第八号 休暇と外出
翌朝の六時。
厨房に入った龍之介は驚くべきことに暇をもらった。
「別段、理由はない。今日はあまり仕事がないから暇をやるんじゃ」
浪造は調理場の下にある物置に顔を突っ込んだままである。
「ありがとうございます!」
「これを持って行け」
浪造の左手には千円札が一枚。
「いいんですかっ?」
「遊ぶには金が必要じゃ」
小遣いまで手に入れた龍之介はダンボールを連れずに外出した。
「……ダンボールを引きずっていたら、どこへ行っても、白い目で見られるからな」
薄気味悪い笑い声を漏らしながら、龍之介はそうつぶやいた。
店主に与えられた千円札一枚を携えて居酒屋周辺をぐるぐる回る。
すこしずつ、ゆっくりと居酒屋から離れてゆく。
彼の歩幅は狭い。
「異世界日本は、日本に比べて治安が悪いな」
通りのあちらこちらにごみが散乱し、浮浪者もたくさんいる。
「――あいつは、なぜ僕を拾ったんだろうな。他にもいっぱい人がいるのに、僕を選んだのはなぜだ……?」
彼は歩き続ける。
「戻りましたぁ!」
三時間ばかり外へ出ていた龍之介は帰宅した。
千円札は使わなかったので、そのまま浪造に返した。
「せっかくじゃから、もっと楽しんできたらよかったのに……」
小遣いを使わなかったことに浪造は不満のようであった。
「ちょっと、早いが」
差し出されたものは賄であった。龍之介は小走りで持って行く。
浪造はいつもより細い眼差しで彼の背中を見つめていた。
龍之介はおいしい昼食を食べている。
「そう言えば、一階に置いておくって言ってたっけかな」
龍之介は探し始めた。
物置となっている部屋は狭くはなくて、物が山積みで散らかっているだけである。
「よく考えたら、僕も懲りない奴だね。慣れこそが一番の敵なのに――」
彼は部屋の掃除を始めた。
窓を開放し、長らく使用されていないだろう荷物を奥の方へ移動させた。
その過程で、例のダンボールを発見した。ダンボールを部屋の外に置いた龍之介は、五時間ほど掃除を続けた結果、すべての荷物を整理整頓することに成功した。
「終わった。充実感、素晴らしい」
日が暮れた部屋の中。
龍之介が電灯をつけた。カチカチと点滅して蛍光灯が部屋を照らす。
「懐かしいな。……そうだ。ダンボールと話そうと思っていたんだ」
いまや彼の自室となっている食材保管庫にダンボールを招き入れた。龍之介はダンボールを触りながらよく見ている。
突然、彼の目から涙があふれた。
「……どうしたんだい、ぼっち。悲しいことでもあったのかい?」
龍之介は答えなかった。
この異世界日本で、唯一彼の住む日本と関係を持つ物はこのダンボールだけだ。
ダンボールには理解できないだろう。
後ろから突然声を掛けられた。悲しみに暮れる龍之介にはお構いなしのようだ。
「このダンボールにあだ名をつけようと思ってるんだぁ! ダンダンでどう?」
龍之介は涙をぬぐった。
「……僕もそれに賛」
「――それじゃ、決まりね! よろしく、ダンダン」
陽子は最後まで聞くことなく決定した。
龍之介が賛成したからなのか、ダンボールはパタパタと振っている。
「そういえば。僕は君をなんて呼んだらいいのかな?」
ふと、気づいたように龍之介は陽子に声をかけた。
「うーん。困ったな、なんて呼んでもらおうかな」陽子は頭を抱えている。
「地球人と呼んでくれたら、いいと思うぞ!」
龍之介も頭を抱えた。パタパタが激しくなった。
薄暗い部屋。
『地下室だろうか、そうか。僕は夢を見ているんだ』龍之介は思った。
会談が行なわれているらしい。
出席する者たちは固唾を呑んでなにかを待っている。
「ついに現れました」
室内にざわめきが走った。
「予想より早いな。場所は?」
「日本です。ここ一週間治安が異常に乱れています」
「うむ。どうしたものか」
我慢できないのか身を乗り出して、重鎮らしい人が催促する。
「どう出ているのだ?」
「はい、読み上げます。サタンが現れる。サタンは残酷な心を持つ長髪の子に力を与える。その者、力を破壊に使う」
「当然だろうな。乗っ取られたのだろう」
「いえ、そのようなものは出ていません。有り得ないことですが、サタンがその者に囚われたようです」
机をたたく音が静かな部屋に響いた。
「ばかな! サタンに取りつかれても、サタンに取り憑く人間は、いままでに一度だっていなかった。あり得ない」
「そもそも、人間は取りつかんよ」重鎮らしい人がなだめた。
「サタンが人間を愛したのか。そうだとしたら、あり得る。サタンの娘か――」
「ありもしないことで、妄想を膨らますな」
老獪そうな重鎮が口を開いた。
『枢機卿かな?』龍之介はふわふわとした頭で考えた。
「緘口令を敷く。他言無用だ。日本支部には、通常の警戒をするように命令を送り、現状を報告させよ。下手をすれば、世界が滅ぶかもしれん。さぁ解散だ。帰ろう」
会談に出席した者たちは、それぞれ急いで戻っていった。
龍之介の頭に声が響く。
そもそもこれは夢なのだから龍之介の声か。
残忍な人間に魔法の力が宿った。
みなは言う、彼でなかったらと。
サタンに憑依した者が彼でなければ、その者は世界平和に力を使ったであろう。
私利私欲のために使っても、世界破壊のために力を使うことはなかったであろう。
いや、彼だからこそ、サタンに憑依したのだ。
あぁ、恐ろしい。
彼を止められる者はいない。
神はなんと、極端に力をお与えになったのか。
神は、なにをお考えなのであろうか。
全知全能の神よ、どうか我々人間をお救いください。
いったい、なにが起こっているのか。
これは悪魔の仕業か。
わからない――
ストックが切れます。
ワードからそのままコピーしてるので、改行が変です。
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