2014年03月12日
受験世界史悪問・難問・奇問集 ver.2014 その３（国立大）
・はじめに
例年は私大のみ収集しているので，これは特別編である。2014年は国公立大で暴走した大学がいくつか見られた。国公立大は論述問題が多く，学部別に入試を作る必要がなくて前期１回分だけ作ればよいせいか，良問が多いのが通例である。しかし，この場合は別方向に暴走することがたまにある。教員が学生に課す期末試験の感覚で入試問題を作ってしまうという現象である。これはこれで範囲外の知識を要する問題ができあがる。
ただし，あえて言ってしまえば，論述において思考力を課す試験と範囲外の知識がないと解けない試験は紙一重である。なぜなら作った側は「確かに○○という事実を知らないと解けないが，問題文でヒント出してるんだから推測できるだろこれくらい」と思い込んでいるからだ。ゆえにこうした問題は，おそらく作った本人としては意欲作なのである，困ったことに。しかしふたを開けてみれば，推測なんてつくはずもなく，ちゃんとした解答を作れているのは一部の予備校講師と，さらに極一部の（おそらくその大学の受験生の0.1〜１％くらいの）受験生だけなのであった。それで，その教員が「これだから最近の若者は」となるか，ちゃんと反省してくれるかは別問題だが。
とはいえ，論述で強引に超難問を課す大学というと，例年は一橋大のみであった。しかし，この一橋大型の逸脱をやらかした大学が，今年はもう２つある。一橋大含めて紹介しておこう。一応書いておくが，全て前期日程である。
例年は私大のみ収集しているので，これは特別編である。2014年は国公立大で暴走した大学がいくつか見られた。国公立大は論述問題が多く，学部別に入試を作る必要がなくて前期１回分だけ作ればよいせいか，良問が多いのが通例である。しかし，この場合は別方向に暴走することがたまにある。教員が学生に課す期末試験の感覚で入試問題を作ってしまうという現象である。これはこれで範囲外の知識を要する問題ができあがる。
ただし，あえて言ってしまえば，論述において思考力を課す試験と範囲外の知識がないと解けない試験は紙一重である。なぜなら作った側は「確かに○○という事実を知らないと解けないが，問題文でヒント出してるんだから推測できるだろこれくらい」と思い込んでいるからだ。ゆえにこうした問題は，おそらく作った本人としては意欲作なのである，困ったことに。しかしふたを開けてみれば，推測なんてつくはずもなく，ちゃんとした解答を作れているのは一部の予備校講師と，さらに極一部の（おそらくその大学の受験生の0.1〜１％くらいの）受験生だけなのであった。それで，その教員が「これだから最近の若者は」となるか，ちゃんと反省してくれるかは別問題だが。
とはいえ，論述で強引に超難問を課す大学というと，例年は一橋大のみであった。しかし，この一橋大型の逸脱をやらかした大学が，今年はもう２つある。一橋大含めて紹介しておこう。一応書いておくが，全て前期日程である。
１．一橋大
＜種別＞難問
＜問題＞２ さすがに打ち直すには長いので，代ゼミ（読売新聞と共同）のHPへ
＜解答解説＞
一橋大は昨年（2013年）に超難問を出していたので，「2014年はまともな問題が来るだろう」と予想されていた。しかしである。一橋大は退かぬ！媚びぬ！省みぬ！の精神であった。2014年もやっぱり超難問であった。
昨年はフランス革命であったが，今年は1848年革命が中心である。このまま続くなら来年はパリ＝コミューンかロシア革命あたりだろうか。題材はエンゲルスと良知(らち)力(ちから)。良知力氏は一橋大・社会学部の元教授であり，1985年に在職のまま亡くなっている。マルクス研究の泰斗であり，かつ社会主義運動と東欧の小民族との関係を論じた本も出版している。本問はその著書からの引用である。問題文でエンゲルスの「歴史なき民」論が紹介され，良知力がこれを批判的に考察したことが提示される。そして要求は三つ。
１．エンゲルスのいう「歴史の歩み」と「歴史なき民」の関係の説明
２．実際の「ポーランド人を除く西スラヴ人」の歩んだ政治的地位の変遷
３．実際の歴史を用いた「歴史なき民」論に対する批判
言うまでもなく過剰要求なのだが，いつもの一橋大の超難問より幾分マシなのは，２の要求は易問だからである。まさか一橋大受験生で，チェコ人・スロヴァキア人の歴史を語れない者はおるまい。実際，１の要求はさっさとあきらめて２に400字のほとんどを費やし，最後に「だからエンゲルスはまちがっていた（小並感）」と３番の要求に一応応えて締めた答案は多かったろうと思う。私が受験生でもそうする。実際，それでも６割くらいの点数はもらえるのではないか。
ではまじめに考えてみるとしよう。まずエンゲルスの「歴史なき民」論であるが，聞いたことがない人も多いのではないか。私もMukkeさんのブログを読んでなければ知らんかった。なので偉そうに解説できるほどの知識は無いが，まあ一応。
共産主義的に考えると最終的に国家は消滅する。国家は社会を抑圧するための装置だから，階級闘争が終結すれば不要になる。しかし，その手前の段階として，先にブルジョワ革命・国民国家の形成と資本主義社会の成熟がある。この時点での歴史の主役はブルジョワジーであるが，ここからプロレタリアートの逆襲が始まり，主体的に革命運動を担っていくのだ。だから，国民国家すら形成できず，支配層のブルジョワジーが（極少数しか）いない民族というのは「遅れた」民族であり，または「歴史の歩みから外れた」民族である。加えて言えば，マルクスやエンゲルスは民族という概念自体を資本主義の産物であると考えていた（工業の発展により「国民」は残るが「民族」は消滅する）。ゆえに，共産主義社会では民族は存在しないということになる。そういった観点から考えても，少数民族の民族運動とは，単に国家を細分化させる行為に過ぎず，「反革命的」と捉えられた。これが「歴史なき民族」論になるが，そんなこと知ってる受験生がいたらどんだけ共産主義（もしくは趣味）者だよ（もちろん単純にすごくよく勉強している可能性もあるが）。まあ現実的な解答としては，「歴史なき民」とは独立国家を持ったことがない民族を指すことと，その独立運動が「歴史の歩み」に逆行するとエンゲルスが考えていたことを指摘できれば十分であろう。共産主義思想との関連を述べるには字数が厳しい。
