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「テロリスト」の向こうに潜むもの

2014年03月06日(木)16時19分
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 先週末、夜の昆明駅で起きた大量無差別殺傷事件は、中国で暮らす人たちに大きな衝撃をもたらした。公安当局の発表によると、わずか8人ほどが振り回した牛刀でなんと約30人が亡くなり、約150人近い人たちがけがを負った。事件の陰惨さとは別に、凶器が爆弾でないことを考えればこの犯人と犠牲者の人数比に驚かざるを得ないが、これが後に当局による「恐怖襲撃事件」(テロリズム)という判断の根拠にされた。

 この「テロリズム」という判定がさまざまな論争を引き起こしている。

 中国人が「テロ」という事態を意識するようになったのは、2001年の911事件からだ。中国が豊かになり始めた頃で、ちょうど同年夏には2008年の北京オリンピック開催が決まり、世界貿易機関(WTO)への正式加盟も秒読みに入っていた時で、「走出去」(外へ出て行く)とか「国際接軌」(国際化)とかいう言葉がもてはやされていた。世界に対する人々の興味が急速に増していたちょうどその時に起こった911は、今でも中国の人が世界を語る時に大事な「符号」となって記憶されている。

 中国国内において行われた911に対する定義付けは大きく2つに分かれる。ひとつは「スーパー大国の挫折」。自分たちが羨ましげに眺めていた超大国アメリカが攻撃を受け、精神的に萎縮してしまったことだ。「これからは世界へ出て行くんだ」という高揚感と相まって、妬ましかった相手がショックで萎縮したことを、政治的、経済的、そして古臭い「アメリカ帝国主義論」を持ち出して社会主義的世界観で嬉しそうに分析する論説が政府、民間(当時の舞台は主にブログやネット掲示板)を問わず、そこかしこにあふれていた。

 もう一つは、「秩序に対する挑戦」である。超大国であるアメリカのど真ん中に突っ込むという「暴行」。すでに確立したかのようにみえる世界秩序に真っ向から挑戦し、対向する勢力の存在。ゲリラから政権を執った中国共産党政府にとってわくわくするものだった一方で、強大化を目指す自分たちも逆に標的にされる可能性があることをここで認識した。その結果、中国当局は911事件をアメリカ政府がテロと認定したことをきっかけに、国内に向けて「テロリズム(恐怖襲撃)」を「無差別」に「庶民を標的」にした「宗教」的背景を持つ「犯罪グループ」というキーワードで刷り込んだ。

「無差別」「庶民を標的」「宗教」「犯罪グループ」......社会主義中国では「宗教は精神のアヘン」と言われて全体的に否定的なムードがあり、これらの言葉はすべてネガティブなイメージを持つ。もちろん、テロリズム自体がネガティブであることは否定しようがないが、問題はこれらのキーワードが並ぶことによって人々が思考をシャットダウンしてその先にある意味を考えなくなってしまうことだ。さらに当局の通達によって「なぜ?」「どうして?」「なにがあったのか?」という真相(深層)報道も規制されるために、庶民はこれ以上のことを考えるチャンスを失い、「恐怖襲撃」という定義にこれらのキーワードからくる直感、情緒な反応を見せるようになった。

 その後中国当局は「恐怖襲撃」という言葉を何度か背景追及よりも先んじて、意図的に使うようになる。今回も事件が起こったその夜のうちに「恐怖襲撃」と決めつけたことが、すでに起こった出来事の目の当たりにしてショックを受けた人々に油を注ぎ、マイクロブログ「微博」では「無差別」「庶民を標的」「宗教」「犯罪グループ」をキーワードに怒りを爆発させる人たちが相次いだ。

昨年10月末に天安門で起こったジープ炎上事件でも同様だったことを、以前の「吾輩は不機嫌である」で書いた。そしてその時とまた同じように、政府系メディアがアメリカやイギリスのメディアが事件をカッコつきでテロと報じていることに噛み付き、「ダブルスタンダードだ!」と吠えた。

 あーあ、またこのパターンですか......と思っていたところ、一方で今回は日頃からしっかりとした報道で人気を集めるメディア、合わせてセルフメディアと呼ばれる携帯チャットアプリ「微信 WeChat」を中心に「なぜこんな事件が起きるのか?」といった面でかなり踏み込んだウイグル情報が流れ始めているのに気がついた。

 例えば、経済関係者だけではなく、社会一般の動きに関心を持つ人たちに広く信頼されているニュースサイト『財新網』ではその日現場でいったい何が起こったか、という取材報道以外に、サイト内の有識者ブログで新疆ウイグル自治区の現状や政策が今回の事件の背景になっていることを異口同音に指摘する記述が多く並んでいる。そこでは注意深く言葉を選んではいるが、明らかに中国政府のこれまでの新疆政策、少数民族政策が失敗で、事件を「テロ」とみなして背景原因を無視し続ければ今後事態はもっと深刻化するだろうと指摘されている。

