第十一号 軍人と政治
十二月二日の夕方、王女がため息交じりに言う。
もう三度目だ。
「援軍はいつになったら来るのですか。伝令を出してから、もう一日がたったのですよ」
二十キロ南へ後退した連隊は敵をおそれ、援軍に来なかった。
この頃、ヴィープリの住人は都市からの脱出を終えつつあった。
ロンメルは不安になる。
援軍が来ていないことは予想通りだ。
それ以外がうまく行き過ぎている。天の助けか?
「女王陛下。ヴィープリの住人はほとんどが脱出しましたし、援軍も来ません。これ以上戦闘を続ける必要はありません。一旦、ヴィープリへ退却しましょう」
「そうしましょうか」
「全軍退却せよ。ヴィープリへ帰還する」
部隊は城砦へ戻り籠城戦ではなく、市街戦の準備をした。
籠城戦は全滅するからである。
ロンメルの計画は以下である。
まず、市街戦を展開しつつ、後退するという遅滞戦術を取る。
時間を稼いだ後、急速に南下。都市の周りは平原である。
例のごとく足の遅い敵の主力は後方に取り残される。
そこで、突出した敵先頭部隊を後方から叩き、余裕があれば、敵輜重部隊も攻撃しておく。
これがロンメルの思いつく、最良の作戦であった。
その夜、部隊は近衛大隊と改名された。
王国の近衛は十年前に廃止されている。
部隊は栄光ある近衛の兵士となったため、士気が向上した。
王女の独断で近衛少年部隊も創設された。
噂の少年兵は、当初単独で行動していた。
それが、斥候でロンメルの部隊に気がついたのだ。彼らは微力ながら敵の混乱を助長させた。
「敵を欺くには、まず味方を欺け」を実践するため、ロンメルの部隊に連絡しなかった。
北の帝国軍の兵士は、本当に幽霊が攻撃しているのではないかと、疑心暗鬼に囚われ続けた。
北の帝国で、幽霊やら超能力を信じる者の割合が多いのは、ロンメルたちが原因だったりする。
ロンメルは北方方面軍司令官室にいた。
現在、そこは女王陛下の部屋になっている。二人は、ある問題で議論していた。
「女王陛下。少年少女を軍に入れるとは、どういうことでありますか。悲惨な負け戦に子どもを引き込むのは反対です。速やかに解隊してください」
「――近衛少年部隊は私の直接の指揮下にあります。越権行為です」
「女王陛下もわかっているはずです。ここは陥落します。無益な死を強要するのはいかがなものかと」
「彼らは志願してきたのです。あなたなら追い返すと思いました。だから、私の指揮下に置いたのです。子どもの方が士気の低い貴族軍よりましですわ」
「未来のワカシーカを担う若者こそが、失われてはいけない存在です。彼らを失ってまで戦うことになんの意義がありましょうか。退役軍人は編入しますが、子どもは断固拒否します」
「国が滅んでしまえば、待つのは地獄です。生き残ったとしても、奴隷にされるだけで、無意味です」
ロンメルは引き下がらない。
「たとえ国が滅んでも、生きてさえいれば希望はあります。失礼ながら、軍事に関しては、私の方が上手であります」
「……あら、これは軍事的な問題かもしれませんが、政治的な面が大きいです。軍事上の欠点は小柄な体で戦力として、心細いことくらいかしら?」
ぐうの音も出なかった。
確かに政治的な問題だ。
私は軍人なのだ。
政治には関わらないと決心した……、が。
これは許されることなのだろうか?
解隊を指示しても、彼らは逃げずに戦うだろう。
もしや、女王は私を気遣って、少年兵投入の汚名を被ろうとしているのか?
そうであるなら、なおさら女王陛下の指揮下に置くわけにはいかない。
「少年兵を投入なさるおつもりでしたら、私の指揮下においてください。陛下が指揮するというのならば降ります」
ロンメルは最後の切り札を使う。
これは自分の命を掛けることを意味する。
「わかりました。そこまで言うのなら任せましょう」
問題がひと段落して休憩したくなった王女は、ロンメルを誘う。
「ところで、ここの部屋で良い物を見つけたの。セイロン茶だそうよ。飲みませんか?」
「結構であります。私は作戦を練るのに忙しくあります」
「そう……、残念ね。また明日会いましょう」
「はっ」
ようやく部屋を出られた。
戦時にお茶を飲んでいる場合ではなかろうが。
緊張感のない王だ。
この国の貴族は夢想家の集まりか?
楽天家め!
彼は罵った。
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