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異世界でハーレムしてるけれど、まだチートに目覚めない僕にベリンダが振り向いてくれないっ!【小説家になろう大賞2014 応募作】 作者: 

第三章

第十四号 宇留木涼介の素性とは

「浪造おじさん、おかえり!」
 ダンダンは小さな体から声を張り上げた。
「食材を買って来た。いまから作る。軽い昼食を取ろう。みなを起こせ!」
「わかった!」
 浪造が別荘に入るとダンダンは涼介を起こそうとする。
「起きてっ! お昼だよ。冷たい悪魔さん!」
「起きてるよ」
 涼介はダンボールを抱えて屋根を下りた。
他の人間は寝ていたが、彼は片っ端から叩き起こす。
「あ? 俺は起こしてやってんだよ。天使だろ?」
 サタンの質問に涼介はそう答えた。

「だから異世界は嫌いなんだよ……」
 龍之介の寝起きは最悪である。今朝は格別に口が悪くなるかもしれない。龍之介は思った。
「龍之介っ、おっはよう」
 陽子は独特の口調で話しだした。ダンダンは、
「ぼくに構って」と話しかけてくる。
「うるさい。地獄の炎で焼き殺すぞ……!」
 カタカタ。
 陽子とダンダンは凍りついた。

 一同は一階へと集まり朝食をとり始めた。
「それで、問題はこれからどうするかだ」と涼介が持ち出す。
彼は片手に持つサンドイッチを一瞬で胃の中に叩き込んだ。
「闇払いを全滅させないかぎり、俺たちに平安はない!」
「このまま逃げてもいいんじゃないかな、涼君。争うのはよくないよ」
「吹っかけられた戦争はとまらない」
 翔は答えなかった。
「攻撃こそ最大の防御じゃ! 受け身では勝てん」
「マイ・グランドファーザーが死んだら、陽子はどうしたらいいの?」
 今回ばかりは、しおらしい。浪造の勢いはそがれてしまった。
「そうだよ。涼君が死んだらどうするんだい? 家族が人質になったらどうしたらいいのか。そういうことも考えないと……」翔も加勢する。
 龍之介がためらいがちに口を開く。
「……逃げることも必要で、いまこそその時じゃないかな?」
「黙れ!」涼介が突然声を張り上げた。
龍之介を見ていない。どうやらひとりごとらしい。
例のサタンという悪魔と話しているのかもしれない。
「逃げるに一票。とりあえず、様子を見て、時機が来たら、攻勢に出たらいいじゃないか。戦力もわからない敵に攻撃を仕掛けたら負ける。そのサタンという悪魔に、黒魔法を学ぼうじゃないか」
 龍之介は当たらず障らず、である。

「永遠の絆はない。一時だからこそ美しい、か……」涼介が嘆息し、
「そうしよう。サタンが黒魔法を伝授してくれるそうだ」と言った。
「ひゃっほーい」陽子は雄たけびを上げた。
ダンダンは激しくパタパタをしている。
「それなら、賛成……」翔の顔に笑顔が戻った。
 窓際にいる龍之介は外を眺めていた。春の日を受ける龍之介の視線の先には蜘蛛(くも)の巣があった。
 そこには大きく体を動かす蝶がいた。蜘蛛がじわじわと迫り寄っている。
 龍之介は空を見上げた。真っ青な空には、雲が点々とある。
 太陽は欠けることなく存在していた。

 太陽が西の果てに沈もうとしている。森の影が伸びていた。
広大な私有地の真ん中にある山梨別荘で、轟音が鳴り響いた。
涼介の笑い声。
陽子もケタケタと笑い声をあげている。
「お前ほんとにへただな」
 龍之介は憂鬱に思った。
みんなはサタンに力をもらい順調に魔法の訓練に励んでいるのに、龍之介だけが一向に進まない。
 五メートル手前にある木を狙うという訓練だが一回も成功しなかった。
風を巻き起こせば周りの人間を吹き飛ばし、炎を放出すればダンダンを焼き殺しそうになった。
 涼介は龍之介の訓練をやめさせた。
地面に座り込んでいる龍之介をダンダンが慰めている。
「そういうこともあるさ。ぼくが思うに、黒魔法は攻撃魔法でしょ? 君には向かないのさ」
 その日は基礎的な攻撃魔法の訓練が行われた。
サタンは四人分の魔力を供給し続けていた。
「半分しか使わなかったお前の人生の方がすごいんじゃないか?」涼介は言った。
 さらに続ける。
「お前にわからねーのに、俺にわかるわけねーだろ」
 涼介はサタンに話し続けている。