さて，この理屈に沿うならチェコ人やスロヴァキア人は未来永劫独立できず，問題文にある通り「ドイツ人やマジャール人に吸収同化」されてしまうはずであった。しかし，実際の歴史はそうはならなかったし，支配下にあっても歴史的事件を主体的に起こして世界史を動かしてきたのである。問題設定の「17世紀頃から」というのは示唆的で，三十年戦争はドイツの戦争ではあったが，起点はプラハであったことは想起しなければならない。あとは1848年のパラツキーによるスラヴ民族会議，WW1後のチェコスロヴァキアとしての独立，ナチス＝ドイツの占領とソ連による衛星国化を経て，冷戦後に独立を果たした。さらにビロード離婚とEU加盟まで指摘できれば十分であろう。つまりエンゲルスの予測とは外れ，チェコもスロヴァキアも見事に独立を果たしている。なお，マルクス・エンゲルスが想定するドイツの国民国家ではボヘミアも統一ドイツに入る予定であった。しかしパラツキーはフランクフルト国民会議に参加するのを拒否し，むしろスラヴ民族会議を開いたため，マルクス・エンゲルスの怒りを買うこととなった。これが本問と最も直接的につながる事象と言えよう。
ところで，さすがに大手予備校の解答速報では無かったが，twitter等で検索すると，どうもチェコ人の歴史のみを書いたらしき受験生が散見された。それではダメだ。私が採点者なら大減点する。論題が「大民族に対する少数民族の動向」であるのに，「ドイツ人やマジャール人に対するチェコ人・スロヴァキア人」を論じておいて，「チェコ人に対するスロヴァキア人」を無視していい道理はない。本問でスロヴァキア人を無視するのは暗にエンゲルスの理屈に乗っかっており，危険である。そこら辺の危うさも含めて，やはり超難問と言って差し支えなかろう。もう一つ余談を書くと，本問の作題者はまず間違いなく去年と同じである。なぜなら，どちらも革命がテーマであり，「革命とは政治的変革のみならず，社会体制の変化も含むか否か」はマルクス主義におけるテーマだからだ。
これに付随して同様に，「ポーランド人を除く西スラヴ人」だとソルブ人やカシュブ人のことは考えなくていいのという指摘もありうる。無論ソルブ人やカシュブ人は存在自体が高校世界史範囲外ではあり，だから無視して良いのだという反論もまたありうるものの，それを言うと「歴史なき民」論自体が範囲外なので見事なブーメランである。配慮に欠いてるよなぁ。
２．名古屋大
＜種別＞出題ミス
＜問題＞３ 世にこれを白登の囲みという。かかる屈辱的な関係は，その後も長く続き，第６代の皇帝［ �─ 呂�対［ � 和从�に成功するまで続けられたのである。
問１ ［ � 蓮繊痢´─ 呂砲△討呂泙觚豢腓鯏�えなさい。
（編註：�◆銑Г肋蔑�。�，寮飢鬚蓮嶢嚇曄廖��┐�収録対象。）
＜解答解説＞
�，寮飢鬚�匈奴である点，そして白登山の戦い（問題文中では「白登の囲み」）というフレーズから，前漢の話題であることがわかる。そして前漢の第６代皇帝というと景帝だが，景帝の時代はまだ匈奴に対して和親策であり，�┐坊閉襪鯑�れると意味が通らなくなる。つまり，これは第７代皇帝である武帝が正解として求められているのではないか，と推測がついた受験生も多かろう。
実は前漢の場合，第３代と第４代は呂后（高祖劉邦の妻）の傀儡として立てられた幼君であり，特に第４代の少帝弘はカウントされない場合がある。彼を抜くと，確かに武帝が第６代でよくなる。もっとも，高校世界史では代数の混乱を避けるため少帝弘をカウントするという統一見解があり，全ての教科書で第７代となっているはずである。もちろん用語集や資料集でも第７代という表記しかない（少なくとも私は第６代という表記を見たことがない）。
後日，大学当局から出題ミスを認め，受験者全員に得点を与える措置をとったという発表があった。もっとも，朝日新聞の報道（3/1付）によると「名大の担当者は『全体の文脈を読めば（解答は）武帝と分かるが、混乱を避けるための措置』と説明している」だそうなので，あえて言わせていただきましょう。まるで反省していない。はっきり言えばいいんじゃないですか。「高校の教科書なんて全く読まずに作題しました」って。まあそんなんだから象牙の塔とか言われちゃうわけですが。そもそも代数だけをヒントに皇帝の名前を答えさせるようなダサい問題を国公立大が出すなって話ではある。
３．名古屋大（２つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞３ （編註：前漢の高祖は白登山の戦いで匈奴に包囲されてしまい，）そして［ B ］という約束をしてほうほうの態で逃げ帰った。世にこれを白登の囲みという。
問３ ［ B ］このとき漢と�，箸隆屬妨鬚錣気譴拭嵬鸞�」について，
(1) その内容を３つに分け，解答欄の(i)〜(iii)にそれぞれ答えなさい。
＜解答解説＞
途中まで読んで「前漢の高祖が匈奴に大敗して貢納を義務づけられた話やろ，楽勝やん」と思ってた方，３つと言われて呆然としたのではないだろうか。そう，普通は１つしか習わないし，教科書や用語集には残り２つが書かれてないのだ。範囲外と言い切ってしまって差し支えなかろう。正解は言われてみるとあっけないというか，ああこれが後の中国と北方民族の講和の基本形になったんだなぁと思わせられる。「公主（皇帝の親族の娘）降嫁」と「匈奴を兄とし，漢を弟とすること」である。しかし，なんでまたこんな私大的な問題を。
４．名古屋大（３つめ）
＜種別＞悪問
＜問題＞３ 問４ 本文末尾（編註：２番の問題文が該当）にいう「第６代の皇帝」の時代以後，北方ユーラシア騎馬民族と漢との関係はどのように変化したか。紀元前２−１世紀の範囲内で述べなさい。
＜解答解説＞
実のところ，高校世界史において紀元０年をまたぐ場合の年号表記に一定のルールは存在していないのではあるが，普通は親切心で「後」をつける。で，この問題がまさにつけなかったせいで事故った系である。皆さん，これ紀元前２〜前１世紀だと思います？ それとも紀元前２〜後１世紀だと思います？ 意見は割れると思う。もちろん解答も変わってくる。前１世紀まででよければ匈奴の東西分裂まで書けば十分だが，後１世紀ならば匈奴の南北分裂まで書かないと足りない。実際予備校間で解答が割れており，河合塾と代ゼミは前１世紀，駿台は後１世紀という解釈。しかも，「第６代の皇帝」が景帝か武帝かでも解答が変わってくると思うんですが，この問題も連鎖して出題ミスなのでは。
