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偽りの仮面【小説家になろう大賞2014 応募作】 作者: 

推敲前バージョン

第五号 突然の帰省と閲兵

 ロンメルは、午前中は小隊長の事務の手伝いを、午後は兵士の素行を改善するのに腐心した。
 部隊の多くは、若くて小柄なロンメルの命令を平気で無視した。そもそも階級が変わらないからである。
 だが、一ヶ月かけて部隊の規律を回復させる。
 彼は非番の時もひとりでいた。
 人が多い所は嫌いであった。たいてい、マンネルヘイムへの手紙に時間を費やした。
 マンネルヘイムは小隊長補佐を拝命されたことに大喜びした。拝命が配属初日と知って、「これ以上のことはない」と何度も手紙をよこした。ロンメルもマンネルヘイムに手紙を書いた。
 この国で一番信用しているのは、マンネルヘイムだけだった。

 そんな毎日が続いていたある日、部隊全体に異例の休暇が与えられた。
 パウルスは、独り身なのでロンメルの実家に行くと言いはった。
 二人は荷馬車に揺られながら、マンネルヘイム家へ向かう。
 パウルスは平民出身であるがロンメルと対等に接していた。
 他の指揮官が見れば驚くだろうが、問題をよく起こす第三連隊にまともな指揮官はいない。
 連隊長は「自分はまともだ」と言い張るが、このような連隊を維持しているのである。彼もまともなわけがないのだ。

 ふたりは長い時間をかけて、ワカシーカの北部から南部へ帰省した。

「へぇ、ここが君の家か。豪邸じゃないか」
 パウルスが驚嘆した。

「私は貴族に拾われたのであります。覚えていませんでしたか」
「え? そうだったのかね。私が胃痛に苦しんでいる時は、あまり話しかけないでくれたまえ。聞いても覚えていない」
 パウルスが聞いていなかったというように答えた。
「それは、申し訳ありませんでした」

 マンネルヘイムが出迎える。
「おお。ロンメルと上官かね。さぁ、お入りなさい」
「失礼する」
 パウルスは、家の(あるじ)が貴族と知って緊張している。そんな彼に、マンネルヘイムは握手をしながら言う。
「そう、かたくならんで良いぞ。わしは退役軍人じゃ。おぬしの名は?」
「フリードリヒ・パウルスと申します」
「わしは、マンネルヘイムじゃ。軍人ならそれで十分じゃろう」
 マンネルヘイムの手を握るパウルスの顔が白くなる。
「閣下は、あのマンネルヘイム閣下でありますか。恐縮であります。こんな所で会えるとは、予想もしておりませんでした」
 ロンメルは、訳が分からないという様子でふたりを見ている。
「小隊長殿。マンネルヘイムさんをご存知なのですか」
「――ご存知って、マンネルヘイム閣下は英雄だよ。まさか、いままで知らなかったのかね」
「ほっほっほ。ロンメルにはあえて言わなかったのじゃよ。言っても良いことはないからの。さぁ、中へ入ってじっくり話すとしよう」
「そうか、皇国の出身だからか。うーむ、人の話は聞かなければならないな」パウルスはそんな独り言を言った。

 マンネルヘイムは、ワカシーカ王国の北部にあるススカ地方を防衛した猛将である。
 五百年にも及ぶ他国からの侵略の間に一度だけ、ワカシーカが攻勢に出たことがあった。
 それが、ススカ地方である。十年ほど前、旧ワカシーカ領のススカ地方を奪還しようという無謀な考えをマンネルヘイムは持った。当時のススカ地方は、北の帝国の支配下にあった。そのまま攻めても勝てないので、ススカ地方の貴族に分離独立をするように指導し、現地の貴族が蜂起すると同時に、彼は私兵の全てを義勇軍として進軍させた。
 彼は敵の反撃を何度も跳ね返し、見事独立を維持した。
 のちにススカはワカシーカに編入されることを望み、王国の一地方となった。

