風だけが吹き抜ける商店街。崩れた家。はびこる雑草。ある日突然、人が消えた町は異様な静けさにつつまれている。

 原発事故から3年。住民避難が続く福島県双葉郡の現実だ。

 福島第一原発では汚染水との闘いに明け暮れている。日々、約4千人が目に見えない放射線と向き合いながら、作業に従事する。

■浜岡は避難に6日?

 私たちは11年7月の社説特集で、「原発ゼロ社会」を提言した。老朽化した原子炉や巨大地震の想定震源域にある原発は閉め、代替電源への切り替えを急ぎ、できるだけ早く原発をなくそうと呼びかけた。

 いまも、その考えは変わらない。むしろ、原発全廃までの期間はずっと短くできる見通しが立ったといえる。

 最も心配した電力不足の問題が、広域融通や節電の定着で夏・冬ともに、おおむね解消できることが立証されたからだ。

 ところが、安倍政権は一定量の原発を「重要なベースロード電源」として今後も使い続ける方針を掲げる。

 原子力規制委員会の審査に適合した原発は動かすことを決めている。「原発依存度を低減させる」といいながら、再稼働への前のめり姿勢は明らかだ。

 はたして安倍政権は、福島での事故であらわになった「原発リスク」に十分、手を打ってきただろうか。

 ひとつは防災・避難計画だ。

 事故の際、双葉郡では予定したバスが放射線の影響で来なかったり、避難の車が渋滞したりして大混乱が生じた。

 その後、防災計画の策定が義務づけられる自治体は、原発から30キロ圏内の135市町村へと拡大された。政府の指針やマニュアルも改定された。

 だが、中身は項目の列挙にとどまる。これまでに具体的な避難計画をまとめた自治体は5割に満たない。

 民間団体「環境経済研究所」の上岡直見代表が全国17原発を対象に全住民の避難にかかる時間を計算したところ、高速道路が使えても、最短の大飯(福井県)で8時間。最長の浜岡(静岡県)は63時間かかり、国道のみだと6日を要するという。

 あくまで試算だが、一部の道府県が公表している詳細シミュレーションでも同じ傾向が見てとれる。

 規制委や国の原子力防災会議事務局が計画策定の支援に乗り出しているものの、現実問題として避難が可能なのか、客観的に判断する仕組みはない。

 福島の経験を重くみるなら、たとえば交通の専門家らによる「避難計画検証委員会」を設けてはどうか。

 各自治体の計画の妥当性を調べ、30キロ圏内の住民が情報を共有する。そのうえで、周辺自治体が再稼働の可否に関与できる制度を整えるべきだ。

■総量規制も検討せず

 放射性廃棄物も、原発が抱える大きなリスクである。

 原発を動かせば、それだけ使用済み核燃料が増えるのに、各原発にある燃料プールの容量は限界に近づいている。

 政府が描くのは、使用済み燃料を青森県六ケ所村にある再処理工場に持ち込み、再び燃料として利用する核燃料サイクル事業だ。

 しかし、再処理には巨額のコストがかかるうえ、新たにできる燃料を使える原発は現時点で3基しかない。仮に工場がうまく動いても、危険なプルトニウムを増やすだけだ。再処理の過程で出る高レベル放射性廃棄物の処分場もまだない。

 こうした原発ごみの処分の難しさは以前からわかっていた。事故後、日本学術会議は原発から出る放射性廃棄物の総量に上限を設ける規制を提言したが、安倍政権がそれを真剣に検討した節はない。

■「国富流出」論の本質

 そもそも、なぜ再稼働が必要なのか。

 政府は「国富流出」を言い募るが、本質は電力会社の経営問題である。原発の停止に円安があいまって、火力発電用の化石燃料の輸入コストが急増し、各社の収益は悪化している。これまでに6社が値上げした。

 確かに電気料金が家計や企業活動に与える影響は、注意深く見守る必要がある。原発が動けば、電力会社の経営が目先、好転するのも事実だ。

 しかし、廃棄物の処理や事故リスクを考えれば、原発のコストがずっと大きいことを政府はきちんと認めるべきだ。

 原発再稼働を最優先に考える電力会社は、古くて効率の悪い火力発電所の建て替えや増強に二の足を踏む。自然エネルギー電源との接続にも言を左右にする。代替電源の確保にさまざまな手を打つべき政権が、それを黙認するなら、国民への背信行為になるだろう。

 福島での事故は、原発が抱える根源的な問題を見て見ぬふりをしてきた末に起きた。

 もう先送りは許されない。