「どうすれば日本は良くなるか」という質問に対する、わたしなりの答え
2014/03/122014/3/11にメルマガで配信した文章をこちらにも載せることにしました。
あらかじめ言っておきますが、長文です。
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メルマガはQ/A形式で、この回では読者様からお寄せいただいた「どうすれば日本は良くなると思いますか」という質問に答えさせていただきました。
質問「どうすれば日本は良くなると思いますか」
長くなるので、3パートに分けて説明したい。パート1では問題を、パート2では解決方法のヒントを、そしてパート3では解決方法を紹介する。
パート1: 日本の問題
メタな話をするけど、「どうすれば日本は良くなると思いますか」という質問の答えは十人十色になる。Aさんはお笑いで日本を良くしたい、Bさんはスポーツで日本を良くしたい、Cさんは地方から日本を良くしたい、と続くのだ。
「ひとりひとり、日本のために何が出来るかを考えよう」というのは聞こえが良い。聞こえは良いが、時代錯誤だとわたしは思う。
日本は借金だらけの国だ。全員がバラバラに、良かれと思う行動を取っている場合なのだろうか。どう頑張っても「十人十色」は「一致団結」に敵わないのに。
わたしが住むシリコンバレーでは、世の中を良くしたいと思う起業家が集結している。ここの起業家たちに「どうしたら世の中は良くなりますか」と聞けば、返ってくる答えは人それぞれだが、必ずどこかで「技術の力を使う」というフレーズが出てくる。最大公約数的に「技術で世の中を良くする」という考えが社会の根底にあるからこそ、シリコンバレーは一致団結して動けるのだ。
一方、「どうすれば日本が良くなるか」という質問に、今のところ最大公約数となりうる答えは見当たらない。かといって、「技術」をそれに抜擢すべきかというと疑問符だ。
国は広い。
アメリカも、国レベルで「技術」を掲げているわけではない。あくまでシリコンバレーという都市レベルで掲げているのであって、たとえばロサンゼルスなら「エンタメで世の中を良くしよう」と言う人が多数派である。都市間競争とはそういうことだ。
シリコンバレー在住の身としては、日本でも「技術で世の中を良くする」という目的をもった「都市」があれば良いなとは思う。だが、多様な都市・東京への一極集中を選んだ日本はそういうのに向いていない。せいぜい秋葉原や原宿など、都市より一回り小さい「街」が頑張っているくらいだ。
だからこそ、「◯で社会を良くする」という、本来都市レベルで取り組むべき話、すなわち日本で実現が難しい話はしない。「お笑いで社会を良くする」「スポーツで良くする」「技術で良くする」といった議論が、日本全体の最大公約数になれるわけがない。最大公約数になれないのなら、一致団結はできない。
よって今回は、都市の上にある「国」レベルから見て、日本は何をもって一致団結するべきか、何を最大公約数にすべきか考えたい。
日本の問題は「停滞」解決策は「人の移動」
わたしの認識では、日本のあらゆる問題は「停滞」という言葉で一括りにできる。日本では、停滞していない分野を見つけるのが難しいくらいだ。
かりに、Aという停滞した分野があるとしよう。Aが停滞しているのは、Aの内部から、停滞を解決できる人を輩出する仕組みが無いからである。ぎゃくに、その仕組みがあればAが停滞することはない。
なので、Aの停滞を解決するには、Bという別の分野からAに人が流れ込むしかない。
たとえばアメリカの例で言うと、音楽業界の停滞を変えたのはアップルをはじめとしたIT業界だ。また、映画「マネーボール」にもあるように、アメリカのスポーツ業界の停滞を変えたのは統計学者たちである。
Aがいかほど停滞していても、たいがいの場合、救世主になるBという分野は存在する。
忘れがちだが、Bは国外の分野でも良い。
かりに日本の将棋界が停滞していたとして、「将棋界が分野Aなら、それを救える分野Bなど無い」と言う人がいたら、その人には想像力が欠けている。
たとえば、もし世界中のトップチェスプレイヤーが一斉に将棋を学び、将棋界に参戦しだしたら業界は沸くだろう。実際にそれが起こる確率はゼロに近いだろうが、日本の将棋界という「分野A」にとって、それを救う「分野B」が存在するのは確かだ。
そう、停滞分野Aの問題は、救世主分野Bが見つからないことではない。救世主分野Bから停滞分野Aに「人が移動しないこと」だけが問題なのである。
