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偽りの仮面【小説家になろう大賞2014 応募作】 作者: 

推敲前バージョン

第十号 帝国軍の侵攻

 十一月三十日の夜明け前。
 北の帝国軍が大侵攻を開始。
 戦力を消耗していた王国軍はまもなく壊走した。
 貴族軍は、互いの利権を主張して統一した防衛策を取ることが出来ず、各個撃破された。
 貴族軍とは、貴族の私兵のことである。
 王は、王国軍を直接指揮できるが、貴族軍は例外だ。
 王国の全ては、王のものであるといわれているが、ワカシーカでは、王の権力は弱い。
 貴族軍を直接指揮できたら、この(いくさ)の結果も変わったかもしれない。
 あくまで「もし」の話である。

 舞台は突然の宣戦布告のために、召集された最高議会である。当然、王女も出席していた。
 王国最高議会は和平・降伏・徹底抗戦かで紛糾した。
 評議会は召集に時間がかかるために開かれなかった。

「――現在、北の帝国軍は、北方方面軍主力を突破したと思われます。北方方面管区は、五日で敵の手に落ちるかと」
「降伏だ。この戦は勝てんよ」
「不可侵条約を結んでいたのではなかったのか」
「はなから守るつもりはなかったのでしょう。ですから、援軍を送るべきだと具申したのです」
「黙れ、青二才め! 援軍を送れば、共和派が手を伸ばす。そんなことも分からんのか。首都で反乱が起きたら、それこそワカシー

カは終わりなのだ」
「援軍を送れ! あらゆる部隊にヴィープリへ進軍するように伝令を送れ。徹底抗戦だ」
「――そんなことをすれば、共和派が蜂起する。断じて、許可できない」

 既に議会は混乱を呈していた。
 議長が意見を述べる。
 議長は王女の摂政でもある。

「間違いかもしれませんぞ。単なる紛争が戦争に発展する可能性がある。まずは、外交団を送り、事の次第を……」

 摂政の話を遮る者があった。

「――ここで、議論することになんの意義があるのですか。()の国は一方的に攻めてきたのです。貴族たるもの、国民を第

一に考えるべきで、いますぐに略奪を受けている(たみ)を守らなくてはなりません。王は言うまでもありません、王宮警備隊

! 出撃の用意をしなさい」
「王宮警備隊は、常にその用意ができております」
 警備隊長は胸を張った。
「私に続きなさい」
 間髪入れずに言い放ち、わずか百五十人を連れ、北へと出撃した。

 議員たちは、どうすれば良いのか迷っているようだ。
 最高議会の共和派を統べる首領が小声で言った。
「議長。あの娘は戴冠式を終えておりません。この際……」

 摂政は、机に置いてある愛読書を手に取った。
 そして、反逆者の顔に投げつけた。

「王女様の言ったことが聞こえなかったのか。貴族たるもの、領民を守るために行動するものだ。我に続け。ここで逃げれば、貴族

ではあるまい」
 摂政は議会を出た。
 王党派と騎士道派もそれに続く。
 共和派の首領は天を仰いだ。
 取り巻きたちは、固唾を呑んで彼の言葉を待つ。そこへ伝令が来た。
「共和派のテンプル子爵討ち死に!」

 首領はうなだれた。

「騙されたのだな、ワカシーカは……、出撃だ!」

 これ以来、王国最高議会議員は王女を尊敬するようになり、後の「総統の権限剥奪に関する議案」や「市民軍の王国軍への編入に関する議案」に大多数が賛成することとなる。


 その頃、北方管区。
 ロンメルが平民出身のために優秀ながらも士官になれず、司令部警備隊長補佐をしていたのは、ご存知の通りである。
 これは正式な役職ではない。彼はあくまで一兵士として扱われていた。
 前軍司令官のルントシュテットは前線をよく知るロンメルと頻繁に作戦を立てて、敵の大攻勢まで、かろうじて戦線を維持していた。
 そのすべてがいま無駄になろうとしていた。

