第十二号 粛清されたくなけりゃあ、そのまま進め!
十二月三日。
早朝からロンメルは市街戦準備の指揮を始めた。
城壁は百年以上も前に建設されたものであった。増改築は現在に至るまで続けられていたが、投石器の攻撃には耐えられない。
「司令官殿。現在、城壁と塔の強化を行なっております」
担当の中隊長が報告してきた。
「市街戦をするのだ、城壁と塔はそのままでいい。都市中心から北に向かう全ての道路に落とし穴を作れ。高い建物には石を集めるんだ」
「落とし穴ですか?」
中隊長は驚きを隠せないようだ。
「冬。雪が積もれば気づかれない。進軍が鈍ったところで、攻撃、し掛ける」
ロンメルは地図と「にらめっこ」している。
「石は何に使うのでありますか?」
「敵の頭上から落とす。それと、敵部隊の分断。木材と油を混ぜて、火をつければより有効」
「はっ。仰せの通りに」
準備途上の翌日。
日の出と共に、帝国軍が誇る百台以上の投石機からの攻撃が始まる。
こうして戦いの幕は切って落とされた。
すさまじい石の嵐。
三時間にも及ぶ準備攻撃でヴィープリの城壁はことごとく粉砕された。
近衛は城壁のはるか後方におり、直接的被害を被ることはなかった。
「水際作戦はしない。都市の中心部には投石されなかった。なぜだろう……」
轟音に近衛少年兵は浮き足立つ。
ロンメルが勇気づける。
「だいじょうぶだ。ここまでは飛んで来ない。落ち着いて作戦通りにやればいい」
投石器の攻撃が城壁のみに集中したのは、歴戦の攻城将軍が粛清されたためであった。
先遣隊の第一六三軽装槍兵科連隊が崩壊した城壁をよじ登りながら、進軍を開始する。
敵は縦列になってぞろぞろと進む。
副官が報告する。
「連隊長殿。敵がおりません」
「幽霊はいるかもしれん……、慎重に進め」
連隊が五百メートルほど進軍したころ、先頭の兵士がロンメルの設置した落とし穴にはまる。
「連隊長殿。伝令です。深くはありませんが前方に大量の落とし穴があります。どうなさいますか?」
「粛清されたくなけりゃあ、そのまま進め!」
「はっ、そのように伝えます」
これもロンメルの予想通りであった。
粛清を恐れて、無理やり進軍する。
落とし穴や障害物を作ることで敵の動きは鈍くなった。
連隊の半分が障害物に苦戦しているところで、ロンメルは攻撃命令を下す。
「落とせー!」
少年たちが石を落とす。
帝国軍の頭上に大量の「歓迎のパン」が投下された。
帝国軍兵士は悲鳴を上げる。
「大隊長殿、退路を遮断されました。包囲されています。前方には騎兵です。あっ、……幽霊連隊だ!」
「弓隊、はなてー」
ロンメルの次の命令。
火矢が投下された油に引火する。
「歓迎のパン」は「温かなパン」となる。
「包囲を突破せよ。全軍突撃!」
「大隊は騎兵を突破せよ」
ある者は火達磨になり、また、ある者は全身に矢を受ける。
だが、それで逃げ出すはずもない。
炎の壁ができたため、前方の二個大隊は退却できなくなった。
生き残りは建物へ侵入を始める。
しかし、所詮は軽装槍兵である。
長い槍は接近戦では役に立たない。近衛大隊は二倍以上の敵と市街戦を演じ、敵部隊を壊滅させた。
そもそも、入り組んだ街中に軽装の槍兵を送ること自体間違っていた。
血みどろの男たちは、くたくたになった鎧を叩き王女を称えた。
彼らの後ろには累々たる死体が積み重なっている。
「近衛大隊万歳! 近衛少年部隊万歳!」
「女王陛下万歳!」
勝利の雄たけびと万歳が長々と続く。
この日はワカシーカが記録的な大勝利を収めた日であった。
王女とロンメル率いる近衛は二倍以上の敵に立ち向かい、これを撃破した。五百年の間で二番目の大勝利であった。
「――たかが二個大隊を殲滅したからといって、戦局が変わるわけでもない。敵は二万人以上いる。合計すると二千人程度を戦死させただけだ。あまり浮かれると、引くのが困難になる。敵が都市を包囲すれば一貫の終わりだ。ここからはゲリラ戦をしながら、後退を続けるしかない」
帝国軍はその日、甚大な被害を受けたことを認め攻勢を中止した。
三日月が都市を照らす中、力強い声が仮設の会議室の外に漏れる。
そこには、王女、ロンメル、大隊長、ユーティライネン、中隊長の五人がいた。
「敵に対しゲリラ戦を仕掛けますが、殿をどの部隊に任せるかが重要です。消耗率が高いのは殿ですから」
大隊長が答える。
ちなみに、王宮警備隊は配下の中隊になっていた。
「少年部隊に任せればよいのじゃ。味方が退却したら、バリケードに火をつけるのだから、すばやく逃げることが出来る者がよい。狭い道では小さな兵士が一番じゃ」