救世主分野から停滞分野へ v.s. 停滞分野から成長分野へ
ここまできて「なんだ、解雇規制の話か」と思われたのなら、それは大間違いだ。解雇特区を作ったら、日本の将棋界に世界トップのチェスプレーヤーが参戦するとでもいうのだろうか。
わたしの話は「どうやって停滞分野に救世主分野の人を移動させるか」についてであり、雇用法改革の狙いである「どうやって成長分野に停滞分野の人を移動させるか」とは少し違う。
沈没する日の丸家電を見て「停滞分野など見捨ててしまえ」と言うのはたやすい。
しかし、「人を救世主分野から停滞分野へ」「人を停滞分野から成長分野へ」というのは本来両立できるべきであり、わたしの見たところ、前者についての議論はさほど行われていない気がする。
また、成長分野と言われている分野が停滞したらどうなるのだろうか。
たとえば、シリコンバレーと比べれば、日本のITベンチャー界は停滞している。だからといって「ITベンチャーから別の成長分野へ人を移動させよう」と言うべきなのだろうか。もともと、ITベンチャーは成長分野として期待されていたのではないか。
「停滞分野から成長分野へ」という議論のみに頼ると、成長分野だったはずの分野が停滞したときに「また別の成長分野へ」という焼畑式の答えしか出てこなくなる。成長分野の数は限られているにもかかわらずだ。
先ほどの例だと、「シリコンバレーの人を日本のIT業界に呼ぼう」というような建設的な発想は、「救世主分野から停滞分野へ」という議論があってこそ生まれるのである。
では、どうやって救世主分野から停滞分野へ人を動かすのか。そのヒントは、先月Yコンビネーターのトップを降りられたポール・グレアム氏にある。すこし話が長くなるがお付き合い頂きたい。
パート2: 解決へのヒント、ポール・グレアム氏について
ポール・グレアム氏についてご存知ない方のために説明すると、彼はYコンビネーターというシリコンバレーで一番有名な起業家養成プログラムを創設した投資家だ。
他の起業家養成プログラムと比べると、Yコンビネーターは若くて優れたプログラマーを優遇する傾向にあるが、そんなプログラマー達を惹きつけられるのも、グレアム氏自身が優秀なプログラマーだからである。
グレアム氏はハーバード大でコンピューターサイエンスの博士号を取ったのち、Viawebという会社をYahooに売却した元起業家で、シリコンバレー随一の物書きとしても有名だ。起業にまつわる彼のエッセイ集を、現地の起業家コミュニティで知らない人はいないほどである(彼のエッセイの日本語訳はこちら。彼の著書はこちら)。
9年間、Yコンビネーター代表としてベンチャー約630社に投資したグレアム氏だが、先月かれは引退することになった。これからはエッセイを書くことに集中するという。
引退発表の直後、日本のウェブ界でも彼の功績を称える記事がいくらか書かれていたようだが、それらの記事では目にしなかった考察をご覧にいれたい。
紹介するのは"Startup Investing Trends"という、グレアム氏が9ヶ月前に書いたエッセイである。日本語訳が見つからなかったのだが、もし訳されていたとしたら、「これからのベンチャー投資の話をしよう」というタイトルが妥当だったと思う。
このエッセイを要約すると「これからは、意思決定が速い投資家が生き残るだろう」「シリーズAで株を買いすぎない投資家が生き残るだろう」ということになるのだが、そんなのはわたしも理解できないしどうでもよい。
だが、どうでもよくないのは、彼がこのエッセイで使った言葉たちだ。
ポール・グレアム氏のエッセイで使われている、コンピューターサイエンス用語
前述したように、グレアム氏はコンピューターサイエンスの博士号を持っている。わたしはコンピューターサイエンスの学士号までしか持っていないのだが、未熟なわたしの目からみても、このエッセイにはコンピュターサイエンスでよく見る単語がふんだんに使われているのが分かる。
それらをすべて紹介するので、理解できなくても目を通してほしい。
まず、第三段落にはコンピューターサイエンスの用語が二回使われている。
The reason was that we discovered we were using an n^2 algorithm.... Fortunately we've come up with several techniques for sharding YC....
