と東京スリバチ学会を設立。谷地形に着目したフィールドワークを都内各地で行う。2012年に『凹凸を楽しむ東京「スリバチ」地形散歩』(洋泉社)を上梓。専門は建築設計・インテリア設計。東北大学大学院非常勤講師。スリバチブログ

石川 初(いしかわ・はじめ)
 
東京スリバチ学会副会長。登録ランドスケープアーキテクト(RLA)。GPS地上絵師。
1964年京都府宇治市生まれ。東京農業大学農学部造園学科卒業。株式会社ランドスケープデザイン設計部に勤務。東京大学空間情報科学研究センター協力研究員。日本生活学会理事。千葉大学特任准教授。早稲田大学、武蔵野美術大学非常勤講師。

佐藤俊樹(さとう・としき)
 
1963年生まれ。1989年東京大学大学院社会学研究科博士課程退学、社会学博士(東京大学)。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。

浦島茂世(うらしま・もよ)
 
美術館訪問が日課のフリーライター。時間を見つけては美術館やギャラリーへ足を運び、内外の旅行先でも美術館を訪ね歩く。Webや雑誌など、幅広いメディアで活躍中。

上野タケシ(うえの・たけし)
 
1965年栃木県生まれ。一級建築士事務所上野タケシ建築設計事務所代表。建築設計の仕事以外に、ライフワークで「庭園」研究をする。共著に『快適で住みやすい家のしくみ図鑑』(永岡書店)、『イラストでわかる建築用語』(ナツメ社)

中川寛子(なかがわ・ひろこ)
 
東京生まれの東京育ち。街選びのプロとして首都圏のほとんどの街を踏破している。茶人であり、伝統芸能オタクでもある。著書に『この街に住んではいけない』(マガジンハウス)、『ブスになる部屋、キレイになる部屋』(梧桐書院)など。

クリスチアーノ・リッパ(Cristiano Lippa)
 
ローマ在住のイタリア人建築家。国費留学で日本滞在中に『凹凸を楽しむ東京「スリバチ」地形散歩』と出会い衝撃を受ける。現在、東京とローマを行き来しながら世界各都市の地形と都市形成の関連性について研究中。

三土たつお(みつち・たつお)
 
1976年茨城県生まれ。ライター、プログラマー。地図好き。@nifty:デイリーポータルZで書いています。好きな言葉は「いきあたりばったり」。好きな川跡は藍染川です。

髙山英男(たかやま・ひでお)
 
中級暗渠ハンター(自称)。
4年前、「自分の心の中の暗渠」の存在に気づいて以来暗渠に夢中に。自身の暗渠ブログでの駄記事は500本を超える。本業は広告・コミュニケーションビジネスで、共著に『絵でみる広告ビジネスと業界のしくみ』『図解ビジネス実務辞典 広告』(ともに日本能率協会マネジメントセンター)『「地形を楽しむ東京「暗渠」散歩』(洋泉社)も一部執筆。

吉村生(よしむら・なま)
 
本業は大学教員だが、暗渠界の住人。杉並区を中心に、縁のある土地の暗渠について掘り下げたり、暗渠のほとりで飲み食いをしたり(数ヶ月に一度唐突に“暗渠酒マラソン”を主催)、ひたすら暗渠蓋の写真を集めたり、銭湯やラムネ工場と暗渠を関連づけるなど、好奇心の赴くままに活動している。『地形を楽しむ東京「暗渠」散歩』(洋泉社/共著)。ブログ:暗渠さんぽ

荒田哲史(あらた・てつし)
 
神田神保町の建築専門書店、「南洋堂書店」店主。神保町で古地図や古文書に囲まれ、坂の多い文京区で凸凹を感じながら育ったことがきっかけで地形に興味を持つようになった。建築と地形の関係は密接であるので、何らかの提案を今後もしていきたい。

松本泰生(まつもと・やすお)
 
1966年静岡県生まれ。早稲田大学理工学術院客員講師。都市景観・都市形成史研究を行う傍ら、90年代からの東京の階段を訪ね歩く。東京23区内にある階段を全て歩くことが現在の目標。著書『東京の階段―都市の「異空間」階段の楽しみ方』(日本文芸社)

大山顕(おおやま・けん)
1972年千葉県生まれ。"ヤバ景" フォトグラファー・ライター。1998年千葉大学工学部修了。研究テーマは工場構造物のコンバージョン提案。工業地域を遊び場としてきた生い立ちがこの論文に結実。卒業後松下電器株式会社(現Panasonic)に入社。シンクタンク部門に10年間勤めた後、フォトグラファーとして独立。出版、イベント主催などを行っている。写真集に『工場萌え』『団地の見究』『工場』 (文庫ダ・ヴィンチ) 他。雑誌やイベント、TV、ラジオ番組など幅広く活動中。
www.ohyamaken.com

[作者より]
まち歩きの醍醐味は、町で見かけた何気ないものから、自分で「何か」を発見することだと思います。この連載記事をきっかけに、自分なりのまち歩きの楽しみ方を見つけていただければと思います。「書を捨てよ、谷に出よう!」です。





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