(cache) 偽りの仮面【小説家になろう大賞２０１４　応募作】

第二号　少年と王女

　ひとりの少年が真っ暗闇を走っていた。
　寒くて暗い殺伐とした風景である。
　見渡す限りに人家はなく、丈の短い枯れ草と、ほそい木々が立っているだけである。
　少年は十代前半であろうか。ぼさぼさのくせっ毛の黒髪。
　ひょろっとしているが、背はあまり高くない。
　走り続けている。

　ここはワカシーカ王国南部。
　南にある「皇国」との国境付近。
　少年は朝になれば草むらに入り死んだように寝て、夕方ごろになると目覚めて一晩中走る。
　それを三日間も繰り返していた。
　逃亡の間は水だけしか口にしておらず、体力の限界であった。
　ついに空腹と疲労のため、休耕地に入り込んで意識を失ってしまった。

　少年がワカシーカ王国に来た同じ日に、王宮では事件があった。
　王女が何者かに襲われ、意識を失った。
　王女は介抱を受けていたが、目を覚ますのにかなり時間が掛かった。

　十年前、先王が急死し、その妹も王位を辞退した。
　王はいないが、王女はいたとされていた。
　先王の妹の一人娘である。実に十年もの間、一人娘は部屋の外に姿を現さなかった。
　王女は既に死亡しているというのが、もっぱらの噂であった。

　その日、庭でお遊びなさっていたという王女は、刺客に襲われた。十年ぶりに外へ出たというのに不憫である。金髪碧眼の美しい姿は、まさに代表的なワカシーカ民族のそれだ。
　王女様の身長は、少年とあまり変わらない。少年とは対照的な、さらさらとした長髪。それでいて、いまにも切れそうで繊細な髪であった。王女もまた眠り続けている。

　少年は走り続けた。後ろを見ながら、ここまで来ればもうだいじょうぶだろうと一安心した。
　「どこかに雨や寒さをしのげるような場所はないか」と考えながら前を向いたが――
　少年の目の前には、彼を追いかけていた男がいた。
　懇願する。
「助けて。殺さないでください……」
　男は無言で少年を押し倒し首を絞める。
　少年は必死で抵抗する。

「うう、だれか……」

「体がすごく重い。思うように動かないよ……、動かない？　そうか」

「夢だ！」

　がばっと体を起こした。少年はベッドで眠っていたことに気がついた。
　だが、すぐに目をとじる。

「ただ夢を見ていたんだ。お母さんを呼べば、すぐに来てくれて、優しく話しかけてくれる。そう、これは全部夢なんだ……」

　少年はゆっくりと目を開けた。
　そこは見知らぬ家の一室であった。どこまでが夢で、どこからが現実か分からず、混乱した。
　長いため息をついた少年は独り言を始めた。

「やっぱり、夢じゃないんだ。……神様っ、僕は確かに罪を犯しました。でも、それは仕方がないことだったんです。許してください。これは僕への罰なんですか。もう十分怖い思いをしました。罰にしてはあんまりです……！」

　少年の懺悔の言葉は、突然の不気味な音に遮られた。部屋の扉が開いた。少年は小さくなる。
　恐怖に怯えた彼の目は扉を注視している。
　厳格そうな白髪混じりの老人が入ってきた。少年は恐怖のあまり泣き叫ぶ。
「命だけは助けてください。ほかに、なにもいらないんです。僕を殺さないで！」
　叫ばれている間、老人は少年の両肩に手をおいていた。
　鈍い少年もこの老人が自分を殺すつもりではないと気づいた。
「あの、あなたはだれですか？　僕を助けてくれたんですか？　僕はずっと逃げてきて、ここがどこだか全然わからないんです」
　老人は目を硬く閉じている。一切口を開くことはなかった。少年も黙り込む。老人は目を開く。そして、低い声で話し始めた。
「……すみません、もっと大きな声で、はっきりと言ってもらえますか？」
　少年の言葉を無視して、老人は話し続ける。
　頭痛がする少年は頭が回っていない。
　しかし、しばらくすると気がつく。
　ここが外国だということに。
　少年は、また泣き叫んだ。

<< 前の話目次

この小説をブックマークしている人はこんな小説も読んでいます！