→ 「2012年夏に我々が失敗したとき、社内の意思決定プロセスは典型的な遅いプログラム(n^2 algorithm)のようだった。試行錯誤の末、Shardingという、データベースで使われる最適化方法の発想を取り入れて解決することができた。」
・・・といった感じだ。いちいち訳すとキリがないので、ここからは端折って紹介する。
(第10段落) The monolithic, hierarchical companies of the mid 20th century are being replaced by networks of smaller companies.
→ コンピューターサイエンスでは、hierarchicalとnetworksはデータ構造を意味する用語で、それぞれ木構造、グラフ構造を意味する。
(第13段落) The number of desirable startups will probably grow faster than the percentage they sell to investors shrinks.
(第14段落) There are probably limits on the rate at which technology can develop, but that's not the limiting factor now.
(第21段落) Will the number of big hits grow linearly with the total number of new startups?
→ コンピューターサイエンスでは、どの変数が一番速く増加するか(grow faster)や、変数の増加速度の限界(limiting factor)に注目することが多い。grow linearlyは増加速度が線形成長であるという意味。
(第22段落) ...there will start to be an increasing number of idea clashes.
→ コンピューターサイエンスでは、2つの異なるデータから生成した値が等しくなることを「衝突」(clash)と言い、どんな場合に衝突が増える(increasing number of clashes)かを調べたりする。
・・・いかがだろうか。他にもいくつかあるが、くどいので次に進もう。
ポール・グレアム氏のエッセイから読み取れること
驚くべきことに、このエッセイはプログラマー向けに書かれたものではなく、投資家向けの講演用に書かれていたのだ。たしかに冒頭には"This talk was written for an audience of investors."とある。
投資家向けの講演だったのにもかかわらず、グレアム氏はコンピューターサイエンス用語の数々を使ったのだ。わざとではなく、彼が書く文章には、自然にコンピューターサイエンス用語がこぼれ落ちてしまうのだろう。
このエッセイから3ヶ月後、グレアム氏は起業家向けに「どうやって資金調達をすべきか (日本語訳)」という、先ほどと正反対の視点からの記事を書いている。
彼が対象とする「起業家」は「優秀なプログラマー」なので、ここでは以前のエッセイよりも難しい用語が使われている。
When you talk to investors your m.o. should be breadth-first search, weighted by expected value.
→ 「投資家と話す順番は、それぞれの投資額の期待値(expected value)をもとに幅優先探索(breadth first search)アルゴリズムを使って割り出せ。」
・・・もはやプログラマーでないと理解できない。
何が言いたいかというと、自然にコンピューターサイエンス用語が出てくる彼の話は、われわれプログラマーに響くということだ。たとえ話の題材が、プログラマーにとって興味のないものだとしても。
最近になって、グレアム氏ほどコンピューターサイエンスの素養のない投資家たちが、Yコンビネーターのモデルをパクろうとしているらしい。日本でもそんな話を聞く。
そういう投資家たちはグレアム氏のエッセイを見て「これはプログラマーに響くだろうな」とは思えても、「どのように響くのか」を知ることはできない。そこから生まれた差は、パクリファンドの低迷に反映されている。
