去年出版された『中国台頭の終焉』(日経プレミア)が非常に面白かった津上俊哉の新刊。
『中国台頭の終焉』は、「リーマン・ショック後に行われた4兆元投資の問題」、「「国進民退」という言葉に代表される経済制度の問題」、「出生率が1.18にまで落ち込んだ少子高齢化の問題」という3つの問題を指摘し、「中国が米国を追い抜く日はこない」と結論づけた本でした。
そして、前作から約1年後に出版されたこの本では、その予想の中間報告と、尖閣諸島を含む防空識別圏問題、安部首相の靖国神社参拝問題など、政治的にホットな話題についての分析が行われています。
目次は以下のとおり。
まず、はじめにあるのが、「リーマン・ショック後に行われた4兆元投資の問題」の後始末をめぐる問題。
著者は「4兆元投資」によって、「過剰投資」、「過剰債務」、「物価上昇」、「シャドーバンキング」といった問題が出てきており、一時的に低成長を受け入れない限り、中国経済の健全な発展は望めないと考えています。
李克強首相の行う経済運営「リコノミクス」では、当初は「成長率が7%と割ることもやむなし」といった見方をもっていたと思われていましたが、2013年7月の経済情勢座談会で事実上「7%の成長率が下限」との方針を打ち出しており(36p)、中国の「過剰投資」の問題は今しばらく続きそうな状況です。
しかし著者は、電力消費や貨物の荷動きなど、信頼性に乏しい中国の経済統計の中でも比較的信頼のおける数字をみる限り、現在の成長率は7%に達しておらず(42ー43p)、「足許の成長率は、7%はおろか5%にも達していないのではないか」(45p)と見ています。
このように「リーマン・ショック後に行われた4兆元投資の問題」についての著者の見方は厳しいのですが、一方で、中長期的な問題である「「国進民退」という言葉に代表される経済制度の問題」、「出生率が1.18にまで落ち込んだ少子高齢化の問題」に対しては、2013年11月に開催された三中全会でかなり前向きな対策が打ち出されたと見ています。
三中全会については、閉幕後すぐに出された「公報」については目新しい施策がほとんどなく、「失望」の色が強かったとのことですし、実際の報道もそうだったと記憶しています。
ところが、著者によれば、その後に発表された「結果前文」に盛り込まれたのは「「空前の改革」メニュー」(62p)だというのです。
改革メニューについては確かにてんこ盛りで、どのような内容なのかは実際にこの本を読んで欲しいのですが、例えば、「国進民退」(国営セクターが伸び私企業の伸びが抑えられる)の問題に対しては、「民営企業の経済財産権の不可侵」「民営企業差別の縮小」、さらには「国有セクターの選択と集中(非公有制で構わない分野は任せる)」、「競争を歪める優遇策を厳禁」、「国家安全、環境安全を除く他、重大な生産力の全国配置、戦略性資源及び重大な公共利益に関するもの以外は、一律に法規に則って企業に決定させ、政府の投資認可は行わない」、「中央政府のミクロ・コントロール手段を最大限減少させ、市場メカニズムで調整可能な経済活動に対する許認可は一律廃止する」など、思い切った改革案が並んでいます(64ー69p)。
さらには少子高齢化を招いている「一人っ子政策」に対しても、「両親いずれかが一人っ子なら、二人の子どもを生育してよい」とする緩和が盛り込まれました(82p)。
もちろん、これらの方針がどの程度実行されるかは、今後の展開とトップの習近平をはじめとする政治指導部のやる気と力が鍵になります。
また、著者は、第3章で「土地制度改革がバブル崩壊の引き金を引くのではないか?」、「「都市農村発展の一体化」という方針が都市化を阻むのではないか?」といった三中全会の改革案に対する懸念を表明し、さらに第4章では、中国経済が近々崩壊するといったことはないが、長期的に見ると中国の国家財政の持続可能性を心配しています。
「中国は急激な少子高齢化が目前に迫っているのに、おそろしいことに年金支払の原資の積立がほとんどない」(109p)そうで、今の財政状況は心配なくとも、長期的な国家財政の見通しは決して楽観視できるものではありません。
