第十五号 評議会と死
女王は、王国軍に平民のみで構成されていた市民軍を編入するという議題を上げた。
非正規だった市民軍は正規軍として認められるのであれば、士気が上がると思われた。
女王は、平民からなる一個近衛中隊の創設を指示し、自身の身辺警護を行なわせることにした。
中隊長はユーティライネン。副官はアルウィン・ロンメルだった。
市民軍編入議題に対し、さっそく評議会が召集された。
ワカシーカ王国貴族議会副議長の総統が刻限を遅れて到着した。
「これよりワカシーカ王国評議会を開催する!」との女王の宣言から評議が始まった。
「既に告知していますように深刻な人員不足を起こしている王国軍にはもはや、平民の力が――」
机をたたく音。
「戦は貴族がするもので平民風情が、かかわるものではない!」
「そもそも、王女……。いまは王である陛下が北方方面軍軍司令官に王党派の彼を据えましたが、その責任はどのようにお取りにな
るのか?」
「彼の指揮能力の低さが先の戦の結果をもたらしたわけではないとの判断です」
「御冗談はやめなさいませ、陛下。彼の失態は明らかです」
「そうですぞ、彼は初戦において誤った指示を下した。さらには敵前逃亡。貴族の風上にも置けません」
「恐れながら、陛下には彼を任じた責任がございます」
ボック公爵が声を荒げる。
「恐れながらではあるまい。大逆罪にも当たるわい。臣下である貴様が王である陛下に対して何たる物言い、何たる意見。貴族が王
に物申すなど恐るべき罪だ」
「公爵、貴下は貴族として行動しておられるのか? それとも王党派として行動しておられるのか?」
「わしは貴族だ。くだらん疑いを持つ出ない」
「陛下! 北方方面管区長官を罷免なさいませ」
問題の評議員は沈黙を貫いている。
「若き評議員といって、責任を逃れるつもりか! これは王への反逆だ!」
「すぐに決を」
女王は決断を下した。
「伯爵に対する評議。北方方面軍軍司令官の作戦指揮に問題があった。票を投じよ!」
七名の評議員たちはそれぞれ、緑の札と赤の札を持っている。
緑の札が賛成、赤の札が反対である。
ちなみに七人全員の一致がなければ、王はそれを貴族に告知できない。
共和派貴族は全員が緑の札を円卓の中央へ投げた。
残りは王党派貴族一名と騎士道は貴族、問題の伯爵である。
ボック公爵は緑を投げた。
「防衛作戦自体に問題は……、見受けられる……」
長老評議員の言葉で、流れは変わった。
王党派貴族も緑を投じた。
伯爵は――
「私は王にお仕え申し上げてきた。それは真意からであった。しかし、私の防衛作戦への指揮が不十分であったことは逃れようのな
い事実だ。すべては私の責任である」
伯爵は立ち上がる。
ボックは身構えた。女王の額から汗が流れ落ちる。
「ワカシーカ王国よ、永遠なれ! 女王陛下よ、永遠なれ!」
そう叫んだ罪人は懐に隠し持っていた短剣を取るとそれを自らののど元に突き刺した。
「――きゃっ!」
血が噴き出た。
円卓はすぐに真っ赤に血塗られ、評議員にも降りかかる。
そのような状況下でも評議員たちは一言も発しなかった。
ここにいるのは共和派であれ、騎士道派であれ、一流の貴族なのである。
それだけの実戦を経験している。
このようなことでは動じなかった。
一番動揺を隠しきれていないのは女王であった。
ボックが声を掛ける。
「陛下、御身に――?」
「もんだいありません」
「陛下に代わって、評議長のボックが提案する。今回の戦において、王は最善を尽くした。決を投じよ!」
議員は血塗られた緑の票を取りに行くともう一度投げた。
異論はなかった。
「次に王国軍に市民軍を編入する議題を扱う。意見を」
最後の王党派貴族が口を開いた。
「現場の王国軍の指揮官クラスの貴族たちや王国最高議会では、賛成する者が大多数である。なぜなら、王国軍は事実上壊滅してお
り、暗黙の休戦をしているとは言え、速やかに立て直す必要が――」
「輜重部隊長には平民を」
「そうだ! 指揮官は貴族。平民が兵士だ」
「騎兵は貴族であるべきだ」
「そのようなことを言っている場合ではないと気づくべきだな」公爵が釘をさす。
「現実を見よ。これ以上お前たちの好きなようにしていれば、ワカシーカ全土が敵国に占領されてしまうぞ。……王国軍への市民軍
の編入。札を!」
緑。
緑。
緑緑。
緑。
現在、評議員は六名であるから、あとひとつである。
しかし、最後の札は投じられなかった。
最後まで握りしめている者はだれだろうと、ボックがそれぞれの手を見渡す。
「残ったのは統治者を『自称』する者か……」
総統の手には赤の札が握られている。
みなが沈黙を貫いている中、彼は平然としているようであった。
「公爵、地位とは自らが称しなければ、意味をなさないのだ。貴族が貴族であると『自称』するのと同じようにな」
強調された言葉に公爵が反応する。
「……何が言いたいのかね? はっきり言いたまえ」
「そのままの意味だ、特に意味はない。ところで、伯爵のあとはだれがつくのかな?」
「貴族議会からだれか適任者を見つければよい。それが王党派貴族でなければならないといういわれもないだろう。……そもそも共
和派貴族という名称、存在、自称自体許されざるべき罪だろう。しかし、いまは市民軍の編入の評議だ」
総統は札をひらひらとふりながら賛成を投じた。
「市民軍の王国軍への編入をワカシーカ王国全土において認める! これにて評議は終了!」
赤の衣をまとった評議者たちは、さっそうとその場を後にした。
青と緑が残った。
青は言う。
「陛下、彼なりの誠意を認めてやらねばなりません」
「領地は取り上げだが」
緑は肩を落とした。
「私はわかりませんわ、彼を誉めるべきか、けなすべきか。褒賞を与えるべきか、罰を与えるべきか」
「貴族は死ぬことが最高の奉公なのであります」
「死んでもうれしくともなんともありません。ただの自己満足ではありませんか……?」
ふたりは最後の言葉には答えなかった。
「この者をどういたしますか?」
「近衛が丁重に扱いましょう」
「承知いたしました」
臣下は静々と下がった。残ったのは女王ひとり。
彼女はすっと、天井を見上げた。
豪華なシャンデリアが一度も灯されたことのないろうそくを伴って女王を見下ろしていた。
強行に改革を行なおうとする女王であったが、旧勢力を粛清することはなかった。
先の戦争で失態を犯した司令官でさえも、自身の手にゆだねたのだ。
粛清すれば一挙に王権強化を出来る反面、貴重な戦力である貴族の私兵を失ってしまう。
馬に乗ることができるのは貴族だけであった。上級指揮官も貴族。
粛清が意味するのは優秀な武官文官の喪失と、それによる王国軍の数的・質的な低下だ。
王国軍の士気にも影響を与える。
彼女は王党派貴族だけでなく、騎士道派貴族までもが市民軍の編入をよく思っていないことは理解していた。
そして、彼らを自分の味方につけなければならないこともわかっていた。
女王は北の帝国に対する数的不利をこれ以上深刻にさせてはならないと考えていたからだ。
騎士道派貴族とは、ワカシーカ王国にのみ存在する特殊な一派で、その名の通り騎士道を貫く貴族である。
総統や王国最高議会の命令よりも、騎士道を考えて行動する恐ろしいほど厳格な者たちである。騎士は下級貴族であるため、上流
貴族とも仲がよくない。
中立的な一派であった。
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