『何かの間違いだろう』
『飛竜基地が直接空襲を受けることなど、ありえない』
ライランス軍の軍務省では、比較的前線に近い飛竜基地から送られてくる
「我、正体不明の飛行物体による空襲を受く。死傷者多数、至急救援を求む」との連絡に、狼狽していた。
何せ、伝令将校が乗った飛竜すらもそれに撃ち落されたと、伝書鳩からの手紙には書かれているのだ。
3箇所の飛竜基地から、たて続けに伝書鳩が届く。保険のためだろう、同じ内容の手紙の鳩もいた。
届いた伝書鳩は全部で18羽。手紙の内容は全部で10種類。
そのどれもが、手酷い空襲を受けて基地に大損害を受けている旨が書かれている。
曰く『敵の爆弾はありえないほどの爆発力を秘めた炸裂弾』
曰く『敵の飛行体はありえないほどの速度を持った金属製らしき翼を持った物体』
曰く『敵の飛行体から発射される光の弾は、ありえないほどの連射性能で一瞬で飛竜や数十人の人間を血祭りに』
一笑に付すべきか、真剣に検討すべきか、まったく判断が出来ない。
相当な緊急時のみに使用が許される伝書鳩まで複数使ってくるくらいなのだから、多分現地は酷い有様なのだろう。
だが彼等の“常識”が、現地の惨状を否定したくてうずうずしているのだ。
「どういう事だ? コンスレイ基地でも、直線距離でイルフェス国境から180マシル(≒216km)以上離れているんだぞ!」
「どうもこうも無い。これが事実なら、イルフェスは新種の竜を持ったことになる」
「しかし正体不明の飛行物体だろう。飛竜ではないのでは?」
「飛竜ではない、空襲が可能な飛行物体などが存在するのかね?」
「…………」
確かに、そんなものは全員が知らない。
気球? 無理だろう。あんな風任せで、対空砲で簡単に撃ち落されるようなものを爆撃任務に使うのは得策ではない。
それに気球なら「正体不明」ではない。実際、ライランス軍もお粗末ながら気球中隊が存在する。
「例の、皇国軍の可能性は?」
「陸軍と軍艦を派遣してきた事は確かなようだが、その実態は不明だ」
皇国にとってこの世界の主要国が未だ不明な点が多いのと同様、
ライランスにとっても皇国という存在は未だ不明なのだ。
『つい数ヶ月前までは大内洋にそんな名前の国など存在しなかった事は確実。
そして唐突に現れたと思ったら西大陸の主要各国に、大量の穀物の買い付けを打診している、無作法な国』
としか認識されていない。有り体に言えば「蛮国」と思われている。
「とりあえずは、飛竜基地に被害調査を兼ねた救援部隊を向かわせることだ。
その後に、後方の飛竜基地から飛竜を補充する必要があるな」
軍務省の重鎮たちは、まだこの時までは、事態をそれ程重くは見ていなかった。
「なんだ……これは……!」
軍務大臣からの命で派遣された救援連隊の連隊長は、あまりの光景に言葉を失いかけた。
兵舎や竜舎は殆ど見る影も無く破壊され、死臭が漂い、真っ赤な血に染まった人や竜の死体、
いや死体とも言えるのかどうか怪しい“物体”が散乱した飛竜基地“だったもの”があるのみであった。
生きている者も、呆然としている。
まったく無傷な者も居たが、彼らも同様にへたり込んだまま動こうとしない。
いや、腰が抜けて動けないのだろう。
「基地司令官はいらっしゃるか! 私は第33連隊の連隊長だ。基地の救援に来た!」
何度か声を張り上げていると、小銃を杖に何とか歩み寄ってきた兵士の一人が連隊長に告げた。
「基地司令官、副司令官ともに戦死なされました。突然の事態にも動じず、
出来るだけ多くの飛竜や人員を守りきろうとなさった、立派な最期でした!」
「そうか……残念だ。では、今この基地で最上位の将校は?」
「動ける中で最上位の者は、私の歩兵中隊の中隊長です」
「他の、連隊長や大隊長格の将校は?」
「戦死ないしは指揮官としての職務が果たせぬほどの重傷です。
この基地は、文字通りの全滅です。それもたった30分の戦闘で」
30分だと? この基地には1000人以上の人員と60騎の飛竜が居た。
それが、30分で“文字通りの全滅”だと?