 それを聞いたロンメルは、開いた口が閉まらない。
 マンネルヘイムは耳まで真っ赤にしている。
「昔の話じゃ、気にするでない。そのうち、嫌でも知るようになるから、もうやめておくれ。恥ずかしいわい」

 昼食をご馳走になったロンメルとパウルスは、最後まで緊張を解くことができないまま、豪邸を出た。
 緊張するので、近くの宿に泊まることにした。
 ワカシーカ王国の偉大な人物を国民に尋ねたら、彼の名を言わない者はいるだろうか。
 それほどの英雄なのだ。一緒にいたら、気を使いすぎてしまう。

 ちょうどその頃、ススカ第三連隊がいない間に、抜き打ちの閲兵があった。
 王女自らの閲兵である。王女は抜き打ちで来たつもりだが、情報は筒抜けであった。
 突然の休暇、しかも連隊全体で休暇を与えられたのは、王女様に「ならず者の集まり」であるススカ第三連隊を見せないためだ。
 王女はつい一か月前、十年にも及ぶ引きこもりから脱出し、頻繁に閲兵を行ったり、政治に参加するため議会にも出席している。
 飾り物とは言え、出迎えないわけにはいかない。
 舞台は北方方面軍司令官室である。

「――これはこれは、王女様。遠路はるばるよくお越しくださいました」
 連隊長が決まり文句を垂れ流している。
「お気遣い感謝いたしますわ。ところで、書類を見たのだけれど、実際の部隊は少なくありませんこと?」
「――それは、一個連隊が休暇を取っておりまして、そのためにございます。国境付近は平和そのものでありまして、心配することはございません」
「そうですか。兵は訓練に精を上げています。有事の際も心配ないようですわね。これも軍司令官、あなたのおかげです」
「はあはあ、お褒めのお言葉に感謝いたします」
「では失礼しますわ。部隊をそれぞれ詳しく見て行きたいので」

 王女は席を立つ。
 司令部全員が見送りをする。
 王女が去った後、司令部員たちは口を開いた。
「それにしても、王女様が自ら閲兵するなど、いままでにありませんでしたな」
「先王は十年前に崩御なさったし、こんな辺境に高官が来ることもない。いまになってなぜ来たのだろうか。そもそも、私は一度だって拝謁したことがない。初めてだよ」
「総統に暗殺されなければ良いが」
 軍司令官は、先ほどと打って変わって、真剣なまなざしである。
「軍司令官殿は王党派でございましたね。王国軍内でもこれから共和派が増えていくのでありましょうか」
 若い参謀が尋ねた。軍司令官が答える。
「間違いなくそうだろう。王政もいつ消えてしまうものやら。しかし、我々にはどうすることも出来まい。下級指揮官の半分が共和派なのだ。これが王国軍とは情けない」

 ワカシーカ王国は無能で利己主義者の摂政や総統によって、戦争・搾取が絶えなかった。
 貴族たちも領民を搾取し、もしくは没落して領内は荒廃していた。
 度重なる飢饉と戦争で、王国直轄領は減少の一途をたどり、王国軍は弱体化していた。
 そのために、ススカ第三連隊のような部隊でも、数合わせで存続されていた。
 ロンメルは入隊してからも軍事訓練をほとんど受けなかった。
 小隊長パウルスは、弓を射る訓練しかせず、ロンメルは平和な生活を送る。
 彼は、ワカシーカで人生を全うするのも良いかもしれないと思い始めた。
 驚異的な適応力である。

 パウルスは部隊の規律を回復した功で、第三中隊長に任命された。
 彼は中隊長補佐にロンメルを命じた。
 元第三中隊長は、第一大隊長に命じられた。第一大隊は名ばかり大隊である。
 どちらかというと、「名誉大隊長」になったという感じだ。
 元第一大隊長はどうしたのかと言うと、病気が悪化して故郷に帰っていた。
 つまり、退役したのである。彼らの昇進は、残念ながら指揮官が不足したためである。
 やる気のないパウルス中隊長とロンメル中隊長補佐は、百五十人いる中隊の規律を正すのに腐心することになった。
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