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偽りの仮面【小説家になろう大賞2014 応募作】 作者: 

推敲前バージョン

第二十号 暗殺

 北部方面軍司令部敷地内。
「ジューコフ? 聞いたこともないが」ルントシュテットは言った。
「騎兵の重要性を説く猛将であります。騎兵がない帝国軍に、方陣陣形を推進したのは彼です。弓兵、重装槍兵

科部隊、重装剣兵科部隊を組み合わせた方陣は、敵より数が多ければ、騎兵なしに勝利することができる戦法で

あります」
「そうか」聞いただけでうんざりという感じだ。
「また、人命を無視した彼の防衛は、北の帝国と西との戦闘においても、その有効性が認められております。さ

すがは、悪の帝国と言ったところでありましょうか」
「ふん、所詮(しょせん)平民国家だからな。死神の敵だろうな」

 アルウィンは剣兵科出身である。
 騎兵を重視していたが、無理に貴族軍を動員しなかった。
 平民部隊の動員はよく行い、常に最前線で指揮したためアルウィンの部隊は消耗率が高かった。
 部下が死ぬのに、指揮官は戦死しないので死神と呼ばれていたのであった。
 もともとは、ユーティライネンが付けた悪友同士のあだ名であったが、王国軍全体が知るものとなっている。

「わしは名誉参謀の私室を探しに行こうかな。読書したくなってな」
「私は司令部を散策します、では」
「それじゃあな」

 ルントシュテットが去る。
 アルウィンはふっと笑い声を漏らした。

 その頃、ある学校。
 教師を相手に老人が力説している。
「摂政や総統による政治で、みな女王陛下を敬わなくなってしまった。自分に権力を集中させるために、王の男

児をみな暗殺したことも原因かもしれんの」
「長老閣下。なぜ、男だけを暗殺したんですか」
「そんなことも分からんのか。王権を弱めるためじゃろうが。初めは摂政として、一部の王党派貴族が力を持ち

始めた。当時は、王党派も共和派もなかったんじゃが。その後、摂政と王国最高議会の議長を兼任する役職とし

て『総統』ができたのじゃ。作ったのは、現在の共和派貴族じゃ。こうして貴族間でも争いが増えた。そんなこ

ともあるのか、ワカシーカの王はみな女子(おなご)じゃ。確か、十代続けて女王じゃったはずじゃ」
「最長老は『じゃ、じゃ』ばかり言ってやがるよ。どんだけ年なんだよ。クックック……」
「わしの耳はまだ聞こえるわい! 貴様ら、即刻縛り首にするぞ」
「冗談ですよ。長老閣下」
「長老閣下、落ち着いてくだされ。お体に悪いですぞ」
「閣下。それより、女王陛下のお話の続きを聞きたいです」
「ほほ。そうじゃ、その話をしておったのじゃ。とにかく、王族は女性ばかりで、政治は摂政に任せきりになっ

たのじゃ。しかも、女王は短命じゃった。女王がある程度成長し政治に興味を示しだすと、摂政は何か理由を付

けて、女王を退位させたのじゃ。毒殺されることもあった」
「長老閣下は現役当時、どのような役職についておられたのでありますか」
「摂政じゃ。しかし、わしは摂政の仕事にのみ取り組んだ。私欲で政治を動かそうとはしなかったのじゃ。そこ

で、いまでいう共和派が『総統』という役職を作った。そもそも共和派とは名ばかりで、権力が欲しかっただけ

じゃろう。わしは様々な策を講じたが、全て失敗に終わり、若き先王も暗殺されてしもうた。つまり、ワカシー

カを弱体化させたのは、わしの責任でもあるのじゃ。じゃから、責任を取って、軍人も摂政もやめた。ひっそり

、田舎で暮らすことにした」
「長老閣下。そんな秘密を話しちゃってもいいの?」
「上流貴族ならみな知っておるわい。そもそも、わしが、こうやって生きておるのも権力を捨てたからじゃ。そ

うでなければ、今頃墓の中じゃ」
「長老閣下。名簿を見て気がついたのですが……。閣下は、かつて、ススカ地方防衛を指揮した名将ではありま

せんか。なぜ、このようなところにおられるのでありますか」
「昔の話じゃ。わしはもう七十になろうとしておる。体が持たん。これからは、貴様ら若造に任せようと思って

、ここに来たのじゃ」
「げー。勘弁してくれよー」
ボソッと言う者があった。
「若造ども。特に貴様! わしの耳はまだ聞こえると言っておるじゃろうが。これからみっちり訓練してやるわ

い。がっはっはっはっはっは」
 ちなみに、この最長老がマンネルヘイムであることは言うまでもない。
「ロンメルよ、おぬしはどうするつもりなのかの……」
 老人は独白をした。


 舞台は変わって、寒風が襲う北部方面軍司令部。
 名誉参謀ルントシュテットの私室前。
 アルウィンが急ぎ足でたどり着いた。
「北方方面軍司令部名誉参謀付きアルウィン・ロンメル中隊長、ただいま到着しました」
 ルントシュテットは休憩していたようだ。
 あわてて読んでいた本を引き出しに隠す。
「ノックぐらいせんか。心臓が止まるかと思った」
「申し訳ありません」
 ロンメルの目が笑っている。
 ルントシュテットはワカシーカにおいて販売が禁止されている小説を数多く所持している。
 ジャンルは不明だ。
 ルントシュテットは隠しているつもりであるが、噂は流れ陰で笑われている。
「まぁ、いいのだ。だいぶん帰りが遅かったではないか」
「不慣れでありまして迷いました」「地図が読めなくては指揮官にはなれない」
「ご勘弁願います、名誉参謀殿」
「はっはっは、分かった分かった。ところで、貴様がいない間に貴族どもが私兵を送ってきた。ただちに『王国

