集団的自衛権を考える 「平和主義」放棄の大転換
2014年3月5日
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憲法で禁じられている集団的自衛権を行使できるよう、憲法解釈の変更を目指す安倍晋三首相。「最高責任者は私だ」と発言し、政府解釈を支えてきた内閣法制局の見解にとらわれない姿勢を示す。これに対し、「解釈の限界を超えている」と異を唱えるのが元内閣法制局長官である阪田雅裕さんだ。「統治権力がほしいままに憲法を解釈するなら、立憲主義の根幹が揺らぐ」。その先に待つのは、他国の軍隊と何ら変わらない戦争のできる自衛隊と、意味を失った9条だ。
-今こそ憲法の「読み方」が問われています。
「日本国憲法が世界でも例をみない平和憲法といわれるゆえんは9条2項にあります。1項では、戦争の放棄を規定しており、同様のことが書かれている憲法はイタリア、スペインなど10カ国以上ある。一方、2項は戦力の不保持と交戦権の否認を明記している。先進国の憲法でこれを掲げているものはありません。ここが日本の平和主義の特異な部分です」
-自衛隊が合憲という政府見解はどういうものでしょうか。
「憲法は9条だけではない。前文では国民の平和的生存権、13条では国民が幸福を追求する権利を保障している。主権国家として国民が平和で幸せに暮らせるようにする責務があるということです」
「だから、わが国が外国の軍隊に襲われたとき、指をくわえて見ていろと憲法は国に求めているのか。そんなことはないでしょう、と。国民の命や財産を守らなければ国としての務めを果たせない。自衛隊はそのための必要最小限度の実力組織であり、戦力には当たらないと解釈してきました」
-どのような状況なら実力行使が可能になるのでしょう。
「要件は三つ。(1)わが国が違法に侵攻され切迫している(2)その侵害を排除するには武力以外の手段がない(3)実力を行使する範囲は必要最小限度にとどめる-です。必要最小限度とは、国民の安全が確保されれば行使をやめるということ。侵略されたからといって相手国まで攻め込み、領土を占領することは許されません」
-政府は、同盟国が攻撃された際に協力して反撃するのが集団的自衛権だと説明してきました。
「三要件に照らせば、日本が攻撃を受けていないのに自衛隊が実力を行使することはできず、日本は集団的自衛権の行使はできない。それが政府の見解です」
■9条の意味失う
-9条は「普通の軍隊」を持つことを認めていません。その上で集団的自衛権の行使は認められるのでしょうか。
「1928年のパリ不戦条約以降、国際法上、戦争は違法です。国連憲章体制下で許される戦争は、自国への侵害を実力で排除する個別的自衛権によるものと集団的自衛権を行使するもの、安保理決議に基づく多国籍軍による集団安全保障措置に限られます」
「他国の軍隊も集団的自衛権の行使を越える戦争はできない。いまできるほとんど唯一の戦争とは、集団的自衛権の行使によるものです。もし自衛隊も同じように行使ができるのなら、普通の軍隊と何が違うのかという話になる。自衛隊が戦力となり、9条2項が特別な意味を持たなくなる」
「自衛隊は個別的自衛権を行使するための実力組織であり、9条をどう読めば、それ以上の戦力、つまり普通の国と同じ軍隊を持つことができるのでしょうか」
-集団的自衛権の権利が認められていながら、行使できないのはおかしいという意見もあります。
「国際法上認められていることを国家は全てやらなければいけないわけではない。何をどこまで国にやらせるかは国民の意思。国際法というのは国家間の約束であり、主権国家は内政不干渉が基本ですから、日本が集団的自衛権を行使できないとしても何の問題もない。次元の違う話です」
-安倍政権は「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)の報告書を4月に受け取り、解釈変更を閣議決定しようとしています。
「集団的自衛権の行使が認められれば、自衛隊が海外で戦争ができるようになる。それを解釈改憲で済ませては、国民が賛否の意思も、覚悟を示す機会もない。自衛隊に犠牲が出たり、外国兵を傷つけたりしたときに、こんなはずではなかったとなってしまいます」
「今回は憲法に書いてあることとまるっきり違うことをやろうとしている。解釈でやれる限界を超えています。集団的自衛権の行使が必要なら、手続きを踏んで憲法の改正を国民投票で問えばいい。その必要性を国民に訴える労を政治が惜しんではいけません」
■立憲主義を覆す
-そもそも内閣法制局とはどのような組織ですか。