「私もそう思いますわ。少年兵に活躍の場を」
王女もそう答えた。ロンメルは舌うちをする。
消耗率が高い、まさに決死隊を子どもに任せるなど、貴族どもは頭がどうかしている――
「大隊長殿。殿はあなたに指揮していただきたい。殿を務められるのは経験豊富な貴族にしかできません。大隊長殿が退役軍人を主力とする一個中隊を率いて、敵の進撃を遅らせていただきたい」
「大隊の指揮はどうするのか」
「王宮警備隊長が臨時に指揮を取ります。彼は現時点をもって、北方方面軍の副司令官に任命します」
新副司令官ユーティライネンは、それを傍観していた。
「じゃが……、わしが退役軍人のような老人どもを指揮するなどと……」
「――あなたは、死を恐れているのですか? 貴族たるもの、国民を守るために最後の一瞬まで国に尽くしなさい」
大隊長は黙ってしまった。
ロンメルが助ける。
「私も殿を務めます。大隊長殿とぎりぎりまで敵を抑えます。女王陛下は、国内に駐屯するあらゆる部隊にここへ集結するようお命じください」
「わかっているわ。来ない場合は死をもって償わせると記しましょう」
こちらは北の帝国の仮設司令部である。
書記長は疲れているようだ。
「将軍どもは役に立たん。一向にヴィープリを占領できん」
「こうなれば、都市を包囲しましょうか?」
若い参謀が提案した。
「――それはならん。偵察によれば、ヴィープリの南には王国軍がいる。包囲したら背後から噛み付く気だ。小汚い狼めっ!」
「都市の北から、民家や教会などのあらゆる建物を、ひとつひとつしらみつぶしに占拠するしかないだろうな」
ヴォロシーロフがため息をついた。
「そうしろ。わしは疲れたから寝る」
「必ずや、敵をヴィープリから追い払おう」
書記長は無言で作戦室から出る。
将軍たちは安堵の息をもらした。
一二月五日。
王女からの伝令が首都に到着した。
一部の王党派貴族は、単身でヴィープリへ向かったが、ほとんどの最高議会議員の私兵は、いまだ出撃準備の途上であった。
私兵は騎兵中心であるが、重装槍兵科部隊は移動と準備に時間が掛かる。
北部出身の貴族は援軍に間に合うと考えられたが、北部以外の部隊はヴィープリ陥落に間に合わない。
最高議会は全ての王国軍・貴族軍に出撃命令を下した。
貴族軍はそれぞれの領地を死守すると命令を拒否した。
総統はこの頃、引きこもりがちになっていたため、側近らが指揮した。
原因は不明であった。
総統大本営は、王女の命令は正式なものではないとし、王女の逮捕を命じた。
こうしてワカシーカは大混乱に陥る。
王女のもとに伝令がやってきた。
すぐに報告させる。
「読み上げます。ワカシーカ王国最高議会より命令。正統なワカシーカの王女の命令に従うべし。命令を聞かない者は、ワカシーカの人間にあらず。現在、北の帝国は我が国を滅ぼさんとしている。これに立ち向かおうとしない貴族は、貴族にあらず。全ての王国軍と貴族軍はいかなる理由があろうとヴィープリへ向かうべし。ただし、非正規兵はこの限りにあらず。総統は権力を我が物とするべく、様々な命令を送ることが予想されるが、これを無視せよ」
伝令はもう一枚文を持っている。
「読み上げなさい」
「はっ、総統大本営より命令。王女は、戴冠式を済ませておらず、正統な王ではない。議会を通さずに戦争を指揮している。これは議会制を犯すものである。正当な指揮権を行使する者は総統閣下であり、閣下は命じなさった。貴族軍は速やかに王女を逮捕、もしくは処刑せよ。貴族軍は自分の領地を防衛するのがその職務である。王国軍および王国最高議会議員の私兵は反乱軍であり、貴族軍はこれを殲滅せよ。帝国軍に攻撃することを一切許可しない。抗命した場合は軍法会議にかけることなしに処刑するものとする。以上!」
王女は報告を握りつぶした。
六日の明け方。
帝国軍第四四重装剣兵科連隊がヴィープリの北の城壁をよじ登り侵入した。
連隊は一列横隊でしらみつぶしに民家を占拠する。近衛大隊はゲリラ戦を展開しつつ南へ後退した。
重装歩兵なので、弓で攻撃する場合、慎重に弱点を狙わなければ鎧や楯にはじき返された。
接近戦でも厳しかった。
一部の部隊は、建物の上から石を投げて抵抗するもうまく行かない。
ロンメルが怒鳴った。
「左翼が包囲される。早く後退させろ。敵兵は動きが遅い。油をかけて火をつけろ。木造の建物にも火をつけろ。どんな方法を使ってもいい。少しでも侵攻を遅らせるんだ!」
道路のいたるところをバリケードで閉塞する。
