<< 前の記事 | アーカイブス トップへ |
時論公論 「都市を襲う津波火災に迫る」2014年03月07日 (金) 午前0時~
山﨑 登 解説委員
《前説》
東日本大震災の発生からまもなく3年になります。最近の調査や研究から、従来は別々の課題だと考えられてきた津波と火災に(VTR 気仙沼湾の津波火災)、深い関係があることがわかってきました。大量の海水が襲ってくる津波の中で、いったいどのようにして大規模な火災が起きるのでしょうか。
そして本当に津波によって火災が起きるのならば、今後の巨大地震の防災対策を見直さなくてはいけません。なぜなら津波による火災は、現在の地震の被害想定には組み込まれていないからです。今晩は、最近明らかになってきた津波による火災のメカニズムを紹介しながら、どう対策を講じればいいかを考えます。
《過去最大の津波火災が起きた東日本大震災》
東日本大震災では各地で火災が相次ぎました。
火災の専門家などで作る日本火災学会が、東日本の258の消防本部を調査したところ、地震発生から1ヶ月の間に発生した火災は373件ありました。このうち津波が原因で出火したり、延焼した火災は159件で、全体の43%にのぼりました。
津波による火災の件数は半分以下でしたが、火災1件あたりで住宅などの建物がどのくらい燃えたかを比べると、地震火災の17倍にもなっていました。津波による火災の猛威をみせつけられたかたちです。
津波による火災は、(VTR)1993年の北海道南西沖地震の際に奥尻島の青苗地区で発生し、およそ5ヘクタールが焼失しました。しかし当時は大量の海水が押し寄せる中で火災が起きるのは稀なことで、奥尻島には燃料を積んだ漁船が並び、遊漁灯などの火だねがあったことから悪条件が重なって大きな火災になったとみられました。
しかし東日本大震災で、津波による火災が発生した自治体は、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉の6つの県で、大きな津波が襲った東北から関東地方までのすべての県に広がっていました。
《なぜ津波の中で火がつくのか》
普通に考えると大量の水が存在する中で、火災が発生するというのは考えにくいにくいことです。しかし東日本大震災では、(VTR 津波の流れの中での火災)津波が住宅や自動車などを押し流して行く中で、既に火災が起きていることが確認されています。
いったいどんなメカニズムで火災が起きるのでしょうか?
1. 一つめは、海面に広がった自動車から漏れたガソリンや壊れた工場のタンクの重油などの油に、漂流物同士が激しくぶつかり合ったり、塩水に浸かったバッテリーなどがショートした時の火花で着火する可能性です。しかも、油だけでなくガレキがあったことで火がつきやすかったとみられます。
その可能性を示す仙台市消防局の実験があります。(実験映像)仙台市消防局が10リットルの海水に100ミリリットルのガソリンを入れ、海水に自動車などのガソリンが流れ出した想定で、自動車のバッテリーからの火花で火がつくかどうかを実験しました。海水とガソリンだけの時には、なかなか火がつきませんでしたが、ガレキにみたてた木材などを置いたところ、火がつきやすくなりました。同じような実験は東京理科大学でも行われていて、木材や紙類のささくれや毛羽立ちが油を浸透しやすく、揮発しやすくして、ろうそくの芯のような効果を発揮したのではないかとみられています。
2.問題はなにが着火源になったかです。専門家の現地調査などでは、津波火災の原因はわからなかったものが40%近くありましたが、23%は自動車が着火の原因だと推定されています。私が東日本大震災の直後に仙台港を取材した時にも、倉庫の建物に押し寄せられた複数の自動車が燃えている光景をみました。自動車のバッテリーや電気製品などの電気系統のショートによって着火したものが多かったとみられています。
3.もう一つは、津波で引きちぎられたプロパンガスのボンベから漏れたガスに、衝突やバッテリーのショートなどの火花で火がついた可能性です。
火災を目撃した人から、プロパンガスのボンベが爆発したのを見たとか、音を聞いたといった証言があることから、このタイプの火災も多かったとみられています。
こうして津波が襲ってくる中で火災が起き、火災そのものが津波によって内陸の奥の方に運ばれていきました。そして、壊れた住宅や山林などに燃え移って広がっていったのではないかと推定されています。
被害の大きさは、地形やそこに人がどのくらい住んでいたかに関わります。
津波火災全体の62%が宮城県で起きていました。平地が広かって津波にのって火災が内陸まで運ばれやすかった上に、住宅や工場が並び、自動車や船舶なども多く、いったん火がつくと燃えやすかったためとみられます。つまり大きな津波に襲われると、海岸沿いに平地が広がる、人口の多い都市部ほど津波火災の危険性が高くなることがわかってきたのです。
《津波火災の脅威》
みえてきた津波による火災の脅威は、防災対策に多くの課題をつきつけています。
1.1つめは消火活動の難しさです。火災対策で最も効果的なのは初期消火ですが、津波の危険がある中では避難を優先させる必要があります。また津波が去った後も多量のガレキが道路をふさぎ、消防自動車や消防隊員が近づくことができません。さらに、水道や消火栓が使えなくなる可能性も高いのです。
2. 2つめは、2次災害の恐れが大きいことです。東日本大震災では津波避難ビルなどに火災が迫ったり、燃えたりしたところがありました。津波で生き残った人たちを、火災が追い打ちをかけたのです。現在も南海トラフの巨大地震対策として、東海から西日本にかけての多くの自治体で津波避難ビルを作ったり、計画したりしていますが、国土交通省が定めている津波避難ビルの基準には、津波火災の対策は考慮されていません。
津波火災の調査や研究にあたった2人の研究者は、私の取材に次のように話しました。
東京理科大学の関澤愛教授は「津波火災は火がついてしまうと対策を考えるのが難しい。工場のタンクを地下に設置したり、プロパンガスのボンベにガスが漏れない器具をつけるなどして出火防止をはかっていくしかない」と、業界を巻き込んだ対策の必要性を強調しました。
また名古屋大学の廣井悠准教授は「南海トラフの巨大地震の被害想定に津波火災は盛り込まれていないが、西日本の沿岸各地で東日本大震災と同じようなことが起きると考えて、対策を検討する必要がある」と現在の地震防災対策の見直しを求めています。
《まとめ》
日本は1952年の鳥取市の大火や1976年の山形県酒田市の大火などを教訓に町の不燃化を進め、消防力を強化することで、通常の都市大火は克服してきたといわれます。しかし19年前の阪神・淡路大震災の時の地震火災や東日本大震災で起きた津波火災については、まだ対策が十分ではありません。
とりわけ津波火災については、研究が始まったばかりの段階です。徐々に津波と火災の関連が明らかになってきたことを踏まえ、内閣府や総務省消防庁、それに経済産業省は、危険物やガス、それに自動車業界などを巻き込んで検討を進め、南海トラフの巨大地震などの対策に生かしていく必要があると思います。
(山﨑 登 解説委員)