Bidirectional developmental potential in reprogrammed cells with acquired pluripotency.Obokata H, Sasai Y, Niwa H, Kadota M, Andrabi M, Takata N, Tokoro M, Terashita Y, Yonemura S, Vacanti CA, Wakayama T.
Nature. 2014 Jan 30;505(7485):676-80.
【まとめ】このグループは体細胞に致死以下の刺激を加えると多能性細胞へとリプログラミングされる現象を報告し、これを
刺激惹起性多能性獲得(stimulus-triggered acquisition of pluripotency; STAP)と名付けた。
① この
STAP細胞は、胚盤胞注入によるキメラマウスの作製において、ES細胞と違って、胚だけでなく、胚と胎盤組織の両方に寄与した。
② また、
STAP細胞は
ES細胞と違って自己増殖能を持たないが、ACTHとLIFを添加した培地で培養すると増殖能をもつ
STAP幹細胞(STAP stem cells; STAP-SC)に転換した。STAP幹細胞は増殖できるES細胞様の性質を持ち(
expandable ES-like cells)、胎盤への分化を表す栄養膜細胞(trophoblast)マーカーを発現せず、
in vivoの分化で胎盤組織ではなく胚に寄与した。
③ 一方で、STAP細胞にFgf4を添加して培養すると、栄養膜細胞の性質を持つ、増殖する幹細胞となった(
Fgf4誘導性幹細胞; Fgf4-induced stem cells; FI-SCs)。さらにこのFI-SCsをLIF含有培地で培養すると、胚と胎盤組織に寄与するES様細胞へと転換した。この幹細胞は、
in vivoで胎盤組織に寄与する
栄養膜幹細胞(trophoblast stem cell; TS細胞)とは異なる幹細胞であった。
④ 上記の、
in vivoの胚盤胞注入実験とFgf4やLIFを用いた
in vitro細胞転換実験によって、STAP細胞は発生のためのさまざまな多能性状態を示すことが明らかになった。

(STAP細胞を異なる条件で培養することにより、2方向の幹細胞へと転換することを示した模式図で、H Obokata et al. Nature 505, 676-680 (2014) のFig 4a部分を引用させていただいた。)
【論文内容】このグループは、体細胞に低pHという致死以下の刺激を加えることで多能性を獲得現象(STAP)を報告した。脾臓CD45陽性リンパ球をpH 5.7の酸性溶液に30分間置き、その後LIFを含む培地で培養すると、2日目には生存細胞の多くが多能性マーカーである
Oct4を発現した。さらに7日目までに多能性細胞の凝集塊を形成し、その後は3胚葉への分化能力を持ち奇形腫をできた。
STAP細胞は、胚盤胞注入法によってキメラマウスの発生に高効率で寄与し、次世代仔への生殖細胞系列を介する伝達(germline transmission)も認められた。以上のSTAP細胞の性質はES細胞の性質と似ているが、STAP細胞は自己複製能が低く継代培養できないという点では、増殖能が高いES細胞とは大きく異なっていた。しかしSTAP細胞をACTHとLIFを含む培地で7日間培養することによって、増殖可能な多能性幹細胞(
STAP幹細胞; STAP-SCs)へと転換させることができた。
(1)STAP細胞は、ES細胞とは異なり、胚と胎盤の両方の発生に寄与する本研究では、STAP細胞特有の性質を理解するため、ES細胞とSTAP細胞の胚と胎盤への
in vivoでの分化能力について検討した。
胚盤胞注入実験(Blastcyst injection assay)で、胚盤胞にGFPラベルしたES細胞を注入したところ、ES細胞(GFPシグナル)はキメラの胚形成に寄与したが、胎盤には寄与しなかった。しかし、STAP細胞を注入した場合は、STAP細胞は胚だけでなく、60%のキメラ胚で胎盤と胎膜の形成にも寄与していた。
解説図1:Blastcyst(胚盤胞)とTrophoblast(栄養膜)、Inner cell mass内部細胞塊定量的PCR解析によると、STAP細胞は多能性マーカー遺伝子(
Oct4)だけでなく、胎盤発生に関わる栄養膜細胞のマーカー遺伝子(
Cdx2)も共発現していた。そのため、上記の胚盤胞注入実験の結果は、もともとのSTAP細胞集団に、
Oct4+