では、彼のエッセイは、いったいどのようにプログラマーに響くのだろうか。
かりに、言葉が通じない国に旅行して、トラブルに巻き込まれたことを想像してほしい。現地人に助けを求めるも意思疎通ができず、諦めかけていたところに、「どうかしましたか」という日本語が聞こえた。その日本人は現地に住んで長い方で、みごとトラブルを解決してくれた。
グレアム氏のエッセイは、その「どうかしましたか」という日本語と同じくらい、プログラマーに響くのだ。
グレアム氏は、プログラマーのみが分かる「コンピューターサイエンス語」を話す、「起業家コミュニティ在住」の人なのだ。
どんな文章にも、日本語・英語などの「言語と知られている言語」と、コンピューターサイエンス語などの「言語と知られていない言語」が混在している。グレアム氏のエッセイにコンピューターサイエンスの用語が自然と出てくるのは、彼がコンピューターサイエンス語を話すからだ。
そして、日本語が日本人をつなげているように、コンピューターサイエンス語はプログラマーの心をつなげている。
プログラマーにとって、シリコンバレーのビジネス界は言葉の通じない外国のようなものだ。そんな中で、グレアム氏の起業についてのエッセイが、コンピューターサイエンス語で「どうかしましたか」とプログラマーに語りかけているからこそ、彼の言葉は響くのである。
パート3: 救世主分野から停滞分野へ
パート1でわたしは「どうやって救世主分野から停滞分野へ人を動かすのか」という質問を投げかけた。今ならその答えが出せるだろう。
そう、答えは「救世主分野の言葉を話し、停滞分野で働く人が、救世主分野の人に向けて発信すること」である。
そういう人がいると、救世主分野から停滞分野に人が移動するようになり、停滞を解決することができる。
グレアム氏の例で言えば、「コンピューターサイエンス語を話し、シリコンバレーの起業家コミュニティで有名なグレアム氏のような方が、プログラマーに向けて発信すること」が、Yコンビネーター、ひいてはシリコンバレーの成功の元となっている。
「シリコンバレーが停滞分野?」と思った方に付け加えておく。ドットコムバブルが弾けてしばらくの間、シリコンバレーはしばらく停滞気味だった。また、わたしが大学二年生のころ、コンピューターサイエンス学科で一番人気の就職先はニューヨークの金融機関だったのだ。
それを変えたのはリーマン・ショックやFacebookの上場が大きかったが、それと同時期に広まったグレアム氏のエッセイ集もまた、われわれコンピューターサイエンス学生のマインドシェアを奪ったのである。
パート1で紹介した「日本の将棋界 = 停滞分野」「海外のチェス界 = 救世主分野」という、突拍子もない例を思い出してほしい。「たとえば、もし世界中のトップチェスプレイヤーが一斉に将棋を学び、将棋界に参戦しだしたら業界は沸くだろう。」とわたしは言っていた。
仮に、海外のチェス界でも有名な人が、日本の将棋界でも勝ち星をあげるようになり、他のトップチェスプレーヤーに「お前らも日本に来て将棋やれ」と発信し始めたらどうなるだろう。
「お前が言うなら」と日本に渡るチェスプレーヤーが本当に出てきて、将棋界は新しい時代を迎えてしまうのではないだろうか。
ぎゃくに、海外のチェス界の「言葉」を使いこなせない日本の将棋棋士が、チェスのトッププレーヤーたちに「将棋界に来てください」と言っても聞き耳持たれるわけがない。海外のチェストーナメントで、試合の間に行われる雑談内容を想像できない人が、トッププレーヤー達の心を動かせるわけがない。
「お前が言うなら」v.s.「お前が言うな」という図式は、どんな分野にも当てはまる。
帰国子女の有識者が「日本の英語教育をなんとかしろ」と言うと、「その前に、日本語教育をきちんとするべきだ」と中年教諭に足を引っ張られ、帰国子女は「議論がsame pageでない」と言い返すも、いっこうに話は進まない。
だが仮に、日本語の小説で数々の賞をとった作家が先頭をきって「日本の英語教育をなんとかしろ」と言えば、「その前に日本語を・・・」と反論できる人はいないだろう。
説得力って、大事だ。
その説得力は、言葉から生まれるのだ。
何度も繰り返すが、「救世主分野の言葉を話し、停滞分野で働く人が、救世主分野の人に向けて発信すること」が大切なのである。