ここまでは本書の前半で、著者の専門である経済について取り扱った部分。第5章以降は中国の政治についての分析になります。
ここからは著者の専門から離れるということもありますし、また中国の政治というものがどのようなメカニズムで動いているのかが個人的によくわからないため、ここで評価するのは難しいです。
ただ、個人的に興味を引いたのは、「習近平は強い指導者だ」という点と、中国のここ最近の防空識別圏の設定などに見られるタカ派的姿勢を、中国の「心理的バブル」と「二期目のオバマ政権の内向きさ」に見ている点。
習近平というと、守旧派と改革派の妥協の結果リーダーに押し上げられた人物で、二世政治家である太子党の代表的存在、といったイメージが有りますが、著者は三中全会の決定などは習近平の強いリーダーシップによって行われたものであり、「習近平主席は、すでに久しく見なかった「強くて怖い指導者」にすでになっている」(163p)と見ています。
ただ、一方で第9章では防空識別圏の問題において、人民解放軍を抑えるほどには、「力は備わっていない」(217p)とも見ており、ややちぐはぐな印象も受けます。
一方、中国の「心理的バブル」と「二期目のオバマ政権の内向きさ」については、「なるほど」と思える分析がありますし、安部首相の靖国神社参拝問題についても、著者の見解には基本的に同意できます。
全体的に、経済面をあつかった前半のほうがやはり読み応えがあると思いますが、後半にもいくつか鋭い指摘があり、今の中国を知る上ではいい本だと思います。
ただ、やはり著者の問題意識を知るには『中国台頭の終焉』を読むことが必要だとも思いますので、未読の人はまず『中国台頭の終焉』から読んだほうがいいかもしれません。
中国停滞の核心 (文春新書)
津上 俊哉

『中国台頭の終焉』は、「リーマン・ショック後に行われた4兆元投資の問題」、「「国進民退」という言葉に代表される経済制度の問題」、「出生率が1.18にまで落ち込んだ少子高齢化の問題」という3つの問題を指摘し、「中国が米国を追い抜く日はこない」と結論づけた本でした。
そして、前作から約1年後に出版されたこの本では、その予想の中間報告と、尖閣諸島を含む防空識別圏問題、安部首相の靖国神社参拝問題など、政治的にホットな話題についての分析が行われています。
目次は以下のとおり。
序章 瀬戸際の中国経済
第1章 「7%成長」のまやかし
第2章 「三中全会」への期待と現実
第3章 これが三中全会決定の盲点だ
第4章 「中国経済崩壊」は本当か
第5章 「経路依存性」との闘い
第6章 危機が押し上げた指導者・習近平
第7章 米中から見た新たな世界―二冊の本を読んで
第8章 「ポスト・中国バブル」期の米中日関係
第9章 中国「防空識別圏」問題の出来
第10章 安倍総理の靖国参拝
第11章 中国「大国アイデンティティ」の向かう先
第12章 当面の日中関係に関する提案―尖閣問題に関する私的な提言
まず、はじめにあるのが、「リーマン・ショック後に行われた4兆元投資の問題」の後始末をめぐる問題。
著者は「4兆元投資」によって、「過剰投資」、「過剰債務」、「物価上昇」、「シャドーバンキング」といった問題が出てきており、一時的に低成長を受け入れない限り、中国経済の健全な発展は望めないと考えています。
李克強首相の行う経済運営「リコノミクス」では、当初は「成長率が7%と割ることもやむなし」といった見方をもっていたと思われていましたが、2013年7月の経済情勢座談会で事実上「7%の成長率が下限」との方針を打ち出しており(36p)、中国の「過剰投資」の問題は今しばらく続きそうな状況です。
しかし著者は、電力消費や貨物の荷動きなど、信頼性に乏しい中国の経済統計の中でも比較的信頼のおける数字をみる限り、現在の成長率は7%に達しておらず(42ー43p)、「足許の成長率は、7%はおろか5%にも達していないのではないか」(45p)と見ています。