 一同はその後夕食を取り、別荘備え付けの露天風呂に入ることになった。
 露天風呂はひとつしかないが、混浴というわけにはいかないので女性陣が先に入るように浪造が勧めた。
 といっても、女性は陽子しかいないのであった。
「え~? せっかくの旅行だよっ! もう、家族と言っても過言ではあるまいて……」
 陽子なりの、オーケーサインらしい。
 浪造は親ばかである。爺馬鹿である。孫の言うことはなんでも聞くのだ。
 そういうわけで、龍之介は人生で初めての混浴を楽しむ機会を与えられた。
 しかし、ひとりだけご機嫌斜めなのがいた。
 ダンダンである。
「水が嫌いなの知ってて、ドラグンはぼくをいじめるんだね?」
「しょうがないだろう。ダンダンは入れないんだから」
「――いま、ぼくのことをダンダンって呼んだ!」
「そりゃあ、君の名前だからね」
「えへへ、いいよ。さっさとあがって、ぼくのところに来るんだよ。待ってるから」
 束縛感の強いダンボールであるが、
「だいじょうぶ、僕は最後に入るよ」と龍之介は言った。
「どうしてさ。そういえば、涼君も最後がいいって言ってたよ」翔が会話に入ってきた。
「ドラグンともう少しいられるならそれでいいもん」
 ダンダンはご機嫌。
「そういうことなら、浪造おじさん。一緒に入りましょうか」翔が声を掛ける。
「そうじゃの、戦友と背中を流すとしよう」
「……は、はい」
 こうして浪造と翔が脱衣所に向かうのだが、陽子はというと、
「ひゃっほーい! 露天風呂は最高だぞっ!」
 テンションが高いようである。
 龍之介は踵を返すと、別荘の屋上に上った。
 心地よい風が龍之介のわけもなく出てくる罪悪感を洗い流してくれるような気がした。
 龍之介はうとうとしてきた。
 彼はダンダンをよこにして一休みすることにした。
 そして、寝てしまったのであった――

 水の流れる音。規則的な間隔で水を浴びているようだ。
 龍之介は目を覚ました。
 携帯電話を開くと、午前三時。
「だれだろう、こんな時間に風呂に入っているのは。みんな寝静まっている時間だろう?」
「ぼくにもわからないよ、すこし怖いね」ダンダンは震えた。
 龍之介は屋根からベランダへと降りると階段を下りた。
 中央広間には一同が眠っているようだった。
「だれかひとりだいないみたいだね」
 暗がりの中ではだれがその場にいないのかまでは特定できなかった。ダンダンを抱える龍之介は忍び足で脱衣所へと向かった。
 扉を開ける音は静かな空間には大きく聞こえるような気がした。
「別に覗きをするわけじゃないんだけど、気になるし」
「この服はリョウ君のだよっ!」
 ダンダンは涼介の服を見つけた。
「なんだ、宇留木君か」
龍之介は予想していことであったが、謎の浴者が仲間のひとりであることにつまらなさを覚えた。
「てっきり露天風呂の化身、かっこ女神的なものかと思ったよ」
 パタパタが激しくなる。
「なにそれ? 気になるよっ!」
 ダンダンはノリノリである。
 そのとき、露天風呂へつながる扉が(ひら)いた。
「あっ」
龍之介の前に湯けむりに包まれた涼があらわれたのだが――
パタパタが止まる。
「あれ……、ドラグン。涼君は女の子だよっ!」
 果たしてそうなのであった。
 涼は濡れた髪からしずくを落としながら入ってきた。
 バスタオルで隠していたが、どう考えてもふっくらとしている。
 そう、涼はすらりとした身体をしている。
だが、どう見ても胸はふっくらとしているのである。
 龍之介は驚きを隠せなかった。
「あ、あ、あ……」
 言葉が出ない。
 ところで、涼は龍之介が見ていることに気がついたらしい。
 涼は顔を朱色に染めた。
「お前は……」声が震えている。
龍之介は理由がわからないにしても生命の危機を感じ、
「龍之介です」と答えた。
「そうだ、龍之介はなにも見なかった」絞り出すように出た声。
「はい、なにも見ませんでした」
 龍之介は顔をそらしたのだが、
「嘘をつけ、私の目を見て答えろ」と言われてしまった。
 涼は詰め寄ってくる。
「いやいや、そんな近寄られたらなにも見なかったことにならない――」
 女の子だ!
 スレンダーな身体を真っ白なバスタオルが覆うのは神々しい。
白のラインに長髪の赤。
 脱衣所に入り込む湯けむりが赤と白のコントラストをあいまいにし、涼介の心を幻想的な世界に落とし込もうとしていた。
 しばらく黙っていた涼はため息をついた。
「そうだ、見られてしまったものは仕方がない。死んでもらおう」
 現実に引き戻される。
「ちょっと、待って! なんで僕が殺されるんだよっ!」
 あまりにも理不尽なことを言う涼に殺されない方法を必死で考える。
「俺の秘密を知った。だから死ぬ」
「秘密って……、実は女の子ってことを知ったくらいで」
「『くらいで』だとっ?」
 龍之介の言葉は火に油だったようだ。
「俺がどんな思いで過ごしてきたと思っているんだ。どれだけ女に産まれたことを恨んでいると思ってるんだ。そのせいでどれだけ苦しんだと……、女であることを隠し続けている苦痛を」
 涼は目にうっすらと涙さえ浮かべている。
 そのとき龍之介の心にある炎が浮かんだのは言うまでもない。女の子が困っているのだ。助けないと男が(すた)る。
「隠す必要なんてない。僕は女の子の涼の方がすきだ。感情をおもてに出す涼の方がずっと人間らしいよ」
 嘘ではない。実際に美形で、高嶺の花と言ったところなのだ。
 涼はぐらっと来たらしい。突然、すきだと言われて驚いたらしい。
「それでも……、隠すなと言われても普通の女の子がどんなものなのかも」
「すこしずつでいいじゃん! だいじょうぶ、僕が手伝うよ」
 感情が高ぶった。隠そうとする理由はよくわからないが、彼女は困っているのだ。仲間が悩んでいるのだ。

