クローズアップ2014:万能細胞、初の作製 iPS上回る可能性
2014年01月30日
細胞を弱酸性の溶液に浸すだけで、受精卵のような「万能細胞」が簡単にできる−−。理化学研究所などのチームが見つけた「刺激惹起(じゃっき)性多能性獲得細胞」(STAP細胞)は、人工多能性幹細胞(iPS細胞)や胚性幹細胞(ES細胞)が抱える課題をもクリアし、再生医療の将来を塗り替える潜在力を秘める。専門家が「iPS細胞を知った時以上のショック」と驚く万能細胞。常識破りの発見の陰には、5年にわたる試行錯誤と、経験を積んだ日本人研究者たちの支援があった。【須田桃子、八田浩輔】
◇ヒト研究これから 再生医療、膨らむ期待
「細胞にストレスを与えるだけで、万能性を得られるとは。iPS細胞、いやそれ以上のショックだ」。iPS細胞を使った血液の再生などに取り組む中内啓光(ひろみつ)・東京大教授は驚きを隠さない。iPS細胞研究に携わる本多新(あらた)・宮崎大准教授も「驚きを通り越してあきれてしまうくらいのすごい成果だ」と話す。
今回の報告はマウスの実験結果のため、専門家の間では、ヒトの体細胞でも同様に作製できるかどうかが、研究の発展の試金石となるという指摘もある。初期化が起きる仕組みや、なぜ弱酸性の溶液に浸すと効率が高いのかなどの解明もこれからだ。多田高・京都大准教授は「ヒトでも作製できれば、医療応用にも役立つポストiPS細胞になるかもしれない」と話す。
STAP細胞は、iPS細胞やES細胞では不可能な胎盤の細胞にも変化するなど、受精卵により近い万能性を持つことが分かった。目的の細胞を作りやすくなると期待される。
iPS細胞は遺伝子などを導入して作製されるため、染色体が傷ついてがん化する危険性があることが大きな課題だった。一方、STAP細胞は染色体に傷がついていないことが確認され、マウスに移植してもがん化しなかった。iPS細胞より極めて安全性が高いとみられる。STAP細胞自体はiPS細胞やES細胞のように無限に増える力は持たないが、研究チームは培養条件の工夫によって、増殖能力を持つ幹細胞を作ることにも成功した。
研究チームの笹井芳樹・理研発生・再生科学総合研究センター副センター長は「動物の体細胞が自発的に初期化する仕組みを持つことが確認されたことは、生物学の常識を覆す結果」と説明する。
さらに「弱酸性の溶液に30分つけるだけ」という手法は、「学生の実習でもSTAP細胞を作れるかもしれない」(本多准教授)ほど簡便で、特別な材料や技術を必要としないことも、研究の加速につながりそうだ。理研の小倉淳郎(あつお)室長は「今後、全世界でiPS細胞並みの激しい競争になるだろう」と推測する。
◇投稿、当初は「却下」 複数の科学誌「信じられない」
「最初は誰も信じてくれず、やめてやると何度も思い、泣き明かした夜も数知れない」。理研発生・再生科学総合研究センター(神戸市)の小保方(おぼかた)晴子(はるこ)・研究ユニットリーダー(30)は28日の記者会見で話した。2009年ごろから、複数の一流科学誌に論文を投稿したが、誰も思いつかない意外な成果は「信じられない」と却下され続けた。今回、論文が掲載された英の一流科学誌「ネイチャー」にも12年4月に投稿したが却下。論文を審査するレフェリー(査読者)から「あなたは細胞生物学の歴史を愚弄(ぐろう)している」とまで酷評された。
小保方さんが成果の糸口をつかんだのは08年、米ハーバード大のチャールズ・バカンティ教授の研究室に留学したときだ。バカンティ教授は当時、体内に元々、さまざまな組織や臓器になれる多能性幹細胞が存在すると信じていた。小保方さんは教授の指導のもと、極細のガラス管にマウスのさまざまな種類の細胞の塊を通す実験に取り組んだ。
その実験で、ガラス管を通せば通すほど、多能性の特徴を示す細胞が増えることに気付いた。「細胞に外部から刺激を与えたことで、新たに多能性細胞ができているのではないか」。それまでの発想を転換し、栄養を与えなかったり、高温下に置いたりするなど、過酷な環境に細胞を置いてみた。その中で、最も効率が良かったのが弱酸性の溶液に浸す手法だった。バカンティ教授は毎日新聞の取材に、「ハルコ(小保方さん)はライジングスター(新星)だ」と手放しで評価する。
STAP細胞の証明は、国内の第一人者たちが支えた。世界初のクローンマウスの作製で知られる若山照彦・山梨大教授もその一人。STAP細胞の多能性を確認するため、受精卵に注入してSTAP細胞由来の細胞が全身に散らばったマウス(キメラマウス)を作る実験に協力。想定通りのキメラマウスが生まれたことで、STAP細胞の能力が証明された。若山さんは「あり得ないことが起きたと思った」と話す。
研究チームは、より説得力のある実験データを集めて1年後に再び投稿、ネイチャーからの追加実験の要求にも応えた。小保方さんは「幹細胞研究のプロフェッショナルの助言をもらえたお陰」と振り返る。