特集ワイド:東京、そして/中 社会思想家・白井聡さん
毎日新聞 2014年02月04日 東京夕刊
「人命軽視は戦時中の日本と全く同じです。戦争末期は国体の護持(つまり天皇制の維持)にこだわり過ぎて、早期の戦争終結に動かず犠牲者を増やした」。1945年7月のポツダム宣言をすぐに受け入れず、原爆が投下され、膨大な人命が失われた。
戦中戦後の政府と原発事故収束に手をこまねく現代の政府は、「敗戦」や「原発事故」という重大な現実を全力でごまかし、否認する点で全く同じだった。そう気づいて「はらわたが煮えくり返るくらい」の怒りがこみ上げた。
「東京五輪招致は『現実の否認』の象徴です」。昨年9月、国際オリンピック委員会(IOC)総会で、安倍晋三首相は「汚染水の影響は福島第1原発の港湾内で完全にブロックされている」「状況はコントロールされている」と堂々と宣言した。しかし汚染水の流出は止まっておらず、制御されているとは言い難い。「権力側は原発事故の現実から今も目をそらしているとしか思えない」と言い切る。
しかし、この人の指摘は、政府と権力者による「現実の否認」にとどまらない。
「五輪招致は、都合の悪い現実を否認したいという国民の欲望が、政策として結晶されたものだと思います。原発事故の状態を冷静に考えれば、五輪招致にかまけている場合ではない、という結論に至るのではないでしょうか」
「原発事故は収束した」「被害はたいしたことない」「事故はもう起こらない」……。そんな希望的観測に私たちは逃げていないか。
白井さんと会った文化学園大は都庁からほど近いオフィス街にある。20階にあるギャラリーの窓からは、そびえ立つ双頭の都庁ビルが見えた。知事選は中盤に入り、この新宿でも候補者たちが日々主張を訴えている。
今回の都知事選では複数の候補者が脱原発を争点に掲げる。「原発政策は国政マターだ」と争点化をけん制する声が少なくないが、白井さんは「原発事故以降の国政選挙で主な争点にされなかったから、今回議論されるのは自然なことです」と言ってのける。2012年の衆院総選挙では民主党政権の是非が問われた。昨年の参院選では安倍内閣への信任の有無が焦点で「自民党は原発を再稼働したいとの意思が透けて見えたし、民主党も完全に脱原発を掲げていなかった」と解説する。