ロシアのクリミア占領継続とウクライナ新政権へのネオナチの浸透

小泉 悠 | 軍事アナリスト

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着々と占領を固めるロシア

ウクライナでの危機が続いている。

筆者が3月1日の記事でウクライナ情勢について解説した段階では、ロシア軍が国籍を隠して電撃的にクリミアの要所を押さえ、事実の軍事占領を行っていたが、今週に入ってからも大きな動きが相次いだ。

ロシアの軍事行動について言えば、ロシア軍はクリミア半島内に駐留していたウクライナ軍を包囲してウクライナ海軍総司令官以下の数千名を投降させたほか、セヴァストーポリに近いベルベク空軍基地から閉め出されたウクライナ空軍将兵が基地内に入ろうとしたところ、これに対してロシア軍の警備兵が威嚇発砲を行うという事態まで発生している。

また、プーチン大統領がロシア上院に対して行っていた、ウクライナへのロシア軍投入の許可を求める提案は、3月3日、満場一致で可決された。

これはあくまでも軍事行動の許可であって、ロシアが即、軍事行動を行うことを意味するものではないが、その内容は「(クリミアに限らず)ウクライナに対してロシア軍を投入する」ことを許可するとなっており、もしキエフの暫定政府側がクリミアを奪回するなどの行動に出れば全面的な軍事介入を行うとの圧力であったと考えられる。

クリミアの「礼儀正しいフル装備の人々」

3月4日にプーチンが行った記者会見でも、「クリミアに居るのは自警団」であると主張し、軍事介入は当面必要ないが、最後のオプションとしては保持する旨が明らかにされた。

あくまでもロシアによる介入ではなく、クリミアの自発的動きであると言い張ることで現状を正当化し、それを認めなければ軍事介入を行うことを暗に匂わせるような会見であった。

さらに1997年にロシアとウクライナの間で結ばれた協定によると、ロシア軍がクリミア半島のロシア軍を増強したり移動させるにはウクライナ政府の同意が必要とされているため、仮にロシア軍が勝手にクリミア半島の要所を占拠したり本土から増援を呼び寄せたとなれば、協定違反ということになる。

このような訳で、ロシア政府は現在に至るも、クリミアを占拠している部隊があくまでも「自警団」に過ぎないとの立場を取っている。

彼らはメディアの取材などに対しては意外とフランクで、「ロシアから来た」と答えたり、ロシア軍のナンバーや紋章がついたままだったりと、その実態はほとんど明らかだ。

クリミアの親露派住人達は彼らを「友人」「兄弟」などと呼んでおり、しまいには「礼儀正しいフル装備の人々」などというヤケクソのような用語までメディアに登場した。

ショイグ国防相は最近の記者会見において、メディア取材に「ロシアから来た」と答えている兵士の映像は「敵の謀略だ」と述べている。

ウクライナは反撃できるか?

一方、ウクライナが軍事的オプションを取れる可能性はほぼゼロと言ってよい。

ロシア軍はもともとクリミア半島内に駐留していた黒海艦隊や隷下の海軍歩兵部隊(1個旅団及び1個独立大体基幹)に加えてロシア本土から増援を呼び寄せており、その規模は2万~3万人程度と見積もられている。

しかも、近年の経済状態の改善や軍改革によって装備・訓練が格段に改善したロシア軍に対し、ウクライナ軍は財政危機下で装備の更新がままならず、訓練時間や稼働率にも大きな悪影響がでているという(一例を挙げるならば、ロシア空軍の戦闘機パイロットが年間百数十時間の訓練飛行時間を確保しているのに対し、ウクライナ空軍のそれは平均して40時間に過ぎない)。

さらにセヴァストーポリに置かれていた海軍総司令部は前述のようにロシアに降伏してしまった上、港につながれていた艦艇はいずれもロシア軍によって出航できない状態に置かれている。

さらに5日には、クリミア半島西部のドヌズラフ湾にロシア側が退役艦を沈め、湾内のウクライナ海軍が物理的に出てこられないように封鎖してしまった。

今回の事態にはどこか時代がかったものを感じるが、軍艦の自沈という戦術は露土戦争やクリミア戦争でも使われたものであり、同じクリミアでそれが繰り返されるのは、何とも皮肉な話だ。

「独立」ではなく「併合」という衝撃

こうした中で6日、クリミア自治共和国議会がロシア連邦への併合を決議したことは、世界にとっても筆者にとっても大きなショックであった。

筆者としては、ロシアの狙いはクリミアを分離独立地域としてしまい、ロシア軍、クリミア民兵、場合によってはウクライナ軍から成る合同平和維持部隊のようなものを設置するという辺りがロシアの落としどことではないかと考えていたためだ。

2008年の戦争が始まる前までは、グルジアの分離独立地域であるアブハジアと南オセチアはこのような方式で管理されていたし、モルドヴァの分離独立地域である沿ドニエストル共和国は今もそうである。

さもなくば、現在のアブハジア・南オセチアのように、当事国(この場合はウクライナ)を排除してロシアと現地の民兵組織だけが駐留するということも想定はできた。

しかし、一度は外国の領土となった土地を(かつてはロシアに属していたとはいえ)再びロシア領に併合するというのは、ソ連崩壊後、初めてのことである。それどころか、世界的に見ても、武力による国境線の変更を試みているのは他に中国くらいのものであろう。

