僕はフランス人と同棲している。
その彼女の祖父母が、金婚式を迎えるのだという。
「結婚50年か、すごいね」
「うん。私たちのために、お祝いパーティーの日程をずらしてくれるって」
「え? コウモリも行くの? ていうか、行っていいの?」
「うん、コウモリも行くよ。行っていいよ勿論! 早く飛行機のチケット取らなきゃ」
不幸なことに僕はニートなので、お金にゆとりはない。
けれど、彼女の家族がベッドと食事を用意してくれるため、ほとんどお金は要らないらしい。なるほど。
幸福なことに僕はニートなので、時間にゆとりはある。
だから、彼女が家族とゆっくり過ごせるようにするため、3週間ほどフランスに滞在することになったのだ。なるほど。
とはいえ。
出不精でお風呂も着替えも歯磨きさえも苦手なただの引きこもりニートが、あろうことか「海外」に行くだなんて。。。たくさんの不安が募る。けれど、彼女の祖母ミシュリーヌがスカイプで見せた、強迫にも似た「コウモリ君が来るのを楽しみにしてるね!」というコトバを前に、断るわけにはいかなかった。
なぜなら僕は、NOと言えない日本人だからだ。
いや正確に言えば、僕の父親は尼崎出身の在日韓国人2世で、母親が鹿児島出身の日本人で、生まれたときからどっちつかずのコウモリではあるのだけれど、ともかく僕は日本が好きだし、日本語しか話せない。そう、英語だって中学までしか勉強した覚えがないのだ。
「I'm looking forward to seeing you, too, ミシュリーヌ.」
相手のコトバに「,too」さえ付けておけばなんとかなると思っている程度なのである。
ミッション
そんな自分が、カタコトの英語と大和魂を込めた愛想笑いだけを武器に、どうやって彼女の家族と過ごす3週間を乗り切るのか。
「高卒ニートで正職に就く気など全くなく、将来に不安しかない身ではありますが、これからもよろしくお願いします」
それを伝えるのが、いちおう今回のミッションになるハズだ。もしくは、そこんところを曖昧にしたまま3週間を逃げ切れるのか?
しかしこの状況、よくよく考えてみると、日本語で日本人を相手にした方がミッションの難易度が高いのではないだろうか? むしろ若者の就業率がどえらいことになってるスペインが隣に控えるフランスだから、イージーミッションなのではないか!?
(出所:businessinsiderの記事。Eurostat2012をグラフ化したもの。)
それに、フランス人にとって一番大事なのは「バカンス」だ。つまり、フランスは「プライベート>ビジネス」という価値観を持つ国で、「愛」を重視する国で、その点でも難易度は下がっているハズ。うん、やれる。やれるよ、高卒ニートの自分!
そういうわけで、「意外と何とかなるんじゃない?」という曖昧な自信とともに、1/7、僕は成田を後にした。
予定 フランス滞在記
1/7に成田を出発し、フランスで彼女の家族の家を転々とまわり、1/29に羽田に到着した。
その期間に見聞きした、身の回りの細々としたことを書こうと思う。
書きたい話は、
・フランスと日本の違い
・「完璧なんてないのよ」
・「コトバ」じゃない!
・その子の未来は僕らが作る
・エッフェル塔から300m
・結婚50年を迎えられた夫婦の秘訣
など。
(途中まで書いている幾つかのシリーズ記事も、いったんお休みにします。)
余談
て、いうか。
実は、出発の日の僕にとっては、フランスのこととか、ぶっちゃけどうでも良かった。
その日の僕の心には、別の感情が大きく動いていたからだ。このブログを始めて2ヶ月、誰からの反応もなく、誰に届いているのかも分からず、ただ闇雲に書いていただけだったブログ記事が、初めて「届いた」気がしたからだ。
→2014はてブとはてな村のまとめ
それは、ムチャクチャな記事だった。分量だけでも約2万字あり、自分勝手に作った用語があちこちで乱舞する、「こんなものを読む酔狂なヒトいるのかね?」という記事だ。
けれども、きっと面白がってくれるヒトがいるハズだ、と信じていた。アルバイトしていた頃の、パチンコ店や飲食店や建築現場や、そういう場所での「パチンコ・競馬・芸能ゴシップ」。その世界とは、全く違うコトバの世界。「情報・経済・政治・社会」。とにかく僕は、自分の空想世界のコトバを理解してくれる人に向けて、話しがしたかった。
フランスに行くまでに、何とかして書き上げなければ。そうして出発当日の昼、なんとかアップロードした記事だった。
そして記事を投稿した後に、「この人に読んでもらいたい」と思っていた憧れの人たちに向けて、ツイッターで「読んでください!」と言って回った。押し付けがましくて恥ずかしいとか、そんなの関係ない。だって、どうしても話したいんだから。
成田に向かう途中、記事を読んでくれた憧れの人たちから、いくつものコメントをもらえた。心臓がドキドキして、「やっぱり届くんだ…! 分かってくれる人がいるんだ!!!」と思って、すごく嬉しかった。
その中でも、ある方から頂いたコメントのことを、僕は強く覚えている。
「最近ブクマストーキングされていると思ったらまさかこんな形でアウトプットされるとは……。」
このコメントが、いったいどう凄いのか。それは、下記の記事を踏まえてもらえれば分かると思う。
→ツイッターとは大違い。はてブでは、なぜネガコメが多いのか
この記事の中で、僕が話を盛り上げるためについたウソの一文があるということも分かるだろう。
たった一言の中に織り込まれた、全方位型の配慮。記事を読み終わったヒト向けのジョークでもあり、記事を読む前のヒト向けの紹介コメントでもあり、記事を書いたヒト向けの私信でもある。そうやって、幾つものミッションを易々と達成する「コトバ」を放つヒトが、この世界には、いる。
このインターネットの世界には、凄いヒトがいる。僕のコトバが、そのヒトたちに向けて、届いている。コンビニのバイト面接で「この履歴書じゃあねぇ…」と5分で断られたような自分の、呆れるほど何にも持っていない自分のコトバが、届いている。
そう考えると、成田に向かう電車の中でも、飛行機の中でも、僕はずっと、震えが止まらなかった。
「ねえ、良かったね。たくさんのヒトに読んでもらえて」
「うん(泣)」
「もう(笑) いつまで泣いてるの?」
「わからない。ココロが、ずっとおかしい」
「いい加減にしてよね。それより、もうすぐフランスだよ!」
「うん」
「すごく楽しみだよ!」
「それより記事を読んでもらえたことの方がすごいよ。みんな良い人ばっかりだし、細かく読んでくれてるし、本当にすごいよ」
「あーあー、もう分かったよ。それ何回も聞いた、もういいよ」
「でも聞いてよ」
「こっちだって、久しぶりに家族に会えるんだよ。いまからフランスだよ!」
「でも、2週間以上かけて書いた記事が、読んでもらえたんだよ;」
「もういい。映画見てるから、勝手にして」
「お願い聞いて!まだ話し足りないよ」
「ダメ、映画見るから」
「…」
そうして、空の上でのケンカから、僕らのフランス旅行は始まったのだ。