第四号 入隊
アルウィン・ロンメルがこの国に来て、ちょうど半年がたった頃、彼は王国軍に入隊することになった。
長い旅を終えて、ロンメルはススカ地方に到着した。
いままで住んでいたのはワカシーカ南部。
ここは北部である。気温はかなり低く、春だというのに、彼の息は白かった。
十六歳の少年は十八歳と偽称していた。
青年になった彼は、ただちに「ワカシーカ王国北方方面軍第三連隊第三連隊」に配属された。
王国軍の人員不足は深刻である。方面軍は、たったの三個連隊で構成されていた。
彼は軍隊に期待していたが裏切られた。この連隊は北方方面軍の中で一番練度と忠誠心が低かった。
兵士は昼間から酒を飲んでいる始末である。そもそも、第三連隊所属の大隊はこの一個大隊のみである。敵へちょっとした不安を持たせるため、公式には、連隊所属となっているが、どこの連隊長にも拾ってもらえない独立大隊であった。
理由はすぐに分かるであろう。彼はススカ第三連隊本部に入り、連隊長に報告する。
「ススカ第三連隊に配属されましたアルウィン・ロンメルであります」
「また転属か? ここに配属されたということは、軍規に違反でもしたのか? それを渡せ」
ロンメルはすぐに手渡す。連隊長はさらっと読む。
「うお? 新兵か。どうしてこんな所に……。皇国の出身か。それはここに飛ばされるわけだ。しかし、顔を見るにしっかりしとるじゃないか。十八にしてはかなり小柄だが、皇国出身だからな。貴様も災難だったな。うーんと、どこに入れようかな。大隊長、どこがいいかね」
「どの大隊長かね」
連隊長はうんざりしたように返した。
「第三大隊長のあんたに決まっているだろうが。他の大隊長は名ばかり大隊長だろ。勘弁してくれよ。まともなのは俺だけなのか?」
連隊長は、「ススカ第三連隊唯一のまともな人間」を自称している。せめて、連隊長には普通な人間を配置しなければならないということで、このように残念な連隊を持たされていた。
「第三中隊でどうです?」
「たっく……。ああ、あそこは病弱な奴のたまり場だったな。中隊の中では一番まともだろう。神に誓って言える。まともな中隊だろうよ……、連隊の中ではな! よし、ロンメルは第三中隊に配属だ。速やかに第三中隊に行き、手続きを済ませよ。書類はこれだ」
「わかりました!」
彼は大変な所に配属されたなと思いながら、急いで中隊本部に向かう。第三中隊の宿舎は駐屯地の一番外れにあった。
「なんでこんなに遠いところにあるのだろう」
いぶかしむ彼は、建物の奥にある中隊本部に到着した。コンコンと扉をノックする。中から返事がない。
「勝手に入ってもいいのかな……、失礼します!」
扉を開けると中に年かさの男性がいる。恰幅のいい貴族であった。
「第三中隊に配属されたアルウィン・ロンメルであります。中隊長殿はどこにおられますか」
「はぁああああ? わしゃあ、耳が遠いんじゃ。もとちこう寄れ」
かすれた声で言い返された。
かなりの高齢のようだ。
ロンメルは男性のいる机の前まで行き、大声で繰り返した。
「新しく第三中隊に配属されたアルウィン・ロンメルであります。中隊長殿はどこにおられますか」
「中隊長はわしじゃ。新しく配属された者か。おぬしは、どこが悪いのじゃ? 耳か頭か、それとも胃か?」
「強いて言えば、胃が弱いのであります」
ロンメルは、こんな人が現役の軍人であることに驚きながらも答えた。
「それじゃあ、第一小隊に配属じゃ。必要なものは向かいの倉庫から適当に取っていってくれ」
中隊長はいい加減なことを言う。
「『適当』でありますか?」
「そうじゃ、必要があれば、また、倉庫に行けばよかろう。まずは、第一小隊に向かうのじゃ。ところで、分隊長をやる気はないか? 第一小隊の分隊長がみな逃げおったのじゃ」
新兵が分隊長などできるわけがない。