 北の帝国軍が攻め込んできて、新任の北方方面軍司令官は、総統大本営に命令を仰いでいる間、一切部隊を動かさなかった。
 すぐに戦線は崩壊した。
 当初、総統大本営の命令は絶対死守であったが、戦線崩壊を知らせると、援軍が来るまで、遅滞戦術を取るように変更された。
 しかし、時機を逸した王国軍の指揮体制は崩壊しており、帝国軍の猛攻で敵は司令部の北十キロメートル先に迫った。
 うろたえた軍司令官は言った。
「遅滞戦術を取るよう総統閣下は御命じになった。したがって、司令部員も後退すべきだ。司令部警備隊以外は、南へ二十キロ後退しよう」
「軍司令官殿、あなたは王党派のはずです。速やかに対抗策を考える必要があるはずだ!」
 ロンメルは少し強めの語調で追及した。
 軍司令官は目をそらしながら言った。
「おお、ロンメル君。君は前軍司令官に厚い信頼を持たれていたらしいじゃないか。君に各部隊の指示を任せよう」

 こうして軍司令官は、事実上逃亡を図った。
 司令部警備隊もロンメルを残してほとんどが逃亡した。

 残されたロンメルに嘆く暇はなかった。
 警備隊を北方方面管区の全部隊に飛ばした。
 彼は司令部より北にある部隊は司令部に集結させ、以南の部隊は司令部の二十キロメートル南に集結させようとした。
 司令部は王国北部で一番の大都市ヴィープリに位置する。ここを失うわけにはいかなかった。
「新任の軍司令官が着任してから、兵の配置が大きく変わっている。まるで、帝国軍を招きいれようとしている様だ。共和派の策略か。それとも、大本営内に裏切り者がいるのか。ここで敵を食い止めるべきか。内通者がいるなら籠城は危険だ……」

 いまだ新兵であるロンメルには荷が重すぎた。

 ちなみに王国で呼称されている「北の帝国」と言う名称は正しくない。
 正式名称は「評議会による社会主義共和国連邦」である。
 略称は、評議会連邦、評連。
 通称は北の帝国。
 人民全てが平等であるべきだという考えを持った農奴が反乱を起こし、貴族の大部分が虐殺された。
 生き残った貴族は国外へ逃亡した。
 したがって、北には貴族がいない。
 軍には僅かな騎兵部隊しかおらず、軍の大部分が槍兵科部隊である。
 書記長が大粛清したため、有能な司令官もまた僅かしかいなかった。
 粛清を行い、書記長に権力が集中しているため、実際には帝国主義と同じであった。
 ワカシーカは国外へ脱出してきた評連の貴族に土地を与えていた。
 そのことも、北の帝国が戦争を仕掛けてきた理由のひとつになっている。


「これはいったい、なにが起こったのです?」

 もぬけの殻となった部屋に絶望した声がむなしく響き渡る。
 ロンメルは、作戦室には自分一人しかいないと思っていたので大層驚いた。
 顔を上げると見たこともない貴族の女性がいるではないか。一応、戦闘準備をしているようではあるが。
「なぜこんな所にいるのか! すぐに南へ逃げなさい!」
 ロンメルは机の上の地図に目を戻した。「そんな貴族一人にかまっている余裕はない」ということである。
「私は女王です。女王は民を守るために存在します。速やかに現状を報告しなさい」
 後ろには、護衛隊長と思しき者が控えている。
 王宮警備隊長ユーティライネンの口から速く小さな声が漏れる。
「女王とはな。平民だからこそ、だませる。王女様はいつの間に成長なさったのだ。初めて会ったときは、あんなに弱々しかったのに……」

 ロンメルはさらに混乱した。
 ワカシーカ王国が総統に牛耳られていることは、平民のロンメルも耳にしていた。
 ここにいる女王と名乗るものは、まだ十代ではないか。
 そもそも本物かも分からない。いまやここは最前線。司令部さえ逃げ出すのだ。女王がいるわけがない。
 貴族は口先だけでいざ何か起こると全て平民に押し付ける卑怯者だ。それこそ、平民上がりの自分に対するなにかの謀略か――
 邪魔されたくない。まぁ、いい。自分は軍人だ。この目の前にいる貴族が女王であろうとなかろうと、いますべきことをしよう。

