ネイチャーも小保方晴子STAP論文の調査 「単純な取り違え」と擁護もに関して、メールをいただきました。
論文には必ずKey experimentが存在します。今回のkey experimentは弱酸刺激でtotipotentなSTAP細胞が誘導されたという事です。この実験結果が正しければ傍証としてのデータに間違いがあっても掲載誌が認めれば訂正は可能です。論文の結果の真偽は今後の追試の結果次第です。
"Key experiment"は検索してもあんまり出てきませんでした。英語ページでも、検索して出てくるのはベンジャミン・フランクリンの凧実験ばかり…。"the kite and key experiment"というワードのせいですね。
ただ、たぶん「論文の結論となる重要な実験」という意味でしょう。結論さえ合っていれば、それ以外の部分が間違っていても認められる場合があるという意味だと思います。
メールくださった方は現状を教えてくださっただけですので悪くはなく、責める意図もないのですが、この考え方にはいろいろと問題がありそうです。以下、小保方晴子リーダーのSTAP細胞論文の問題ではなく、一般的論として考えていきます。
とりあえず、上記メールのルールははっきりしているようで、はっきりしていません。「実験結果が正しければ傍証としてのデータに間違いがあっても」OKではなく、「掲載誌が認めれば」OKです。結局、掲載誌次第で場合によりけり…という曖昧なものでしかないです。
それから、「実験結果が正しければ」「論文の結果の真偽は今後の追試の結果」も、まずいところがあります。ツイッターでは「論文のミスは放っておいてまず追試結果を」と言っている方もいましたが論外です。
STAP細胞論文の場合は、たまたま再現性を確認する追試が短期間で可能そうな感じでした。しかし、追試に時間がかかるもの、事実上難しいもの(たとえば、大規模な実験)というのも中にはあります。私は以前この追試・再現性の重要性を強調しましたけど、それが現実的でない場合というのもあります。
そういった場合に追試待ちとする、それまで「傍証としてのデータ」などにいくら間違いが見つかっても撤回にはなりません…となるのは、明らかに害悪です。
さらに俗に言う悪魔の証明の問題もあります。「ある」ことを証明するのに比べて、「ない」ことを証明するのは極端に難しいという話です。
たとえば、追試で再現性を取れない実験が1つだった場合、それはたまたまである可能性があり、論文を否定する決定的なものとはなりません。
では、実験が5回ともダメだったらどうしょうか? やはり論文が間違っているとは断言できません。運悪くうまくいかなかった可能性は常にあります。
では、10回なら、20回なら…と増やしていっても、結局同じです。「ほぼ間違い」とは言えても、永遠に「絶対間違い」とは言えません。その「ほぼ間違い」と言えるのがどこからかというのもまた曖昧です。
基本的に大まかな結論となるものの再現性と、論文に使われた写真・データの真偽検討は、独立で考えた方が良いときもあります。「結論が正しいが過程が間違っている」論文というのもあり得るからです。
たとえば、偽装データで導かれた結論が、別人の手によってきちんと証明された場合です。このときに、偽装データの論文を正とするか?と言うと、そうはならないでしょう。
今回の問題に絡んで以下のようなことを考えているブログさんもありました。
形式的な瑕疵は結論の正当性によって乗り越えられるのか!? On 2014/2/17 月曜日, in Net Watch in Science, by bodyhacker
通常科学論文では「結論」の正しさは「手続き」の正しさに担保されていると考えられています。また査読も提示されたデータが正しく提示されていることを前提として行われます。提示したデータは「不適切」だったけど「結論」は「正しい」というのは本来は妙な言い方です。
http://blog.hypoxia.jp/net-watch-in-science/8756.html
作者さんは"ぼくはSTAP細胞がガセだなどというつもりはありません"と補足されています。やはり一般論ですね。
私が「結論さえ合っていれば、それ以外の部分が間違っていても大丈夫」というのが危ないと思う理由は、少し方向性が異なります。そういった考え方が捏造・不正の温床となりかねないという理由です。
というか、メールによれば、この考え方は既に今現在ある程度浸透しているものなのでしょう。そうであるのなら、捏造・不正が最近たくさん出てきているというのは、既にその弊害が現れているとも考えられます。
しつこく「小保方晴子リーダーが捏造したと言いたいのではない」と強調しますが、ある競争の激しい分野において画像の捏造を行う場合を考えてみます。
とある科学者が結論となる部分以外で不正を行いました。写真の見栄えが悪かったためです。見栄えが悪いのであれば、良いものが撮れるまで実験を繰り返せば良いと思うかもしれません。しかし、丁寧に実験を行っていると、誰かに先を越されるかもしれません。
「結論さえ合っていれば、それ以外の部分が間違っていても大丈夫」という前提ですので、一度論文が雑誌掲載前の査読を通ってしまえば、後から指摘されても問題ありません。見栄えの悪いものと差し替えて、「結論は変わりません」で済みます。したがって、「不要」な実験をクソ真面目に行うことは無駄であり、捏造することの方が非常に「スマート」です。(この部分は2ちゃんねるの不正追及スレを参考。以下、※とします)
また、見栄えの良い画像を捏造することは、他にもプラスになる要素があります。そもそもなぜ見栄えの悪い写真をそのまま使わなかったのかと言うと、雑誌掲載前の査読で不利に働くことを心配したためです。
したがって、捏造画像を作ることは雑誌の掲載確率の上昇と、論文完成までの時間の短縮という一石二鳥の効果があります。こういったことが認められていれば、当然競争原理に従って捏造を選ぶ研究者は増えます。捏造研究者の方が賢く、真面目な研究者の方が「馬鹿」なのです。(※)
それでも、結論さえ合っていれば大丈夫と思うかもしれません。でも、結論以外の部分での不正が当たり前になっている世界において、結論の不正が増えないなどということがあるでしょうか?
