挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
偽りの仮面【小説家になろう大賞2014 応募作】 作者: 

推敲前バージョン

第二十一号 光と闇

 アルウィンは王宮に到着した。
 さっそくアドロヴァはカスミのはずれへと連れて行かれた。
 アルウィンはこの事件を内密にしようと考えたのであった。
 ここならだれもよりつかない。

「悪いけれど、ここで。ほかに場所がない」アルウィンは言った。
「捕虜は場所を選べずだ。構わない」

 ここまで半日間一度も口をきかなかった両者はようやく会話をしたのであった。
 ちょうど日が沈み、辺りは闇が支配し始めた。

 アルウィンは戸を開ける。
 中にはもちろんだれもいない。
 すぐに暖炉とろうそくに火をつける。
 アドロヴァはアルウィンのベッドにダイブした。
「疲れた?」
「疲れてなどいない」
「そっか……」
 アルウィンは話す覚悟をした。
「僕は君を追いかけて、海へと船を出した。君が流刑にされた方向を追って幾日も過ぎたら、たまたまこの大陸

の皇国の地に迷い込んでいた。それでいまはワカシーカの中隊長をしている」
「なぜお前が私を追う必要があったのだ。それこそ、他人ではないかっ!」
「他人って、幼馴染じゃないか。僕と君の仲はそんなものだったのかい? そうか、僕の顔を忘れるくらいだか

らそうなのだろう」
「ち、違うっ! 忘れてなどいなかった。出会ったときにすぐに気がついた。だが、お前がここにいるなどとは

思わなかったのだ」
 アドロヴァはしばらく黙っていたが、
「……傷ついたのか?」
「うんうん、そうじゃないけど」
「けど?」
「君が元気そうに暮らしているようでよかった。たったひとりの王族も島流しに合うとはひどい話だと思った。

だからすぐに船を出したんだ。僕たちは友達だったから」
「そんなことを言う愚か者はお前だけだった。どうせ、共犯の疑いを掛けられて、同じように島流しになっただ

けだったのだろう? 違うかっ?」
「否定はしないよ。それでも、僕は成長したよ、いまならふたりで国に帰る計画を立てることもできる」
「そんなことはできまい。そもそもこの大陸との技術の差がありすぎるではないか!」
「心配ばかりして、前に進めないのは変わってないんだね」
「うっ、うるさいなっ!」
 アドロヴァは顔を朱に染めた。そして、続ける。
「こんな時にはあれだが……、お前は覚えているのか? 幼き頃、親同士が決めた……」
「覚えてるよ」
「――どうなのだ? いまでもその気はあるのか? もちろん、お前自身が嫌なら構わないのだ。私自身も構わ

ない。ただ、ただ、なんだ。いまは亡き父上の願いをかなえたいだけなのだ」
「それだけ?」
「ほかになんの理由があるというのだ! 言え! 言ってみるのだ、アル!」
「べつに。そう言うならそうなんだろうね」
「そうだ、素直に私の言うことを聞いていればよかったのだ」
 アドロヴァはいい気になったようだ。
「お前は私のことをどう考えているのだ?」
「どうって?」
「馬鹿者! そんなことを私の口から言わせる気なのか?」
「ほんと、よかったよ。無事に生きていて」
「もう、寝る! 私は寝るぞっ!」
「どうぞ」
「どうぞじゃないだろうっ!」
「君はいったい僕にどうしろというんだい?」
「こ、こういうことだっ!」

 アドロヴァはアルウィンの自由を奪った。

「――初めて会ったとき、お前がアルだということにはうすうす気がついていた」
「……それなら」
「お前から言って欲しかったのだ。私は昔のままなのだ。素直に再会を喜べるほどできた人間ではない」
「そうだろうね」
「言うなーっ!」

 アドロヴァはアルウィンをぽかすかとなぐる。
 甘噛みならぬ甘叩き。

 そんなことをしている間にアドロヴァは寝てしまったらしい。
 アルウィンはあどけない彼女のほおをつついてみた。
 反応はない。

 月明かりがアドロヴァだけを照らし、アルウィンは闇に包まれていた。

「光の闇、か……」


 翌朝。
 長い王宮の廊下をひとり寂しく歩いているアルウィン。
 貴族たちの彼に対する認識は変わらなかった。
「努力は人を裏切らない?」
 アルウィンはそうつぶやいた。