 さらに同サイト記者による「テロリストになぜカッコがつくのか」(抜粋翻訳したものをここに掲載した)は、政府系メディアが叱責する欧米メディア「ダブルスタンダード」をやんわりと否定する良記事だった。同サイトのイギリス駐在記者によって西洋メディアにおける「テロ」「テロリスト」の表記判定基準がきちんと紹介され、例えば『ニューヨーク・タイムズ』には「ある組織が襲撃に対して責任を表明、そして同組織がすでに政府によってテロリストグループと認定される場合」などの条件があることを引き出している。同様に昨年4月のボストン・マラソンの爆弾事件でも、オバマ大統領が会見で「テロ」という言葉を使わなかったこと自体がニュースになっていたことを人々に思い出させている。

 携帯アプリ「微信 WeChat」ではもっと大胆な記事が流れていた。このサービスにはツイッターやフェイスブックのように知り合いのつぶやきが一覧できるタイムラインのページと、個人間のチャット用ページがある。そして個人間チャットページでは友人とのやりとりだけではなく、さらにネット雑誌アカウントをフォローして購読することができる。人々は日頃からそこで自分の関心に沿って選んだ雑誌の配信を受け、良いと思った記事を自分のタイムラインで友人たちとシェアできる仕組みになっている。

 その雑誌アカウントに「新疆で何が起こっているのか?」「新疆はどうしてしまったのか?」「ウイグル人はなにを考えているのか?」「中国国内に住むウイグル人は一体事態をどう見ているのか?」といった記事がどんどん流れてくるのである。個人の手記を紹介する記事あり、ジャーナリストの過去記事あり、あるいは新疆と深い関わりを持つ学者たちの分析あり......。そこには通常のネット環境ではアクセスがブロックされている、香港や台湾、海外のサイトから記事をわざわざコピペして転載したものもあった。

 2008年に起こったチベット騒乱以来、中国では少数民族政策に関する言論は非常にセンシティブな取り扱いを受けている。実際に2008年にチベットの「分裂主義」を巡って国内外で激しい論争が起きた時にチベットへの理解を求める論説を発表したジャーナリストの長平氏はその後仕事だけではなく国を追われ、ドイツでの生活を余儀なくされている。漢語でチベット事情を発信するチベット人女性作家のオーセルさんやその夫でチベットやウイグル事情に詳しいドキュメンタリー作家、王力雄さんも度重なる監視下に置かれている。

 今年1月には漢語でウイグルの現状を伝えるサイト「ウイグルオンライン」を主宰してきたウイグル人学者のイリハム・トフティ氏とサイト運営に関わっていたウイグル人学生たちが「分裂活動を呼びかけた」として当局に逮捕された。だがイリハム氏は分裂活動どころか、日頃から中国政府との協力を呼びかけているのを知っている人たちから非難の声が上がっている。背景には昨年来騒乱が頻発しているウイグル情勢の混乱がある。当局はとにかく、新疆ウイグル自治区で起こっていることを隠し続けたがっている。

 だからこそ、「昆明の事件を単純に犯人をテロリストと決め付け、悪魔だとか犯罪者だとか罵るだけではもうダメなのだ。事件の根本は新疆政策にある。そこではウイグル人たちが厳しい少数民族政策の下、さまざまな権利を取り上げられて、仕事もなく、追い詰められている現状がある。その背景をもっと知って解決策を見つけなければ」と焦りを感じている人たちが多くいるのである。

 もちろん、自分がそこでフォローしている人たちの傾向(わたしの場合はジャーナリストなど情報発信に関わる人やアカウントが多い)もあるだろうが、微信には新疆に関して過去読んだことのある記事、あるいはつい最近の出来事をまとめた記事がどんどん流れてきた。そしてそれを転送すると、また友人の中で転送されていく。政府や政府系メディアが自分たちの少数民族政策や新疆政策の失敗、失態に一切触れずに、コトの次第を「無差別」「庶民を標的」「宗教」「犯罪グループ」という簡単な図式へ大衆の怒りを向けさせようとしている時、民間では彼らが隠す現実が伝播されている。

 そこに2001年以来、「恐怖襲撃」という言葉が政府によって恣意的に使われてきた事件を何度か経験してきたわたしは、ジャーナリストや情報発信の意欲を持つ人たちの成熟を見た。怒りやその他の感情にかられるのではなく、当局の規制下でいかに現状から目をそむけさせられてきたか、そしてその結果事態は収拾するどころか人々の知らないうちに悪化の一途をたどっていることに気付き始めた人たちがそこにいる。

 もちろん、「ネットの一部で流れる情報なんて、結局は規制のせいでそれほど伝わらないじゃないか。13億の中国人がそうだとはいえない」という声もあるだろう。日本のようにその情報が無制限に散開することはたしかに難しい。だが、我々が中国を知ろうとする時、あるいは外国人である我々が中国に触れる時、最も接触する可能性があるのがこうした、都市に暮らし、情報収集に長け、情報に触れるチャンスを持ち、またその情報について考える能力のある人たちであることは知っておくべきだ。

 昆明事件は、表面的には政府の報道規制とその後始まった二大政治会議のお陰でメディアのトップページからは外されている。だが、大した話題もなく、また人々が参与できないこの二大会議のお祭り騒ぎの裏で、人々の新疆情勢についての討論が始まっている。

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ふるまい よしこ

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
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