ついでに言うと，現在「騎馬民族」という表記は使わず，「騎馬遊牧民」という表記が一般的。同じ大問なので，まず間違いなく２番や３番と同じ作題者だと思うが，なんかもうまるで高校世界史に準拠する気ないんですね。３つあわせて切腹級でしょコレ。
５．名古屋大（４つめ）
＜種別＞難問・奇問
＜問題＞４ 問題文が長いので代ゼミ（読売新聞）にリンク
＜解答解説＞
そして，2014年の狂った名古屋大の掉尾を飾るのが本問である。いやまず普通の受験生はアレクサンドリアの大灯台を初見だと思うんですがそれは。とtwitterでつぶやいたところ，「civプレイヤーなら知ってる（震え声）」というリプライが飛んできた。うん，でもあっちだと名前がファロスの灯台だよね。同一ってわかるかなぁ。あと受験期にcivをやってる受験生は限りなく高い確率で落ちる（偏見）。
まあここは初見でも解けるように問題文で誘導されている，ということで百歩譲っておこう。しかし，困ったことにアレクサンドリアの大灯台を事前に知っていたとしても解けないのが本問である。「大灯台が建てられた歴史的背景」なんか知らんし範囲内の知識では推測つかんわそんなもん。これに対する大手予備校の解答はさじを投げたのか，「とりあえず指定語句をつなげて，マケドニア王国の勃興・アレクサンドロスの遠征・プトレマイオス朝の成立の流れを書いとけばいいんじゃねーの（すっとぼけ）」という感じである。気持ちはわかるというか，受験生的にも満点ねらいで無いならそれでいいのではないか。しかし，言うまでもなくこのような解答は問題の要求に半分くらいしか応えてないし，指定語句のうち「ムセイオン」は死ぬ。どこの予備校の解答例でも有効に使われていなかった。
では満点を取るにはどうしたらよいか。実はCiNiiで「アレクサンドリア」で検索すれば一発である。すると「都市アレクサンドリアと初期ヘレニズム時代の東地中海世界――セーマ・大灯台・図書館――」という論文が見つかる。著者の周藤芳幸氏は名古屋大学文学部教授で，この論文が収録されているのは『名古屋大学文学部研究論集 史学』（58巻，2012年）。あっ・・・（察し）
だから，自分が書いた論文のテーマを入試問題に転用すんのやめーや。どうしてもやりたいなら，高校世界史の範囲を確認して，受験生が満点取れる形まで落とし込め。実際，１番で収録した一橋大には，まだしもそういう努力の痕跡は見つかるわけで（痕跡だけど）。２〜４番の作題者といい，今年の名古屋大は組織的にあえて高校世界史を無視している感さえあるのだが，どうか。ともかく，この論文を読んで参考にしつつ，再度本問に取りかかるに，要点は以下のようになると思われる。
・アレクサンドロス大王の東方遠征により（論文には直接書かれてないが，これによるティルス市の壊滅は背景にあるだろう），エジプトがギリシア人商人を中心とする東地中海経済圏に有機的に結びつき，穀倉地帯としての地位が向上した。
・帝国解体後のディアドコイ戦争では，各々の王は，自らがアレクサンドロスの正統な継承者であることを示す必要があった。
・そこでプトレマイオスは，アレクサンドリアにセーマと呼ばれるアレクサンドロスの墓を建てた。アレクサンドリアは穀物輸出を担うギリシア人商人の往来が激しかったため，ディスプレイとして効果が大きかった。
・しかし，アレクサンドロスの遺骸に頼り切ることは，奪還される危険性を考慮すると危うかった。そのため，アレクサンドロスとは自立した，別のモニュメントを必要とした。
・そこで，ムセイオン（と付属大図書館）が建てられ，アレクサンドリアはヘレニズム文化の中心地として威信を高めた。
・しかし，ムセイオンはソフト面での威信を向上させたが，建築物としては目立たなかったため，ハード面での威信を示す必要があった。一方，アレクサンドリア周辺は地形として平坦であり，増加するギリシア人商人の来航には不便であった。
・これらの事情から「商人に役立つ」「ヘレニズム文化を象徴する」「巨大なモニュメント」が必要とされた。これが大灯台の建設の背景となった。
実際のところ，これらの項目のうちどの程度まで要求しているのかさえもよくわからないが，いずれにせよ要求が過大すぎる。どれだけ優れた受験生であっても，推測できるのはせいぜい「ギリシア人商人を中心とする東地中海経済圏に有機的に結びつき，穀倉地帯としての地位が向上した」あたりまでであろう。実際，代ゼミと駿台の解答速報ではこの点を指摘している。そこから後ろはねぇ……論文読んでないとどうしようも……
６．千葉大
＜種別＞奇問・難問・出題ミス
＜問題＞３ 問題文が長いので代ゼミ（読売新聞）にリンク
＜解答解説＞
問１は1571年なので「レパントの海戦」，これは基礎知識。問２は非常に答えづらいし，何を求めているのかわかりづらい。まず前半の「なぜおこなわれ」に答えると，正確な経緯・理由を書けば「オスマン帝国でスレイマン１世の後を継いだセリム２世は，自らも父帝のような功績を作るためヴェネツィア領のキプロス攻めを敢行した。これに対しヴェネツィアが西欧諸国に救援を要請したため，対抗宗教改革に活かせると考えたローマ教皇とスペインなどが参戦，ギリシア沖でキリスト教諸国連合軍とオスマン帝国軍が衝突した。」となる。もちろんここまで詳しい経緯は範囲外である。教科書上のレパントの海戦は経緯をすっ飛ばして結果しか書かれていない。
後半の「どのような結果を世界史にもたらしたのか」は，さらに何を答えてよいのかわからない。なぜなら，適当にでっちあげると，「大敗したオスマン帝国は艦隊を再生し東地中海の制海権こそ保ったものの，以後西欧側への攻勢は停滞した。ヴェネツィアは勝利したもののキプロス島奪還には至らず衰退が始まり，スペインも直後にイギリスに大敗して没落が始まった。」となるように，勝った側含めて誰も得しなかったというのがレパントの海戦の特徴だからだ。レパントの海戦とは，地中海が世界史の表舞台であった最後の戦争であって，何も結果が残らなかったからこそ，そう意義づけられている戦争である。だから，先述の答案を「世界史にもたらした結果」と言い切っていいのかというと，私には良心の呵責がある。
問３はもっとひどい。というよりもこの問３は今年の入試でワーストの問題である。問題の要求は３つ。
・日本以外で起きた歴史上の出来事が屏風に描かれた理由
・史実と屏風の間にある描写の違い
・制作理由と描写の違いの関連性
