歴史を伝える証言を、デジタル地球儀にマッピングする
渡邉:私は、Google Earthにさまざまな歴史資料とデータを重ね合わせた、新しいかたちのデジタルアーカイブづくりを、学生たちや外部の方々と進めています。広島市への原爆投下の実相を伝える「ヒロシマ・アーカイブ」が代表的な作品です。
「ヒロシマ・アーカイブ」では、Google Earth上の顔写真をクリックすると被爆者の証言が読めます。どのくらいの範囲にどんな被害を受けた人がいたのか、一見してわかります。また、記録写真はGoogle Earthの立体地形にピッタリ合わせて表示されます。タイムマシンのように、過去の写真を、現代の広島の街並みに重ねてみることができるんです。
広島に投下された原爆について予備知識を持たない人でも、興味を惹きつけられ、内部を探索していけるよう、デザインを工夫しています。私たちはこれらの作品のことを「多元的デジタルアーカイブズ」と呼んでいます。
石井:「東日本大震災アーカイブ」も、渡邉さんたちのお仕事ですね。被災者証言や写真、360度パノラマ画像、ツイート情報などが Google Earthにシームレスにマッピングされている。現地の風景に資料を重ねてみることができる、ARアプリも作成された。これらは、未来に残る画期的な仕事だと思います。
「タンジブル・ビット」に触発されて
渡邉:石井先生と対談するのは今回初めてですが、実は、2000年にICC(NTTインターコミュニケーション・センター)で開かれた「タンジブル・ビット」展で先生のお仕事に触れたことが、その後の私の人生に強い影響を与えているんです。
石井:そうなんですか!ありがとうございます。
渡邉:それまでは、建築学出身ということも手伝って、入り組んだ複雑なコンセプトの作品を作っていました。「タンジブル・ビット」展を見て、正直「やられた!」と思いました。
デジタルな情報と物理環境の新たな関係について、これほど「端的」に表現したひとはいなかった。私がそれまで作ってきたものが、いかにひねくれたものだったのか、実感させられたんです。
石井:「やられた」という反応は珍しいですね。普通は「素晴らしい」で終わってしまうから(笑)。その悔しさはバネになりますよ。物理空間とサイバー空間の両方に僕たちは住んでいる。その二つの空間をブリッジして、ギャップを埋めるということが私のモチーフでした。ちなみに、あの頃「タンジブル・ビット」のビジョンはまだ人々に十分理解されてなかった。
「タンジブル・ビット」は、ユビキタスという概念の生みの親でありながら、道半ばにしてこの世を去ったマーク・ワイザーへの恩返しという意味もありました。今ではユビキタス・コンピューティングは、「小型の情報機器を持ち歩いて、いつでもどこでもネットにアクセスできる環境」と理解されているけれど、ワイザーはより深く、日常生活で無意識に使えるレベルにまで達したテクノロジーが何をもたらすのか、という哲学からその思索を始めています。その根幹は、タンジブル・ビットの思想につながっています。
私は「タンジブル・ビット」を通して、大小のGUI (Graphical User Interfaces) デバイスを連携させる一般的な「ユビキタス・コンピューティング」とは全く違う、新しい情報表現とインタラクションのあり方を提示しました。
渡邉:スクリーンの「向こう側」にすべてが集約されていく、それが未来像だとみんなが思っていた時代に、あえて「こっち側」の実空間に、情報を取り出してみせた。その先見性に驚きました。「タンジブル・ビット」の衝撃の余韻はいまだに残っています。
デジタル技術と人のつながりについて、オルタナティブなあり方を提示するスタンスについても、「タンジブル・ビット」からは大きな影響を受けています。私たちが手がけてきた「多元的デジタルアーカイブズ」は、既存のデジタルアーカイブのオルタナティブなんです。
「記憶のコミュニティ」をどう育てるか
石井:デジタルアーカイブを構築する上では、技術的な問題以上に、データをどのように集めるのか、そのコピーライト(著作権)をどうするのか、誰がリーダーシップを発揮してキューレートするのか、いかに大量の情報群を有機的に物語としてつなげていくのか、といった人的・社会的・文化的な課題があると思います。
「ヒロシマ・アーカイブ」では、被爆者の体験談を集めるため、地元の高校の生徒たちが協力してくれたそうですね。
渡邉:はい。高校生たちが、被爆者へのインタビューを担当してくれました。被爆者は、体験を次世代に伝えたいという思いと、若い子たちが正面から問いかけてくれたことに動かされ、これまで話したことがなかったことも、証言してくれたようです。デジタルアーカイブや細かい技術の話ではなく、むしろ心が通じたからでしょうね。
高校生たちも「ヒロシマ・アーカイブ」のプロトタイプを「カッコいい」と言ってくれました。題材が題材なだけに、カッコいい、がふさわしい表現とは言えないかもしれませんが。ともあれ、若い世代にとっても魅力的なインターフェイスだったということですね。そして、どのような形で自分たちの仕事が未来に残されていくのか、そのゴールイメージが見えたのだと思います。
