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偽りの仮面【小説家になろう大賞2014 応募作】 作者: 

推敲前バージョン

第六号 パウルス隊長と補佐

 ロンメルが入隊して、四か月。
 季節は秋となった。
 突然第三連隊は訓練のために、北の帝国の国境線付近まで向かうように命令を受けた。
 これは翌朝のことである。
「中隊長補佐。恐ろしいことに今日から、二週間も駐屯地を離れることになるよ。私はどうすればいいのだろうか……」
 パウルスは、頭を抱えるかと思いきや、腹を抱えているのである。
「なにかあるのですか? 中隊長殿」
「――あるに決まっているじゃないか。町で行進しなければならない。第三中隊の素行はよくなったかもしれないが、軍事訓練は一向に進んでいない。部隊は行進なんかしたこともないよ。連隊長が閲兵する時は、いままでごまかしていたけれど。今回は無理だよ。急に演習とは……、なにかあったのだろうか?」
 ロンメルは朝一番に書類を確認するのが日課だが、もう一度書類に目を通して報告した。
「連絡では、国境付近は平和そのものであります。ただの訓練でしょう。あえて、山道を強行するよう連隊長に具申しましょう。そうすれば……、、町で行進をしないで済みます」
 パウルスは少し考えたが、その意見を否定する。
「兵が持たないだろう。それこそ、演習中に『逃亡者』が続出する」
「では、この二週間の演習を乗り越えたら、少々素行の悪いことがあっても、目をつぶるなどはどうですか?」
「――そ、それだ。さすが中隊長補佐。では、朝礼をするか」

 例のごとく朝礼の時刻になっても、なかなか部隊は集まらない。
 定刻を十分も過ぎて、ようやく全員がそろった。
 パウルス中隊長が連絡をする。
「諸君は定刻を十分も過ぎて集まった。本来であれば罰するところであるが、連絡してある通り本日より演習だ。諸君らが二週間の演習の間、私を困らせないと言うのなら、『これからも』多めに見てやらんこともない。他の中隊では罰せられることにも、目をつむるぞ」
「さすが中隊長殿!」
「未来の軍司令官!」
 部隊の連中は大喜びである。
 中隊長補佐ロンメルは連隊本部へ向かう。彼は扉をたたいた。

「おう、何だ?」連隊長自らが扉を開ける。中を見ると名誉大隊長は居眠りをしているようだった。
「第三中隊長補佐のアルウィン・ロンメルであります」
「急にどうした、ついに中隊長が逃亡したか? ……恐るべき事態だ」
 連隊長は頭を抱えている。
「ふむ、小隊長が逃亡することはあっても、いまだかつて中隊長は敵前逃亡するということはありませんでしたのにな。ははは」
 大隊長は火に油を注ぐのが大好きであるようだ。
「おまえ、そういうときだけ起きてやが……」
「――パウルス中隊長は逃亡しておりません。演習のことですが、目的地へ最短経路で行くというのはいかがでありますか?」
 連隊長は椅子に座った。
「別にいまからでも変更できるが、第三中隊は山道を強行できるのか? 落伍者が続出したら、かなわんぞ」
「かないませんな」
 連隊長は大隊長をにらみつけ黙らした。
「……だいじょうぶであります。中隊長は偉大でありますから」
「ほー、なにを企んどるんだ。まぁ、いい。報告書には良く書けるしな」

 町を行進などできないか。パウルスは良い補佐を見つけたな。私に譲って欲しいもんだ。
 連隊長は思った。

 こうして、山中強行が決定したのであった。
 正午から演習が開始される。
 第三中隊以外の部隊は、突然の変更で不平を言い始めた。そんなならず者たちを連れて、連隊長は行軍を始めた。

 二日間の強行の後、連隊は一地方の野原に野営することになった。
 現在は、日暮れである。
 実際のところ、第三中隊以外の部隊もどうしようもない連中の集まりであった。ろくに訓練をしていない他の中隊もこれが限界であった。
 彼らは見張りを立てることもなく、中隊間の距離が五百メートルもあるまま、テントを立てた。そして、ぐっすり寝込んだ。

 しかし、第三中隊は見張りを立てていた。
 ロンメルひとりだけであった。
 視界はそこまで良くない。
「秋の初めだというのにもう寒いなぁ。誰も見張りに立たないから僕が立つ羽目になったじゃないか。軍に入って四か月……、早いものだ。マンネルヘイムさんは元気にしているかな」

 外で見張りをするロンメルは、第一中隊の方へ馬が来ているのに気がついた。
「たいまつを持っている? まさか、軍の野営地に……」

 しばらくそれに注視していたロンメルは確信を持った。
 大声を上げる。

「山賊だぁ。全員起きろぉ!」
 ロンメルは、急いで鐘を鳴らす。
 激しい金属音。
「うわぁああ? 何事だ、ロンメル」
 パウルスがすぐにテントから飛び出してきた。
「山賊の襲撃です」
「馬鹿なっ! こっちは四百人もいるんだぞ。命知らずにもほどがある」
「しかし、間違いありません。百人ほどの山賊が押し寄せて来ています。あそこをご覧ください。早くしないと、第一中隊がやられます」
「あれは……、もはや山賊ではないな。くそっ。第三中隊、戦闘準備! 訓練じゃない、急げ!」
 中隊長は久しぶりに、凛々しい姿を見せた。
「急げ。何を寝ぼけているんだ、自分の命が懸かっているんだぞ。ここへ来い!」
「中隊は三列縦隊! 小隊長は兵を集めろ」
「ロンメル! 第一中隊へ行け! 間抜けどもをたたき起こすんだ」
「わかりました!」

