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本当に人間に残る仕事は何だろう/アルゴリズムが全て呑み込む未来

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■『ポーカーゲーム』における機械と人間

人間同士で競う、ポーカーゲームを実際にやってみたことのある人はどれだけいるだろうか? 自分でやったことはなくても、映画やテレビ等の題材として幾度も取り上げられていることもあり、何となくであれ見知っている人は多いと思う。無表情を装うことを『ポーカーフェイス』というが、相手に自分の心理を知られないようにしつつ、相手の肚を探る。相手の顔色を伺いながら騙し合う。人間臭い要素が満載だ。もちろん運の要素も大きい。

ここにコンピューターが本格的に参戦して、人間を打ち負かしてしまうなんていうことがあるのだろうか。チェスや将棋のように、勝負のかなりの部分が『合理性』で決まるゲームと違って、ポーカーはいわば数量化できない人間的な要素の塊のようなゲームに見える。そこに合理性の塊のようなコンピューターが太刀打ちできるのか? そんなことは『原理的』に不可能なのではないか。だが、どうやらそうでもないらしい。

■すでに不合理の解明は始まっている!

人間とコンピューターのポーカー対決はすでに事例がある。具体的には、2007年7月23~24日にかけて、プロのポーカープレイヤーのフィル・ラーク氏およびアリ・イスラミ氏と、カナダのアルバータ大学で開発されたプログラム「Polaris」の間で行われた。

人間対コンピュータのポーカー対決、勝者は人間 - CNET Japan

この記事の見出しにはこうある。『人間対コンピュータのポーカー対決、勝者は人間』

正直なところ、ほとんど記憶にない。それに、たとえその頃、私がこの記事の見出しを見ていたとしても、『なんだ、やっぱり人間の勝ちなのか』と安易に納得して終わりだったろう。だが、その結論は早計なようだ。そもそも人間が勝ったといっても、人間側の2勝1敗1引き分けで、辛勝というべき結果だ。イスラミ氏も苦戦したことを認めて、「このマシンのクオリティーは驚異的だ」と語ったという。驚くべきことは、ポーカーゲームにおける、人間の経験と勘等、一見非合理に見える人間の心理や作戦が、すでにかなりの部分解明が進んでいた、ということだ。不可能ではないのだ。

■狭まる『人間でなければできない』範囲

コンピューターの頭脳であるアルゴリズムは、すでに人間が逐一教え込むだけではなく、いわゆる『機械学習』(明示的にプログラムしなくても学習する能力をコンピュータに与える研究分野:人工知能の草分け、アーサー・サミュエルによる定義)により、加速度的に『賢く』(というより、ずる賢く)なって来ている。近い将来(もう目前?)、ポーカーゲームで人間がコンピューターに負けることは多いにありうる。

ポーカーゲームで人間に勝てるコンピューター(アルゴリズム/人工知能)が出て来るとすれば、『人間でなければできない』と言われて来たことの範囲が大幅に狭まることは誰しも直観するはずだ。日常の単調な事務作業に関わる部分は人間より機械が優れていることは今では誰でも理解している。だが、『対人関係』がからむ部分を機械にまかせることはできない、と皆漠然と思っていないだろうか。

■人間に残る仕事

先頃、オックスフォード大学マーティンスクールにて「コンピューター(ロボット化)の影響を受けやすい未来の仕事」に関する調査レポートが発表されてひとしきり話題になった。

これからの20年で現在のアメリカの雇用の50%以上がコンピューターに代替される | Social Design News【ソーシャル・デザイン 公式サイト】

これからの20年で、現在のアメリカの雇用の半分は、コンピューターに取って変わられる可能性が高いという。このレポートによれば、『物流、営業、事務及び秘書業務、サービス業、製造業』などは、コンピューターによって代替される可能性が高く、一方、『経営、財務、エンジニア、教育、芸術、ヘルスケア業務』などはコンピューターによる影響は少ないという。

