PM 10:21
雪乃は待ち合わせ場所、麻帆良学園内に在るカフェ『イグドラシル』 その裏の路地に居た。
雪乃の手には一冊の本、既に読んだことのある本を読み返しているのか、ページの捲りが早い。
『麻帆良書店』と、書かれているカバーが掛けられていて、本のタイトルは解らない。
パラ……、パラ……。
「……愛故に、人は悲しまねばならぬ……」
パラ……、パラ……、パラ……。
「退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ! ……、いいなぁ、これは名台詞……」
パラ……、パラ……、パラ……、パラ……。
「もう一度、ぬくもりを……!」
……本のタイトルは、解らない。
解らないったら、解らない。
そこに一人の男が近づいてきた。
彼の仕事着、と言っても良い、GジャンにGパン。
そしてスーツの時には巻かれていない、彼のトレードマーク、赤いバンダナ。
横島忠夫、である。
横島が近づくと、雪乃は一瞥しただけで、すぐに本に視線を戻した。
「は? アスナに魔法がバレた?」
読んでいた漫画から顔を上げた雪乃が、素っ頓狂な声を上げた。
「ああ、さっきの歓迎会の前にちょっと、な」
横島は溜息混じりに、そう答える。
そんな横島の様子に雪乃は、まあ、大丈夫だろ? と笑った。
「でもなぁ」
しかし、話には続きがあった。
雪乃には話すつもりは無い。
……、色々あったのだ、色々と……。
その色々を、簡単に説明すると……。
出張を早めに切り上げて帰ってきた高畑先生が、知り合いであるネギに会いに行くと言うので、俺も一緒に行く事になった。
ネギの気配を追って森に入ってみると、そこには高畑先生ラヴ! の、アスナちゃんがネギの魔法で……。
……、うっ、鼻血が……!
「ところで横島、さっき歓迎会の時、鼻に詰め物してただろ、あれ、如何したんだ?」
「ぎくぅっ!?」
飛び上がるように驚く横島、その様子に気付かずに、話を続ける雪乃。
「朝も……、まあ、原因はアレだけど、血ぃ流したんだからよ、今日は気をつけろよ?」
血、足りてるか? と、苦笑する雪乃。
そう言うと雪乃は、また漫画に目を戻し、
今日は、もう一人来るから、と、漫画を読み始めた。 如何やら良い所らしい。
「あ、あはは、気をつけ、ます」
本当に心配している様子の雪乃に、横島は冷や汗を流した。
『言えん……! 朝に続いて、アスナちゃんの恥かしい姿を脳内に焼き付けてしまったなどと……!』
「へぇ」
『アスナちゃんが○イパンな事に驚いて凝視してしまったなどとは、絶対に言えん!!』
「ほぅ」
「若干息子さんが元気になってしまったなどとは口が裂けてもー!! って、マナちゃん!?」
「やあ、横島先生、一日教職お疲れ様……、今日は如何やらパラダイスだったようだね?」
突然現れた、マナに驚く横島。
黒いケースを肩に担いだ、マナは、ニヤリ、と笑う。
「あ、あはは……! いつから其方に?」
「少し前から、……、ああ、確か誰かの恥かしい姿……、白板だとか何とか……、そのくらいかな?」
「!?」
「ははは、三元牌が如何したのかな? 横島先生」
もう一度、ニヤリ、マナが笑う。
「ああ、私達2‐Aの皆が慕っている横島先生が……、無毛偏愛主義者だったとは……」
普段、クールな少女はこういった時だけ、饒舌に横島を弄る。
彼女、龍宮真名は、横島忠夫は弄れば弄るほど、楽しい人間である事を知っているのだ。
「ああ、そうだ、先生、……私も剃った方が良いかい?」
しれっ、と、口にするマナ。
「んなっ!? ば、ば、ばばばばっ! 馬鹿な事を言って教師をからかうんじゃ是非お願い……っとと、ないぞ!?」
本音がぴゅるっ! と出てしまう横島。
「ふふ……」
こんな横島を見て、マナは可愛いと思ってしまうのだった。
一年半前、横島達と出会う前の龍宮真名では考えられない事である。
魔装生徒!
ユキま!