「それは、間違いないのか?」
「私には何時間にも感じられましたが……戦死なされた連隊長殿の懐中時計を見た所、30分でした」
「ということは、敵の数は? 数百の規模か?」
「いえ、あれは百はいません。数十……40~60騎程度ではなかったでしょうか」
「で、敵に与えた損害は?」
「我が軍の戦果は、ありません……」
ということは、敵は1騎あたり20人の人員を殺傷し、1騎の飛竜を屠った上で損害皆無ということになる。
そんな馬鹿なキルレシオがあってたまるか。
「敵に1割の損害も与えることが出来なかったのか?」
「なにしろ、敵の速度は目も飛び出るほどの高速で、飛竜ではまったく追いつけず、
対空砲も照準を合わせる事すら出来ずに、本当にどうする事も出来ませんでした」
そんな……ありえない。
この兵士が言っていることが真実ならば、我が軍はその未知の敵に対してまったく対抗不能ということになる。
(我々は、何かとてつもなく強大な敵をいつの間にか敵に回していたのか?)
事実、その後多数の生き残った将校や下士官兵から聞き取り調査を
行ったが、その証言はどれも似たり寄ったりで「真実味が無い」。
しかし、飛竜基地の惨状を見ると「証言は真実である」としか思えなかった。
連隊長は、死体の片付けや負傷者の救助等を指揮しつつ、伝令将校に“馬で”王都に戻り、
聞き取った調査内容を纏めた簡単な報告書を軍務省に提出するように伝えた。
『飛竜基地が直接空襲を受けることなど、ありえない』
ライランス軍の軍務省では、比較的前線に近い飛竜基地から送られてくる
「我、正体不明の飛行物体による空襲を受く。死傷者多数、至急救援を求む」との連絡に、狼狽していた。
何せ、伝令将校が乗った飛竜すらもそれに撃ち落されたと、伝書鳩からの手紙には書かれているのだ。
3箇所の飛竜基地から、たて続けに伝書鳩が届く。保険のためだろう、同じ内容の手紙の鳩もいた。
届いた伝書鳩は全部で18羽。手紙の内容は全部で10種類。
そのどれもが、手酷い空襲を受けて基地に大損害を受けている旨が書かれている。
曰く『敵の爆弾はありえないほどの爆発力を秘めた炸裂弾』
曰く『敵の飛行体はありえないほどの速度を持った金属製らしき翼を持った物体』
曰く『敵の飛行体から発射される光の弾は、ありえないほどの連射性能で一瞬で飛竜や数十人の人間を血祭りに』
一笑に付すべきか、真剣に検討すべきか、まったく判断が出来ない。
相当な緊急時のみに使用が許される伝書鳩まで複数使ってくるくらいなのだから、多分現地は酷い有様なのだろう。
だが彼等の“常識”が、現地の惨状を否定したくてうずうずしているのだ。
「どういう事だ? コンスレイ基地でも、直線距離でイルフェス国境から180マシル(≒216km)以上離れているんだぞ!」
「どうもこうも無い。これが事実なら、イルフェスは新種の竜を持ったことになる」
「しかし正体不明の飛行物体だろう。飛竜ではないのでは?」
「飛竜ではない、空襲が可能な飛行物体などが存在するのかね?」
「…………」
確かに、そんなものは全員が知らない。
気球? 無理だろう。あんな風任せで、対空砲で簡単に撃ち落されるようなものを爆撃任務に使うのは得策ではない。
それに気球なら「正体不明」ではない。実際、ライランス軍もお粗末ながら気球中隊が存在する。
「例の、皇国軍の可能性は?」
「陸軍と軍艦を派遣してきた事は確かなようだが、その実態は不明だ」