「無礼者。早く報告しなさい。なぜここに平民がいるの。軍はどこに行ったの?」

 王女は、せき立てる。
 彼女の言葉は、ロンメルの古傷を開かせた。
「私は平民だがその前に軍人だ。最高司令官に従うまで。私は、ここを任されている。邪魔をしないでいただきたい」

 天井に巣食うクモがロンメルの大声に隠れこんだ。

 だが――

「最高司令官を統帥する王の命令を聞きなさい」

 王女は逆に一喝した。
 部屋の空気が震え上がった。
 その迫力を前にしてもロンメルが引き下がることはなかった。
 しかし――

 ここで初めてロンメルは、机の反対側にいる貴族を、彼女の目を見た。
 まだ幼さが残っているが、前軍司令官の目と同じだ。憂う者の目だ――
 彼は決意した。
「はっ。女王陛下。私はアルウィン・ロンメルであります。北方方面軍司令部警備隊の隊長補佐をしております。司令部はここから

南二十キロメートルへ戦略的後退をしました。そのため、私はここを任されました」
 王女は部屋の中を見まわした。
「ここに避難して来ている民もいるのに、なぜ軍は移動するの。あなたひとりしかいないことの説明になっていないわ。だいたい、

平民のあなたがなぜ選ばれたの。貴族たるもの、領民を守るために最後まで戦うものよ」

 ロンメルは、女王がなぜここにいるのかわかった。
 この貴族は現実をまったく知らないのだ。
 臆病者か現状を真に理解している、もしくは過小に評価している貴族でさえも、ここに残る者はいない。
 そこまでに戦況は厳しいのだ。
 ここにいるのは、自分のように自己犠牲野郎か、戦うのが死ぬほど好きな間抜けしかいない……、と思っていたが、「真に現状を理解していない楽天家」も加えるべきだな。
 そこの男は、なぜ女王を止めなかったのだろう。
 類は友を呼ぶ、か。
「――現状を報告しますと、王国軍は潰走しております。だからこそ、司令部員は逃亡したのです。まともに戦うことは出来ません

。保身しか考えていない軍司令官たちでさえも逃げ出すのです。言わずとも、おわかりでしょう。女王陛下」

 王女は額に手を当て、少し考えるようなそぶりを見せた。
 手の動きからこの女性が王族であるとわかった。

「では、なぜあなたは逃げ出すことなく、ここに残っているのですか? それこそ平民のあなたが残る必要はありません。あなたが

ここに残る本当の理由は、勝機が全くないわけではない。もしくは現状を打開する秘策があるからではないですか。それとも単に……、王国を守るために残っているのかしら?」

 ロンメルと王女は声を発することなくお互いの顔を見続けている。
 ユーティライネンは沈黙を守っている。
 ロンメルは長いため息をついた。
 いままでの奇策を実行するのに絶好の機会があるではないか――

「女王陛下。陛下は、いかほどの兵を連れてこられましたか」
「一五〇人も連れてきました」
 ロンメルは落胆した。
「女王陛下。敵は十個連隊で侵攻中です。二万人以上です」
「我が軍の兵士は何人いるのかしら?」
「一個軍団三千五百人であります。うち一個連隊が南へ戦略的後退をしました」
「戦略的後退ですって! 逃亡の間違いではありませんか。敵前逃亡するとは、恐るべき裏切り行為。指揮官をすぐに捕らえなさい」
 王女は怒りを隠しきれなかった。
「女王陛下。お言葉ではありますが、そのようなお暇はございません。国境守備隊は壊滅し、第二の防衛線も突破されました。残存部隊は皆無かと思われます」
「すぐに南へ行った連隊を呼び戻しなさい。民が逃げる時間を稼ぐのです。王宮警備隊長! 伝令を飛ばしなさい!」
「は」
 援軍が来たとしても、敵を食い止めることは無理だろう。
 全王国軍の倍近い。全滅は必至か――

