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これは、歪んだ物語。
歪んだコメの、物語。
「動画とるっすよ!」
「目指すはデイリーランキング一位だね!」
遊馬崎ウォーカーと狩沢絵理華の二人が、ビデオカメラやノートパソコンを手にしながら、突然そんな事を言い出した。
これが遊び仲間である門田達に対する言動ならば、いつものように軽く流されて終わりだったのかもしれないが――
『……え?』
セルティ・ストゥルルソンは、自宅マンションに突然来た遊馬崎達を前に、何がなんだか解らずに首を傾げて混乱する。
正確に言うならば、彼女が傾げたのは、体の上に載せたヘルメットだけだ。
何故なら、彼女には――
首から上が、存在していないのだから。
♂♀
セルティ・ストゥルルソンは人間ではない。
俗に『デュラハン』と呼ばれる、スコットランドからアイルランドを居とする妖精の一種であり――天命が近い者の住む邸宅に、その死期の訪れを告げて回る存在だ。
切り落とした己の首を脇に抱え、俗にコシュタ・バワーと呼ばれる首無し馬に牽かれた二輪の馬車に乗り、死期が迫る者の家へと訪れる。うっかり戸口を開けようものならば、タライに満たされた血液を浴びせかけられる――そんな不吉の使者の代表として、バンシーと共に欧州の民族伝承の中で語り継がれて来た。
しかし、それは昔の話だ。
現在は生きた都市伝説として、そして一人の女性として、岸谷新羅という男を愛する日常を送り続けている。
♂♀
そんな平穏な日常の中に、突然彼らはやって来た。
『動画って……なんの?』
「やだなー、今日び動画って言ったらニコニコだよ、ニコ動!」
狩沢の言葉に合わせ、遊馬崎がニコニコと笑いながら言葉を繋ぐ。
「そうっすよ! 狩沢さんなんか、ニコニコのバージョンが(仮)の時からの常連っすよ!」
『あ、いや……ニコニコは知ってるけど……。あれ? (仮)の頃からって事は、狩沢は何歳の頃から……』
「はいはい! そういう面倒臭い話はあとあと!」
パンパンと手を叩き、狩沢は強引に話を進め始めた。
「で、セルっちはどんな動画を撮りたい? 配信OKなフリーゲームの実況とかやってみる?」
『いや、実況って……私には無理だろう』
「読み上げソフトとか使えば大丈夫だって。いざとなれば黙々とただクリアしていくだけの動画でもOKだよ。内容さえ面白ければいいんだからさ」
『待て待て、そもそも、なんで急に動画を? しかもどうして私なんだ?』
当然の疑問を口にするセルティに、狩沢は残念そうに首を振った。
「あちゃー、そこに気付いちゃったか……流石セルっち」
『気付くもなにも…』
「いやー……その、ね? 正直、私の身勝手だから、申し訳ないとは思ってるんだけど……」
言い淀む狩沢の代わりに、遊馬崎がセルティに説明した。
「それがっすねえ、狩沢さんにはニコニコにライバルが居るんすよ」
『ライバル?』
「まずはこの動画を見て欲しいっす」
「ちょ、ゆまっち止めて! 目の前で見られるのは恥ずかしいから!」
狩沢が止めるのも聞かず、遊馬崎は自らのノートパソコンを手持ちの無線ルーターに接続し、ニコニコ動画のとあるページを開く。
すると、『コスプレしてオペラを歌ってみた @エターナル・ド・シャルモンテ』というタイトルの動画が出て来て、仮面で顔の上半分を隠し、何かのアニメキャラのコスプレをした狩沢がオペラを歌い始めた。
「や、止めてー! 聞かないでぇー!」
止めようとする狩沢を羽交い締めで押さえ込む遊馬崎の前で、セルティはノートパソコンから響く狩沢の歌声を意識を向ける。
耳の無いセルティだが、彼女が纏う『影』が、人間の耳よりも鋭敏にその歌声を感じ取った。
そして、感動に身を打ち震わせながら、狩沢にスマートフォンの画面を向ける。