第七話
「……ふぁ」
目を覚まして早々に、大欠伸。
今日は午後の授業が無かった横島は、早々に出来る仕事を終え、屋上で昼寝をしていた。
「起きたか、横島」
隣にはエヴァンジェリンが座っている。 如何やら今日もサボりらしい。
「……ああ、おはよう、エヴァちゃん」
横島は体を起こすと、時計を確認する。
「そろそろLHRが始まるな……、エヴァちゃん……」
「私はパスだ」
立ち上がった横島にそう言うと、エヴァは寝転がる。
「了解、遅くならないうちに、帰れよ?」
「……ああ、茶々丸に」
「ああ、屋上で寝てるって言っとくよ」
また、明日な、と、屋上を去る横島。
ぶるっ……!
悪寒が背中を走った。
「……、何か嫌な予感が……、俺の運命を決定付ける何かが起こる予感が……!?」
一方その頃。
ぐつぐつと液体が煮えている。
ビーカーに入ったソレを見詰めるネギ・スプリングフィールドの表情は、真剣そのものだ。
「こんな事で許してくれるとは思わないけど……」
ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
液体に手をかざし、呪文を唱え始める。
age nascatur potio amooris!!
ボンッ!!
黒煙をあげ、ソレは完成する。
「で、できた!!」
喜ぶネギ、しかし、ソレが、一人の男の人生を狂わす事になるとは……。
「コレを飲めば人間はおろか、あらゆる異性にモテモテに!!」
ネギはアスナの元に向かって、駆け出した。
「ったく、あのクソガキ……」
ブツブツと文句を言う、アスナ。
そこに、
「まあ、許してやってくれ……」
と、LHRの為に教室に来ていた横島が声を掛ける。
「よ、横島先生っ!?」
ガタッ!
と、椅子ごと、体を引くアスナ。
昨日の例の件がまだ尾を引いているらしい。
「……、あー、あれは俺も忘れるから……、な?」
「あ、あははっ、き、気にしてませんよっ?」
ぎこちなく笑いあう。
そこに、パタパタと足音が聞こえてきた。
「アスナさーん! アスナさん!!」
「また来たわね、ネギ坊主……」
溜息を吐くアスナ。
くあっ!
「何の用よ!」
「うっ、じ、実は出来たんですよ、アレが!」
「アレ?」
ニコニコと笑って、出来上がったばかりの薬を差し出すネギ。
「惚れ薬です、惚れ薬」
作ったんです、と言いながら、蓋を開ける。
惚れ薬。
その言葉に、この男が反応しないわけが無い。
ピク!
耳が動く。 横島イヤーは地獄耳だ。
『惚れ薬……! アレさえあれば、俺にも春がっ!!』
惚れ薬で、一度死にそうになった筈のこの男、まったく懲りていなかった。
「いらないって言ったでしょう!」
アスナがネギの薬を拒否するのを見て、横島は。
「嗚呼っ! 何故だか急に喉がかなりの勢いでカラカラになってしまったぞぉっ!! これは何か飲まないと枯渇してしまいそうだぁ!!」
と、妙に芝居がかった台詞でアスナとネギに話しかけた。
「「え? 横島先生?」」
「おんやぁ!? ネギ君にアスナちゃん! 良い色のジュースを持っているじゃないかっ!!」
「え、ええっと、横島先生、これは……」
「HAHAHA! 早くしないと木乃伊になってしまうよー! ハリー! ハリーハリーハリー!!」
ネギの持っていた薬を横島は引ったくり、
「いやぁ、ネギ君ありがとう!!」
と、かなり良い笑顔でソレを飲み干したのだった……。
ごくっ! ごくっ! ごくっ!!
「あ、あわわわわっ!」
慌てるネギ。
「…………」
横島に何か変化があるか、見詰めるアスナ。
横島に特に変わった様子はない。
「……ホラ、何にも起こんないじゃない」
「あれ……、おかしーなー」
と、首を傾げる、ネギ。
「何のつもりか知らないけれど、そんな事じゃ機嫌直さないからね!」
「や、やっぱりそうですよね、ごめんなさい……」
「んだよ、失敗作かよ……、今度はちゃんと作れよー」
ガックリと肩を落とす横島。
と、そこに。
「横島せんせー」
スーツの裾を、くいくい、と、引っ張られる。
「ん?」
振り向くと、
「このかちゃんか、どうしたの?」
頬を赤らめて、横島を見詰めていた。
「……せんせ、いつも思うけど、格好ええなぁ……」
ぎゅ……
このかはそう言って、行き成り横島に抱きついた。
「おおうっ!? こ、このかちゃん!?」
「なー、せんせー、うちとのお見合い、いつしてくれるん?」
上目遣いで、そう聞いてくるこのか。
「な、ななな、何を言ってるんだい、このかちゃん……?」
「お爺様がなー? 横島先生なんか、どうじゃ? って、横島せんせは、うちが良かったら、貰ってくれるって言ってたって……」
そう言って、横島の胸に顔を埋める。
こ、これは!! ほ、惚れ薬の効果か!?