提言1. それぞれの停滞分野にとって、正しい救世主分野は何か、という議論は大いにされるべき
例を挙げればキリが無いので、ここらへんでわたしの提言に移りたい。
まず、日本にはたくさんの停滞分野があるが、多くの停滞分野には、それを助けられる救世主分野がある。あるということを信じないといけない。信じなければ始まらない。
次に、それぞれの停滞分野に対し、救世主分野は何か?という議論を惜しまないこと。救世主分野が決まれば、先に進むことができる。
しかし、この議論が頓挫してしまうといけない。
たとえば、家入一真さんが都知事選に立候補したときのことを思い出してほしい。わたしの解釈が正しければ、彼は「停滞分野 = 日本の政治」「救世主分野 = 政治に興味のない若者・立場の弱い若者」と定義していた。
だが、「本当に、立場の弱い若者が日本の政治の救世主なのだろうか」という議論は、少なくともネット上ではあまり見なかった気がする。
たぶん、マトモに選挙を理解している人は「家入さんが勝てるわけがない」と思って放置していたのだろうし、家入さんを応援した人は「若者こそが未来だ」という主張に頼っていたからだと思う。
「若者こそが未来だ」とは否定しにくい主張であり、否定しにくい主張は危険をはらんでいる。
「失敗の本質」という本によると、日本軍が太平洋戦争で負けた理由のひとつは「最初の作戦が失敗した際の作戦」を用意しなかったかららしい。「最初の作戦が失敗した際の作戦は?」と尋ねた部下を、上官が「最初から失敗すると思っていたら勝てない」と一蹴してしまったのだ。誰も「必勝の信念」を否定できず、負のスパイラルに陥ってしまった。
議論停止と思考停止はイコールである。
政治に疎いわたしにだって、日本の政治は停滞分野だと分かるが、それの救世主分野は何だか分からない。何だか分からないからこそ、否定しにくい若者未来論から一歩引いて、議論を続けなければいけない。
「やっぱりこの停滞分野はダメだ」「やっぱりこの救世主分野はダメだ」と落胆されるのが一番危険なのだ。さきほどの例だと、選挙に負けたとたん「やっぱり政治はダメだ」「やっぱり若者はダメだ」という論調をマスコミに作られるのがオチである。
もう一つ例をあげよう。教育が停滞しているアメリカは、ITをその救世主にしたい考えで、オバマ政権が教育xITへの投資を予算案に盛り込んだくらいである。
しかし、「教育をITで変えよう」と叫んで、「iPadをたくさん導入しました。だけど、どうやってiPadを使って教えればいいのか、どの先生も分かりません」となってしまっては元も子もない。「教育の救世主分野は、ITのなかでもハードウェアなのか、それともソフトウェアなのか」という議論が抜けていると、「やっぱり教育は終わっている」「ITは役に立たない」と後ろ指を指されるだけだ。
「これは本当に救世主分野なのか?」という質問をし、当たり前を疑うことからはじめよう。
提言2. わたしと同い年か、それより若い人(26歳以下)は、複数の「言語」を喋れるようになるといいかもしれない
ここでいう「言語」とは、英語などの「言語と知られている言語」と、コンピューターサイエンス語などの「言語と知られていない言語」両方を含む。
言語Aと言語Bをあなたが喋れるようになれば、もし片方が停滞分野になり、もう片方が救世主分野になったときにあなたは活躍できる。
大学でコンピューターサイエンスを学び、技術系の会社で新卒採用されたわたしだが、いまはEdSurgeという、シリコンバレーにある教育系のニュースメディアで働いている。同僚には元学校教師や教育ジャーナリストが多く、わたしは日々「教育語」を学んでいる。
前述したように「ITのなかでも、ソフトウェアが教育の救世主」とするのなら、救世主分野(ソフトウェア)の言葉を話し、停滞分野(教育)で働くわたしは、救世主分野(ソフトウェア)の人に向けて発信していくチャンスがある。
わたしより若い人たちもぜひ、複数の「言語」を喋れるようになり、チャンスをつかみとってほしい。新しい「言語」は若いうちのほうが取得しやすいのだから。
提言3. わたしより年上の人(27歳以上)は、救世主分野の「言語」を喋れる若い人に気づき、抜擢してあげるべき
提言1を乗り越えて、停滞分野にたいしての救世主分野がハッキリしたとき、大人のやるべきことは決まっている。
