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偽りの仮面【小説家になろう大賞2014 応募作】 作者: 

推敲前バージョン

第七号 負傷と昇進

 パウルス大隊長は、事実上ススカ第三連隊の二番目の席に着いていた。
 帰還後、パウルスは貴族の娘と結婚した。
 ロンメルは、パウルスがどこかに行ってしまうような気がした。

「大隊長補佐。いやに早い昇進だが、これもすべて君のおかげだ。私は歴代の記録を破って、最年少で大隊長に任官された。もちろん、北方方面管区の話でだがね。君は地位を望まないのか? 小隊長をやれば俸給が上がるぞ。私が推薦したら問題もない。明日にでも任官されるだろう」
「はぁ。私は、大隊長殿が昇進してくだされば、それで満足です。補佐上がりで良いのであります」

 小隊長を兼任すると仕事が増えるし、僕はいままでに部隊の指揮なんかしたこともないんだ。
 早く大隊長殿が連隊長になってもらわないと、司令部入りは夢のまた夢だ。

「君は、本当に変わっているね。君が入隊して、半年以上が経ったな。私は入隊して五年だが、五年で大隊長になるということは、それだけ、王国軍が厳しい状況におかれているということなのだろう。ここは平和だが、西部戦線は酷いことになっているらしい」
「西の帝国と国境線の決定をめぐって、紛争中の件でありますね」

 ワカシーカは共和派貴族の横暴にも手を焼いていたが、それ以上に隣国の侵略に悩んでいた。
 隣国は大国ばかりで、常に国家存亡の危機に立たされていた。
 それでも、ワカシーカが滅ばないのは、緩衝国としての重要性を各国が認知していたからだ。
「我が大隊もいつ転出して、最前線に送られるとも限らない。訓練をしないと大目玉を食らうよ」
「さようであります。いまや大隊長殿は四百五十人の指揮官でありますから、ごまかすのは難しくあります」
「うーん、参ったな。士官学校で学んだのは『戦い方』だけだからね。訓練の仕方は教えてくれなかった。取りあえず、ガチョウ歩きができるようになってもらおうか。後は、それぞれの中隊長に任せよう」
「そうするしかありませんね」

 パウルスは約束どおり、第三中隊の連中の少々の素行の悪さには目をつむる一方で、大隊にガチョウ歩きを教えていた。
 しかし、一ヶ月経っても、一向に良くならない。
 パウルスが怒鳴る。
「こら、曲がる時もうまくあわせろ!」

 三日後の正午。訓練中の大隊長は足に矢を受けた。
 兵士が故意に狙ったのは明白であった。
 しかし、「反乱になったら、危険だ」と司令部は判断し、その日のうちにパウルスを連隊長に昇格させた。
 敵の矢を受けたとされたパウルスは、治療もかねて中央に送られることになった。
 事件自体が隠され、軍法会議は開かれなかった。ロンメルはベッドに横たわる連隊長を見舞う。
 これが終わるとパウルスは中央に送られる。パウルスは弱々しくつぶやく。
「ロンメル大隊長補佐。君を新しく指揮する連隊に連れて行きたかった。そうすれば私の仕事は楽になるし、君にとってもいいことだ。だが、司令部は許可してくださらなかった。すまないね、君の望みがかなわなくて」
「仕方がありません」
 ロンメルが意気消沈していることは、尋ねなくともわかった。
「思えば君に出会って、私も部隊も大きく変わったよ。時々会いに来てくれるかね?」
「連隊長殿が願うのであれば」
「そうか、ありがとう。君も頑張りたまえ」
「はっ」

 見舞いを終えたロンメルは一人寂しく、新任の大隊長を待つ。

「パウルス連隊長は行ってしまった。後任の大隊長は誰だろう? 典型的な貴族だったら、まずいなぁ。僕はまだ十七歳。書類上は十九歳だけど、こんなに若いと格下げされてしまうかもしれない……」
 ギーと扉の開く音がした。
「大隊長殿。お待ちしておりました。大隊長補佐をしておりますアルウィン・ロンメルであります。前任のパウルス連隊長殿の伝言はここに……」
「はあーー、よろしく頼む」

