翻訳担当の阿部です。
一昨年、米「ニューヨーク」誌にノンフィクション作家マイケル・ルイスについて書かれた記事が掲載されました。記事を読んで、ルイスの原稿料についての記述に驚かされました。記事によると、彼の原稿料は「1ワード当たり10ドル」。「単語をひとつ書くだけで10ドルとは! すると1万ワードほどのあの長文記事の値段は、まさか!」と、わけもわからず感心したことを覚えています。
マイケル・ルイスといえば、映画の『マネーボール』や『しあわせの隠れ場所』の原作となったノンフィクション(こちらとこちら)を書いたことで知られる人気作家。近年は『世紀の空売り』や『ブーメラン──欧州から恐慌が帰ってくる』といった金融危機・経済危機に関する著作を出版しています。
デビュー作は、28歳のときに上梓した『ライアーズ・ポーカー』。ひょんなことから投資銀行のソロモン・ブラザーズに転がり込んだマイケル・ルイスが、高額の報酬をもらいながら、債券のセールスマンとして他人の金で巨額の賭けをしたり、他人をそんな賭けに巻き込んだりしていく物語で、ベストセラーになりました。
「しゃべるやつは何も知らんし、知ってるやつはしゃべらんものだ」
「トレーディング・フロアの男たちは、たとえ大学を出ていなくとも、他人の無知につけ込むことにかけては博士号を持っている」
このような文章でウォール街を活写した『ライアーズ・ポーカー』は、ウォール街の強欲な文化を風刺した本だったにもかかわらず、当時の米国の若者は「ウォール街で働くために役立つ入門書」として読むことが多かったらしいです。このあたりは、ウォール街を風刺した映画『ウォール街』の悪役ゴードン・ゲッコーに憧れて金融業を志した若者が多かったことと似ているのかもしれません。
さて、そんなマイケル・ルイスも、大学卒業当初は自分が高額を稼ぐようになるとは考えていなかったようです。ルイスのプリンストン大学時代の専攻は美術史。卒業論文のテーマは、「ドナテッロの彫刻に見られる古代ギリシャ・古代ローマの彫刻の影響」でした。ルイスは卒論を書きながら、物書きになりたいと思ったそうですが、論文を読んだ指導教授からは「こういったものを書いて生計を立てようなどとは決して考えないように」と忠告されたそうです。
ルイスは大学卒業後も何を仕事にすべきかわからなかったので大学院に進学。ある日の晩のディナーで、ソロモン・ブラザーズの幹部の妻の隣の席に座ったことがきっかけで同社に入社することになり、前出の『ライアーズ・ポーカー』が書かれることになったわけです。
昨年、母校のプリンストン大学の卒業式でスピーチをしたマイケル・ルイスは、大雑把にまとめるとこんなことを語っていました(スピーチの書き起こしはこちら)。
私が作家として成功できたのは運がよかったからでした。しかし、成功の物語は、えてして合理化されて語られがちです。成功できた人ほど、自分が単に運がよかったのだということを認めたがらなかったりします。自分が成功できたことには必然的な理由があったのだと思うようになるのです。そして社会も、成功した人が、「たまたま」成功したにすぎないということをなかなか認めたがりません。
私の著書『マネー・ボール』も、表面的には野球の話となっていますが、じつは「運」と「実力」の話でもありました。スポーツの世界は成果主義で貫かれているという風に思われています。しかし、スポーツの専門家の多くが、「単に運がよかった選手」と「いい選手」を区別することができていなかったというのが、あの物語によって示されたのでした。
私のメッセージは次のとおりです。人生での成功云々は、完全にランダムに決まっているわけではないにせよ、かなりの部分が運で決まっています。もしあなたが成功をおさめることができているとしたら、それはあなたの運がよかったからなのです。そして運がよかった人には責務が生じます。運がよかった人は、運が悪かった人に対して、いわば「借り」があるわけです。これは非常に忘れやすいことなので強調しておきたいのです。
いまプリンストン大学を卒業しようとしている皆様は、無数の好運に恵まれてきたはずですが、そのうち、自分がここまでこられたのは「運」ではなく「実力」によるものなのだと思いたくなるようなときがくるはずです。そのとき私が皆様に言いたいのは、たとえそう思っていても、そう思っていないかのように振舞ったほうが、皆様も社会も幸福になるということです。皆様の幸運を祈ります。
1月25日発売のクーリエ・ジャポン3月号には、マイケル・ルイスが8ヵ月間、ホワイトハウスに出入りして書いた「オバマの決断」という記事が掲載されています。ぜひ手にとってご覧ください。