軍特別編成連隊』が創設されたらしい。王国軍は人員・武器・馬が不足しているというに、貴族の私兵のほとん

どが騎兵とは皮肉だな」
「我々はどうなるのでしょうか」
「どうにもならんだろう。それより貴族が今頃に新たな援軍を送ってきたのだ。未来の軍司令官なら、評議会が

言いたいことは予想できるな?」
「戦争になったら王国軍を使えということですか」
 ロンメルは否定しない。
 ルントシュテットは満足そうな顔である。
「そうだ。明日にも、防衛軍団を組織するから、王国軍が敵攻勢予想地点に向かうように言ってくるだろう」
「本当に困ったものですね」
「協調性のない馬鹿どもは、各個撃破されるからな。奴らは、自分の土地を守るときしか戦わんよ。貴族も落ち

たものだ。名誉とか自己犠牲の精神を重んじる者は少なくなった」

 ルントシュテットは、貴族であったが、貴族を信用していないらしい。
 貴族は保守的で自分の領地が危険にさらされない限り、積極的に協力することはなかった。

「出ていいぞ」
 ルントシュテットは言った。
 愛読書を読みたいのだろう。
 どのみち、名誉参謀に仕事はない。
 敵の士気を下げるためだけなのだから。
「失礼します」
 アルウィンは下がった。
 彼は司令部の散策を再開した。
 ここの司令部は改築に次ぐ改築で迷路化しているのだ。
「しかし、王女も大胆なことするよな」
 アルウィンは例の夜を思い出した。
「いや、単にさみしいのかもしれない。重圧の中で日々戦うのだから、夜くらいはだれかのぬくもりが欲しくな

るのも理解できる」
 そんなことを言いながら階段を上ろうとしたアルウィンは信じられないものが視野に入ったことに気がついた


 りりしい顔。
 白い肌で華奢な体つき。
 そう、アドロヴァであった。
 アルウィンは一瞬階段を上ろうとしていたことを忘れ、踏み外してしまい手すりにしがみついた。
 なぜ、この大陸で偽名を使おうとしなかったのだろうか。
 自分を追う者が来るとは思っていないのか。
 十年もの月日が流れ、追跡の心配がないと確信したのか。
 いずれにしろ、そこにいるのはアドロヴァで、彼女はアルウィンがよく知る者であった。
「それにしても、北に属していたはずなのになぜ、ここに?」
 そう思う間もなく、アルウィンは理由を思いついた。
 暗殺だ。
 北の帝国におそれられているルントシュテットを暗殺する気なのだ。
 間違いない。

 アルウィンはアドロヴァの後をつけた。
 彼女はルントシュテットの私室へと迫りつつあった。
 アルウィンが出てきた方とは逆の通路から私室を目指しているらしい。
 男装していたアドロヴァはルントシュテットの私室の前にたどり着くと、扉をノックせずに部屋の中に転がり

込んだ。
 アルウィンはレイピアを抜くと後に続いた。
 どうやら部屋の中ではルントシュテットが捕虜となることを拒否しているらしい。
 この状況で騒ぎになれば、書物が公にされてしまう。
 それだけは回避したいのだろう。
「ルントシュテット、はやく両手を頭の後ろで組むのだっ!」
「そういうわけにはいかない。貴様の所属と名を名乗れ」
「もう言っただろう。私は評議会軍情報科所属のアドロヴァ中尉だ」
 ルントシュテットがアドロヴァに這い寄るアルウィンに気がついたらしい。
「待て待て、降伏するのは君の方らしい」
「なんだと? そんなことを信じろと言うのかっ!」
「そのようだよ、アドロヴァ中尉」
「はっ?」
「おおっと、動かないでもらいたい。君を殺すわけにはいかないので」アルウィンは彼女を後ろから拘束した。
「こうなっては、生き地獄――」
 そう言って拘束を振りほどくと、どこからともなく錠剤を取り出した。
「死をもって償わざるを得ない」
 中尉が自殺するのは時間の問題かと思われたが、
「アドロヴァ、祖国に、海向こうのかつての王国に戻りたいとは思わないか?」
「――なっ? 貴様はいったい?」
「アルウィン・ロンメル。この大陸ではそう名乗っている」
 アドロヴァは抵抗をやめた。
 停戦条約締結の時に感じたのは思い過ごしではなかったと悟ったのだろう。
「まさか、貴様がここにいたとは……」
「そういうこともあるのさ。抵抗はやめて話を聞いてくれるね?」
「仕方あるまい。捕虜となろう」
 アドロヴァは両手を差し出した。
「逃げないのはわかっている。そのままでいい」
「いつまでも甘いのだな、貴様は。だから国が滅んだのだ」
「その話はまたあとで。ルントシュテット名誉参謀殿!」
「ようやくわしの出番か」
「王宮に帰還してもよろしいでありますか?」
「名誉参謀に仕事なし。名誉参謀付きも、しかりだ」
「感謝します」
「悪いことにはならんだろう。すべてお前に任せる」
「感謝します!」
「よくわからんが、知る必要もない。知りすぎると命が有限であることも知ってしまうのでな」
「では」
「馬は二頭手配しよう。この書類を示せ」
「はっ」

 こうして、アルウィンとアドロヴァは司令部を出て、一路首都へと向かった。
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