倫理観の欠如は、OKとはなっていない結論での不正も増やすと考えるのが妥当です。みんな揃って一歩手前で踏みとどまるという方がどうかしています。そのような状態の中では、論文不正が相次ぐのは必然です。
研究論文の世界は、俗に言う「性善説」でやっているという話もちらっと耳にしました(確かこれも不正追及スレだったはず)。そのようなやり方は非常に問題です。
別の分野の話を出しますが、工場や製品の「安全」に関して考える場合、「使用者が的確な判断で想定通りに使用するから安全になります」という設計は最低です。
マーフィーの法則の考え方は「安全」でも役に立ちます。実際の実行はたいへんに難しいのですが、使用者が悪い行動を行うことを前提として設計しなくてはなりません。
"If anything can go wrong, it will."(「失敗する可能性のあるものは、失敗する。」)に代表される「経験則」である。(中略)
一面では「高価なもの程よく壊れる」に代表されるような自虐的悲観論を具現化したものと捉えることができるが、その一方で「常に最悪の状況を想定すべし」という観念は今日、システム開発、労働災害予防、危機管理、フェイルセーフなどの分野で現実問題として重要視される考えとなっている(→「ハインリッヒの法則」を参照)。
Wikipedia
次に紹介しようと思っていたら、上にちょうど"「ハインリッヒの法則」を参照"とありました。先の「結論さえ合っていれば」についても「安全」に関する法則が役に立ちます。
ハインリッヒの法則 (ハインリッヒのほうそく、Heinrich's law) は、労働災害における経験則の一つである。1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するというもの。(中略)
上記の法則から、
・事故(アクシデント)を防げば災害はなくせる。
・不安全行動と不安全状態をなくせば、事故も災害もなくせる(職場の環境面の安全点検整備、特に、労働者の適正な採用、研修、監督、それらの経営者の責任をも言及している)。
という教訓を導き出した。
Wikipedia
単純ミス一つで論文が撤回となるというのは、確かにかわいそうだと思います。その間に手柄を他人に奪われてしまうかもしれないというのもあるでしょう。そして、論文の完成が遅れるので、一見科学の発展の妨げとなる考え方にも見えます。
しかし、ある部分での「ミス」を公然と許せば、必ずそれを利用して「不正」を行う人が現れます。そして、小さな「不正」が横行すれば、それは大きな「不正」も増えます。
それだけでなく、大きな「不正」が研究を停滞させることすらあります。間違った理論をベースにした意味のない研究を増やしますし、無駄な追試や不正の追及作業をも生みます(※)。
さらに大きな「不正」の露見がその分野の信頼性に影響を及ぼして、研究を停滞させるケースも考えられます。
小保方晴子STAP論文画像の捏造を疑う人に批判殺到、韓国人認定もでも書いた黄禹錫(ファン・ウソク)さんの件はまさにそうです。
黄禹錫(ファン・ウソク、1952年1月29日 - )は韓国の生物学者。
かつて、世界レベルのクローン研究者とされ、ヒトの胚性幹細胞(ES細胞)の研究を世界に先駆け成功させたと報じられた。(中略)
しかし、2005年末に発覚したヒト胚性幹細胞捏造事件(ES細胞論文の捏造・研究費等横領・卵子提供における倫理問題)により、学者としての信用は地に落ちた。この捏造の影響により、正攻法でES細胞を作り出そうとしていた民間企業が研究継続の断念に至るなど、山中伸弥がiPS細胞の生成に成功するまでの間、ES細胞や再生医療分野の研究の世界的な停滞を引き起こした元凶とされる。
Wikipedia
実際にイージーミスでもすべて論文撤回にするとなると極端であり、おそらく現実的でないでしょう。重箱の隅をつつく攻撃において、ライバルを蹴落とすような行為も発生するかもしれません。
ただ、小さい「ミス」と言い張れるものなら認めますという空気を作り上げていると、再び大きな不正を生み出すことになります。小さい「ミス」すら許さないというポーズをできるだけ保っておき、より大きな不正となり得る芽をあらかじめ摘み取っておく必要があります。
結論部分以外の「ミス」は大丈夫という考え方の横行は、科学にとってたいへん危険なものです。
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