 ロンメルは暗闇の中たいまつをたよりに第一中隊に着いた。
 山賊は、既に中隊を襲っていた。第一中隊は軍の犯罪者の集団である。
 寝込みを襲われたが、ほぼ互角で戦っているようだ。
「中隊長殿。第三中隊が待ち伏せしています。山賊をこちら側に押してください」
「了解……、敵を南へ押し込め! ううん? 意外な助っ人じゃないか……」
 ここへ第二中隊が剣を片手にぞろぞろと応援にかけつけた。
 劣勢になった山賊は南へ逃げる。

 第三中隊は三列縦隊になり、山賊の予想進路と交差するように配置された。
 パウルスは振り返った。
「よおし、集まったな。順番が逆なのは仕方ないだろう。第三中隊、右向けー右!」
「おいおい……、馬鹿野郎! 足はどうでもいいんだよ。とにかく右を向け!」
「第一小隊、攻撃用意! 山賊の馬を狙え!」
「――こらっ! 第二小隊と第三小隊はしゃがめ! 第一小隊は弓隊だぞ! 頭に矢を受けたいのか!」
 急いで伏せる。
「はなてぇー」
 中隊長の号令で、一斉に矢が放たれる。
「構え! はなてー」

 弓に関しては腕のある第一小隊である。狙いたがわず、馬に突き刺さる。
 中隊は火を付けていなかった。山賊からすると、不意打ちである。 山賊たちは転げ落ちた。
「第二小隊と第三小隊は奴らを包囲しろ! 殺すな! 生け捕りにしろ!」
 馬を半分近く失った山賊たちは降伏した。四百人以上の兵士に挟撃されては、どうしようもなかった。

 その後の調査で、山賊達は第一中隊の存在にしか気づいていなかったことがわかった。
 見張りも立てていない貴族の一団の寝込みを襲うつもりだったらしい。
 彼らは、殺しをしない義賊であったため、第一中隊が目を覚ますとたちまち苦境に陥った。
 さらに、第三中隊に馬をやられたので、逃げられないと判断し投降したのであった。

 翌朝。舞台は仮設の連隊本部である。
 連隊長、三人の大隊長、パウルス、ロンメルの六人がいた。
 連隊長が口を開く。
「我が『ススカ第三連隊』は警戒線を構築しなかったために、山賊の襲撃を受けた。正規の国軍が、たかが山賊ごときに、蜂の巣を突いたがごとくに大騒ぎをした。我が方に死者は出なかったが、これが総統大本営に知れたら、全員処刑になるぞ」
 第三大隊長が一言。
「処刑になるのは連隊長、あなただけだよ」
「貴様! いつも楽することしか考えんくせに、こんな時は責任逃れか!」
 第三大隊長は、なにも言われなかったように具申する。
「いまから山賊を連れて、司令部へ戻りましょう」
 これには、連隊長も食いつく。
「どうする気だ? まさか、司令部を襲う気じゃないだろうな。まともなことを考えてくれよ」
「奴らは、ここらで有名な義賊です。それを生け捕りにしたとなれば、司令部は何か恩賞を下さるでしょう。しかも、演習を途中で終わらすこともできます」
「はあーー。それはいい。わしも帰りたい」第一大隊長が述べた。彼は耳の遠い元第三中隊長である。
「それは命令違反だ。連隊は、国境線付近で訓練をせよと命令を受けている。いかなる理由があろうと訓練せずに帰還すれば、命令違反だ」
「あの、具申しても?」
「うお? ロンメルか、なんだ?」
「山賊は解放してください。そして、すみやかに演習を再開してください」
 パウルスが止めに入る。
「おいおい。中隊長補佐、君はいったいなにを考えているのかね? 総統閣下は秩序を乱す者は即刻処刑せよと命令しているのだぞ。それこそ、命令違反だよ」
「義賊は不正を重ねる貴族を襲い、物資を農奴に配っている英雄的存在です。彼らは、平民たちの心の頼みです。彼らを処刑すれば、農奴が反乱を起こしかねません」
「ほー、貴様はさすが平民出身だけある。しかし、これだけの被害を受けてそのままで返すわけに行かん。馬ぐらい徴発したいところだ」
「確か、入隊募集のパンフレットがあったはずです。彼らにススカ第三連隊に入隊するように勧誘してはいかがでありますか」
「入隊するかな? 強制的に入隊させた方が手っ取り早いだろう」
「彼らは即刻処刑されると思っていたはずです。処刑にしなかった我が部隊を良く思っています。義賊ではなく、国軍として国を救う使命を与えるのです。お互いに利益があります」
「貴様は政治家にでもなる気か? どうしようもないし、そうしようか」
「私はただの軍人です。司令官に従うだけであります」
「貴様は平民だが、貴族の鏡だな……」

 即刻、義賊は解放された。
 義賊は王国軍を見直し、ロンメルの説得もあり連隊に入隊した。
 ならず者の集団である「ススカ第三連隊」に入隊希望の一団が、ガラガラと武具の音を立てながら、方面軍司令部にやって来た時、担当の者は、亡霊でも来たのかと思ったそうで、少し騒ぎとなった。
 こうして、連隊は貴重な騎兵部隊を手に入れることになる。
 第三大隊長は連隊参謀に昇進した。
 実際には、中隊長兼連隊参謀であるから降格であった。
 空いた席にはパウルスが着任した。
 もちろん、大隊長補佐はロンメルである。
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