 珍しく感情的になった。いつもの自分ならこんなことには関わろうとしないのに。
 龍之介は思った。
 リョウは急にもじもじし始めた。
「うん?」
「こっちを見るな。あっち向け!」
 どなられた。
 龍之介は反対側に身体を向けた。うしろでリョウがなにかしているらしい。
 音が聞こえる。
 髪を結ったようだ。
 いつも帽子の中に入れてるし。
「まず、女はどんな言葉遣いをするんだよ、龍之介……?」
 突然、耳元で話しかけられた。リョウの吐息が掛かる。
 龍之介は頭がぐるぐる回る気がした。
「えっと……、別にいままで通りでいいんじゃないかな?」
 リョウがさらに近づく。リョウの身体が龍之介の背中に触れる。
「急によそよそしい」
 リョウはむくれているらしい。
「そそそ、そういうわけではなくて……」
 龍之介は心臓がどきどきした。お風呂上がりの女の子が自分のすぐ後ろで話しかけているからである。
 引きこもりで、女の子とはそもそも全然話した経験がないという事実を思い出したとき、龍之介の鼓動がさらに加速する。
「それじゃあ、どういう意味なんだよ?」
 リョウが龍之介にさらに近づいた。
「待って、それ以上近づかれると考えられなくなる」
 龍之介が悲鳴にも近い声を上げた。
「実は女だって知って気持ち悪く感じてんのかっ?」
「そう意味じゃない」
「そういうことだろ。結局俺のことを馬鹿にして、気持ち悪がって(もてあそ)んで。やっぱり俺は女に見えないんだ。だからそういうことを言うんだろ……」
 龍之介は悩んだ。
 どうすれば、リョウに自分の気持ちをわかってもらえるのだろうか。
 リョウには翔もいるはずだ。翔には相談しているのだろうか?
 みんな、リョウをそんなふうには思っていない。
 なぜそれがわからないんだ!
「ほら、黙った」
リョウの嘲笑が聞こえた。
「確かに男としての涼介は苦手だよ。なんか冷たいし、付き合いづらいっていうか。もともと僕も引きこもりだし……、でも、嫌いじゃないんだ、わかるよね?」
 龍之介はリョウをうかがう。
 反応はなかった。そもそも顔が見えない。
 もっと言えば、なんでこんなに熱くなっているのだろう。
 でも。
熱くなるなら、もっと。
「リョウ、顔が見えない。面と向かって話そうよ」
 龍之介自身も重いことだが、そういうときもあるのだ。
 身体を回し、しっかりリョウと向かい合う。
 リョウはそうとうつらかったのか、目が赤い。
 龍之介が手を差し出す。
「だいじょうぶ、ちゃんと手伝うから。僕は全然リョウのこと嫌いじゃないし。心配するなって。僕を信用しろ! 願い事があるならなんでも聞くから」
 すこし大げさに言った。
「――なんでも、だと?」
 リョウはすこし顔を赤くした。
「俺のことを助けるつもりがあるから、なんでも願い事を聞くというのか」
 信用していないというような言い方だ。
「そうだよ、なんでもだよ」
「キスしろ」
 カタカタ。
 リョウはすこし顔をそむけたまま龍之介にそう言った。
 龍之介は聞き間違えたのかと思った。
「えっ? なんて?」
「キスしろって言ったんだ。もし、したら信用してやるよ」
 龍之介にとって、キスは一生で一度もできないかもしれない。
 だって、できそこないだし、引きこもりだし。
 千載一遇のチャンスだ。
 リョウの信用も得られるなら一石二鳥じゃないか。
 すぐにすべきだ。
 そこまで思った龍之介は、そこまでしか考えることができない自分自身を見つめるに至った。
 考えるよりも先に行動に移さなかったのだ。
 リョウはというと、瞳を閉じていた。
 ここでしなかったらリョウは悲しむ。
 でも、軽々しくしていいことなのだろうか。
 そういう考えが龍之介の頭に浮かんだ時、リョウのくちびるに向かっていた身体の動きが止まった。
 知り合って、ものの数日。
 でも、リョウが実はいい奴だと龍之介は知っている。
 ドリームワールド。龍之介が見る夢の世界の名だ。
 そこで見る涼介は面倒見のいい兄のような存在だった。
 翔を大事にしていることはよくわかった。
 でも、リョウがすきなのだろうか?
 人間としてすきだとしても、恋愛対象として意識したことは今回が初めてだ。
 それなのにキスをしてしまっていいのだろうか。
 ダメだと思う。