代替される仕事については、あらためてその通りと納得させられる一方、『影響が少ない』という判断は本当にそうだろうか。やや楽観的に過ぎるのではないだろうか。

■どんどん代替が進む

アルゴリズムが如何に人間の活動を代替してきているか(これからしていくか)、その最新状況を知るのに、今私が最適だとおすすめできるのは、昨秋、翻訳されて出版された『アルゴリズムが世界を支配する』*1という本だ。これを読むと、『影響が少ない』から『多いに影響を受ける』あるいは『代替される』へ翻意する人は多いのではないか。かく言う私もその一人だ。

例えば、ヘルスケア/医療分野だが、すでに医療アルゴリズムは通常の人間の医師のレベルを超え始めているように見える。

ワトソンをはじめとする次世代の医療アルゴリズムは、最新の音声認識力を備え、人間の感情を理解し、さらには顔の表情を読み取るアルゴリズムの発達により、患者が眉を潜めたことの意味まで読み取る能力を有している。ワトソンは、患者と適切なコミュニケーションをとる能力と、どんな意志にも負けない、データに基づく正確な診断能力とを併せ持っている。

『アルゴリズムが世界を支配する』より

経営についても、経営に必要な戦略構築は、単なる数値の羅列ではだめで、人間の心理や思惑等を充分に把握した上でなければ価値がないと、特に日本では考えられがちだが、テロリストや狡猾な犯罪者との過酷な心理戦を戦うCIA専門分析官なら、その点では世界で最も優れた能力の持ち主の一群と誰しも認めるだろう。

ところが、本書には、1700件の政治的・軍事的予測について、20年近くかけて検証した結果、CIAの専門分析官の予測よりもゲーム理論アルゴリズムが出した予測のほうが、2倍も正確だったという事例が紹介されている(直近でも、あるアルゴリズムは、エジプトのムバラク大統領は一年以内に失脚することを予測して当てたという)。

また、組織の組成に必要なメンバーの相性や能力の分析も、アルゴリズムの判断の方が冷静かつ的確になされるようだ。日本でも映画『マネーボール』*2で話題になったとおり、特に選手のリクルートにおけるアルゴリズムの貢献度は非常に大きそうだ。会社の人材採用にあたっても、昨今はFacebookやブログ等に書き込まれた内容で人物判断を行う企業が話題になるが、これもアルゴリズムの判断が非常に有用になると考えられる分野の一つだ。

■創造性でさえ

昨年出版されて、非常に大きな反響を読んだ同種の本に、『機械との競争』*3がある。この本でも、激しい技術進化により、人間固有と思われていた領域にも、機械/アルゴリズムがどんどん浸食していく様が描かれているが、それでも人間に残る要素として、『創造性』があげられている。

コンピュータのパワーとスピードをもってしても、創造性ということになるとほとんど能がない。感動的な歌を作ることも面白い長編小説を書く事もできないし、新しいビジネスのアイデアを出すこともできない。いくつか例外も見受けられるが、それでさえ創造性の欠如を裏付けるものである。

『機械との競争』より

『機械との競争』は、機械は創造性については能がないという。だが、『アルゴリズムが世界を支配する』に列記されるている事例を見ると、それさえもあやしくなってくる。

すでにバッハの作曲技法を徹底的に研究し、『バッハのような輝かしい人物の精神をしっかり把握できるコード、機械』は作り出されていて(エミーと命名された)、ランチ前にセットしておけば、食事を終えることまでには、バッハのスタイルを綿密にたどった5000曲もの合唱曲を作り上げるほどの能力がある(あった)という。加えて特筆すべきは、その曲が大勢の聴衆を感動させ驚愕させていることだ。(但し、『アルゴリズムの曲に感動できるはずがない』という偏見にさらされて苦闘しているようだ)。機械学習ができる最新の『アニー』が人々をもっと驚愕させる日は遠くなさそうだ。創作性という点では一段劣るかもしれないが、新聞や雑誌の記事を書くアルゴリズムも出て来ていて評判も悪くないというような事例も紹介されている。

SeaSkyWind
IT関連ビジネスを中心に思想などを社会学等文化系の語り口で

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