第十三号 山梨別荘
雲が三日月を隠している。
一同はコンビニで最低限必要なものを購入したのち、浪造の示す山梨のある町に転移魔法で向かった。
「うぅぅぅひゃっほおおおおい!」陽子は転移に大喜びのようだ。
龍之介は吐き気がする転移魔法は嫌いだった。体中が揺さぶられて気分が悪くなることこの上ないからだ。
あたりを見渡すと、閑散としていて人っ子ひとりいない。
龍之介は、ダンダンをきつく抱きしめている。落とすといけないから。龍之介に抱えられているダンボールが一瞬震えた、ように感じられた。
浪造の父は実業家である。
親と同じ職に就きたくなかった浪造は家を出た。まだ彼が十代の話である。
浪造の実家を継いでいるのは弟だそうだ。津田家では、毎年夏に山梨の別荘へ行くのが恒例行事となっているらしく、それ以外は、利用されていない。
現在は無人であった。浪造は別荘の裏へ回り窓を割った。が中へ入った浪造が正面の扉を開ける。
「ようこそ。我が『山梨別荘』へ」
涼介が不機嫌そうな顔になった。龍之介は壮大な別荘の中に入り、内装も豪華なのに驚いて、大声で言った。
「師匠、すごい家ですね。師匠が高貴な生まれだとは驚きました」
龍之介は、おやっさんに耳をつかまれて、引きずられていった。
「龍之介は、さすが宇宙人だな」陽子はノートに書き込んでいる。
「宇宙人?」涼介と翔は同時に声を出した。
陽子は「エッヘン」と咳払いをし、ノートをふたりに見せびらかした。
宇宙人研究ノートである。
そこには、龍之介のありとあらゆる行動が記録されていた。龍之介発見時の日付・時刻・写真から始まっている。
「それは、ストーカーという……、でもないね。僕たちに見せてもらってもいいかな?」
「いいよぉ。すこしだけだぞ」翔の丁寧なお願いに断れなかったようである。
陽子は常に語尾を伸ばしている。最後が上り調子。
隣の翔は隅々にまで目をやっているが、涼介は関心がないようで、時々覗き込むだけであった。
「涼君。ここ、気になるよね」
翔が指で指す先を見た涼介は、目つきを変えた。
「えーっと、君のお名前は?」翔が尋ねた。
「津田陽子だよ。中学二年生なんだよぉ」
「僕も中二なんだ。よろしくね」
涼介が横を見ながら小さな声で言った。
「――中二か。謎が解けたような気がするな」
「涼君、なにか言った?」
「いいや?」
「それで、龍之介君は、本当にダンボールと会話していたのかな?」
涼介は黙っている。
「そうだよぉ。ダンボールと話してるんだよ。陽子ね、すっごく驚いたんだから! ダンダンはとても可愛らしいんだよ。陽子もお話したけど、火が嫌いみたいなんだ!」
口が軽いものである。
「それじゃー、実際に試してみたらいいじゃねぇか」
涼介は、龍之介と同じようにダンボールを脅した。
ただし、龍之介より容赦なくダンボールの底を焦がした。ダンダンは悲鳴を上げ、簡単に正体を明かしてしまった。
「あっ、熱い! 死んじゃうよっ!」
翔が目を丸くした。涼介は驚かなかった。
体内にサタンを飼いこんでいるのだから。
「ようちゃん、ひどいよ! あれだけ正体をばらさないでって、お願いしたじゃないか」
陽子は「ごめんね」と舌を出して、かわいらしく謝る。
「べっ……、べつにようちゃんがかわいいから許すわけじゃないよ」
ダンボールがパタパタをした。
「ドラグンはぼくのものだけど、すこしの間なら、ようちゃんに貸してあげてもいいかなと思うよ。そのかわり、ぼくにも構ってくれないといけないんだよっ。それと、そこにいる冷たい人は絶対許さないからね」
最後だけは怒っているような口調だった。
ダンボールと人間ふたりは会話に花を咲かしている。
「げほっ、げほっ!」
「どうしたの、大丈夫かい?」翔が涼介に寄り添った。
「……なんでもない」
説教を受けた龍之介が帰ってきた。
浪造はダンボールが話す光景を見て腰を抜かしていた。
「信じられぬ」
浪造の驚いた顔が見ものであったので龍之介はにやにやとしてしまった。
涼介が口を開いた。
「それはそうと。こっちも秘密を教えてやるから、七人で話そうか。その方が楽だ」
「七人?」と首をかしげる三人とダンボールに、涼介は事情を話し始めた。
「涼君は隠し事が苦手な性格なんだよ」
「ちがう。腹を割って話すのが、最速の方法だからだ」
吸引力の落ちた掃除機のように、低調で話す涼介のメロディーは、みなに眠気を誘ったらしい。龍之介はというと心地よさそうなソファーに座って寝ている。
時刻は午前三時である。
ダンダンが不平を言っている。
「どらぐんの横は、ダンダンの特等席なんだよ。ぶつぶつ、ぶつぶつ……」
浪造は、しっかりとした背筋で話を聞いている。
「という訳だ。おやっさんの娘さんのことも調べればわかるはずだ。俺は、サタンから直接供給を受けているが、他の者にはできない。つまり、魔力を使い切ったら、サタンのところへ戻らなければならない、もしくは隣に俺がいなければならない」
「わかっておる。わしを馬鹿にしておるのか?」
「そうじゃないよ」
おやっさんとの会話は面倒だ。
涼介は思った。適当に会話に合わせるようにしよう。
話がちょうど終った頃、太陽が顔を見せた。雄鶏の声が聞こえる。
「――臆病な悪魔は退散するそうだ。そういう訳で、ダンダンに見張りを任せる」
「嫌だね。冷たい悪魔の言いなりになんかならないよ」
ダンダンはパタパタするが、涼介がライターの火をつけた途端、
「……わっ、わかったよ。家の周りを見張るから、屋根の上に乗せておくれ。ぼくはひとりで動けないから、君も屋根の上で寝るんだよ」とまくし立てた。
涼介は舌打ちをした。
「面倒な野郎だな」
そんなことを言いながらも、涼介はベランダから屋根へと這い上がった。一番上に陣取ると、その横にダンボールを置いた。ダンボールの中には、ペットボトル三本が入っている。
「風に飛ばされそうになったら悲鳴を上げろ。助けてやる」
「……ありがとう、悪魔ちゃん。君が落ちそうになっても、悲鳴を上げるよ」
「――そうか」
太陽がまだ低いためか寒い。
涼介は毛布をしっかりとまいた。
ダンボールは風に揺られている。すこし霧がかっている山梨の風景に、太陽が自らを誇示していた。
「世界は広いね。ぼっちは、更生できるかな? いつまでも君を見守るよ、ぼっち……」
ダンボールがひとりごとをしているらしい。
「そのために連れてきたんだもんね……」
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