第八号 紛争と王女とアルウィン
王女は、今日も執務室で書類に目を通す。
以前は全てを摂政に任せていた王女は、執務のほとんどを自らでこなすようにしていた。
摂政はそれを横で補佐する。
王と貴族の対立において、彼は貴族側の最高位であった。
かつては、貴族の代表として意見を言い、王とは不仲であった。
しかし、王権の弱体化につけ込んで、没落貴族たちが共和派を構成すると、摂政は王党派の代表者となった。
現在の摂政は王女の良き相談相手である。
「はぁ……」
王女の執務室にため息が響いた。そんな彼女に摂政は言葉をかけた。
「王女がそのような顔をしていては、国民が悲しみますぞ」
「どのみち……、国民は私を見てなんかいませんわ」
「王女が明るくなされば、国民は知らないうちに明るくなります。元気を出しなさいませ。王を演じなければならないのです」
摂政は適当にも思えるようなことを述べた。
王女には、現状を打破する有効な案が思いつかなかった。
共和派はますます勢力を伸ばし、王女は共和派貴族たちの横暴を止めることが出来なくなっていた。
各国との長い紛争で、王国は厭戦感であふれ、守備部隊が全軍で敵前逃亡を行なったり、戦わずして降伏したりする部隊が続出している。
指揮官である連隊長でさえ、総統大本営の作戦の杜撰さに無断退却・命令拒否をすることもあった。
一方で、旧態依然とした王国軍の軍司令官たちは、失敗した時に責任を取りたくないため、敵の急襲に対し柔軟な対応を取らなかった。
彼らは敵襲の知らせを送り、総統大本営からの返答を、ただ、待つだけであった。
総統大本営からの返答が来るころには、現場部隊は壊滅していたということは、よくあることである。
このように、ワカシーカの内政と外政は限界に達していた。
王の真の敵は、共和派であろうか?
彼女は異なる結論を出していた。
黒幕は北の帝国だと。十年前に先王を暗殺したのは共和派貴族だ。
しかし、それを操っていたのは北の帝国である。王党派貴族は共和派貴族と対立を深めているが、それは北の帝国の陰謀なのだ。
王女の読みは当たっていたが、それを阻止する策を見出すことができなかった。
夜遅くまで執務をする王女は、王ではないが王の鏡である。十年にも及ぶ引きこもりが、王女に何を与えたのか。その真実が明るみになるには、もう少し時間が掛かる。
秋、北部戦線が緊張した。国境線をめぐって、紛争が発生した。
ワカシーカ王国の戦力と練度を確かめるためであると判断された。
北の帝国は、ワカシーカ北部に位置する大国である。
ロンメルが所属するススカ第三連隊も国境付近へと向かった。
民を避難させつつ、やる気のない北の帝国軍と交戦をした。
「積極的攻勢に出て、越境すべからず」が司令部の命令であった。
ロンメルの連隊は、この無茶難題な命令に従い、見事に捕虜を取った。
山賊などの非正規軍は除くと、初めての実戦であった。
戦闘後、北方方面軍司令官が前線視察を行なった。
彼は軍司令官になったばかりの貴族であった。
文官ではなく、れっきとした武官である。面倒な時に軍司令官になったものだ。
軍司令官は問う。
「参謀。敵の兵力はどれくらいだ?」
「ものの千人程度かと」
「恐るるに足りません、敵は練度も低いです。我が騎兵隊が蹴散らします」
「そうだ! 我が軍は精鋭揃いだ!」
軍司令官は無言である。
その時、無礼にも彼の目の前を横切る平民があった。
「ふん!」
「――そこの平民! 帝国軍はどれくらいの兵力か分かるか?」
「はっ、軍司令官殿。少なくとも五個連隊一万人が国境線上に配備していると思われます。敵の攻勢は半年以内に来ると思われます。武器も食料も不足しており、補給をお願いしたいのであります」
「きっ、……貴様! 平民ごときが!」
参謀は自分の予想と大きく違う数字が出てきたためか、うろたえているようにも見える。
「軍司令官閣下に失礼であろう」
「そんな大勢の部隊が来ているわけがなかろう」
(司令部員の十倍の数を言ったか。予想が外れたら、除隊だ。当たっていたら、優秀な参謀になるだろう。平民が貴族にものを言うなどと、聞いたことがない。覚悟の上か、身の程知らずか。小説にも出てこない変人だな)
ロンメルは、軍司令官が例の連隊長だと知っていたからこそ、事実を述べたのだ。
軍司令官は参謀上がりの軍司令官である。
スッと、軍司令官が手を上げた。
司令部員は黙る。
「貴様の名前は?」
「アルウィン・ロンメルであります。大隊長補佐をしております」
「そうか、『平民』の貴様がか……」
ロンメルは直立不動の姿勢をとったままである。彼の中には複雑な思いが交錯している。
「大隊長補佐は解任だ。ついて来い」
