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いつもそこでふと考えてしまうのは、一足のわらじを履く人より、二足のわらじを履く人のほうがおもしろくないか?ということだった。
だって現実的に考えたら「わらじの上にさらにまたわらじを履く」なんて、すごく難しいと思うけど、それをやれる人がいたら見てみたいし、素早く別方向に逃げる二匹のうさぎを一人で捕まえるなんていうのも現実的に考えたら無理な話だけど、それをなんとかして二匹とも捕まえられちゃったら本当にすごいじゃないか。
もちろんどちらもありえない話だとは思うけど、絶対無理ってみんなが言うようなことをなんとか努力してやろうとして、もしできたりしたらそっちのほうがおもしろくない?なんでみんなそれをやんないんだろう?
と、いつも思っていた。素朴な疑問である。
(『そして生活は続く』/星野源)
この星野源のエッセイを読んでいた今からちょうど1年前くらいに、その頃発売された音楽雑誌『OTONARI』を購入しました。そこに掲載されていた「WORKING MUSICIAN 働くバンドマンのリアル」という特集は、僕にとってとてもインパクトのあるものでした。
「音楽活動以外にも仕事を持っているミュージシャン」にフォーカスしたその記事には、いくつもの発見がありました。
「生活のためのお金は音楽以外のところで稼ぐ」
「それゆえ、大きい支持を得ながらも“ビジネスの論理”に取り込まれず好きな音楽を鳴らしている」
そんな「二足のわらじ」的なスタンスで活動しているミュージシャンの姿はとても新鮮で、「一発当てて姉ちゃんと派手に豪遊」みたいな古の世界観ではないけれど(裏ではやっているのかもしれませんが)、とても今の時代らしいというか、こういう地に足のついた方たちこそが多くの人の生活に寄り添う音楽を作っていくのではないかという予感を感じました。
次回から始める連載「音楽で食わずに、音楽と生きる」は、ミュージシャンとは異なる形で音楽産業に関わっている人たちの「二足のわらじ」を紹介する企画です。
その趣旨について、これから説明したいと思います。
昨年2013年は、このブログをきっかけにして音楽雑誌の末席を汚させていただいたりトークイベントに声をかけていただいたり、今まで想像もしたことのなかったような体験をたくさんすることができました。
一方で、平日の日中についてはこれまでと全く変わらず音楽とは関係のない会社でサラリーマンとして働き、生活に必要なお金を得ています。
僕自身も、
「生活のためのお金は音楽以外のところで稼ぐ」
「それゆえ、何かに気兼ねすることなく自分のやりたい内容・タイミングで発信を行える」
という状態に自然となっていたのです。
(だんだん「何かに気兼ねすることなく」とは言い切れなくなってきているのが歯がゆいところではありますが・・・)
音楽とは関係のない仕事で生活を維持しながら、その仕事以外の時間・労力を使って「音楽産業に関連する何か(それが小さなことであったとしても)」にコミットしていく。こういった生き方のオプションは、どれだけ世の中に認知されているのでしょうか。
折しも女子大生のリクルートスーツ姿が眩しい就活シーズン真っ盛りですが、2003年春の自分の就職活動を思い返してみると、「音楽業界に関わる」もしくは「音楽とは全く関係のない業界で働く」というオールオアナッシングの発想しか持ち合わせていませんでした。夢見がちな音楽好き学生のご多分に漏れず「A&Rとして新人を育てたい」とか「JAPANに署名記事書いてクロストークでいじられたい」みたいなことを言っていましたが当たり前のように狭き門に弾かれ、実際に就職したのは堅実なメーカー。その後一度転職も経験しましたが、いずれにせよ「音楽と関係がない仕事」という部分では共通しています。
そして、2014年の3月現在。
今の自分は「音楽とは全く関係のない業界で働く」生活に軸足を置き続けながらも、いろいろな偶然が重なったことで「音楽業界に関わる」という領域にほんの少しだけ足を踏み入れています。自分が立っているこの場所は思いのほか楽しくて、もちろん人生のリソースを複数のことに分配する大変さはたくさんありますが、それを補って余りある刺激に満ちています。
