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ぶきよう。

全体公開 2014-02-18 22:47:10 60views

登校すると、僕の机の上に花瓶が乗っていた。
まだ人の気配のない閑散とした教室で、その赤い花弁だけが生きていた。
 僕は絶句する。辺りを見渡すが当然誰もおらず、そしてその花瓶が乗っているのは間違いなく僕の机だった。
取り落としそうになった鞄を椅子に置いて、もう一度確認してみるがやはりそれは粛々と水分を吸い上げている。緩慢とした動作でその花瓶を掴み、廊下に出た。長い廊下に生徒の姿はまだない。
ゆらりと揺れた菊の花は鮮やかな匂いを放ち、おぼつかない足取りで歩く僕を嘲笑うようだ。
手洗い場で水を捨て、近くのゴミ箱に花瓶ごと叩き込んだ。がしゃりと嫌な音がして細い花瓶は割れたが、どうでもよかった。文字通りゴミになったそれを見て、僕は更に陰鬱な気分になる。今時こんなオーソドックスな事をする人がいるなんてと、むしろ滑稽に感じた。
急に背中に衝撃を受け、心臓がひっくり返った。振り向くと僕の片割れが立っていた。髪色を除けば僕とまったく同じ容姿をした、双子の弟、石田くん。
こんなものを見られてしまったら彼は僕を哀れむだろう。適当に挨拶をして足早にその場を離れた。廊下の角を曲がる時にちらりとそちらを見ると、彼はゴミ箱の中を覗いていた。
最悪だ。僕は教室に戻ってさっきまで花瓶があった自分の席に戻り、自習を始めた。徐々に級友が教室に入ってくる、この中の誰かがやったのだろうか。何の目的で。なんだかどうでもよくなってきて、僕は目を閉じた。
チャイムの音で目を開ける。ちょうど前方の扉が開き、だるそうに教師が入ってきたところだ。適当に連絡事項を読み上げていたが今の僕にはその声が酷く遠いものに聞こえていた。

時間が矢のように飛び去り、気付くと4限の終わりを告げるチャイムが鳴っていた。授業を受けた記憶が全くない。僕は重い腰を上げた、昼休みの前にトイレにいこうと廊下に出るとそこには僕を待っていたのか石田くんの姿があった。
「何かようかね」
「なあ石丸、ちょっと来いよ」
そう言って有無を言わさず僕の腕を引きながら石田くんは人気のない方へと歩いていく。彼はいつも明るく、わざわざ隣のクラスの僕のもとへ逢いに来るのだ。だが時々、石田くんは妙なことをする。屋上から飛び降りようとしたり、わざと指を切ってみせたり、それが僕の気を引こうとしているのか否かは判別できないが、彼の行動に周りは少し怯えていた。
そんなことを考えていると、石田くんは歩くのをやめ表裏ない笑顔でこちらを見る。朝のあれだけどさ、そう放った言葉に僕の背筋は痙攣する。
「気に入らなかった?せっかく石丸のために朝一で買ってきたのに」
脳が思考を拒否して、渦巻きが視界を覆った。まさか、石田くんが?僕はとても冷静を保っていられず彼の腕を振り払った。
「毎度毎度、君の考えていることは理解できない!もうやめてくれ!」
吐き捨てて僕は踵を返した。逃げたと言った方が正しいかもしれない。後ろから、少しだけ寂しそうに、石田くんが僕の名前を呼んでいた。
午後の授業は当然頭に入らず、話しかけてくる友人を怪しまれない程度にあしらいながら放課後を迎えた。
机の中に大人しく収まっている学級日誌を睨んで鞄を背負った。僕はその日初めて日誌をさぼった。
なんだかもう、どうでもいい。



家に帰ると青々しい匂いが鼻を通った。居間では母が趣味で始めたフラワーアレンジメントと格闘していた。おかえり、と僕の顔を見ずに言う。
ただいまと言いながら台所に直行し冷蔵庫から麦茶を出す。食卓テーブルの上には広げた新聞紙、その上には切花がこれでもかと置かれていたので、立ったままコップの中身を飲み干す。
「あの子はまだ帰ってこないの?珍しいわね、二人で帰ってこないなんて」
そんな事言いながら笑う母は、ブーケを作っているらしい。徐に僕に差し出すように見せてきたその花束の中心には、二度と見たくないと思っていたあの赤い花が咲き誇っていた。
僕はまた絶句した。母はお構いなしに次から次へとその花を差し込んでいく。
「菊って仏花だけど、こうすると綺麗よね。特にこの赤い菊」
花言葉は──言いかけた母を遮って僕は自室への階段を駆け上った。何が赤い菊だ。どこが綺麗だって言うんだ。
乱暴にドアを閉めて、制服のままベッドに転がった。今日は最悪な日だ。
目を閉じると瞼の裏側にはまだあの赤と、彼の笑顔がこびりついている。


(赤い菊の花言葉:愛情、あなたを思います )

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白崎まなこ
@shiruko06 投稿一覧
文字書く。変な人だからツイプロ読まないと引くよ。アイコンわちちから。http://t.co/DnD5fKwGEp 4/6発刊族風紀文庫アンソロ主催(@irohanioedo18)です
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