この屏風を初見という人が多かろう。まず史実と屏風の表現の違いであるが，海戦ではなく陸戦になっているのは誰でもすぐに気づく。そして問題文にある通り，「SPQR」の旗がはためいているが，レパントの海戦には古代のローマ帝国やビザンツ帝国はもちろん，神聖ローマ帝国さえ参加していない。加えて，本来のオスマン帝国軍に象兵はいない（少なくとも大規模には用いられていない）はずだが，この屏風には象兵がいる。これらには理由があって，制作した日本人が用いた元絵がザマの戦いの版画だったから。つまり，史実と屏風の違いは意図的な捏造ではなく，単純な考証のミスなのだ。しかし，言うまでもなくそのような美術史的知識は範囲外だし，推測もつかない。どっこい，問題の要求は「史実と屏風の表現の違い」と「制作理由」の関連性なのだ。つまり，出題者は考証ミスという解答を求めていない。
では出題者が求めている解答とは何なのか。しかし，これは私自身，何を書けばいいのかよくわからなかった。私はこの作品の実物を2007年のサントリー美術館で見ていて，図録も持っているが，図録でも制作理由や背景は説明されていない。その他，いろいろと南蛮屏風に関する文献に当たってみたが，やはりしっくりはこなかった。仕方がないので，意を決して所蔵元の香雪美術館に電話して担当する学芸員の方に問い合わせてみた。快く対応していただいたのだが，結果は「制作された理由は諸説あって定説はありません。」であった。
マ ジ で 。
無いの。定説無いの。より正確に言えば定説が無いというよりも，わかってないことが多すぎて確定できない状況らしい。こういう場合，範囲内であれば「定説は無いけど教科書にはこう書いてあるから（震え声）」で突破できるわけだが，無論の事ながら範囲外である（これにより，すでに学会では定説じゃないけど受験世界史では生き残ってる説がいくつかある）。もうずばっと言ってしまおう。本問は無い物ねだりをしている完璧な出題ミスである。そうとしか言いようがない。私も現役高校生だった時代から長年入試の世界史をウォッチしてきたが，さすがに論述問題で「解答不能」は初めて見た。過去にあった一橋大の超難問ですら，しっかり調べれば解答は出せたのだ。おめでとう千葉大。受験世界史に名前が残りましたよ。悪名の形でだけど。
しかし，出題ミスだからといって解答を放棄するのも負けた気分なので，でっちあげて作成してみよう。先に参考文献を。
・展覧会図録『Biombo : 屏風日本の美 = Biombo : Japan heritage as legend of gold』（サントリー美術館・大阪市立美術館・日本経済新聞社編，日本経済新聞社，2007年）
・展覧会図録『南蛮美術の光と影 泰西王侯騎馬図屏風の謎』（サントリー美術館・日本経済新聞社編，日本経済新聞社発行，2011年）
・『永徳と障屏図 桃山絵画・工芸II 〈日本美術全集15〉』（講談社，1991年）
・『風俗画――南蛮風俗〈日本屏風絵集成 一五〉』（講談社，1979年）
問題文に挙げられた屏風の写真は，一番上に挙げた2007年の展覧会から取ったようだ。しかし，2011年にもサントリー美術館で展覧会が行われ，そこでも同屏風は展示されている。なぜこちらを使わなかったのか不可解である。しかも，2007年展覧会の図録の説明よりも2011年展覧会図録の方が出品解説が丁寧で，かつ2011年の出品解説では「実際の制作経緯は不明」とはっきり書かれており，この辺でなんかもう突っ込むのも嫌になってきた。
問題文を読むと，作題者が解答させたい方向性はなんとなくわかる。まず，問題文で制作の依頼者が小西行長・黒田孝高の一族であることが提示されている。そして，おそらく作題者はこの両名がキリシタン大名であることを想起させたいのではないか。この情報を提示したということは，彼らの一族が制作を依頼した主体であるという点に注目して欲しいのだろう。実は制作以来の主体が小西・黒田一族であるということ自体定説ではない。しかし，定説ではないことによって，作題者が想定した説が絞り込める。
次に，この屏風の制作年代は1610〜1614年頃と推測される。なぜなら，この屏風とセットになっている別の屏風には世界地図が描かれているが，その世界地図は1609年にヨーロッパで描かれたものが下絵と判明しているためである。が，そんなの南蛮屏風の研究者しか知らんだろう。問題文には一応「17世紀初頭」とは書かれているが，これだけでは1600年代なのか1610年代以降なのかの判断がつかない。実はこの10年の違いがやや重要なので，ヒントとしては不親切である。なぜなら，徳川幕府のキリスト教禁教令は1610年代に入ってから急激に厳格化しているからだ。1612年には幕領で禁教令，翌年には全国で禁教令が出され，さらに1614年にはキリシタン大名（高山右近が代表例）の国外追放が行われている。
これらの要素を元に，参考文献を参照にしつつ，制作経緯にかかわる要素を挙げておく。
・イエズス会士が「日本人は騎馬図や戦闘図を好む」と報告している。
・キリスト教布教は豊臣政権及び江戸幕府の禁教令によって不調であったから，挽回するべく日本人の心をつかむ必要があった。
・レパントの海戦は，直近の戦争でキリスト教がイスラーム教に勝利した格好の題材であった。しかし日本人画家は海戦図を書き慣れていなかったため，陸戦に置き換える必要があった。
・そもそもザマの戦いの版画くらいしか手に入らないほど，すでにスペイン・ポルトガル本土からの物流が減少していた可能性も指摘できる。
・世界地図と並置することで，キリスト教の勝利とその国際的影響力を強調しようと試みたという説もある。
・レパントの海戦にザマの戦いを適合するのが偶然ではないとすると，ローマから出発してスペインを征服し，その後北アフリカでハンニバルと衝突したスキピオと，レコンキスタでイベリア半島を奪還し，レパントの海戦に臨むスペイン王家を重ねている可能性もある。
・小西行長は秀吉の文禄・慶長の役に従軍しており，その際にキリスト教徒部隊を従軍させている。小西は朝鮮征伐とレパントの海戦を同一視していたという説がある。それゆえに海戦ではなく，小西が活躍した陸戦に置き換えられたのではないか。
・ただし，小西が制作依頼者とすると関ヶ原の敗戦以後である1609年という制作年代と矛盾するので，依頼を仲介した別のキリシタン大名がいると想定される。それが黒田孝高だったのではないか。