「隊長! ヴィープリにいる民に速やかに都市から脱出し、南へ逃げるように指示なさい」
 北方方面軍司令部警備隊の伝令がやってきた。
「隊長補佐! いえ、ロンメル司令官。生き残った部隊がヴィープリに到着しました」
「どれくらい集まったか?」
「五百名足らずです」
 ロンメルは舌打ちをする。
「女王陛下。この都市の防衛を放棄してください。この都市はとても籠城できるような城砦ではないのです。六百人では何もできま

せん」
「言ったでしょう。いまだ民はここへ避難して来ています。放棄することなどできません」

 この種の人物は考えを曲げない。
 ロンメルは思った。
 ここに篭もったままでは、包囲殲滅は必至。
 折衷案としては、敵の先頭部隊がいる所まで進軍して、ゲリラ作戦を取ることだろう。

「女王陛下。私に陛下の部隊と残存部隊を指揮させていただきたい。遅滞戦術を取ります」
「そうしなさい。王宮警備隊長はこの者の指揮下に入りなさい」
「平民の一兵士に指揮されるなど、貴族として耐えられません、女王陛下。お考え直しください」
 ユーティライネンは抗議した。

「すべての方策が失敗しているいま……、それ以外に手はないのですよ。ロンメル司令官に従えないと言うのは、私に従えないと言うことと同じです。もう一度繰り返したら処罰します」
「――はっ。仰せの通りに」

 王宮警備隊長は直立不動の姿勢をとる。
 しばらくして、ロンメルが尋ねる。

「護衛隊長。出撃したいのですが、王宮警備隊は全員騎兵でありますか?」
「そうだ。貴族たるもの、馬に乗って戦に出るものだからな」
 隊長は皮肉を込めた。
「私はひとりで馬に乗れませんので、隊長の後ろに乗せていただきたい」

 予想外の言葉を無視したユーティライネンは部隊のところへ急いだ。
 その後を、王女とロンメルがついて行く。
 三人は広場に着いた。雪がパラパラと降っている。外は極寒である。

 ロンメルが声を張り上げた。
「全員ここに集まれ! ……防衛線から退却してきた部隊の中で一番階級の高い方は誰ですか?」
「わしじゃ。大隊長をしておる」
 小太りの老人が答えた。
 ロンメルが司令官であるにもかかわらず、敬語を使うのは、彼が貴族ではないからだ。
 元は大隊長補佐であり、指揮官でもない。
「大隊長殿は、残存部隊から臨時大隊を編成し、その指揮を取ってください。そして、私の騎兵部隊の後を出来る限り早くついて来てください」
「なんじゃと。平民の貴様の指揮下に入れと言うのかっ? そもそもその印は入隊して一年未満の者がつけるもの。断固拒否する!」
 王女が口を開いた。
「軍人どもはそろいもそろって、大ばか者ですか。せっかくですから、女王の私が宣言しましょう。ここの司令官はアルウィン・ロンメルです。彼の命令を無視する者は即刻斬首に処します。これは王命です」

 皆は黙った。
 彼女が女王だとは、ここにいる者たちは知らなかった。王は飾り物である。
 そもそも、戴冠式もまだであった。貴族でさえ謁見しようという者は少ない。
 沈黙の中、王宮警備隊が睨みを利かせていた。
 地方出身で世事に疎い大隊長も黙って従った。

「行きましょう」
「はっ、感謝します。女王陛下」
「王宮警備隊長。馬はよろしくお願いします」
「わかっている。さぁ、乗れ」

 騎兵部隊が出撃した。
 ロンメルは、敵先頭集団を目指す。
 大隊は大きく遅れた。
 敵が見えた頃、馬上のロンメルは大声で女王に話しかけた。
「敵は、重鈍な重装槍兵科部隊が主力です。先頭集団は軽装槍兵科と剣兵科部隊です。騎兵で蹴散らせます。敵軍の奥深くまで侵入し、輜重部隊を攻撃したら、いったん引き上げます」
「任せます」