前回の拙稿で書いたように、ウクライナがNATOやEUに加盟するのを阻止するためのレバレッジとするのであれば、クリミアを分離独立させるだけで事足りるはずである。

ロシアへの併合などという19世紀のような手段を取る何らかの必然性をプーチン大統領は感じていたはずだが、それが何であるのかは今のところ見えてこない。

ただ、こうなると、ロシア軍が国籍を隠してクリミアに介入したのは、単にウクライナの虚を突いた急襲のためばかりではない可能性もある。

つまり、あくまでもロシアが介在せず、クリミアの自由な意思に基づいてロシアへの併合を決議したのでロシアがそれを受け入れるという形式を整えるためには、ロシア軍が素性を明らかにして介入を行うわけにはいかない。

とすれば、2月28日にロシア軍がクリミア各地の選挙を始めた時点で、プーチン大統領はクリミア併合を視野に入れていたとも考えられよう。

欧米の出方とロシアの反応

話が全く変わるようだが、先日、フランスのサン・ナゼール造船所である軍艦の航海試験が始まった。

軍艦の名をウラジオストクといい、ロシア海軍がフランスに発注した2隻の強襲揚陸艦のうちの1番艦である(ちなみに2番艦はセヴァストーポリと命名されている)。

もちろんフランスは先日、ロシアを除くG7の一員としてロシアへの非難決議に同意したばかりであるが、その一方、「ロシアとの軍事関係は中断しない」として、問題の揚陸艦も予定通り、ロシア海軍に納入される予定だ。

オバマ大統領はロシアに対する経済制裁や軍事交流の中断などを掲げているが、欧州がどこまでそれに付き合うかは、フランスの例からしても疑問である。

さらにドイツやイタリアなど、東欧、南欧諸国はロシアの天然ガスへの依存度が高く、ロシアとの対立はエネルギー安全保障上の大問題を引き起こす可能性が高い。

米国にしても、オバマ大統領の強硬な現時とは裏腹に、当面はロシア政府高官の個人資産を凍結するといった措置が主となりそうで、どこまで踏み込んだ経済制裁が可能であるかについては疑問符が付く。

さらに言えば、武力による外国領土の占領という事態が発生した際に真っ先に出てきた対応が(軍事的なものではなく)経済制裁であったということは、逆に言えば「それ以上はやるつもりはない」とも読める。

実際、オバマ政権はシリアに対する極小規模な軍事介入にさえ消極であり、ロシア側はそのような米国の姿勢を読んでシリアとの仲介に動き、攻撃を回避させた。

まして、欧州でロシアと事を構えることはないという計算が、今回のロシアの行動の背景にはあったように思われる。実際、米国は黒海にイージス艦1隻を派遣し、ポーランドに戦闘機部隊を増強した程度で、本格的な軍事的対応を行う素振りは見せていない。

あらかじめ失われた革命

ただし、ウクライナ情勢はまだ不安要素を孕んでいる。

その最たるものが、暫定政権内の極右勢力の存在だ。

極右勢力のひとつである「右派セクター」はキエフでの騒乱の最中に結成された民族派政党で、当初は平和的な政治行動が次第に過激化していった背景として指摘されるのも彼らだ。

右派セクターのヤロシュ党首はチェチェンなどロシアの北カフカス地域で活動するイスラム原理主義組織「カフカス首長国」に対してクリミアでの武装闘争を呼びかけたり、キエフのマイデン広場での衝突では憎悪を煽るために敢えて反政府デモ隊や治安部隊員をスナイパーによって射殺させていた疑惑が持たれている人物であり、ロシアの捜査当局は最近、ヤロシュ氏をテロリストとして国際指名手配した。

さらに同じく極右のスバヴォーダ(自由)からは防衛評議会議長が出ている上、最近になってから暫定政権のヤツェニューク首相は、スヴァボーダの武装行動隊をウクライナ軍の正式な編成に含めることを決定。これに対して反対を表明した国防省の国防次官以下3名が解任された。

しかもスヴァボーダの行動隊はこの首相決定を根拠に、ウクライナ軍が保有する武装を自分たちにも供給するよう要求している。

どう考えても、危険な動きであると判断するほかない。

今回の事態に関してロシアが行っている一連の軍事行動はもちろん非難されて然るべきであるとが、したがってロシアの敵対者であるウクライナ暫定政権は肯定されるべきである、という単純な二項対立には決して陥るべきではないと筆者は考える。

よからぬものの敵も、またよからぬものだった、という不愉快な可能性は常に考慮しておかなければならない。

だが、米国はロシアの横暴に憤るあまり、この点にあえて目をつぶっているように見える。

欧米諸国ではロシアの行動をナチスやヒトラーになぞらえる報道が多いが、今まさに、ネオナチそのものがキエフの政権中枢に食い入ろうとしている事態を、こうした言説は結果的に看過しているのではないか。

それどころか米国務省が最近になって設置した「プーチン大統領の10の嘘」というページ(その中には頷けるものも多い)において、現在のウクライナ最高会議(ラーダ)はもっとも国民の意見を反映しており、差別主義に走ることなどないと擁護している。

だが、実態は上記の通りだ。

もしロシアのやり口がナチス的であるとして、その敵がまた別のナチス的なるものでない、という保証はどこにあるのだろうか?

小泉 悠

軍事アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究などを経て、現在はシンクタンク研究員。ここではロシア・旧ソ連圏の軍事や安全保障についての情報をお届けします。『軍事研究』誌でもロシアの軍事情勢についての記事を毎号執筆。

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