皇国にとってこの世界の主要国が未だ不明な点が多いのと同様、
ライランスにとっても皇国という存在は未だ不明なのだ。
『つい数ヶ月前までは大内洋にそんな名前の国など存在しなかった事は確実。
そして唐突に現れたと思ったら西大陸の主要各国に、大量の穀物の買い付けを打診している、無作法な国』
としか認識されていない。有り体に言えば「蛮国」と思われている。
「とりあえずは、飛竜基地に被害調査を兼ねた救援部隊を向かわせることだ。
その後に、後方の飛竜基地から飛竜を補充する必要があるな」
軍務省の重鎮たちは、まだこの時までは、事態をそれ程重くは見ていなかった。
「なんだ……これは……!」
軍務大臣からの命で派遣された救援連隊の連隊長は、あまりの光景に言葉を失いかけた。
兵舎や竜舎は殆ど見る影も無く破壊され、死臭が漂い、真っ赤な血に染まった人や竜の死体、
いや死体とも言えるのかどうか怪しい“物体”が散乱した飛竜基地“だったもの”があるのみであった。
生きている者も、呆然としている。
まったく無傷な者も居たが、彼らも同様にへたり込んだまま動こうとしない。
いや、腰が抜けて動けないのだろう。
「基地司令官はいらっしゃるか! 私は第33連隊の連隊長だ。基地の救援に来た!」
何度か声を張り上げていると、小銃を杖に何とか歩み寄ってきた兵士の一人が連隊長に告げた。
「基地司令官、副司令官ともに戦死なされました。突然の事態にも動じず、
出来るだけ多くの飛竜や人員を守りきろうとなさった、立派な最期でした!」
「そうか……残念だ。では、今この基地で最上位の将校は?」
「動ける中で最上位の者は、私の歩兵中隊の中隊長です」
「他の、連隊長や大隊長格の将校は?」
「戦死ないしは指揮官としての職務が果たせぬほどの重傷です。
この基地は、文字通りの全滅です。それもたった30分の戦闘で」
30分だと? この基地には1000人以上の人員と60騎の飛竜が居た。
それが、30分で“文字通りの全滅”だと?
「それは、間違いないのか?」
「私には何時間にも感じられましたが……戦死なされた連隊長殿の懐中時計を見た所、30分でした」
「ということは、敵の数は? 数百の規模か?」
「いえ、あれは百はいません。数十……40~60騎程度ではなかったでしょうか」
「で、敵に与えた損害は?」
「我が軍の戦果は、ありません……」
ということは、敵は1騎あたり20人の人員を殺傷し、1騎の飛竜を屠った上で損害皆無ということになる。
そんな馬鹿なキルレシオがあってたまるか。
「敵に1割の損害も与えることが出来なかったのか?」
「なにしろ、敵の速度は目も飛び出るほどの高速で、飛竜ではまったく追いつけず、
対空砲も照準を合わせる事すら出来ずに、本当にどうする事も出来ませんでした」
そんな……ありえない。
この兵士が言っていることが真実ならば、我が軍はその未知の敵に対してまったく対抗不能ということになる。
(我々は、何かとてつもなく強大な敵をいつの間にか敵に回していたのか?)
事実、その後多数の生き残った将校や下士官兵から聞き取り調査を
行ったが、その証言はどれも似たり寄ったりで「真実味が無い」。
しかし、飛竜基地の惨状を見ると「証言は真実である」としか思えなかった。
連隊長は、死体の片付けや負傷者の救助等を指揮しつつ、伝令将校に“馬で”王都に戻り、
聞き取った調査内容を纏めた簡単な報告書を軍務省に提出するように伝えた。