「とりあえず、第一小隊に向かいます。失礼しました」
「はあはあ、分隊長をよろしく頼むぞ」
ロンメルは敬礼をして部屋を出る。
なぜ胃が弱かったら、第一小隊に配属されるのか不安が積もりながら、第一小隊の宿舎に向かう。
彼は途中で書類を渡し損ねたことに気がついたが、戻る気にはなれなかった。
「小隊長殿。第一小隊に配属されましたアルウィン・ロンメルであります」
青年は敬礼し、渡しそびれた書類を渡す。小隊長は敬礼を返す。
意外そうな顔をするが、書類を読んで机の引き出しに突っ込んだ。
そして、青い顔で答える。
「フリードリヒ・パウルス小隊長だ。適当に空いているベッドを使ってくれ。最近、腹が痛いんだ。たぶん、赤痢だよ。分隊長も補佐も夜逃げしてね。君はどうしようもない人間ではなさそうだ。小隊長補佐でもやる気はないかね? 前任者はいい奴でね。だからこそ、激務に耐えられずに脱走したんだ。ロンメル君、どうかな?」
「はっ、謹んで拝命いたします」
ロンメルはさっそく小隊長補佐をもらって、不思議な感じがした。
マンネルヘイムさんは、小隊長補佐になるのに、二年は掛かると言っていたのだけれど。
ここの部隊は大丈夫かなぁ。
「この書類は中隊本部に保管しなければならないが、あの中隊長殿なら、書類が一つくらい紛失しても気に止めないだろう。本当は補佐にならなかったら、脅そうと思ったのだが、あっさり引き受けてくれてよかったよ。まぁ、楽にしたまえ。ここの連中は病弱で『腹が痛い』としか言わんが、弓の腕は確かな連中が多い。動くのがおっくうなだけなんだ。槍兵と騎兵はやめておいた方がいい。重い鎧を着てへとへとになるか、長時間の乗馬で腰が痛くなるかで、よいことは何にひとつないじゃないか。弓兵は遠くから射る。退却する時には、最初に逃げることができる。同じ俸給だったら、楽な兵科の方がいい。そうは思わないか。『小隊長補佐』」
「はぁ、そうであります」
相手に合わせておく。
「ところで、私は何をすればいいのでありますか?」
「書類を整理してくれ。提出しなければならない書類には、この印がある。この箱にでも入れてくれ」
ロンメルは山のように積んである書類の仕分けを始めた。
終わる頃には、もう日が暮れていた。
その間、小隊長は部屋を出ていた。 ロンメルは、窓の外を見る。
北部の景色は、彼に初めてここへ来た時を思い出させる。
「半年前もこんな風に寒々とした風景だったな……」
青年はため息をついた。
「この国に来て、半年も経った。なのに、軍人らしいことをひとつもしてないんだけど……」
そこへ小隊長が戻った。
「どうだね。半分くらいは済んだか? って、もう終わったのか……、気づいたのだが、君は文字を読めるのだね。平民にしては珍しい」
パウルスは書類が順番通りに並べられているのを確認しながら褒めた。
「お褒めのお言葉に感謝いたします」
「普通の平民は文字を読めない。だから、小隊長補佐は務まらない。君は実にすばらしい。書類が多いのは、私が中隊長補佐をしているからだ。あの中隊長殿一人では、いつまで経っても上に書類がね……」
小隊長は引き出しから書類を出して、読み始めた。
しばらくして、じっと待っているロンメルに気づいて言う。
「あぁ、今日は隣の部屋で休みたまえ。第一小隊用の部屋だ。また、明日の早朝にここへ」
「はっ、了解しました」
そう言ってロンメルは部屋を出る。隣の宿舎へ行ったが、そこはもっとひどい状態であった。一つの大きな部屋に五十人近くの兵士が詰め込まれていた。そこら中にごみは散らかっているし、酒を飲んで酔いつぶれている兵士もいる。
「あぁ、神は僕に試練をお与えになったんだ。これは困ったことになった……」
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