 しかし、龍之介はキスをしないわけにはいかなかった。
 くどいようだが、いましなければリョウはますます遠い存在になってしまう。
 そうであるならば――

 龍之介は決断した。
 リョウの手を取った。
 彼女は涙の浮かんだ瞳をうっすらとひらいた。
「本当にするつもりなのか……?」
 なにをいまさら。龍之介は思った。
 濡れた髪をうしろで結んでいるリョウは魅力的だった。陽子は元気いっぱいな中学生だ。
 だが、リョウはすこし大人びていて――
 胸の方は言及しない方がいいけど、陽子とは違ったいいところがある女の子だ。
 そういえば、リョウは僕と同じ年齢なのかな。
 リョウはキスしたことあるのかな。
 そんなことを考えながら、(うやうや)しくこうべを垂れた龍之介は、リョウの手の甲に自分の唇を当てる。
 リョウはすこし震えたが、そのままだった。
 カタカタ。
 龍之介はしばらくしてから唇を離した。
 リョウの顔はなんとも言い難い感じだ。
 照れてるのかな。
 リョウはそのまま棚にある服をつかむと、さっそうと脱衣所を出て行った。
 男装していたリョウの甲は、それでもほんのり甘い――
 女の子の香りがした。


 次の日の早朝。
曇りだった。五人は防御魔法を学んだ。
 黒魔法に直接の防御魔法はないので、炎の壁を作ったりという訓練である。龍之介は炎の壁をまとった。
「炎の壁をうまく操れ! 龍之介、お前が火だるまになるぞ!」
 リョウはいままで通り接しているらしい。
 龍之介は逆にめんくらっていた。龍之介を囲う壁がじりじりと自分自身に迫る。
「だめか……」リョウは指先から大量の水を放出した。
龍之介は豪快に跳ね飛ばされた。
「……そこまでしなくてもいいんじゃない?」
「――そうでもしないと死ぬとこだったろ?」
それでもリョウの目は真剣で、いつもの目を合わせない涼介とは違った。
 結局、龍之介は魔力を与えられたが、放出してはいけないという命令を受けた。
みんなを傍観することに精を出す。矛盾しているようだが。
「わしはすごいな」
 浪造が凝った壁を展開していた。
龍之介はため息とともにつぶやく。
「職業柄か……」
 陽子はとにかく全力で土の壁を作ってしまい、魔力をすぐに使い尽くしてしまっている。リョウに注意を受けている。
魔力をもらうと、ふたたびこれでもかという笑顔で土の壁を作る。
「あれだ! 全力投球というやつだ。おやっさんは、老獪な司令官といったところだな。いいな、僕もしたい。翔君は非の打ちどころがない戦い方だ。すくない魔力でより有効的な防御壁を展開している。僕には才能というのがないんだな……」
 翔は洗練された動きであった。軽やかに舞う少年の動きは、雲に遮られた大地を悲しませた。
「どらぐん、大丈夫だよ。戦う時は、荷物持ちをしたらいいのさ。輜重も大事なんだよね?」
 龍之介は体育座りをして、両膝の間に頭を入れた。彼の背中の上をどんよりとした雲が覆っている。
「優しさは残酷だって、知っているんだよ」
 ダンダンはなにか言いたげだった。
「言いたいことがあるの?」
