(cache) 異世界でハーレムしてるけれど、まだチートに目覚めない僕にベリンダが振り向いてくれないっ！【小説家になろう大賞２０１４　応募作】

第二十一号　捕虜

「もう朝かな。お腹すいた。ベリンダさん、なにか恵んでくださいよ」
　牢獄には窓がない。
龍之介は椅子に座って、調子の抜けた声を出している。
司祭とともにベリンダが部屋を出たのは、いまから、十分ほど前のことである。
「僕も黒魔法を使える。ここを破壊してもいいのかなー」
　鳥のように首を振った。手錠もなにもされていない。
ただこの部屋に置かれている椅子に座っているだけであった。
「ふうん。そうか、僕の力を知らないんだな……」

　牢獄の扉が開いた。軽やかにやって来るベリンダの動きに、龍之介はうっとりと見入った。
「あの、おなかがすいたんだけど……」
　べリンダは棒で龍之介の肩を叩きつけた。悲鳴が牢獄に響く。
「破壊できるなら、とっくに破壊しているはず。私たちの観察ではお前は一度も魔法を行使していない。魔法を使えないと判断」
　龍之介はうめき声を上げている。
「……でも、すこしくらいなら使える。魔力はめい一杯もらっているんだ。牢屋を破壊するくらい」
　べリンダはあざ笑った。天使が悪魔となる。
「いっぱい？　ほんのわずかな魔力しか計測されなかった。看守に迷惑をかけるのはやめろ」
　ベリンダは低い声でそう答えた。
龍之介は気味の悪い笑い声を出してしまう。
「やっぱり、ベリンダはいい子だ。そうだと思ってた」
　ふたたびべリンダは龍之介を殴りつけ始めた。
「馴れ馴れしく私の名を呼ぶな！　悪魔の手先め！」
「ベリンダさん、僕を傷つけるのをやめて」
龍之介は懲りない。
「黙れ！　黙れ！　悪魔の手先め！」
　看守が扉を開いて、あわてて駆けつけた。
「ベリンダ、やめろ！　落ち着け」
　龍之介は外へ連れ出されるべリンダを見ていた。
　彼女が牢獄を出ると目を閉じる。
「おい、医師を呼んで来い」
「はっ」
「どうしたんだ？　昨日と全然違うな。頭がおかしくなったんじゃないか？」
　龍之介を見張る看守はそうつぶやくと唾を吐き捨てた。

　部屋の中央にいす。
ひとつしかない明かりが手首を縛られている龍之介に降り注ぐ。
　力なく拘束されている龍之介が腕を動かすと、金属同士のぶつかる音が部屋に響く。
「あれ、今度は……？」
　人の歩く音。
闇が世界を支配していた。
「だれ？」
　龍之介の言葉が冷たく部屋に響いた。
無言の足音が迫る。龍之介は恐怖を感じた。
　明かりに照らされて、足からじょじょに上へと姿があらわになる。
「ベリンダさん……」
　おもわず安堵の息をもらした。
べリンダは立ちどまる。光は彼女の口より上を照らしていない。
「ただいまより捕虜の尋問を行う。捕虜は質問に答えなさい」
　龍之介は黙ったままべリンダを見ている。
「返事は？」
「はい」
紙をめくる音がする。
「サタンは長髪の子に乗り移った。そうだな？」
　龍之介はべリンダの声に魅了された。
「はい」
「その者の名は？」
　しばらく考えたのち答える。
「宇留木涼介」
　彼女は不敵な笑みを浮かべた、ように感じた。
「彼の目的は？」
「破壊。それが目的」
　部屋に低いため息が広がった。
「ほかにだれかいるの？」
　左手に持つ棒でベリンダがいすの脚を叩きつけた。
「あう！」
「仲間は五人だな？」
「はい」
「悪魔は長野別荘に戻っていない。どこへ――」
「知らない」龍之介はベリンダの言葉を遮るようにして答えた。
　室内にぼそぼそと声が木霊する。
ベリンダは龍之介を見捨てたらしい。
「僕をどうするつもりなの……？」

　しばらくして、ベリンダが戻った。
「お前は何者だ？」
「龍之介」
「名字は？　出身は？」
「茅原龍之介だよ。日本出身」
　椅子を叩く音。
「正直に答えなさい」
「別の世界から来ました」
　龍之介の悲鳴。
「……骨が折れたよ。ひどいっ！」
　更なる悲鳴。
「痛いよ！」
「貴様はいったいどうしたいのだっ？」
ベリンダが尋問を再開する。
「もといた日本に帰りたい。故郷に帰りたい」
「どうして帰らない？」
「帰れないんだ」
がっかりした声。
「……帰られない？」
「魔法を使えば、帰れるかも」
　しばしの沈黙。
「……それならば、手助けしよう。我々の側につかないか？」
「ベリンダが、僕のそばにいてくれるなら」
　背もたれを持ちあげられた龍之介に蹴りが入れこまれる。
龍之介はうめき声をもらす。
「悪魔を相手にするだけでも面倒なのに、捕虜尋問まで……」
　ベリンダはそうつぶやいた。
ざわざわとしていた部屋が急に静かになった。

「――尋問は終わりだ。お前を教会に入れることを許可する。完治したら、交渉役をするように」
　龍之介は黙ったままだ。
元気なく首は下に向けていた。
「返事は？」
「はい」

　ベリンダは龍之介の元を離れた。
部屋にひとり放置された。
　しばらくして、祈祷師らが龍之介の手枷(てかせ)を外した。立ち上がろうとしとしてふらつく龍之介を祈祷師が支える。
　一筋の光が龍之介を照らす。目を細めた。
　まばゆい朝日に向かって歩いてゆく龍之介の足を彼自身の影が引っ張っていた。

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