とすると，作題者が想定した解答は下二つか。確かにこれなら「日本以外で起きた歴史上の出来事が屏風に描かれた理由」も「制作理由と描写の違いの関連性」も説明できる。できるが……いや本当にこれをあの問題文で聞いていたのだとすると正気ではないな……そもそも小西行長や黒田孝高がキリシタン大名だったことや，幕府の禁教令に関する事例の年号は高校日本史であって世界史ではないし，発想も跳躍的だ。こういう解答を捏造できた受験生がいたら相当にセンスがあるので，他がどれだけひどくても一発合格にしてあげたい気分である。
さて，４大予備校で唯一千葉大の世界史の解答速報をやっている代ゼミの速報を見てみると，「単純にキリスト教が伝来して，日本人絵師にもキリスト教徒がいたことを指摘してあればいいのでは」とあって脱力した。ただ，この意見に安易に反論できないのは，実際にそれでよい可能性があるからだ。おそらく，作題者の教員が元々用意していた採点基準だとほとんど全員ゼロ点になってしまうだろうから。代ゼミの解答例でも点が入るように採点基準を変更しないと，採点が無意味になる可能性が高い。
ところで，この問２と問３は両方とも字数制限が130〜140字程度なのだけれど，問２はともかく問３は想定された解答が入りきるんですかね……その意味でも千葉大にはぜひとも「解答例」を公開して欲しいところで。さらに言えば千葉大の世界史は制限時間が60分なので，他の問題との兼ね合いを考えると，この問２・問３にかけていい時間は 20分，長くても25分しか取れない。それでこの解答作れるかどうかの想定は，ちゃんとしたんですかね。もろもろあわせて非常に気になる。
＜種別＞難問
＜問題＞２ さすがに打ち直すには長いので，代ゼミ（読売新聞と共同）のHPへ
＜解答解説＞
一橋大は昨年（2013年）に超難問を出していたので，「2014年はまともな問題が来るだろう」と予想されていた。しかしである。一橋大は退かぬ！媚びぬ！省みぬ！の精神であった。2014年もやっぱり超難問であった。
昨年はフランス革命であったが，今年は1848年革命が中心である。このまま続くなら来年はパリ＝コミューンかロシア革命あたりだろうか。題材はエンゲルスと良知(らち)力(ちから)。良知力氏は一橋大・社会学部の元教授であり，1985年に在職のまま亡くなっている。マルクス研究の泰斗であり，かつ社会主義運動と東欧の小民族との関係を論じた本も出版している。本問はその著書からの引用である。問題文でエンゲルスの「歴史なき民」論が紹介され，良知力がこれを批判的に考察したことが提示される。そして要求は三つ。
１．エンゲルスのいう「歴史の歩み」と「歴史なき民」の関係の説明
２．実際の「ポーランド人を除く西スラヴ人」の歩んだ政治的地位の変遷
３．実際の歴史を用いた「歴史なき民」論に対する批判
言うまでもなく過剰要求なのだが，いつもの一橋大の超難問より幾分マシなのは，２の要求は易問だからである。まさか一橋大受験生で，チェコ人・スロヴァキア人の歴史を語れない者はおるまい。実際，１の要求はさっさとあきらめて２に400字のほとんどを費やし，最後に「だからエンゲルスはまちがっていた（小並感）」と３番の要求に一応応えて締めた答案は多かったろうと思う。私が受験生でもそうする。実際，それでも６割くらいの点数はもらえるのではないか。
ではまじめに考えてみるとしよう。まずエンゲルスの「歴史なき民」論であるが，聞いたことがない人も多いのではないか。私もMukkeさんのブログを読んでなければ知らんかった。なので偉そうに解説できるほどの知識は無いが，まあ一応。
共産主義的に考えると最終的に国家は消滅する。国家は社会を抑圧するための装置だから，階級闘争が終結すれば不要になる。しかし，その手前の段階として，先にブルジョワ革命・国民国家の形成と資本主義社会の成熟がある。この時点での歴史の主役はブルジョワジーであるが，ここからプロレタリアートの逆襲が始まり，主体的に革命運動を担っていくのだ。だから，国民国家すら形成できず，支配層のブルジョワジーが（極少数しか）いない民族というのは「遅れた」民族であり，または「歴史の歩みから外れた」民族である。加えて言えば，マルクスやエンゲルスは民族という概念自体を資本主義の産物であると考えていた（工業の発展により「国民」は残るが「民族」は消滅する）。ゆえに，共産主義社会では民族は存在しないということになる。そういった観点から考えても，少数民族の民族運動とは，単に国家を細分化させる行為に過ぎず，「反革命的」と捉えられた。これが「歴史なき民族」論になるが，そんなこと知ってる受験生がいたらどんだけ共産主義（もしくは趣味）者だよ（もちろん単純にすごくよく勉強している可能性もあるが）。まあ現実的な解答としては，「歴史なき民」とは独立国家を持ったことがない民族を指すことと，その独立運動が「歴史の歩み」に逆行するとエンゲルスが考えていたことを指摘できれば十分であろう。共産主義思想との関連を述べるには字数が厳しい。
さて，この理屈に沿うならチェコ人やスロヴァキア人は未来永劫独立できず，問題文にある通り「ドイツ人やマジャール人に吸収同化」されてしまうはずであった。しかし，実際の歴史はそうはならなかったし，支配下にあっても歴史的事件を主体的に起こして世界史を動かしてきたのである。問題設定の「17世紀頃から」というのは示唆的で，三十年戦争はドイツの戦争ではあったが，起点はプラハであったことは想起しなければならない。あとは1848年のパラツキーによるスラヴ民族会議，WW1後のチェコスロヴァキアとしての独立，ナチス＝ドイツの占領とソ連による衛星国化を経て，冷戦後に独立を果たした。さらにビロード離婚とEU加盟まで指摘できれば十分であろう。つまりエンゲルスの予測とは外れ，チェコもスロヴァキアも見事に独立を果たしている。なお，マルクス・エンゲルスが想定するドイツの国民国家ではボヘミアも統一ドイツに入る予定であった。しかしパラツキーはフランクフルト国民会議に参加するのを拒否し，むしろスラヴ民族会議を開いたため，マルクス・エンゲルスの怒りを買うこととなった。これが本問と最も直接的につながる事象と言えよう。
ところで，さすがに大手予備校の解答速報では無かったが，twitter等で検索すると，どうもチェコ人の歴史のみを書いたらしき受験生が散見された。それではダメだ。私が採点者なら大減点する。論題が「大民族に対する少数民族の動向」であるのに，「ドイツ人やマジャール人に対するチェコ人・スロヴァキア人」を論じておいて，「チェコ人に対するスロヴァキア人」を無視していい道理はない。本問でスロヴァキア人を無視するのは暗にエンゲルスの理屈に乗っかっており，危険である。そこら辺の危うさも含めて，やはり超難問と言って差し支えなかろう。もう一つ余談を書くと，本問の作題者はまず間違いなく去年と同じである。なぜなら，どちらも革命がテーマであり，「革命とは政治的変革のみならず，社会体制の変化も含むか否か」はマルクス主義におけるテーマだからだ。