「女王陛下。ロンメル中隊長がお出ででございます」の言葉とともにアルウィンは執務室に入った。
 王女は、いらいらしている様子である。
 ユーティライネンはいつも通り表情を出さずに突立っているが、その仮面の裏には煮えたぎる溶岩が見えた。
 彼女は女王と呼ばれるのを嫌っている。
 王女から女王に変わっただけで責任が増えたのだろう。
 心労がたまっているのかもしれない。
「ロンメルであります。北の暗殺者を捕縛し、ただいま戻りました」
「あら、乗馬は上達しましたか?」
「まずまずであります」
「それは良かった。馬に乗れないのでは、指揮官失格ですよ」
 ユーティライネンが僅かに口元を歪ました。
「ところで、その者をどうするつもりですか?」
「別件にて訊問したいので、もうしばらく取調べしたいと思います」
「――そうですか」
「はい」

 もしや、アドロヴァのことが王女の耳に知れた?
 彼女はこっそりと王宮の非常退出用の通路から引き入れた。
 気づかれるはずがないけれど。

 そもそも、気づいていたら激怒しているはずだ。
 暗殺者を王宮にこっそりと連れ込んだのだから。

 いつも楽観的な王女が、悲観的になっている。
 政治に一切関わらないが噂を耳にしないわけではない。
 女王の権力はいまだに弱いままなのだ。
 評議会に圧力を掛けられているに違いない。北の帝国の侵攻にも備えなければならない。
 軍事に詳しくない王女でも、現状を痛いほど理解しているのだろう。
「陛下、必ず道はあります。王国の先行きを嘆きなさいますな」珍しく貴族らしい言葉を使った。
 貴族ではないけれど。
 王女の顔が少し明るくなった。
 気を使ったのは、今回が初めてではなかろうか。
「そう、良かった。頼れる人はみんな去っていきます。あなたがそうならないことを祈ります」
「私は軍人です。最後まで女王陛下に仕えます」
「ありがとう、私はあなたを信用しています」
 ユーティライネンは驚きを隠せないのか王女の方を見た。
 アルウィンも怪訝そうな顔をした。
 世事に疎いが王女が人を信じない話は貴族の間では有名だった。
 「頼れる人」という言葉だけでも、驚くべき事態なのだが、「信用しています」という言葉も出したのだ。

「……恐れ多いことであります。では、すぐに尋問に向かいます」
「お待ちなさい。お茶はいかが?」
 ロンメルは少し考えた。
 今日はお茶を頂くことにした。
「はっ。いただきます」
「お茶を入れて」
「はい」
 メイドがどこからともなくあらわれ、あっという間に支度をして三人分のお茶を入れ始める。

 ユーティライネンはそれに手を触れず起立したままだ。
 なにも考えていないように見えて、頭の中では先ほどの事件でいっぱいなのだろう。
 王女はしばらく黙っていたが、ティーカップをテーブルに置いた。
「王室にはこんな言い伝えがあるそうです」
「どんなものですか?」
「亡国の危機に王が死ぬとき、光と闇が来る。ふたつが不可思議な術を使いて敵を蹴散らし、世界は崩壊する」
「どこにでもありそうな、言い伝えですが」
「光と闇というのが、不思議だと思いませんこと?」
「はぁ。この国の文献から考察するに、光は神を、闇は悪魔を表します。『光が来る』とは、神の祝福が来ると

いう意味で平和を示すのでしょう。『闇』は、悪魔による世界の混乱、もしくは戦乱でしょうか。ふたつが同時

に訪れるというのも気になりますが、世界が崩壊する。もしかすると、光と闇は人ではありませんか? 光がワ

カシーカの救世主で、闇がワカシーカを滅ぼそうとする敵のだれかということもあり得ます。女王陛下、不思議

と言えば不思議ですが、気になさることもないのでは?」
「あなたなら、意味がわかるのじゃないかしらと思って。あなたの話が正しいのであれば『光』はロンメル、あ

なたを指しているのではないですか?」
「私は闇以外にあり得ません。罪人ですから」
「まぁ! 信じられません。本当ですか?」
「昔のことです、失礼します、女王陛下。私は総司令部にも戻りたいのですが」
「あなたは休息という言葉を忘れてしまったようですね。つかの間の平和をもっと楽しんではどうですか」