『狩沢……お前……こんなに歌上手かったのか!?』
「でしょー、凄いっすよねー。アニソン仲間の間じゃ、狩沢さんは伝説っすよ?」
「あううう、そんな事ないよう。恥ずかしいよう……」
狩沢は照れで顔を真っ赤にし、目をグルグルと回していた。
普段の彼女からは考えられない姿である。
『それにしても……このエターナル・ド・シャルモンテってのは、狩沢の芸名か……?』
「あ、そうそう! そうなの! かっこいいでしょう!」
パッと顔を輝かせた狩沢を見て、セルティは心中に冷や汗を掻きながら文字を打った。
『そうか……それは恥ずかしがらないんだな……』
色々と狩沢について考え込むセルティに、遊馬崎が話の続きを語り始める。
「で、そのシャルモンテさんとライバルの、ブリザード・ラ・ブリザーディアさんっていう人がいるんですよ。やっぱり凄く歌が上手くて、コスプレしてるから何かと比べられるんすけど……」
『それで?』
「ある日、スカイプのチャットで売り言葉に買い言葉になって、向こうが『私はあの有名実況プレイヤーの●●さんの知り合いなんだからね。貴方は大した友達とかいなさそうだけど』って言いだして、狩沢さんが『私の友達にも凄い人はたくさんいるよ!』って言い返して……」
『……それで?』
今一つ話が繋がらず、続きを促すセルティ。
「更に売り言葉に買い言葉になって、お互いの友達が動画をニコニコに投稿して、再生数とマイリスト数とニコられた数で勝負しようって話になったそうなんすよ!」
『なるほど。うん。さっきのオペラの歌声と比べて、もの凄く下らない話だな』
一瞬の間を置き、セルティはできる限りの大文字でスマートフォンに打ち込んだ。
『アホかーッ!』
そして、矢継ぎ早に文字を打ち込み、狩沢と遊馬崎に突きつける。
『なんでそこで動画で対決とかいう話になるんだ!? お前らは麻雀ゲームに出てくる「だったら麻雀で勝負よ」とか言ってくるNPCか!? 動画脳か!? これが暴走する今時の若者って奴なのか!? DVDの特典映像とかを違法アップロードして「俺達は宣伝してやってるんだから無罪」とか言い出す連中か!?』
肩を激しく上下に揺らしながら、勢いで更に文字を打ち込み続けた。
『どうせお互いの信者が相手の信者になりすまして暴言吐いたりとか、自演でコメント伸ばしてそれがバレて炎上したりとか、不正に数字を伸ばしただのなんだのビデオチャットやニコ生で罵り合いになって、観戦してた奴に動画上げられて再び炎上ってオチになるに決まってるだろうが! そうじゃないだろう! ニコニコはみんなでニコニコするためのサイトだろう!』
「やー、私はちゃんとした大人だし、そんな事にはならないよ」
『ちゃんとした大人は、知り合いのワゴン車の中で不良を拷問したりしない!』
「まあまあ、それは置いておいて……セルっちなら、何か凄い動画とか撮れるんじゃないかなーって思って相談に来ただけなんだってば。迷惑は掛けないよ」
物騒な単語を含んだセルティの指摘をさらりと流す狩沢に、セルティは逆に落ち着きを取り戻しながら文字を綴る。
『言いたくはないが、私は白バイ軍団にも目を付けられてるし……。万が一、動画の背景とか投稿情報から住所が特定されて逮捕されたりしたら、【首無しライダー、自分で動画を投稿したせいで逮捕される!】なんてSNSとかで拡散されて、一生の笑いものだ』
「白バイ軍団に目をつけられてるのは自業自得なんだからいいじゃないすか」
「そうだよう。セルっちこそ違法行為してるじゃないのさー」
『そ、そう言われると申し訳なくて何も言い返せないんだが……』
弱みを握られ、セルティがどうしたものかとオロオロしていると――
「話は聞かせて貰ったよ」
ガラリと扉を開け、このマンションの主である闇医者、岸谷新羅が顔を出した。