これに付随して同様に，「ポーランド人を除く西スラヴ人」だとソルブ人やカシュブ人のことは考えなくていいのという指摘もありうる。無論ソルブ人やカシュブ人は存在自体が高校世界史範囲外ではあり，だから無視して良いのだという反論もまたありうるものの，それを言うと「歴史なき民」論自体が範囲外なので見事なブーメランである。配慮に欠いてるよなぁ。
２．名古屋大
＜種別＞出題ミス
＜問題＞３ 世にこれを白登の囲みという。かかる屈辱的な関係は，その後も長く続き，第６代の皇帝［ �─ 呂�対［ � 和从�に成功するまで続けられたのである。
問１ ［ � 蓮繊痢´─ 呂砲△討呂泙觚豢腓鯏�えなさい。
（編註：�◆銑Г肋蔑�。�，寮飢鬚蓮嶢嚇曄廖��┐�収録対象。）
＜解答解説＞
�，寮飢鬚�匈奴である点，そして白登山の戦い（問題文中では「白登の囲み」）というフレーズから，前漢の話題であることがわかる。そして前漢の第６代皇帝というと景帝だが，景帝の時代はまだ匈奴に対して和親策であり，�┐坊閉襪鯑�れると意味が通らなくなる。つまり，これは第７代皇帝である武帝が正解として求められているのではないか，と推測がついた受験生も多かろう。
実は前漢の場合，第３代と第４代は呂后（高祖劉邦の妻）の傀儡として立てられた幼君であり，特に第４代の少帝弘はカウントされない場合がある。彼を抜くと，確かに武帝が第６代でよくなる。もっとも，高校世界史では代数の混乱を避けるため少帝弘をカウントするという統一見解があり，全ての教科書で第７代となっているはずである。もちろん用語集や資料集でも第７代という表記しかない（少なくとも私は第６代という表記を見たことがない）。
後日，大学当局から出題ミスを認め，受験者全員に得点を与える措置をとったという発表があった。もっとも，朝日新聞の報道（3/1付）によると「名大の担当者は『全体の文脈を読めば（解答は）武帝と分かるが、混乱を避けるための措置』と説明している」だそうなので，あえて言わせていただきましょう。まるで反省していない。はっきり言えばいいんじゃないですか。「高校の教科書なんて全く読まずに作題しました」って。まあそんなんだから象牙の塔とか言われちゃうわけですが。そもそも代数だけをヒントに皇帝の名前を答えさせるようなダサい問題を国公立大が出すなって話ではある。
３．名古屋大（２つめ）
＜種別＞難問
＜問題＞３ （編註：前漢の高祖は白登山の戦いで匈奴に包囲されてしまい，）そして［ B ］という約束をしてほうほうの態で逃げ帰った。世にこれを白登の囲みという。
問３ ［ B ］このとき漢と�，箸隆屬妨鬚錣気譴拭嵬鸞�」について，
(1) その内容を３つに分け，解答欄の(i)〜(iii)にそれぞれ答えなさい。
＜解答解説＞
途中まで読んで「前漢の高祖が匈奴に大敗して貢納を義務づけられた話やろ，楽勝やん」と思ってた方，３つと言われて呆然としたのではないだろうか。そう，普通は１つしか習わないし，教科書や用語集には残り２つが書かれてないのだ。範囲外と言い切ってしまって差し支えなかろう。正解は言われてみるとあっけないというか，ああこれが後の中国と北方民族の講和の基本形になったんだなぁと思わせられる。「公主（皇帝の親族の娘）降嫁」と「匈奴を兄とし，漢を弟とすること」である。しかし，なんでまたこんな私大的な問題を。
４．名古屋大（３つめ）
＜種別＞悪問
＜問題＞３ 問４ 本文末尾（編註：２番の問題文が該当）にいう「第６代の皇帝」の時代以後，北方ユーラシア騎馬民族と漢との関係はどのように変化したか。紀元前２−１世紀の範囲内で述べなさい。
＜解答解説＞
実のところ，高校世界史において紀元０年をまたぐ場合の年号表記に一定のルールは存在していないのではあるが，普通は親切心で「後」をつける。で，この問題がまさにつけなかったせいで事故った系である。皆さん，これ紀元前２〜前１世紀だと思います？ それとも紀元前２〜後１世紀だと思います？ 意見は割れると思う。もちろん解答も変わってくる。前１世紀まででよければ匈奴の東西分裂まで書けば十分だが，後１世紀ならば匈奴の南北分裂まで書かないと足りない。実際予備校間で解答が割れており，河合塾と代ゼミは前１世紀，駿台は後１世紀という解釈。しかも，「第６代の皇帝」が景帝か武帝かでも解答が変わってくると思うんですが，この問題も連鎖して出題ミスなのでは。
ついでに言うと，現在「騎馬民族」という表記は使わず，「騎馬遊牧民」という表記が一般的。同じ大問なので，まず間違いなく２番や３番と同じ作題者だと思うが，なんかもうまるで高校世界史に準拠する気ないんですね。３つあわせて切腹級でしょコレ。
５．名古屋大（４つめ）
＜種別＞難問・奇問
＜問題＞４ 問題文が長いので代ゼミ（読売新聞）にリンク
＜解答解説＞
そして，2014年の狂った名古屋大の掉尾を飾るのが本問である。いやまず普通の受験生はアレクサンドリアの大灯台を初見だと思うんですがそれは。とtwitterでつぶやいたところ，「civプレイヤーなら知ってる（震え声）」というリプライが飛んできた。うん，でもあっちだと名前がファロスの灯台だよね。同一ってわかるかなぁ。あと受験期にcivをやってる受験生は限りなく高い確率で落ちる（偏見）。
まあここは初見でも解けるように問題文で誘導されている，ということで百歩譲っておこう。しかし，困ったことにアレクサンドリアの大灯台を事前に知っていたとしても解けないのが本問である。「大灯台が建てられた歴史的背景」なんか知らんし範囲内の知識では推測つかんわそんなもん。これに対する大手予備校の解答はさじを投げたのか，「とりあえず指定語句をつなげて，マケドニア王国の勃興・アレクサンドロスの遠征・プトレマイオス朝の成立の流れを書いとけばいいんじゃねーの（すっとぼけ）」という感じである。気持ちはわかるというか，受験生的にも満点ねらいで無いならそれでいいのではないか。しかし，言うまでもなくこのような解答は問題の要求に半分くらいしか応えてないし，指定語句のうち「ムセイオン」は死ぬ。どこの予備校の解答例でも有効に使われていなかった。
