■チェルノブイリ、幼児被害際立つ
チェルノブイリ原発事故は1986年に起きた。国連科学委員会によると、事故の影響で旧ソ連のロシアやベラルーシ、ウクライナで91~2005年、事故当時18歳以下だった6848人が甲状腺がんになった。中でも事故当時の乳幼児で増加が際立った。住民はしばらく事故を知らされず、汚染された牛乳を飲み続けたのが最大の原因だと考えられている。
避難民の甲状腺の被曝線量は平均500ミリシーベルト、避難の必要がなかった旧ソ連の汚染地区住民は約100ミリシーベルトだった。乳幼児はそれぞれの2~4倍被曝したとみられている。住民は内陸部に住むため、昆布などに豊富に含まれるヨウ素の摂取が日頃から不足しており、被害を大きくした一因と分析されている。
死亡は十数人で、半数は手術による出血多量などが原因とされ、がんが直接の死因ではなかった。甲状腺がんの増加が明らかになってきたのは90年以降で、それまでは超音波検査が実施されていない。被曝の影響は今も続いている。
■子の心、傷つけてはダメ 立谷秀清・福島相馬市長
昨年、相馬市内の女子中学生520人を対象に、将来、福島出身という理由で結婚の際に不利益な扱いを受ける不安があるかと尋ねた。すると、約4割が「ある」と答えた。
内科医としても、現在の相馬市の放射線量で妊娠時の胎児に悪影響があるとは考えられない。だが、アンケート結果は、若い子どもたちの心が傷つけられている現状を浮き彫りにした。
福島県による甲状腺検査が3月に一巡するのは一定の成果だろう。甲状腺がんが見つかる数が、これからどう変化していくのかをしっかり見守って欲しい。甲状腺がんやその疑いのある子どもは十分に追跡調査をしていくべきだ。
甲状腺がん患者の医療費無料化も求めたい。県は原発事故後、18歳以下の医療費を無料化した。甲状腺がんは18歳以上の人も発症する可能性がある。医療費を気にせず受診できる環境を国主導でつくり、安全安心につなげるべきだ。
■治療費、国が負担すべき 清水一雄・日本医大教授
1999年から毎年、ベラルーシを訪れ、甲状腺がんの患者を診療している。チェルノブイリ原発事故から25年以上経つが、事故の影響はまだ続いている。
福島の原発事故は、チェルノブイリと規模が違うと言われる。しかし、低線量被曝には未解明の部分が多く、福島でどんな影響が出るのかはわからない。福島でも長期間にわたり、影響の有無をきちんと調べていく必要がある。
ただ、子どもたちが成人すると、進学や就職などで県外に出る場合も多い。全国どこにいても無料で検査が受けられるよう、福島で被災したことを証明する「健康手帳」のようなものを県か国は作るべきだ。
また、検査で見つかった甲状腺がんの治療費は、18歳を超えると家族や本人に負担が生じる。原発事故がなければ必要のなかった甲状腺検査を受けた結果、見つかったがんなのだから、国が将来にわたって全額負担していくべきだ。
■検査途中でも説明必要 西尾正道・北海道がんセンター名誉院長
月1、2回、福島県内で子どもの甲状腺検査をしている。県による甲状腺検査が、県民の要望に十分に応えていないからだ。県民は、検査の途中で説明を聞きたいし、検査画像を印刷して持ち帰りたい人もいる。画像があれば別の専門家の意見が聴けるし、後の検査時に比較もできる。
県は「時間がない」「診断が間違っていると混乱が生じる」などと言って、現状では検査結果がわかるのは約2カ月後だ。画像は煩雑な手続きを取らないともらえない。その場で診断できない医師や技師が検査をすべきではない。
これまでに約3千人を検査し、がんが1人で見つかった。いま見つかるがんは原発事故前にできていた可能性が高い。直径1センチのがんには約10億個の細胞がある。腫瘍(しゅよう)細胞が10億個になるには30回分裂しなければならない。細胞が1回分裂して数が倍になる時間を考えると、1センチになるのには数年かかる。
■継続的に受けて欲しい 鈴木真一・福島県立医大教授
福島県の子どもの甲状腺検査は、世界的にも前例のない規模と精度だ。夏ごろには、がんがどれぐらいあるのか全体像が判明するだろう。甲状腺がんのゆっくり成長する性質などを考慮すると、いま見つかるがんは、被曝とは関係ないと考えられる。
今後、1巡目の検査結果を基礎として、それより増えるかどうかで被曝の影響の有無を見極めていく。子どもの年齢が上がると自然にがんは増えるし、これまでの検査で小さながんも見つかっている。これらの影響も考慮して判断する。
甲状腺がんは「早期発見・早期治療」が患者のメリットになるとは限らない。このため、福島県外で大規模な子どもの甲状腺検査をするのは難しい。会津地方など県内で比較的被曝線量が低い地域との比較ができないか検討中だ。
万が一、被曝の影響が出るとしたら、それはこれから。ぜひ継続的に検査を受けて欲しい。
◆キーワード
<甲状腺がん> 国内では年約1万2千人が発症。9割は進行がゆっくりで、死亡する恐れが少ないタイプ。若い時になるのは大半がこのタイプだ。早く見つけて早く治療をすればよいとは必ずしも言えない。治療の基本は手術で、甲状腺の近くにある発声に関わる神経を傷つける恐れがあり、全摘すれば甲状腺ホルモンの補充が生涯必要になるからだ。
(朝日新聞 2014年3月8日掲載)