NHK出版 放送関連図書編集部 編集長
河野逸人さん
~自己紹介~
私が今やっている仕事はNHK出版の放送関連図書編集部というところで、ドラマ関連本や文芸などの編集をするという、いわゆる出版社の本の編集ということをしていて、私はそこで編集長をしています。 具体的には本の単行本なんかもそうなのですが、他にも雑誌とかムック系のもの…例えば大河ドラマストーリー、今やっている「龍馬伝」の雑誌ですね。 こういったものの他に、年末にやる司馬遼太郎の「坂の上の雲」のドラマガイドなどを出したりしています。あとは去年土曜ドラマになった諜報小説物の「外事警察」とかもやったりしています。
単行本の文字系のものとヴィジュアル系の、役者さんに取材して、写真を撮ったり対談したりだとかいったことを普段やっています。今回はドラマの原作ということに絞って、出来る過程というのをお話しできればなと。
まず、近年は舞台となった地方にもたらす経済波及効果というものが非常に大きくて、去年放送された「天地人」というのが新潟に200億円、山形に150億の経済効果があったというふうに言われていまして、地方経済にもたらす起爆剤みたいなものに大河ドラマというものはなっています。したがって各地域から物凄い勢いでNHKに誘致活動というのがありまして、私が聞いた範囲では30近い「地元に大河ドラマ持ってきてくれ」という運動があるようです。それだけ地方が経済活性のための起爆剤として期待するということに繋がるのだと思います。
~”脚本家”田渕久美子との出会い~
この「江」の話、まず田渕さんとの出会いの話からいたしますと、最初に知り合ったのは多分もう15年くらい前です。お兄さんがコピーライターとかいわゆるライターの仕事をしている方で、そのお兄さんから紹介されたのが最初の出会いですね。
その時はそんなとんとん拍子で階段を上っていくとは思ってなかったですね (笑)。田渕さんとそういうことでお知り合いになって、それからNHKの朝ドラの「さくら」っていうのを書かれたんですね。 後は民放とか映画でもご活躍されて、「天地人」の前の宮崎あおいさんが主演した「篤姫」という大河ドラマが大ヒットしまして、あれは宮尾登美子さん原作「天璋院篤姫」を基に田渕さんが脚本を書かれたものでした。
その「篤姫」をやっているときに、「もう1度田渕さんに書いてもらいたい。篤姫の何年か後で、ついてはオリジナルでいきたい。原作も作ってもらえないだろうか。」と言われたのが「江」制作のきっかけです。
~原作者としての、脚本家としての”江”~
「江」は原作を作るときから大河ドラマになるって決まっていましたが、その時は浅井三姉妹の三女”お江”を主人公にすることしか決まってなかった。タイトルが何だとか決まってなくって。 だからもちろん基になるものも何もなく、ご本人がそれをやりたいっていうことから始まった50作目の作品でした。ただここで問題になるのが、今回は原作も書いて且つ本人が脚本も書かなくてはいけないことなんです。
どういうことかというと、放送は2011年からということは決まっているわけだから、そこにはある程度脚本もできてなくてはいけないっていうのもあるし、原作っていうからには前に基になるものが出来てなきゃいけないわけです。なると脚本の前に原作が出来てなきゃ いけないし、彼女が二重に書かなきゃいけないんです。同じ素材だし同じ人が書くんだから別に良いじゃないか、書きやすいんじゃないのって思う人もいるかもしれないけど、やっぱりその小説と脚本っていうのは別物っていうか全く違うものなんですよね。
例えば小説っていうのは上下巻のなかで完成させれば良いものなんですけど、脚本になると1回45分のドラマを毎週見せていくわけですね。そうなると45分である程度完結させなきゃいけない、「もう1回次見よう」って気にさせなきゃいけないという非常にテクニカルな面も必要になってくる。しかも1年間50回で終わらせなきゃいけないっていう制約もある。脚本は上野樹里というのをある程度イメージしながら、あるいは信長を豊川悦司さんがやるなんてことをある程度気にしながら書かなくてはいけない。そういう作業になるので、書くといった意味では別物だというふうに思っていた方が良いと思います。
収録はここから始まりますとか、ロケは何月何日から始まりますっていうのはすべて決まっていますので、脚本が遅れるとえらいことになるんです。
そういうことで、ある時点ではもう原作から離れなければいけないという制約があったんですね。つまりそこからは脚本に移ってもらわなくてはいけないから、何月何日までに田渕さんにかかせなければならないんです。
ちょっとは遅れましたけど一応約束通りに原稿をいただいて、脚本を書かれているという…この前話したら20週くらいまで書いていると言っていましたね。もちろん原作と脚本は全然別物ですけども、彼女は「原作を書いて非常によかった」っていうことを言っていました。 ここまで来ているんだなっていうことがよくわかって、次は何を書けばいいかって全体像が非常によく見える。だからそれに関しては非常にやりやすいと言っていました。これが、原作が出来るまでの話です。
~新しい挑戦~