「しょうがないなあ。狩沢君の友達であるセルティが凄いという事を証明する為に、僕が人肌脱ごうじゃないか」
『新羅。お前、なにか動画とか作れるのか?』
――まさか『【手術してみた】闇医者本人が治療を実況』とかやるつもりじゃないだろうな。
そんな不安を覚えるセルティに、新羅は満面の笑顔で言った。
「僕が10年撮りためた、セルティの隠し撮り動画の一部を放出するよ! 流石に僕にも独占欲があるから全部は無理だけど……セルティの魅力なら、再生数は一気にミリオン突破さ!」
数分後――
新羅を自らの武器である『影』で縛り上げて転がしてきた後、セルティが疲れ切った調子で狩沢達に文字を打つ。
『解った……できるだけの協力はするから、新羅のさっきの言葉は忘れてくれ』
♂♀
数時間後
――とは言ったもののなあ。
狩沢達が帰った後、セルティは自分のノートパソコンを立ち上げる。
――そんな動画作りに、私が何か協力できるんだろうか。
彼女が開いたのは、ニコニコのマイページ。
『せっとん』というハンドルネームで登録しているセルティは、自分が過去に一度だけ上げた動画を見てみる事にした。
動画のタイトルは『【これは綺麗】景色のいい屋上、十二選!【屋上動画】』。
自分の好きなビルの屋上からの景色を録画して、それを編集したものだ。
――数年振りに見るけど……タイトルの付け方が狩沢のハンドルネームを笑えない……。
――『つまんねー動画』とか叩かれてたらどうしよう。
不安を覚えながら、動画を開いたセルティだったが――
『閲覧数:12 コメント:0 マイリスト:2』
――おぁ……おぁあああ……。
「何見てるの、セルティ」
背後から声をかけられ、ビクリと身を震わせるセルティ。
そんな彼女の肩越しに、新羅が動画の画面を見る。
「へえ、セルティ、こんな動画投稿してたんだ! 教えてくれたらニコニコ広告に5万円ぐらい注ぎ込んだのに」
そのまま画面を見て、新羅が目を輝かせる。
「凄い! コメントで埋まってるじゃないか!」
新羅の視線の先では、『凄く綺麗』『神景色』『屋上っていいよね』という大量のコメントが動画の右から左へと流れていく。
『そうかな、まあ、大した事じゃないさ』
小刻みに震えながら言うセルティに、新羅がニコニコと笑いながら言う。
「でもね、セルティ。このコメントしてる人達、なんで全部黒文字でコメントしてるの?」
『さ、さあ』
「それに、この黒文字コメント、俺が知ってる黒文字と何か違うっていうか……」
『きのせいじゃないかな』
人間であれば、冷や汗をダラダラと流していた事だろう。
そんな彼女の心中を見透かした上で、新羅は笑顔のまま頷く。
「セルティ、僕はね、たとえ君が自分の『影』で作った文字をパソコン画面に走らせて誤魔化すような事をしてても大好きだよ」
完全に固まったセルティに、新羅は優しく慰めた。
「そういう変な所で小心者な所がセルティの可愛い所だからね」
パソコン画面上の黒文字をグシャグシャに歪ませながら、セルティは新羅にスマートフォンを突きつける。
『逆に悲しくなるから、そういう反応は止めてくれえーッ!』
かくして、セルティは狩沢達の動画争いに巻き込まれる事になった。
ダラーズという組織が消え去り、新しい色に塗り替えられた後の池袋の物語が、今、静かに幕を開ける。
都市伝説でありながら、俗世に塗れきった首無しライダーの日常譚が。
第二話へと続く(3月14日更新予定)
※「【デュラララ!!】ニコニコ特別編 第一話『ニコココ!!』」は3月28日00:00で公開終了となります。
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ニコニコチャンネルでもアニメを配信中!
(C) 成田良悟
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