世代を越えて目的を共有し、未来に記憶を伝えるコミュニティの存在は重要です。私はこれを「記憶のコミュニティ」と呼んでいます。この「記憶のコミュニティ」によって、技術の寿命を越えて、記憶が伝えられていくのではないかと考えています。
「多元的」な記録を「もうひとつの地球」に載せる
石井:アーカイブズ学という学問領域があるようですね。そこでの知見の積み重ねも、重要なのですね。
渡邉:はい。アーカイブズ学の領域では「レコード・コンティニュアム(記録連続体)」というモデルが提唱されています。ちょっと難しい話になりますが、個人や組織から生まれた「多元的」な記録が、社会の記憶としていかに取り込まれていくべきか、示したものです。
私たちの「多元的デジタルアーカイブズ」は、このモデルを意識しています。例えば、広島原爆についての資料は、広島市、NPO、学校の同窓会など、さまざまな組織がまとめています。
その中には、社会的に対立するものがあるかも知れない。でも、こうした「多元的」な資料をまとめてGoogle Earthに載せてみると、社会のしがらみを越えて、つながりをフラットに表現できるんです。
さまざまな人のツイートが文脈に沿ってまとめられていく「Togetter」にも、似たところがあります。ただし、まとめ主の意向がどうしても入りますよね。Google Earthにマッピングするときの手がかりは「時空間情報」で、基本的にはウソがつけないメタデータです。その分、作り手の意向や恣意が入りにくいと思います。もちろん、完全にではないですが。
石井:Google Earthをマッシュアップの一つのレイヤーとしてお使いですが、それ自体は「悔しい」と思いませんでしたか。Google Earthがなかったらあそこまでできなかった。
渡邉:Google Earthについては不思議と「やられた」感はないんです。あれは、仮想空間に「もうひとつの地球」をリアルに作り込んでいく作業です。デビューはもちろん強烈でしたが、あとはひたすらクオリティが上がっていくだけですよね。
石井先生の「端的」さとは、質がちがいます。「やられた」というよりは、本当によくできている、タダで使わせてくれてありがとうという感じで付き合っています (笑)。
私にとって「もうひとつの地球」は、これまでになかった、とても便利な画材です。「多元的」な記録を載せるすぐれたプラットフォームです。昔の人は、チューブ入りの油絵具が登場したとき、こんな感覚を抱いたのかも知れません。
石井:私の父は終戦後にシベリアの収容所(ラーゲリ)での強制労働を体験した人ですが、旧ソ連全域における抑留生活で亡くなった人々のデータをこつこつと集め、それを出版した方々がおられます。どこで誰がどのように亡くなったのか、どこに埋葬されているのか、その全貌を明らかにするため、その魂を供養するために、気の遠くなるような作業を続けている方たちが。戦争の記憶の風化と戦い、次世代にその記憶を残す、伝承することの重要性を、父の戦争体験から考えさせられました。
渡邉:公に集められてきた資料をオープン化するのはもちろんですが、ボランティアの力なども借りて、これまで埋もれていた記録を拾い上げていく仕事も必要だと思います。石井先生がおっしゃるように、表に出ていない記録のほうがずっと多いはずですから。みえている歴史はほんの一片ですよね。
同時に、それをいかに視覚化するか。さらには聴覚や触覚なども活かして「体験化」できるのか。ということが重要です。嗅覚のデジタル化はいまのところ難しいかもしれない。でも、アーカイブに触れる時、その土地にかつてあった「匂い」を感じられるようなものが、作れたら素敵です。石井先生の「タンジブル・ビット」を見て、夢想した世界です。
※これからのデジタルアーカイブは、どう作られていくべきか。エンジニアが果たす役割は何か。対談後編は3/18公開予定です。
1974年生まれ。東京理科大理工学部建築学科卒業、筑波大学大学院博士後期課程修了。現在、首都大学東京システムデザイン学部准教授、京都大学地域研究統合情報センター客員准教授。情報デザイン、ネットワークデザイン、Webアートを研究する「情報アーキテクト」として活動。
著書に「Google Earthアプリケーション開発ガイド KML、Earth&API徹底活用」「データを紡いで社会につなぐ デジタルアーカイブのつくり方」。
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マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ教授
1956年生まれ。北海道大学大学院修士課程修了。NTTヒューマンインターフェース研究所を経て、95年マサチューセッツ工科大学準教授。メディアラボ日本人初のファカルティ・メンバー。現在MITメディアラボ副所長。2006年、国際学会のCHI(コンピュータ・ヒューマン・インターフェース)より、長年に渡る功績と研究の世界的な影響力が評価されCHIアカデミーを受賞。2012年には内閣府から「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」の一人に選ばれた。