 あぁ、呪われているのか――

 例の耳の悪い大隊長であった。
 ロンメルは神を信じるのをやめてしまおうかと思った。
 「死神」が取り憑いているのかもしれない。

 季節は秋の終わり。
 だんだんと景色が寂しくなり寒くなる中、ロンメルの気分は急速に沈んでいった。
 底へとたどり着いたロンメルは考える。

 ワカシーカへ来て、一年がたとうとしている。
 いまだに僕はここで居座り続けている。マンネルヘイムさんの家に時々戻ったりもした。
 マンネルヘイムさんは大喜びで出迎えてくれるけれど……、僕はこのままでいいのだろうか?
 普通の男の子なら、女の子に出会って、家庭を持ったりするのだろうけど、僕は諦めている。
 みんなは「すごい出世だ」「君には能力がある」と褒めてくれるけど、皇国出身と称する僕と親しくする人は少ない。
 外見だけじゃない。周りと事務的にしか繋がらない僕は、ある意味、時間が止まっているのかもしれない。
 彼の悲しみは、より大きくなる。
 僕が大陸出身ではないなんて、どうして言えるだろう。
 世界は広くて、この大陸以外にも人間がいて、僕はそこの出身なんですよ……って、どうして言えるだろうか。
 世界は広いのに、この大陸の住人は視野が狭い。
 この大陸の造船技術が低いことは、ある意味幸いだよ。言いくるめられるから、けど――
「大隊長補佐。どうしたのじゃ。なにかあったのか?」
「いえ……。平和を享受しておりました」
 ロンメルは大きめの声で返した。
「ほほ、確かに西の帝国とも国境線を決定して、紛争も終わった。平和としか言いようがないのぉ。平和……、ところで、君は軍人が戦争好きだと思うかな?」
「少なくとも、ススカ第三連隊の指揮官たちは戦争嫌いに見えます。しかし、方面軍の指揮官たちは戦争嫌いには見えません」
「ほほ、わかっているのぉ。彼らは軍人ではないからじゃ」
 予想外の言葉に、ロンメルは考え込んだ。
「軍人ではない? 貴族は軍人だと思いますが……」
「本来はの。しかし、いつの間にか貴族は文官と成り果ててしまった。多くの貴族が没落したが、没落した貴族は内政の勉強だけして官吏になるか賄賂を送った。そういう軍事知らずの若者が内政の大部分を担い始めた。そして、戦時には貴族という理由で司令官や下級指揮官になる。軍に入らず、軍事学も学ばなかったのにのぉ。完全な分化。『軍事』と『内政の現状』の二つを同時に理解できる貴族は少なくなった。わしゃぁ、それが真にワカシーカをここまで衰退させた理由じゃと思う」
「ワカシーカを救う手はないのですか?」
「改革じゃ。答えが分かっているのに言ってはいけない問題。それを言えば、全貴族を敵に回す。それを実行しようとしたのは、マンネルヘイム閣下だけじゃった」
「マンネルヘイム閣下にお会いしたことがあるのでありますか」
「わしゃぁ、閣下の指揮下の中隊長をしたことがある。その頃、すでに耳が悪くなっておったし、昇進も止まっていた。じゃから、政治には関わらなかった。あの時も逃げたのじゃ。本来、軍と政治は切り離してはいけないものじゃと思うよ。軍人も一国民としての義務を果たさなければいけない」
「そうですか」

 あの時――

 軍人と政治に関して、ロンメルは納得のいく結論が出ていなかった。
 軍人は最高司令官に従い、政治に不介入。それが、ロンメルの政治に対する建前である。
 それが良いことだとは思っていない。
 しかし、悪いことだとも考えていない。
 面倒なことを起こすと職を失うのである。退役軍人に仕事はない。
 自分の信念で職を失い、路頭に迷うことはできない。したがって、わかっていても知らない振りをする。
 知る必要もないし、知りたくもないのである。

 昇進するためには、手段を選んでいられない。彼はそう考えていたが、それを実行できないでいた。
 それもロンメルの良いところであり、悪いところである。
 現実を知っていながら、理想を追い続ける。
 彼は、理想と現実の狭間(はざま)で、苦しんでいた。
 ロンメルの人生はそれに尽きる。

 掘り出せば、地方にも優秀な指揮官はいるものである。
 ロンメルは、この大隊長とともに過ごすこととなる。
 昇進することのない大隊長との平和な(とき)が過ぎた。
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