「はっ!」
司令部員は、平民が罰せられると思いニヤニヤと笑っている。
しかし、ロンメルは罰せられなかった。
前線視察を終えた軍司令官は、ロンメルの言っていることが正しいとわかった。
帝国軍は恐るべき数にのぼり、遠くから見ているだけだが、炊事の煙は国境線上に白いカーテンを作っていた。
王国軍が前線を維持しているので、司令部員は帝国軍を過小評価していた。
帝国軍は兵力のわりに弱く、確かに練度も低かった。
しかし、事の重要性に気づいた軍司令官は、会議で司令部警備隊の創設を決定。
その隊長補佐にロンメルを据えた。事実上、司令部員に初めて平民を登用することになる。
司令部員は猛反対したが、彼は無視した。
総統大本営へ援軍の要請もした。
こうして、軍司令官の改革的指導が始まる。
ロンメルは軍司令官の部屋に呼ばれていた。
「紛争とは言え、実際には戦争状態だ。ロンメル、貴様はこれにどう対処する?」
「防衛線を守りつつ、戦線に穴が開きそうになった場合は、そこへ騎兵を投入すべきかと」
「ふん! それぐらいの戦術なら誰にでも思いつくだろう。私が貴様を司令部に入れたのは、お前がもっと良い方法を考えられるだろうと、直感的に感じたからだ」
ロンメルは少し考えてから、質問する。
「軍司令官たる方が直感に頼るのでありますか?」
(……まったく、率直だな。よくそんなもので生きて来られたな)
「こんな状況では、直感にでも頼るしか、他に方法があるまい。無能な総統、無力な女王、無理解な貴族、無関心な国民、無気力な農奴……。これをいったいどうしろと言うのだ。小説のように、魔法でも使って国を変える? 国を救う? そんなことが出来れば苦労しない」
「申し訳ありません」
「なぜ、貴様が謝る。貴様は何も悪いことをしていないだろう」
ロンメルは返事に困った。
「とにかく何か良い方法を思いつかんか? 一万人が攻めてきたら、戦線は崩壊する」
「貴族には耐え難い作戦かもしれませんが、ないわけではありません」
(ないわけではない……)
「そうだろうと思った。目を見て分かった」
「――はい、作戦ですが……、大平原において、横一列で攻めてくる敵の陣形の中央に騎兵で攻撃をかけます。その後、迅速に退却します」
「正面を攻撃したあげくに退却?」
「は。敵の軽装部隊が追撃してくるでしょう。軽装部隊から主力が取り残されたところで、それらを包囲殲滅します。さらに奥深くに進撃し、混乱した敵の指揮系統を麻痺させ、輜重部隊を強襲。そうすれば、敵は進軍を止めます。そこを狙って、背後に回りこんで攻撃すれば、一層よろしいであります」
「それが達成可能かはさておき、貴様が良い戦法を持っていると直感した私は素晴らしいだろう?」
「はぁ」
以後、軍司令官はこの新戦術を多用した。
彼による命名は、「アタック・リトリート・アタック」。
ロンメルによる命名は、「縦深浸透包囲殲滅作戦」。
当時の大陸にこの戦術を思いついた軍人はロンメル以外にいなかった。
と言うよりも、貴族は、このように卑怯な作戦を受け入れることができないと言った方が正しい。
忠誠心の低い傭兵ではたちまち逃げてしまうからだ。
王国軍であるからこそ実践できる戦法であった。
幸いなことに、帝国軍は失敗に学ばず、何度もこの戦術に懸かり壊滅している。
その後、帝国軍は攻勢に出ることはなく、事態は沈静化したかのように思われた。
しかし、ロンメルを司令部内に入れていることを、司令部員らが総統大本営に報告した。
事実上、平民を司令部員に登用したことに怒り狂った総統は、軍司令官を解任したが、彼の強い要望でロンメルは隊長補佐を解任されなかった。
総統の怒りを買ったロンメルが除隊処分にならなかった理由は、定かではない。
北方方面に関する軍事のすべてをロンメルが知ってしまっていた。
除隊させてロンメルが敵国に寝返ることを総統大本営が危惧したとも言われている。
平民のロンメルならば、あり得ると判断したらしい。
そのため、総統大本営は彼を暗殺しようとも考えていた。
だが、前軍司令官が「ロンメルをやめさせるなら、私はその前に死を持って平民登用の責任を取る」と言ったため、総統大本営は事件後、中央訓練指導小隊を司令部に配置した。
つまり、ロンメルは異例の観察処分で済んだということである。
ロンメルの所属する「ススカ第三連隊」は「訓練独立連隊」に改名され、南に転出された。
連隊長には元軍司令官が任命された。左遷であった。ロンメルだけは警備隊長補佐のまま、北方管区に置かれた。
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