 敵軍の先頭部隊はたいした抵抗もなく油断していた。
 帝国軍の斥候が報告する。

「中隊長殿! 敵騎兵部隊です。森の中から出てきました」

 その報告に中隊は混乱する。そこへ騎兵部隊が切り込む。

「なんだとっ? 応戦しろ!」

 騎兵部隊は敵中隊の抵抗をことごとく打ち砕いた。
 そこへ遅れていた臨時大隊が来る。包囲された敵は全滅した。

「こやつは剣兵科出身じゃなかったのか? 悔しいが私より面白い作戦を取る平民だな。地の利を以って寡兵で打ち破る。……伝説

でもできそうだな」
 王宮警備隊長は舌を巻いた。
 歩兵が騎兵部隊を指揮できるはずがないと思っていた貴族の先入観は打ち破られた。
 ちなみに歩兵科は、剣・槍・弓兵科を統合した呼び方である。
 剣兵科ロンメルは、予想外の騎兵の指揮能力を持っていた。

 王女は戦場の悲惨さを知って、先ほどまでの勢いはない。
 そんな王女の元へロンメルが行く。
「女王陛下。戦場とはこのようなものです。どちらかが負けるまで続きます。継戦能力を見せ付けてから、休戦条約を結んではいか

がでありますか?」
「このようなものですって! あなたの部下も戦死したのですよ。悲しくはないのですか?」
「悲しんでいたら、涙が枯れてしまいます」
 王女は口を開きかけたが、閉じた。

 斥候が報告する。
「司令官。無警戒な敵一個大隊が新たに接近中です」
「わかった。全軍、我に続け!」

 無警戒な帝国軍の大隊は、狭い林道を進む。
 隊列は細くなる。
 勾配が急になり、進軍が遅くなった。

「それにしても先頭の部隊から応援要請がないね。敵は戦う気がないのか……」
 大隊長がつぶやいた。
「前方に敵一個中隊発見! うわっ! 側面からも敵襲! ……後方からは騎兵部隊です!」
 大隊長の顔が青ざめる。
「敵の待ち伏せにあったのか。前方の部隊はどうした? 側衛もやられたのか?」
「大隊長殿、指示を願います」
 部下の悲痛な声で我に返る。
「後方に退却! 司令部に応援を要請せよ」
「後方には騎兵部隊がいるのですよ。どうやって逃げろと言うのですか?」
「知らん。どうにかしろ!」
 包囲された大隊はどうすることも出来ない。
「幽霊か……」
 胸に矢を受けた大隊長は、そうつぶやいて事切れた。
 指揮官を失った大隊は降伏した。ワカシーカにとって二回目の勝利であったが、被害も大きかった。
 二回の戦闘で、全部隊の一割が戦死し、二割が負傷した。楽観視の過ぎるロンメルでさえも顔を曇らせた。

 これ以上は厳しい。援軍はまだか。せめて、一個連隊が来てくれれば、楽になるのだが――

 また、味方の斥候が報告する。
「一個騎兵小隊が接近中! 斥候部隊かと思われます」
 ロンメルは悩んだ。
 高速で移動する騎兵部隊を捕捉することは難しい。

 いっそ、死んだふりでもするか……。

 ここでロンメルはある方法を思いつく。あえて敵を逃がすという作戦だ。もうすぐ夜になる。
 作戦はこうだ。
 いったん後退して、敵の予想進路の前方に大量のかがり火を焚く。
 敵はいままでに全滅した部隊を発見しながら、そのかがり火を発見することになる。
 一個連隊はいると予想するだろう。
 そこへ、左右から部隊を送れば、敵は確認せずに大慌てで逃げる。
 そして、司令部へ過大報告するであろう。
 進軍が一日止まれば、来る気がある援軍なら間に合うだろう。
 彼はただちに行動に移す。
「全軍来た道を退却! 一キロ後退したら、大量のかがり火を作れ!」