いつも、のほほんでぽやーっとしているこのかちゃんが、此処まで大胆になるなんて!!
し、しかしっ!!
首元に、冷たい感触が二つ。
一つは、黒い銃口、IMIデザートイーグル。
もう一つは、野太刀、夕凪の白刃である。
「や、やあ、マナちゃん、せつなちゃん……、ちょ、ちょーっと、怖い、というか、斬れてないかな? 首」
つー、と赤い何かが首を伝う。
「いえ、気のせいです」
「ああ、気のせいだよ」
「ど、どどど、退けてくれないかなぁー? なんて?」
「……ああ、ごめんごめん、先生が近衛さんと抱き合っているように見えてね? 引き金が軽そうだ……」
「…………、今日は夕凪が重く感じますね……、このまま、先生の首に落としてしまいそうです」
「ひぃっ!?」
自分のおかれた状況に、心のそこから悲鳴を上げ、このかから離れる。
「あん、横島せんせーのいけずぅ……」
急に離れていった横島に、このかは非難の目を向け、
「もう一回や〜」
と、横島に近づく。
ジャキッ!
チャッ!
二つの凶器が横島に向けられる。
「……、せ、戦略的撤退〜!!」
横島は、逃げ出し
こうして、横島争奪麻帆良学園鬼ごっこ、が、始まったのだった。
「ちっ、本物だったのか……」
「あ、あわわわわっ! よ、横島先生〜!」
「ひぃ〜! 惚れ薬ってこんなんばっかりか〜!!」
後ろから迫り来る、弾丸や、衝撃波を避けながら、横島は逃げ続ける。
「横島せんせ〜、足はやいなぁ〜」
「横島先生! 何故逃げるんだい!!」
「横島先生! 逃げないでください!!」
「先生は、そんなに拙者たちが嫌でござるか?」
「横島老子! 勝負アル!」
「「「「横島せんせぃ〜〜!!」」」」
「な、なんで増えとるんじゃ〜!!」
廊下ですれ違うたびに、鬼を増やし、鬼ごっこは尚も続いていく。
――三十分後
「ど、如何にか、撒いたか……」
へろへろに成りながらも、横島は生き延びていた。
きょろきょろ、と回りに誰もいない事を確認し、ベンチに座る。
「こ、怖かった……!」
ちょっと、嬉しかったけど、と、言っているあたり、やはり横島らしい。
「……、お、横島」
「っ!?」
ベンチで息を整えていた横島に後ろから、声を掛ける者が居た。
横島は、一息でベンチから飛び退り、逃げる体勢を整える。
「おまえ、何やってんだよ? LHR終わっちまったぞ?」
横島に声を掛けたのは、雪乃だった。
「な、なんだ、雪之丞か……」
安堵の溜息を吐き、ベンチに座りなおす。
「なんだ、とは、失礼な奴だな……、心配して探しに来てやったのに……」
如何やら、先程の鬼ごっこの事を心配して、来てくれたらしい。
「……ああ、ありがとうな」
雪之丞の目には、先程の追手連中のような怪しい光は見えなかった。
如何やら、薬の効果は切れたか……。
そう、安堵した時だった。
ぐいっ。
横島のネクタイが、引っ張られる。
急に引っ張られた横島は、抗う事が出来ずに引っ張られた方向に体を持っていかれる。
「……んっ」
「むぐぅ!?」
唇に感じる柔らかいナニか。
「ん、んちゅ……、ふぁっ……」
「んっ、ちゅ……、ゆ、雪っ!?」
熱い息遣い、横島の体にぴたり、と、寄り添う雪之丞の体が、横島の理性を奪っていく。
……と、その時。
「……ヴぁ?」
惚れ薬の効果が、切れた。
「雪之じょ……、ゆ、雪乃……!!」
正気に戻った雪乃が見たのは、横島の顔。
頬を上気させ、迫り来る横島の顔に、雪乃は、
「んちゅぅぅぅぅぅぅ〜〜」
まったく反応できなかった……。
「俺は、男だぁ〜〜〜〜!!!」
「ぎゃぼ〜〜〜!!」
雪乃の怒りの拳に、空を舞う横島。
上空、十メートル程まで、舞い上がり、頭から落ちる。
ずしゃぁぁっ!