では満点を取るにはどうしたらよいか。実はCiNiiで「アレクサンドリア」で検索すれば一発である。すると「都市アレクサンドリアと初期ヘレニズム時代の東地中海世界――セーマ・大灯台・図書館――」という論文が見つかる。著者の周藤芳幸氏は名古屋大学文学部教授で，この論文が収録されているのは『名古屋大学文学部研究論集 史学』（58巻，2012年）。あっ・・・（察し）
だから，自分が書いた論文のテーマを入試問題に転用すんのやめーや。どうしてもやりたいなら，高校世界史の範囲を確認して，受験生が満点取れる形まで落とし込め。実際，１番で収録した一橋大には，まだしもそういう努力の痕跡は見つかるわけで（痕跡だけど）。２〜４番の作題者といい，今年の名古屋大は組織的にあえて高校世界史を無視している感さえあるのだが，どうか。ともかく，この論文を読んで参考にしつつ，再度本問に取りかかるに，要点は以下のようになると思われる。
・アレクサンドロス大王の東方遠征により（論文には直接書かれてないが，これによるティルス市の壊滅は背景にあるだろう），エジプトがギリシア人商人を中心とする東地中海経済圏に有機的に結びつき，穀倉地帯としての地位が向上した。
・帝国解体後のディアドコイ戦争では，各々の王は，自らがアレクサンドロスの正統な継承者であることを示す必要があった。
・そこでプトレマイオスは，アレクサンドリアにセーマと呼ばれるアレクサンドロスの墓を建てた。アレクサンドリアは穀物輸出を担うギリシア人商人の往来が激しかったため，ディスプレイとして効果が大きかった。
・しかし，アレクサンドロスの遺骸に頼り切ることは，奪還される危険性を考慮すると危うかった。そのため，アレクサンドロスとは自立した，別のモニュメントを必要とした。
・そこで，ムセイオン（と付属大図書館）が建てられ，アレクサンドリアはヘレニズム文化の中心地として威信を高めた。
・しかし，ムセイオンはソフト面での威信を向上させたが，建築物としては目立たなかったため，ハード面での威信を示す必要があった。一方，アレクサンドリア周辺は地形として平坦であり，増加するギリシア人商人の来航には不便であった。
・これらの事情から「商人に役立つ」「ヘレニズム文化を象徴する」「巨大なモニュメント」が必要とされた。これが大灯台の建設の背景となった。
実際のところ，これらの項目のうちどの程度まで要求しているのかさえもよくわからないが，いずれにせよ要求が過大すぎる。どれだけ優れた受験生であっても，推測できるのはせいぜい「ギリシア人商人を中心とする東地中海経済圏に有機的に結びつき，穀倉地帯としての地位が向上した」あたりまでであろう。実際，代ゼミと駿台の解答速報ではこの点を指摘している。そこから後ろはねぇ……論文読んでないとどうしようも……
６．千葉大
＜種別＞奇問・難問・出題ミス
＜問題＞３ 問題文が長いので代ゼミ（読売新聞）にリンク
＜解答解説＞
問１は1571年なので「レパントの海戦」，これは基礎知識。問２は非常に答えづらいし，何を求めているのかわかりづらい。まず前半の「なぜおこなわれ」に答えると，正確な経緯・理由を書けば「オスマン帝国でスレイマン１世の後を継いだセリム２世は，自らも父帝のような功績を作るためヴェネツィア領のキプロス攻めを敢行した。これに対しヴェネツィアが西欧諸国に救援を要請したため，対抗宗教改革に活かせると考えたローマ教皇とスペインなどが参戦，ギリシア沖でキリスト教諸国連合軍とオスマン帝国軍が衝突した。」となる。もちろんここまで詳しい経緯は範囲外である。教科書上のレパントの海戦は経緯をすっ飛ばして結果しか書かれていない。
後半の「どのような結果を世界史にもたらしたのか」は，さらに何を答えてよいのかわからない。なぜなら，適当にでっちあげると，「大敗したオスマン帝国は艦隊を再生し東地中海の制海権こそ保ったものの，以後西欧側への攻勢は停滞した。ヴェネツィアは勝利したもののキプロス島奪還には至らず衰退が始まり，スペインも直後にイギリスに大敗して没落が始まった。」となるように，勝った側含めて誰も得しなかったというのがレパントの海戦の特徴だからだ。レパントの海戦とは，地中海が世界史の表舞台であった最後の戦争であって，何も結果が残らなかったからこそ，そう意義づけられている戦争である。だから，先述の答案を「世界史にもたらした結果」と言い切っていいのかというと，私には良心の呵責がある。
問３はもっとひどい。というよりもこの問３は今年の入試でワーストの問題である。問題の要求は３つ。
・日本以外で起きた歴史上の出来事が屏風に描かれた理由
・史実と屏風の間にある描写の違い
・制作理由と描写の違いの関連性
この屏風を初見という人が多かろう。まず史実と屏風の表現の違いであるが，海戦ではなく陸戦になっているのは誰でもすぐに気づく。そして問題文にある通り，「SPQR」の旗がはためいているが，レパントの海戦には古代のローマ帝国やビザンツ帝国はもちろん，神聖ローマ帝国さえ参加していない。加えて，本来のオスマン帝国軍に象兵はいない（少なくとも大規模には用いられていない）はずだが，この屏風には象兵がいる。これらには理由があって，制作した日本人が用いた元絵がザマの戦いの版画だったから。つまり，史実と屏風の違いは意図的な捏造ではなく，単純な考証のミスなのだ。しかし，言うまでもなくそのような美術史的知識は範囲外だし，推測もつかない。どっこい，問題の要求は「史実と屏風の表現の違い」と「制作理由」の関連性なのだ。つまり，出題者は考証ミスという解答を求めていない。
では出題者が求めている解答とは何なのか。しかし，これは私自身，何を書けばいいのかよくわからなかった。私はこの作品の実物を2007年のサントリー美術館で見ていて，図録も持っているが，図録でも制作理由や背景は説明されていない。その他，いろいろと南蛮屏風に関する文献に当たってみたが，やはりしっくりはこなかった。仕方がないので，意を決して所蔵元の香雪美術館に電話して担当する学芸員の方に問い合わせてみた。快く対応していただいたのだが，結果は「制作された理由は諸説あって定説はありません。」であった。
マ ジ で 。