番組のプロデューサーから、せっかくこういう風に原作が出来て、こういうコンテンツがあるので、これをなにか利用したいということを言われました。つまり番組が始まる前に、事前にさまざまなプロモーションをかけるということはできないだろうかと。
NHKの大河ドラマとかそういうのをあまり見てこなかった若い人たちに番組を見てもらうという、今までにない試みでもあるし良いんじゃないかと思いました。漫画にしたいっていう案がありまして、漫画と大河ドラマを融合するようなことはできないでしょうかと依頼がありました。
NHK出版で漫画を出せないことはないんですがほとんど漫画を出したことがない、また漫画を出すノウハウもないということで出しても失敗になる恐れがある。色々出来ないかなって思っていたんですけど、たまたま講談社の漫画の”デザート”っていう雑誌があるんですが、そこの副編集長の方から原作を漫画にしたいという熱心なオファーがありまして、是非やりましょうということになりました。
実際デザートでも連載がはじまっていまして、10代の層に江がだんだん浸透していけば良いなって。そういう意味で、10代の女子高生が大河ドラマに触れるっていうのは、新たな読者層、視聴者層を開拓できる1つの突破口なんじゃないかと思います。
その漫画という新たな展開だけではなくて、講談社はケータイでそれを配信するといったようなことも既に始まっています。また、当社では江を事前に電子書籍にする試みもしています。 先程も話したようにドラマが始まる前に何が出来るかっていうことを考えてみると、こういう原作というコンテンツがあるのは我々が川上に立つことにもなるので、有益な方法になるんだろうなと思いました。以上であります。
~インタビュー(Q&A)~
Q編集長とは具体的になにをする人ですか?
A私の編集部には今8人いて、出版物を毎月のように作っています。
私は様々な人との打ち合わせだとか、交渉するだとか、担当ごとの
ゲラ刷りをチェックしています。毎日このような仕事をしながら、他には
作家の方と飲んだり、声をかけたりとかしています。
Q作家さんとプライベートで交流はありますか?
Aありますあります。作家とよく飲みにいったりとかします。
Q田渕さんの書く作品は2作続けて女性が主役だが何か思い入れはあるのでしょうか?
A大体女性が主人公だね民放のもそうだし。やっぱり非常にうまいですよね。
んー…男の物語は書けないのかなぁ。ちょっとわからないけど。「篤姫」なんかのときもそうですけど。女の人がハマるツボみたいのを心得てるのかもしれないね。
Q河野さんが1番ぐっときた女性は誰ですか?
A江はどっちかっていうとお茶目な感じがしますよねぇ…やっぱりお市が良いかな。ちょっとずれるんですけど江と春日局の生母と乳母の対決っていうのが非常に面白いんですよ。ドラマでは原作より大奥が出来るまでのことについて扱うんじゃないかな?
Q本を映像化するにあたり不安な要素はありますか?
A原作者の意図と、映像がかみ合わないときですかね。「江」に関しては何も心配してないです。
Q河野さんが、個人的に映像化が楽しみなシーンはありますか?
A1つ好きなシーンがあってこれは絶対に映像化してよって言ったんですけど、江が柴田勝家に連れられて北ノ庄に行くじゃないですか。そこで勝手に馬に乗って駆け出して行って帰ってきたところを勝家に怒られるじゃないですか。それがきっかけで家族のきずなが生まれるあのシーンなんかは田渕さんすごい上手いなと思いましたね。
Q資料はどれくらいありましたか?
A資料は欲しいと言われて用意しましたね。あと実際に現地に取材に行きました。北ノ庄とか琵琶湖の小谷城とか。
Q河野さんが20歳前後のころ歴史小説は読んでいましたか?
A歴史小説は読んでなかった。村上春樹とか(笑)。司馬さんの「燃えよ剣」ていう土方歳三の話であれは読んでました。
Q篤姫は大奥を閉じた人、江は大奥を開いた人だが、江になったときそういうエピソードはありましたか?
A多分あったと思いますよ。「篤姫」があれだけ当ったので、篤姫が大奥を閉じた人、それと対照的な大奥を開いた江というのは頭にあったと思います。映像化するかどうかはわからないけど。
Q河野さんが普段本を読んでいてここは映像化してほしいと思うことはありますか?
A一読者として読んでいると逆に映像化してほしくない方が多いかな。本って自分の頭の中でイメージしながら読むじゃないですか。それに対して映像っていうのはリアリズムで見せてしまうじゃないですか。それは違うかなと、ある意味で映像化は恐いですね。そういった意味では篤姫も江も世間に知られていない分、映像化によって固定観念がつきそうで恐い半面、大河ドラマによって知ってもらえるならそれはそれでいいのかなとも思います。そこは葛藤ですね。
Q作家さんのモチベーション管理における裏技ってあるんですか!?
A僕も聞きたいです(笑)。思い出したくないこともいっぱいある(笑)。結局は信頼関係なんだよね。こいつなら大丈夫って思わせるような関係を築くことが大事なんだよ。向こうに怒鳴られてこっちもキレたらそこで関係終わりじゃない。そういうことだよ。なかなか難しいと思いますけど。
河野さん、ありがとうございました