「新しい法律の原案が憲法に違反しないか、既にある法体系と矛盾しないかチェックし、内閣や総理大臣に意見を述べるのが主な仕事です。法制局としての考えを伝え、その是非は内閣が判断する。そこは安倍首相の言う通り。ただし法律問題のプロ集団だからそれなりの権威を持ち、政府内でもその意見が尊重されてきました」
-自衛隊の国際貢献をめぐっては9条が議論の的でした。
「法制局は政府の機関ですから、政府が何をやりたいのか、やるべきなのかというニーズを踏まえて理屈を考えます。イラクに自衛隊を派遣するなら、9条の縛りのもと、武力行使に及ばないことを担保しながら自衛隊が海外で活動するための法的枠組みを考えてきた。その結果、『後方支援』や『非戦闘地域』といった概念が出てきました。解釈を変えて法律がつくれるなら、苦労はしません」
-安倍政権はそうした緻密な論理が「実は間違っていました」とでも言わんばかりです。
「約60年間言い続けきたことを一内閣の判断で否定できるならば、国会の質疑などは意味がなくなる。憲法に従って統治が行われるのが立憲主義の最低限のルール。統治権力のほしいままに解釈してよいのなら、憲法は国家を縛るものとして機能しなくなる。法律だって時代に合わなくなれば改正される。憲法だけが時代遅れになったといって解釈を変えられるなら、法治国家と呼べません」
-この状況を招いた原因は護憲勢力にもあるのでしょうか。
「護憲を政治運動の道具として使ってきた面はあるでしょう。憲法が不磨の大典と化し、解釈改憲というところまで政治を追い詰めてしまった。もう少し国民全体が、必要な改正はするという前向きな姿勢でいるべきです。憲法を検証する習慣がないまま、戦後約70年たってしまったのが不幸の始まりだったのかもしれません」
●さかた・まさひろ
1943年、和歌山県生まれ。弁護士。66年に大蔵省入省。小泉政権期の2004~06年に第61代内閣法制局長官を務めた。著書に「政府の憲法解釈」(有斐閣)、「『法の番人』内閣法制局の矜持」(大月書店)。
◆集団的自衛権
密接な関係にある国が攻撃された場合、自国への攻撃とみなして反撃する権利。国連憲章51条は自国への侵害を排除する個別的自衛権とともに主権国の「固有の権利」と規定している。日本政府は「国際法上、集団的自衛権を有している」としながら、憲法9条が戦争放棄、戦力不保持を明記しているため、行使は「国を防衛するための必要最小限度の範囲を超える」と解釈し、禁じてきた。
◆憲法9条
一、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
二、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
-今こそ憲法の「読み方」が問われています。
「日本国憲法が世界でも例をみない平和憲法といわれるゆえんは9条2項にあります。1項では、戦争の放棄を規定しており、同様のことが書かれている憲法はイタリア、スペインなど10カ国以上ある。一方、2項は戦力の不保持と交戦権の否認を明記している。先進国の憲法でこれを掲げているものはありません。ここが日本の平和主義の特異な部分です」
-自衛隊が合憲という政府見解はどういうものでしょうか。
「憲法は9条だけではない。前文では国民の平和的生存権、13条では国民が幸福を追求する権利を保障している。主権国家として国民が平和で幸せに暮らせるようにする責務があるということです」
「だから、わが国が外国の軍隊に襲われたとき、指をくわえて見ていろと憲法は国に求めているのか。そんなことはないでしょう、と。国民の命や財産を守らなければ国としての務めを果たせない。自衛隊はそのための必要最小限度の実力組織であり、戦力には当たらないと解釈してきました」
-どのような状況なら実力行使が可能になるのでしょう。
「要件は三つ。(1)わが国が違法に侵攻され切迫している(2)その侵害を排除するには武力以外の手段がない(3)実力を行使する範囲は必要最小限度にとどめる-です。必要最小限度とは、国民の安全が確保されれば行使をやめるということ。侵略されたからといって相手国まで攻め込み、領土を占領することは許されません」
-政府は、同盟国が攻撃された際に協力して反撃するのが集団的自衛権だと説明してきました。
「三要件に照らせば、日本が攻撃を受けていないのに自衛隊が実力を行使することはできず、日本は集団的自衛権の行使はできない。それが政府の見解です」
■9条の意味失う
-9条は「普通の軍隊」を持つことを認めていません。その上で集団的自衛権の行使は認められるのでしょうか。
「1928年のパリ不戦条約以降、国際法上、戦争は違法です。国連憲章体制下で許される戦争は、自国への侵害を実力で排除する個別的自衛権によるものと集団的自衛権を行使するもの、安保理決議に基づく多国籍軍による集団安全保障措置に限られます」