無いの。定説無いの。より正確に言えば定説が無いというよりも，わかってないことが多すぎて確定できない状況らしい。こういう場合，範囲内であれば「定説は無いけど教科書にはこう書いてあるから（震え声）」で突破できるわけだが，無論の事ながら範囲外である（これにより，すでに学会では定説じゃないけど受験世界史では生き残ってる説がいくつかある）。もうずばっと言ってしまおう。本問は無い物ねだりをしている完璧な出題ミスである。そうとしか言いようがない。私も現役高校生だった時代から長年入試の世界史をウォッチしてきたが，さすがに論述問題で「解答不能」は初めて見た。過去にあった一橋大の超難問ですら，しっかり調べれば解答は出せたのだ。おめでとう千葉大。受験世界史に名前が残りましたよ。悪名の形でだけど。
しかし，出題ミスだからといって解答を放棄するのも負けた気分なので，でっちあげて作成してみよう。先に参考文献を。
・展覧会図録『Biombo : 屏風日本の美 = Biombo : Japan heritage as legend of gold』（サントリー美術館・大阪市立美術館・日本経済新聞社編，日本経済新聞社，2007年）
・展覧会図録『南蛮美術の光と影 泰西王侯騎馬図屏風の謎』（サントリー美術館・日本経済新聞社編，日本経済新聞社発行，2011年）
・『永徳と障屏図 桃山絵画・工芸II 〈日本美術全集15〉』（講談社，1991年）
・『風俗画――南蛮風俗〈日本屏風絵集成 一五〉』（講談社，1979年）
問題文に挙げられた屏風の写真は，一番上に挙げた2007年の展覧会から取ったようだ。しかし，2011年にもサントリー美術館で展覧会が行われ，そこでも同屏風は展示されている。なぜこちらを使わなかったのか不可解である。しかも，2007年展覧会の図録の説明よりも2011年展覧会図録の方が出品解説が丁寧で，かつ2011年の出品解説では「実際の制作経緯は不明」とはっきり書かれており，この辺でなんかもう突っ込むのも嫌になってきた。
問題文を読むと，作題者が解答させたい方向性はなんとなくわかる。まず，問題文で制作の依頼者が小西行長・黒田孝高の一族であることが提示されている。そして，おそらく作題者はこの両名がキリシタン大名であることを想起させたいのではないか。この情報を提示したということは，彼らの一族が制作を依頼した主体であるという点に注目して欲しいのだろう。実は制作以来の主体が小西・黒田一族であるということ自体定説ではない。しかし，定説ではないことによって，作題者が想定した説が絞り込める。
次に，この屏風の制作年代は1610〜1614年頃と推測される。なぜなら，この屏風とセットになっている別の屏風には世界地図が描かれているが，その世界地図は1609年にヨーロッパで描かれたものが下絵と判明しているためである。が，そんなの南蛮屏風の研究者しか知らんだろう。問題文には一応「17世紀初頭」とは書かれているが，これだけでは1600年代なのか1610年代以降なのかの判断がつかない。実はこの10年の違いがやや重要なので，ヒントとしては不親切である。なぜなら，徳川幕府のキリスト教禁教令は1610年代に入ってから急激に厳格化しているからだ。1612年には幕領で禁教令，翌年には全国で禁教令が出され，さらに1614年にはキリシタン大名（高山右近が代表例）の国外追放が行われている。
これらの要素を元に，参考文献を参照にしつつ，制作経緯にかかわる要素を挙げておく。
・イエズス会士が「日本人は騎馬図や戦闘図を好む」と報告している。
・キリスト教布教は豊臣政権及び江戸幕府の禁教令によって不調であったから，挽回するべく日本人の心をつかむ必要があった。
・レパントの海戦は，直近の戦争でキリスト教がイスラーム教に勝利した格好の題材であった。しかし日本人画家は海戦図を書き慣れていなかったため，陸戦に置き換える必要があった。
・そもそもザマの戦いの版画くらいしか手に入らないほど，すでにスペイン・ポルトガル本土からの物流が減少していた可能性も指摘できる。
・世界地図と並置することで，キリスト教の勝利とその国際的影響力を強調しようと試みたという説もある。
・レパントの海戦にザマの戦いを適合するのが偶然ではないとすると，ローマから出発してスペインを征服し，その後北アフリカでハンニバルと衝突したスキピオと，レコンキスタでイベリア半島を奪還し，レパントの海戦に臨むスペイン王家を重ねている可能性もある。
・小西行長は秀吉の文禄・慶長の役に従軍しており，その際にキリスト教徒部隊を従軍させている。小西は朝鮮征伐とレパントの海戦を同一視していたという説がある。それゆえに海戦ではなく，小西が活躍した陸戦に置き換えられたのではないか。
・ただし，小西が制作依頼者とすると関ヶ原の敗戦以後である1609年という制作年代と矛盾するので，依頼を仲介した別のキリシタン大名がいると想定される。それが黒田孝高だったのではないか。
とすると，作題者が想定した解答は下二つか。確かにこれなら「日本以外で起きた歴史上の出来事が屏風に描かれた理由」も「制作理由と描写の違いの関連性」も説明できる。できるが……いや本当にこれをあの問題文で聞いていたのだとすると正気ではないな……そもそも小西行長や黒田孝高がキリシタン大名だったことや，幕府の禁教令に関する事例の年号は高校日本史であって世界史ではないし，発想も跳躍的だ。こういう解答を捏造できた受験生がいたら相当にセンスがあるので，他がどれだけひどくても一発合格にしてあげたい気分である。
さて，４大予備校で唯一千葉大の世界史の解答速報をやっている代ゼミの速報を見てみると，「単純にキリスト教が伝来して，日本人絵師にもキリスト教徒がいたことを指摘してあればいいのでは」とあって脱力した。ただ，この意見に安易に反論できないのは，実際にそれでよい可能性があるからだ。おそらく，作題者の教員が元々用意していた採点基準だとほとんど全員ゼロ点になってしまうだろうから。代ゼミの解答例でも点が入るように採点基準を変更しないと，採点が無意味になる可能性が高い。
ところで，この問２と問３は両方とも字数制限が130〜140字程度なのだけれど，問２はともかく問３は想定された解答が入りきるんですかね……その意味でも千葉大にはぜひとも「解答例」を公開して欲しいところで。さらに言えば千葉大の世界史は制限時間が60分なので，他の問題との兼ね合いを考えると，この問２・問３にかけていい時間は 20分，長くても25分しか取れない。それでこの解答作れるかどうかの想定は，ちゃんとしたんですかね。もろもろあわせて非常に気になる。
Posted by dg_law at 23:38│Comments(0)│TrackBack(0)
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