「お、俺は! おとこ、だっ!」
頬を上気させ、言う雪乃。
「俺は男だ! 男だ! 男だぁっ!!」
中庭のオブジェに頭を、ガンガンとぶつける雪乃、まるで昔の横島のように。
「別にっ! 気持ちよくなんて無いっ! 嬉しくもなぁいっ!! ……、まだ、横島で、良かっ……、ちっがーうっ!!」
ガンガンガンガンガンガン!!
中庭のオブジェが形を変えていく。
「ちがうっ! 俺は、男だぁ〜〜〜〜!!」
その叫びは、まるで自分自身に言い聞かせるようだった。
あとがき
お待たせしました、七話です!
一週間、家を空けていたので、家の中が埃っぽくて堪りません。
今日は、やけに天気がいいので、布団を干しましたよ……、二ヶ月ぶりに。
レス返し
DDHさん
>いやあ、ここまで一騎読みしましたが面白すぎです
ありがとうございます、これからもコレを維持できるように頑張ります。
Februaryさん
>ああ、もうすっかりオンナノコやってますね〜ゆきのん・・・彼の精神は男に戻れるんですか?ww
……、戻れ、るの、かなぁ? と、作者自身も疑問に思っております。
紅蓮さん
>たぶん、仕事の事なんでしょうが妄想が止まりませんwww
誰かに聞かれたら、イケない会話にしてみました。
趙孤某さん
>ネギ君の教師生活第一歩、そして横島との血で血を洗う(?)フラグ争奪戦のスタートw
横島忠夫、ロケットスタートです!
Tシローさん
>ふと思ったのですが、横っちと双子は仲良さそうですよね。
確実に良いでしょうね、精神年齢が近そうです。
Cynosさん
>雪乃嬢もしっかり女性化して来ていて何よりですw
これから一進一退を繰り返しつつ、完璧なる淑女へと……!
なったら、面白いかと。
九頭竜さん
>あー、なんというか雪乃嬢はもう戻れないところまでキているようですね。元の世界に戻っても女のままな気がするのは俺だけだろうか?
いえいえ、案外そう思っている人も多いみたいですよ? 作者自身がそうだったりもします。
これからの展開しだいですが……。
DOMさん
>完全に自立した女の目指す妻の発言にしか聞こえん…。
もう、妻で良いんじゃないかな? と、思い始めました。
最後の砦さん
>ネギ君登場ですか。彼はどんな風に弄られ…もとい活躍してくれるんでしょうね。楽しみです。色々と(笑
今回までは、まだまだ弄るところが少ないので、弄ってませんが……、そろそろ、でしょうね(笑
リーさん
>このまま行くと、横島も雪乃も新たな世界(ロリ&女性)に行ったまま帰って来られなくなりそうですね・・・
もう、あの頃の横島たちは帰ってこないんですよ……、と、遠い目をしてレスを返します。
wataさん
>ネギが麻帆良に来たのは2002年じゃなくて2003年です。
誤字でした、報告ありがとうございます!
アイクさん
>それより、ネギが今来たところですか。惚れ薬事件とかどう変化するんでしょうかね?(笑
ネギは蚊帳の外になってしまいました。
今回、横島を追っかけたのは、元々好意を抱いていた人たちばっかり……、とか?
ERさん
>雪の字のバトルシーンを期待して待ってます。
もうちょっと、バトルまではかかりそうです。
しばしお待ちを。
dvorak配列さん
>うーん、雪の字と横島の関係が何時どうバレるか気になります
タイミングが難しいので、慎重に、且つ豪快に、そして面白おかしくバラします。
多くのレスを有難うございました。
ネギま! 本編とも絡んできたので、色々と難しいところもちらほら、出てきましたが、頑張って書いて行こうと思います。
では!
ばっちこ〜い!!