そして、そんな生き方、つまり「オールオアナッシングの発想」から離れたところで音楽と関わりを持っている方はもちろん僕以外にもたくさんいます。そういった人たちがやっていることと考えていることを紹介することで、これからの「音楽ビジネスのあり方」、さらにもっと大きく言うとこれからの「働き方そのもの」について何かしら考える起点になるのではないか。この連載のベースにあるのは、そんな問題意識です。
というわけで、次回から3人の方のインタビューを掲載します。
お三方とも、ライターとして活動したりアーティストのサポートを行ったりしながら、音楽には直接関係のない企業で働く会社員という顔も持ち合わせています。
それぞれの方に、本業以外のところで音楽関連の活動に関わるようになったきっかけや両立の秘訣、2つの領域を知っているからこそ生まれる視点などについて、語っていただきました。
昨今の「仕事論・働き方論」において「これからは会社に依存せず、2つ以上の名刺を持つ時代!」なんて言説がありますが、今回紹介する皆さんはそれぞれがそういう形での社会との関わり方を自然と実現しています。そこには「意識高い(笑)」みたいな鼻を突く臭いは一切なく、ただただ単純に「自分ができる範囲で、好きなこと・やりたいことをやればいい」というプリミティブな衝動に満ちています。
今回の連載を通じて、「音楽業界に関わってみたい」と漠然と感じている学生の方々や、「今更音楽と関わりたいって言ってもリアリティないだろうな」という「現実的な」考えを持っている僕と同世代の方々に、「こんな働き方の選択肢もあるのか」と感じていただけたらとても嬉しいです。
もちろん、そういう気持ちを特に持っていない方々に対しても、「こんなふうに音楽業界と接点を持っている人たちがいるのね」という形で知的好奇心を満たせるものになっていると思います。
この連載が、音楽をより立体的に楽しむきっかけとなり、さらにはつづいていく日々の生活をより充実させるきっかけとなることを願っています。
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司会者「去年の春先にやった「音楽と仕事」企画ともつながってますね。柴さんにインタビューしたりしました」
レジー「そうですね。あの記事では「OTONARI」の内容についてももうちょっと触れてるので、改めて読んでもらえると今回の連載の理解がさらに深まるのではないかと。あと「OTONARI」以外の参考文献で言うと、永田純さんの『次世代ミュージシャンのオンガク活動ハンドブック』からも影響を受けています」
司会者「永田さんの本面白いですよね」
レジー「トーフさんのインタビューもすごく読みごたえあるし、あとはたとえばペーパーレスのチケットサービスとか音楽ビジネスにおける新しい形にトライしている人たちの紹介がいろいろ載ってます。あとこれはもはや読めるところがあんまりないと思うんだけど、宇野常寛さんがコミケで配布したり有料メルマガに掲載したりしていた「文化系のための脱サラ入門」という文章にもインスパイアされました。たとえばこんな一節とか」
とりあえず、ひとつ言えることは僕の「脱サラ」のはじまりは直属の上司と仲良くなったことでした。そして彼から「副業」という発想を学んだ。「会社員をしながらでも本は書ける」のです。そう思うことによって自然に僕の思考回路からは「会社に残る/辞める」という二項対立は消えていきました。これはなかなか実例に出会わないとピンとこない。でも僕は最初に就職した会社で出会うことができた。これは幸運だったと思います。
司会者「宇野さんも最初は会社員しながら評論活動をしてたんですよね」
レジー「この文章はほんと示唆に富んでるんだけど改めて紙で出たりはしないのかな。このあたりが主要なネタ元です。そんな感じで、次回以降の一連のインタビューを読んで何かしら刺激を受ける人が人が出てくると良いなあと思ってます。今回はゼロ回目なのでこのあたりで。1人目のインタビューのアップをしばしお待ちください」
司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」