「他国の軍隊も集団的自衛権の行使を越える戦争はできない。いまできるほとんど唯一の戦争とは、集団的自衛権の行使によるものです。もし自衛隊も同じように行使ができるのなら、普通の軍隊と何が違うのかという話になる。自衛隊が戦力となり、9条2項が特別な意味を持たなくなる」
「自衛隊は個別的自衛権を行使するための実力組織であり、9条をどう読めば、それ以上の戦力、つまり普通の国と同じ軍隊を持つことができるのでしょうか」
-集団的自衛権の権利が認められていながら、行使できないのはおかしいという意見もあります。
「国際法上認められていることを国家は全てやらなければいけないわけではない。何をどこまで国にやらせるかは国民の意思。国際法というのは国家間の約束であり、主権国家は内政不干渉が基本ですから、日本が集団的自衛権を行使できないとしても何の問題もない。次元の違う話です」
-安倍政権は「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)の報告書を4月に受け取り、解釈変更を閣議決定しようとしています。
「集団的自衛権の行使が認められれば、自衛隊が海外で戦争ができるようになる。それを解釈改憲で済ませては、国民が賛否の意思も、覚悟を示す機会もない。自衛隊に犠牲が出たり、外国兵を傷つけたりしたときに、こんなはずではなかったとなってしまいます」
「今回は憲法に書いてあることとまるっきり違うことをやろうとしている。解釈でやれる限界を超えています。集団的自衛権の行使が必要なら、手続きを踏んで憲法の改正を国民投票で問えばいい。その必要性を国民に訴える労を政治が惜しんではいけません」
■立憲主義を覆す
-そもそも内閣法制局とはどのような組織ですか。
「新しい法律の原案が憲法に違反しないか、既にある法体系と矛盾しないかチェックし、内閣や総理大臣に意見を述べるのが主な仕事です。法制局としての考えを伝え、その是非は内閣が判断する。そこは安倍首相の言う通り。ただし法律問題のプロ集団だからそれなりの権威を持ち、政府内でもその意見が尊重されてきました」
-自衛隊の国際貢献をめぐっては9条が議論の的でした。
「法制局は政府の機関ですから、政府が何をやりたいのか、やるべきなのかというニーズを踏まえて理屈を考えます。イラクに自衛隊を派遣するなら、9条の縛りのもと、武力行使に及ばないことを担保しながら自衛隊が海外で活動するための法的枠組みを考えてきた。その結果、『後方支援』や『非戦闘地域』といった概念が出てきました。解釈を変えて法律がつくれるなら、苦労はしません」
-安倍政権はそうした緻密な論理が「実は間違っていました」とでも言わんばかりです。
「約60年間言い続けきたことを一内閣の判断で否定できるならば、国会の質疑などは意味がなくなる。憲法に従って統治が行われるのが立憲主義の最低限のルール。統治権力のほしいままに解釈してよいのなら、憲法は国家を縛るものとして機能しなくなる。法律だって時代に合わなくなれば改正される。憲法だけが時代遅れになったといって解釈を変えられるなら、法治国家と呼べません」
-この状況を招いた原因は護憲勢力にもあるのでしょうか。
「護憲を政治運動の道具として使ってきた面はあるでしょう。憲法が不磨の大典と化し、解釈改憲というところまで政治を追い詰めてしまった。もう少し国民全体が、必要な改正はするという前向きな姿勢でいるべきです。憲法を検証する習慣がないまま、戦後約70年たってしまったのが不幸の始まりだったのかもしれません」
●さかた・まさひろ
1943年、和歌山県生まれ。弁護士。66年に大蔵省入省。小泉政権期の2004~06年に第61代内閣法制局長官を務めた。著書に「政府の憲法解釈」(有斐閣)、「『法の番人』内閣法制局の矜持」(大月書店)。
◆集団的自衛権
密接な関係にある国が攻撃された場合、自国への攻撃とみなして反撃する権利。国連憲章51条は自国への侵害を排除する個別的自衛権とともに主権国の「固有の権利」と規定している。日本政府は「国際法上、集団的自衛権を有している」としながら、憲法9条が戦争放棄、戦力不保持を明記しているため、行使は「国を防衛するための必要最小限度の範囲を超える」と解釈し、禁じてきた。
◆憲法9条
一、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
二、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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