「べ、べつに。昨日キスをする姿を見て、あげくの果てに置いてきぼりにされたとかいうことはないよ」
「それか!」
 見られてたんだ。
 すこし恥ずかしい。
 龍之介は顔が熱くなるのを感じた。
「でも。かっこよかったよ、ドラグン! さすがぼくが見初めた人間なだけあるね!」
「ありがと」
 龍之介には複雑な思いが浮かんだが、なかったことにした。
「だれが部屋まで運んでくれたのかな?」
「冷たい悪魔さんだよ、ぷいっ!」
 かわいらしいダンダンであった。
 することがない龍之介は別荘に入り昼食の準備をした。
浪造が買って来た食材で料理を作る。
 ダンダンがカウンターの向こうから龍之介を観察しているのか、時々、「へぇー」とか「ふうん」と声を出していた。
 卵を割り、ボールに入れる。
「リョウ、いったいどういうつもりなんだろう……?」
 ダンダンが話しかけた。
「顔が赤くなってるよ、なにを思い出しているのかな? ドラグン?」
「べ、べつに思い出してないって!」
「そんなこと言って! ぼくにはわかるんだよ」
 ダンダンはパタパタを繰り返す。
 居酒屋の弟子がスクランブルエッグを作るのである。
「すごく変な気がするけれど……」
「おいしそうだよっ!」
 ダンボールには理解できないのかもしれない。
「龍之介。わしの直伝を生かしているか?」
 浪造はうれしさを押さえられないかのように、弾んだ声で問いかけた。
 いつの間に来たんだろうと龍之介は思った。
「はい」
「急いで作らんといかんの、わしも手伝おう」
 そう言って子弟は料理を始めるのであった。

 食事に戻ってきた仲間たちは昼食を食べ始める。
「おいしい」
「確かにおいしい」
「わしの弟子じゃからのぉ」
 龍之介は深みに沈むような気がした。
異世界が嫌いだと愚痴をこぼすが、特別不自由をしているわけではない。
冒険しに来て、新鮮なことばかりだと思っていた。
それでも、この隠しきれない憂鬱な思いはどこから現れるのだろうか。
 ため息をついた龍之介は立ち上がり、あと片付けを始めた。

 別荘内には、大胆にも金庫が置いてあり、浪造曰く、はした金が入っているらしい。
おかげで、なに不足なく過ごすことができた。
「金庫の番号を覚えているおやっさんの記憶力には脱帽だ」
 龍之介は片づけをしながら、だれとなく言った。

 皿洗いをしている龍之介の視界に、独り言ばかり言っているらしいリョウが入った。
陽子がそばでリョウを見ていた。
サタンか、それともリョウ自身にでも興味を持っているのか、ストーカーとも思える観察および追跡をしている。

「あっ!」
 部屋のすみで翔が声を出し部屋を出たが――
しばらくして戻ってきた。

 なにをしていたのだろう?

 龍之介は不安に思った。
 太陽が傾き始めた。
雲が太陽を包み込むと、山梨別荘は明るさを失う。
ふたたび太陽がその顔を見せるが、すぐに雲に包まれた。
 太陽は姿を現さなくなった。
+注意+
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