「救世主分野の言葉を話し、停滞分野で働く人が、救世主分野の人に向けて発信すること」のボトルネックは「発信すること」である。なぜなら、発信するには何らかの地位が必要だからだ。そして大人のやるべきことは、若者にその地位を与えてあげることだ。
もう一度「停滞分野 = 日本の将棋界」「救世主分野 = 海外のチェス界」という例を使おう。
かりに、海外のチェス界で大活躍した人・Sさんがいて、Sさんが日本の将棋界でもプレイしていたとする。Sさんは将棋も強いが、日本の将棋界に身をおいてまだ日が浅い。
そして、Sさんが海外のチェス界に向けて日本の将棋の良さを発信したいとする。海外のチェス界を日本の将棋界に呼ぶチャンスだ。
ここで問題だ。Sさんは将棋界のエライ人からの全面支援を受けられるだろうか。発信のために、どれくらいの予算を組んでもらえるだろうか。
支援を受けられれば、それでいい。しかし支援を受けられなければ、Sさん個人で発信しなければならない。そうなったら望みは薄い。
そうならないよう、Sさんのような人に地位を与えてあげるのが、停滞分野で働く先輩たちの役目だ。
救世主分野がハッキリしているのなら、誰かを抜擢する際に「その救世主分野の言葉を喋れるか否か」だけを見るべきだ。停滞分野での功績には目をつぶってよい。
「Sさんは、将棋界ではまだ日が浅いから・・・」ではなく、「Sさんは、チェス界の言葉も喋れるから、将棋界で日が浅くても抜擢しよう」が正しい。
むろん、日本では難しいことだろう。多くの場合、救世主分野の言葉を喋れるのは若手が多く、若手を抜擢することが、日本は平均的に苦手だからだ。
とくに、ITが救世主分野になるケースでは、その言葉を喋れる「デジタルネイティブ」はみな若手だ。
「この若造、わが停滞分野での経験は十分か?」ではなく、「この若造、隣の救世主分野からどれだけ人を呼べるか?」で意思決定できれば良いのにな、と思う。
最後にこれを言って締めくくりたい。グレアム氏の後釜でYコンビネーター代表に着任したサム・アルトマン氏は、28歳である。
おわりに
「どうすれば日本は良くなると思いますか」という質問に対し、わたしは「救世主分野の言葉を話し、停滞分野で働く人が、救世主分野の人に向けて発信すること」だと答えた。
わたし一人の意見が国レベルの答えになることは無いが、少なくとも「お笑いで日本を良くしたい」「スポーツで日本を良くしたい」「地方から日本を良くしたい」などよりは上流の答えであると思う。
いまの日本に必要なのは、最大公約数となりうる問題意識と解決方法を、みなが共有することだと思う。
さて。
説得力が大事だ、と言っておきながら、わたしには説得力が全くない。わたしは小学校卒業と同時に渡米して以来、日本に半年以上滞在したことはない。日本で仕事をしたこともない。本業はプログラマーだし、この質問についてわたしが考えだしたのは3日前である。
でも、このメーリングリストに購読されている方で、わたしより説得力がある人は多いはずだ。そんな人がわたしの言葉を代弁してくれれば、結果オーライかなと思っている。
追記
わたしが尊敬してやまない方にメルマガを読んで頂いたところ、以下のようなご指摘を頂きました。
「若者を抜擢することが、日本は平均的に苦手」というのは結果的にそうなんですが、それは、若手を抜擢したくない訳では必ずしもなく、だれを抜擢していいか分からないのです。年寄りには、新言語をマスターしているか否かを判断できる知識があまりにない。
「隣の救世主分野からどれだけ人を呼べるか」とはいえ、人を数呼べばいいってもんじゃありませんよね。どういう人を沢山よんだら価値があるかが分からないと判断できない。
安易に「救世主分野から人を呼ぼう」とすると、やってくるのは詐欺師です。詐欺師は、救世主言語がそんなに上手じゃないのに、あたかも上手であるかのごとく、停滞言語での説明が上手なんですよね。
なので結局、「お互いがお互いの言葉を理解しよう」という、まったく面白くない結論にたどり着くのだと思います。
全くもってその通りだと思います。
最後に念のため、もう一度メルマガの購読リンクを貼っておきます。
読んでいただきありがとうございました。
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