 部隊の連中はロンメルの意図をつかめないが、命令を聞く。
 意味がわからなくても、ロンメルの言うことに間違いはないと確信していたからだ。
 作戦は功を奏し、斥候部隊は「敵二個連隊あり」と報告した。
 闇夜に音もなく、両脇から襲われた斥候部隊は、ロンメルの部隊を「幽霊連隊」と呼んだ。
 帝国軍は進撃を中止し、重鈍な主力部隊の到着を待った。ロンメルにとって、これは賭けであった。
 援軍が来なければ、より強大な敵に立ち向かうことになるからだ。

 場所は遠征軍の司令部。
 書記長はお怒りである。
「敵の五倍の戦力を用意したのだ。なぜ、ヴィープリに着くことさえできん? あいつはもういないのだろう?」
「はっ。書記長。現在の敵軍司令官は共和派貴族であります」
「なぜ我が軍に味方せん? 新しい軍司令官に共和国になったススカ地方の軍司令官をくれてやると言ってやれ。まぁ、戦争に勝っ

たら、粛清してやるがな」
「我々は人民にパンを提供している。勝ち戦になるはずだ」
 外交官のひとりが述べた。
 書記長が口を開く。
「ジューコフ。貴様の指揮が悪いからじゃないか? 左遷だ! ヴォロシーロフを連れて来い」
 ジューコフは怒りをあらわにする。
「苦戦について責められるのはあなただ。あなたが我が軍の優秀な将校を処刑したのだ」
「ええい。こいつをつまみ出せ!」
 書記長は優秀な指揮官であっても、自分に従わない者は容赦なく処刑した。
 ジューコフを処刑しなかったのは、彼が優秀であると認めていたからであろう。
「ヴォロシーロフ将軍が来ました」
「同志ヴォロシーロフ。お前が指揮を取れ。さっさとヴィープリを占領しろ」
「了解だ、書記長」

 ふたりは古い仲であった。書記長も信頼している。
 若い将軍らは報告を再開した。

「敵は我が軍の最先頭の第一一二中隊を全滅させました。生存者は皆無です。その後、第七一八大隊も包囲降伏させられました。降

伏した者は後ろ手に縛られただけで、人道的に扱われていたようです」
「側衛は何をしとる! もちろん降伏したやつは全員処刑しただろうな?」
「はい、即刻処刑にしました。問題の側衛は他の部隊にやられました」
 将軍が述べた。
「他の部隊? ばらばらに『幽霊連隊』は現れるのか?」
「はい。第七一八大隊の右翼の第一三九中隊は少年兵にやられたと言っています。左翼の第七五中隊は退役軍人、もしくは古参兵に

やられたと報告しています」
「なにをやっとるんだ。我が軍は、紙や木でできた鉄の武器で戦っているのか?」
 将軍はどのように答えるべきか迷ったようだ。
「――いえ。しかし、敵は尋常ではありません。第七五中隊は、敵と同数であったにもかかわらず、壊滅しました。敵も百人以上が

戦死しています」
 書記長が机をたたく。
「ほら! 死んだのだろ、幽霊ではない。俺は無神論者だ。変なことを言うな。今度幽霊と言った奴は粛清する!」
 会議に同席する将軍らは黙り込む。ヴォロシーロフ将軍も黙ったままだ。
「ところで、投石器の製作は済んだか?」
「書記長。衝車や投石機の製作はまだ終わっておりません」
「なんだと? 攻城部隊の隊長は処刑にせよ」
「しかし、そのようなことをすれば……」
「構わん。お前も死にたいのか?」
「――いえ」
「三日間だ。それ以上待たせたら、将軍は全員縛り首だ」
「はっ」
 将軍はみな直立不動の姿勢をとった。
 そんな中、書記長はグルジアワインをうまそうに飲んでいる。書記長だけが楽しんでいる。
 他は粛清されるのではないかと、怯えている。ワカシーカ王国もひどい状態だが、北の帝国も負けず劣らずである。
 これが、ワカシーカが北の帝国の侵攻を押さえられている真相である。
+注意+
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