Cdx2-の多能性細胞と
Oct4-
Cdx2+の
栄養膜幹細胞(TS細胞)様の細胞が単に混ざったものであったということではなかった。
解説図2:Embrionic stem (ES)細胞とTrophoblast stem(TS)細胞なお、STAP幹細胞は、もとのSTAP細胞とは違って、胎盤の発生には寄与しなかった。STAP細胞からSTAP幹細胞が誘導される過程で胎盤系列へと分化する能力を失ったと考えられた。また、STAP幹細胞には栄養膜細胞マーカー遺伝子は発現していなかった。
(2) STAP細胞をFgf4存在下で培養すると栄養膜細胞の性質を持つようになる栄養膜細胞をFgf4の存在下で長時間懸垂培養すると、栄養膜幹細胞(TS)様の細胞が生成することが知られている。(1) でSTAP細胞が栄養膜細胞マーカー遺伝子を発現していることが示されたが、STAP細胞から栄養膜幹細胞様の細胞が生成するのか、
in vitroでの細胞転換について検討した。STAP細胞の凝集塊を96穴プレートのウェルあたり1つの凝集塊に分けFgf4を添加した培地で培養すると、7-10日後には約30%のウェルで平らな細胞コロニーが成長した。この「STAP細胞からFgf4によって誘導された細胞」は、栄養膜細胞のマーカー蛋白(integrin α7; Itga7、eomesodermin; Eomes)とマーカー遺伝子(
Cdx2)を強く発現していた。
この細胞は、Fgf4の存在下で高効率に増殖させることができ、3日ごとのトリプシン消化によって30代以上継代培養ができた。そこで、このような「STAP細胞をFgf4で誘導して増殖可能になった細胞」を、「
Fgf4誘導性幹細胞」(Fgf4-induced stem cells; FI-SCs)と呼ぶことにした。GFPでラベル下Fgf4誘導性幹細胞は53%の胚で胎盤形成に寄与し、これのキメラ胎盤においてはFgf4誘導性幹細胞は全胎盤細胞の約10%に寄与していた。
STAP細胞から誘導したFgf4誘導性幹細胞は、栄養膜細胞から誘導した
栄養膜幹細胞(TS細胞)と比較して以下のような違いがある。
(1) Fgf4誘導性幹細胞は多能性マーカー
Oct4を中程度発現していたが、栄養膜幹細胞はほとんど
Oct4を発現していなかった。
(2) 胚盤胞にFgf4誘導性細胞を注入した場合は、栄養膜幹細胞のように胎盤組織だけでなく、胚にも寄与した(寄与の度合いは中等度)。
(3) Fgf4誘導性幹細胞の核では、栄養膜細胞マーカー
Cdx2の転写産物の発現量は十分あったのに、Cdx2の蛋白量はごくわずかであった。すなわち、Fgf4誘導性幹細胞におけるCdx2の発現は複雑な転写後調節を受けている。
(4) Fgf4誘導性幹細胞はFgf4がない状態では、栄養膜幹細胞とは違って、7-10日目には徐々に死んでしまい大きい多核細胞には分化しない。
(3)Fgf4誘導性幹細胞は、遺伝子発現プロファイル上ES細胞やSTAP幹細胞に近いもとのCD45+細胞、
STAP細胞、
STAP幹細胞(STAP-SC)、
Fgf4誘導性幹細胞(FI-SC)、
ES細胞、
栄養膜幹細胞(TS細胞)の関連を検討するため、ゲノムワイドRNAシークエンス解析によって、遺伝子発現プロファイルに基づく系統樹作成(階層クラスタリング)を行った。その結果、STAP細胞はSTAP幹細胞、Fgf4誘導性幹細胞、ES細胞、栄養膜幹細胞とクラスターを形成しており、もとのCD45+細胞とはクラスターを形成していなかった。また、STAP細胞は上記のクラスターの中では他の細胞の系統から外れていた。STAP幹細胞はES細胞とは近いクラスターであり、Fgf4誘導性幹細胞はES細胞とSTAP幹細胞のサブクラスターとクラスターを形成、栄養膜幹細胞はこのクラスターから外れていた。すなわち、FGF4誘導性幹細胞は、遺伝子発現プロファイル上ESおよびSTAP-SCという2つの多能性細胞と近い関係にあることが分かった。

なお、Fgf4誘導性幹細胞は系統樹上STAP幹細胞と栄養膜幹細胞との間にあったが、これはFgf4誘導性幹細胞集団にSTAP幹細胞が不純物として混ざっていたためである可能性も否定できない。JAK阻害剤により、内部細胞塊型(inner cell mass; ICM-type)の多能性細胞(STAP幹細胞もこれに当たる)は除去されることが知られているが、JAK阻害剤を添加した培地でFgf4誘導性幹細胞を培養しても、多能性マーカーの発現(
Oct4など)にも栄養膜細胞マーカー(
Cdx2など)の発現にも影響がなかった。したがって、Fgf4誘導性幹細胞集団にSTAP幹細胞が混入していたとは考えにくかった。