 確かに美しい女性だけれど、ここまで楽観主義というか、夫がいないのも理解できるような気がする、アルウ

ィンは思った。
「では、休息のために総司令部へ戻ります」
「私が言いたいのは『心の』休息です」
「そうですか」
「あなたは働きすぎです。心の休養も必要ですから、司令部には参謀付き解任の命令を送りました」
 女王はにっこり笑う。
 非の打ちようがない笑顔である。
「女王陛下、言っている意味がよくわからないのでありますが……」
「総司令部参謀付きを解任しました。近衛中隊長アルウィン・ロンメルさん、お茶をどうぞ」
 差し出されたカップにアルウィンは口をつけた。
 王宮の紅茶はとても苦い味がした。
 ロンメルの元気は一層なくなってしまった。王権は強化されつつあるのだから、解任されうる。
 そもそも平民は厄介者であった。
 だが。
 ここで解任されるということは、休養という理由だけではないのだろう。
 他の理由があるはずである。
「最近の王権は強力でありますな。女王陛下、私を解任なさった真の理由は何でありますか? 休養とは建前で

ありましょう」
 王女は最初にアルウィンが部屋に入った時とは打って変わってうれしそうであった。
「いいえ、もう目的は達成しました。あとは経過観察だけですわ」
「まったくもって理解できません」
 王女はにっこり。
「ところで、ロンメル中隊長。あなたはいったい何者かしら? 月からやって来たのかしら?」
「陛下までもが、ルントシュテット名誉参謀のように小説の読みすぎで、頭がおかしくなられたのでありますか

。頭に悪影響を及ぼす書物は焚書にすべきかと」
「真面目に怒るなんて、こちらの方が困ります。もう下がって良いわ」
「失礼します」

 ユーティライネンは部屋を出るロンメルの背中を見ていた。
「エレオノーラ、どうしてあの女のことを責めたてなかったのだ! やはり変な虫を連れてきたではないか!」
「なにか理由があるのですよ、おそらく……」
「……ふん!」
「また、やきもちですか。別にいいじゃない。まったく……」
「別に構わん」
 やきもちではない。
 ユーティライネンには子どもがなく独身だ。
 娘を育てるかのように教育していたのだ。
 父親が持つような感情を抱くのも不思議ではない。
「事実を話せば良いのだ」
「なんの事実かしら?」
「両方だ」
「これは普通に話せるような内容ではないのをしっているでしょう。話すべきかも知れないけれど、彼の負担を

増やすだけだし」

 ふたりとも本当にかわいらしい人ね。
 ロンメルは豊富な知識を持っている優秀な軍人。
 平民にしておくには惜しい存在。
 彼こそが光。
 私が闇、国を滅ぼす悪魔。
 そもそも私は正統な王ではない。
「それにしても」
「それにしても?」
「ロンメルは甘いですわね。また、ひとつ判断材料が増えた」
「彼もエレオノーラと同じように逃げてきた者だと考えているのか」
「少し違うけれど、大陸の外からやって来たのは確かでしょう……」

 突然、壁が開いた。
 そこから人が出てきた。
「女王陛下、いったいどうするおつもりなのか、お教え願いたいですぞ」
「マンネルヘイム将軍。お元気そうで、なによりですね。盗み聞きとは気味の悪いことですわね」
「これも老将軍の仕事じゃ」
「将軍も苦労なさっておられるようね」
「ほっほ。陛下ほどではありますまいて。しかし、王族の血をどうやってつなぎとめるか。それが問題ですぞ」
「色恋にうつつを抜かしていた将軍に言われたくありませんわ」
「そのおかげで王族の血がつながれたというものだがな」
 ユーティライネンが言った。
「そう、わしをいじめないでおくれ。老人をいじめるなど、王の風上にも置けんよ」
「先王とひそかに交わりを繰り返していたあなただけには言われたくありませんわっ!」
「ほほ、老人は闇に消えるとしよう」
「その方がいいでしょう。私の堪忍袋の緒が切れる前に」
「俺の堪忍袋はズタズタだよ、閣下」
 マンネルヘイムは、
「ロンメルの茶になにを入れておったのかの。わしと同じようなことをされるのかろうか?」
「盗み見もおやめなさい」
「そうじゃの」
 消えた。

 季節は春である。
 木々に色がつき始めていた。
 王女がつぶやく。
「自然は変わることがないのね。さて。監視に行きますか……」
「老将軍に忠告した矢先にか?」
「これも王の仕事なのです」
「そうだろうな……」
 王女は暖炉に身を入れる。
 底が見えなかった。
「気をつけるんだぞ」
「わかっています」
 王女も闇に消えた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
▲ページの上部へ