このように「リーマン・ショック後に行われた4兆元投資の問題」についての著者の見方は厳しいのですが、一方で、中長期的な問題である「「国進民退」という言葉に代表される経済制度の問題」、「出生率が1.18にまで落ち込んだ少子高齢化の問題」に対しては、2013年11月に開催された三中全会でかなり前向きな対策が打ち出されたと見ています。
三中全会については、閉幕後すぐに出された「公報」については目新しい施策がほとんどなく、「失望」の色が強かったとのことですし、実際の報道もそうだったと記憶しています。
ところが、著者によれば、その後に発表された「結果前文」に盛り込まれたのは「「空前の改革」メニュー」(62p)だというのです。
改革メニューについては確かにてんこ盛りで、どのような内容なのかは実際にこの本を読んで欲しいのですが、例えば、「国進民退」(国営セクターが伸び私企業の伸びが抑えられる)の問題に対しては、「民営企業の経済財産権の不可侵」「民営企業差別の縮小」、さらには「国有セクターの選択と集中(非公有制で構わない分野は任せる)」、「競争を歪める優遇策を厳禁」、「国家安全、環境安全を除く他、重大な生産力の全国配置、戦略性資源及び重大な公共利益に関するもの以外は、一律に法規に則って企業に決定させ、政府の投資認可は行わない」、「中央政府のミクロ・コントロール手段を最大限減少させ、市場メカニズムで調整可能な経済活動に対する許認可は一律廃止する」など、思い切った改革案が並んでいます(64ー69p)。
さらには少子高齢化を招いている「一人っ子政策」に対しても、「両親いずれかが一人っ子なら、二人の子どもを生育してよい」とする緩和が盛り込まれました(82p)。
もちろん、これらの方針がどの程度実行されるかは、今後の展開とトップの習近平をはじめとする政治指導部のやる気と力が鍵になります。
また、著者は、第3章で「土地制度改革がバブル崩壊の引き金を引くのではないか?」、「「都市農村発展の一体化」という方針が都市化を阻むのではないか?」といった三中全会の改革案に対する懸念を表明し、さらに第4章では、中国経済が近々崩壊するといったことはないが、長期的に見ると中国の国家財政の持続可能性を心配しています。
「中国は急激な少子高齢化が目前に迫っているのに、おそろしいことに年金支払の原資の積立がほとんどない」(109p)そうで、今の財政状況は心配なくとも、長期的な国家財政の見通しは決して楽観視できるものではありません。
ここまでは本書の前半で、著者の専門である経済について取り扱った部分。第5章以降は中国の政治についての分析になります。
ここからは著者の専門から離れるということもありますし、また中国の政治というものがどのようなメカニズムで動いているのかが個人的によくわからないため、ここで評価するのは難しいです。
ただ、個人的に興味を引いたのは、「習近平は強い指導者だ」という点と、中国のここ最近の防空識別圏の設定などに見られるタカ派的姿勢を、中国の「心理的バブル」と「二期目のオバマ政権の内向きさ」に見ている点。
習近平というと、守旧派と改革派の妥協の結果リーダーに押し上げられた人物で、二世政治家である太子党の代表的存在、といったイメージが有りますが、著者は三中全会の決定などは習近平の強いリーダーシップによって行われたものであり、「習近平主席は、すでに久しく見なかった「強くて怖い指導者」にすでになっている」(163p)と見ています。
ただ、一方で第9章では防空識別圏の問題において、人民解放軍を抑えるほどには、「力は備わっていない」(217p)とも見ており、ややちぐはぐな印象も受けます。
一方、中国の「心理的バブル」と「二期目のオバマ政権の内向きさ」については、「なるほど」と思える分析がありますし、安部首相の靖国神社参拝問題についても、著者の見解には基本的に同意できます。
全体的に、経済面をあつかった前半のほうがやはり読み応えがあると思いますが、後半にもいくつか鋭い指摘があり、今の中国を知る上ではいい本だと思います。
ただ、やはり著者の問題意識を知るには『中国台頭の終焉』を読むことが必要だとも思いますので、未読の人はまず『中国台頭の終焉』から読んだほうがいいかもしれません。
中国停滞の核心 (文春新書)
津上 俊哉