(4) Fgf4誘導性幹細胞はLIF+FBS含有培地でES様細胞に転換する能力を持つ次にFgf4誘導性幹細胞をLIF+FBS含有培地で4日間培養すると、形態が大きく変化し、ES細胞様のコンパクトなコロニーを形成した。この細胞(
FI-SC由来のES-like cells)は多能性マーカーを発現していたが、栄養膜細胞マーカーは発現しておらず、マウスで奇形腫を形成した。Fgf4誘導性幹細胞のうち、栄養膜細胞マーカー(Itga7)が強く発現した細胞からはES様細胞が生成したが、Itga7が少ない細胞からはES様細胞はほとんど生成されなかった。
ここで、栄養膜細胞様の性質を持つFgf4誘導性幹細胞がES様細胞へと変換した(Fgf4誘導性幹細胞の培養中に存在していたES様細胞を選択しただけではない)ことをさらに確認した。Fgf4誘導性幹細胞の生存はFGF-MEK系シグナルに依存しているため、MEK阻害剤PD0325901を添加してMEK活性を阻害すると広範な細胞死が起きる。一方でPD0325901はES細胞維持を促進する作用がある。Fgf4誘導性幹細胞を培養しているLIF+FBS含有培地にPD325901を添加すると、Fgf4誘導性幹細胞からのES様細胞の形成が強く阻害された。これはFgf4誘導性幹細胞の広範な細胞死による二次性の毒性効果のためではない(Fgf4誘導性幹細胞とES細胞を一緒に培養してPD0325901を添加すると、ES細胞様コロニーが形成された)。
以上より、Fgf4誘導性幹細胞は、単に多能性マーカーと栄養膜細胞マーカーを発現しているだけでなく、LIF+FBS含有培地で培養するとES様細胞に転換する能力を持っていることが示された。
(5)STAP細胞由来の2種類の幹細胞、STAP幹細胞(STAP-SC)とFgf4誘導性幹細胞(FI-SC)は、エピジェネティックな状態が大きく異なる次に、自己複製能のないSTAP細胞を、異なる培養条件に置くことによって、自己複製能を持つ2種類の幹細胞(STAP幹細胞とFgf4誘導性幹細胞)に誘導できることを示す。クロマチン免疫沈降 (ChIP) シークエンス解析によってSTAP幹細胞とFgf4誘導性幹細胞のエピジェネティックな状態を比較したところ、ヒストンH3修飾(トリメチル化)の蓄積パターンが異なっていた。

STAP細胞、ES細胞、STAP幹細胞(STAP-SC)は、多能性マーカー遺伝子(
Oct4, Nanog, Sox2)、bivalentパターン遺伝子 (
Gata2, brachyury, Nkx6-2)、栄養膜細胞マーカー遺伝子(
Cdx2, Eomes, Itga7)座位のトリメチル化蓄積パターンが類似していた。それに対して、Fgf4誘導性幹細胞(FI-SC)のメチル化蓄積パターンは、栄養膜幹細胞(TS)の座位のパターンに近かった。
以下は、最近の多能性に関連した報告をいくつか示す。
(1) GSK-3β阻害剤の存在下で維持されているラットES細胞には多能性マーカー(
Oct4)と栄養膜細胞マーカー(
Cdx2)が共発現している(Meek, 2013; Chen, 2013)。
(2) ラットの胚外前駆細胞(extra-embryonic precursors)に多能性マーカー(
Oct4)が発現している(Debeb, 2009)。
(3) 従来のES細胞培養中には非常にわずかな
Oct4-細胞も含まれており、これは2方向の分化能を持つごく早期の胚に似た特徴を示す(Macfarlan, 2012)。しかし、これらの細胞は
Oct4-であるため、STAP細胞やFgf4誘導性幹細胞とは違う。また、preliminaryの検討では、桑実胚(morula)と胚盤胞(blastcyst)の遺伝子発現プロファイルはSTAP細胞およびES細胞とは異なるものであることも確認している。
【結論】STAP細胞はES細胞より広い多能性をもち、胚のみならず胎盤の発生に寄与できる。このようなSTAP細胞の2方向分化能は、STAP細胞が単一細胞レベルで分化全能性(totipotent)を有しているためか、それとも培養中のSTAP細胞に2つの異なる状態が混在しているためかは不明である。この点の解明は、現時点ではSTAP細胞が単一細胞から増殖クローンを得ることができないため、将来の技術的な進歩を待つしかないだろう。本研究の結果と前論文の結果から、分化した体細胞をSTAPに基づいてリプログラムすることにより、多能性の状態を獲得するだけでなく、栄養膜細胞および胎盤への分化能も獲得できることが示された。