火をつける。
しかし、敵はこうした抵抗をものともせず、進撃を続ける。
「これ以上、戦うことはできません。こうなれば潔く敵部隊に突進し、鮮やかに散るしかありません」
王女は絶望したような声。
「女王陛下はお逃げください。近衛大隊ができるだけ食い止めます」
「貴族が敵を前にして、おめおめと帰るわけには――」
ロンメルは王女の顔を引っ叩いた。
「なにをくだらないことを言っておられるのですか。女王陛下は国そのものであります。女王陛下が戦死なされば、それはワカシーカの滅亡を意味します。逃げてください」
「ですが――」
「副司令官は女王陛下を南へ連れて行ってください。王宮警備隊と近衛少年部隊はその護衛に当たれ」
「はっ。司令官殿……」
信じられない光景を目の当たりにしたユーティライネンだが、このようなことに動じていては、王宮警備隊など務まらない。
王に手を出す臣下を生まれて初めて見た――
そうではないか。
ユーティライネンは頭《かぶり》を振った。
王宮警備隊長は王女の秘密を知っていた。
目の前にいるのは、王女ではない。エレオノーラという一人の娘だ。
もともと、王女には不審な噂が飛び交っていた。
父親は、下級貴族である騎士、もしくは外国の王子などである。
だが、真実は「王女はすでに死んでいる」だった。
暗殺されたのだ。
十年前、庭で遊んでいた王女は、ユーティライネンの目の前で殺された。
毒矢が彼女の腕をかすめた時点で希望はなかった。
彼は悔やんだ。自分がもっとしっかりしていればと。
先王の妹はユーティライネンを責めることなく、ただこれからも王女の護衛をするように命じた。
その妹君も後を追うように亡くなった。王族の血は絶えてしまったのだ。
それでも、ユーティライネンはだれもいない部屋をひとりで見張っていた。
十年以上も、だれも食べることのない料理が部屋に運ばれ続け、だれも入ることのない風呂が沸かし続けられた。
彼はその生活に疑問を持っていなかった。
死ぬまでそれを続けるつもりであった――エレオノーラが現れるまでは。
突然、彼女は王女様の命日に現れた。
ひどく怪我をしており、意識が戻るまで時間が掛かったが、なんとか命を取り留めた。
彼女は外国人ではなかったが、少し変なワカシーカ語を話す娘であった。
王女の秘密は彼だけが知るものであった。
彼はエレオノーラを王女にすることに決めた。
ひどく怯えていた彼女だが、喜んでこの大役を引き受けてくれた。
ふたりが初めて会った日から、一年が経過したが王女は驚くほどに成長した。
ユーティライネンは自分の選択は間違っていなかったと確信していた。
「副司令官殿……?」
ロンメルの声で現実に戻った。
「なんだ、司令官殿?」
「あなたは優秀な指揮官です。戻って王国軍を立て直してください」
「言われなくとも。南へ逃げた臆病な指揮官どもは、引っ叩いてやる」
「ふふ、私の心配はしてくれないのですか?」
「王を引っ叩くような貴様は死なんよ」
ロンメルは黙ったが、敬礼で返した。副司令官も敬礼で返した。
王女は南へ連れて行かれた。
残ったのはロンメル司令官とわずか百人。現時点で彼の部隊の消耗率は八割を超えていた。
もはや、ロンメルにはどうしようもできなかった。敵は都市の中心へ迫る。
「敵の進撃が早すぎる。いつの間に帝国軍は強くなったのだ? せめて、女王陛下と子どもは守らなければならない。うん? 大隊長殿、なにをしておられるのか」
ロンメルは驚いたような声を出した。
大隊長は、気まずそうな顔をしている。
「いや、なにもしておらん。ただ荷物を向こうに忘れてしまったのじゃ――」
「そうですか、急いで戻ってください」
ロンメルは、戦況を確認しながら、そっけなく言った。
「逃げるな……」
ロンメルの予想通り大隊長は戻らなかった。
いまや、脱走は日常茶飯事である。指揮官クラスでも脱走するのだ。
不思議ではなかった。
「王宮警備隊は騎兵だ。心配ない。副司令官は少年兵を馬に乗せただろう。今頃はとっくにヴィープリを出ているはずだ」
ロンメルの予想通り、ユーティライネンは全員に武具を捨てさせて、馬一頭にふたりの子どもを載せていた。
「全員退却! 鎧も武器も捨てていい。南へ逃げろ! 伝令は両翼の部隊長に連絡。連絡したら君たちも逃げろ」
「了解」
しかし、退役軍人たちは退却する素振りを見せなかった。
ロンメルは彼らに最敬礼をして、南へ逃げた。
+注意+
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